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サーシャに転がされる騎士




「アルバは左利きでしたよね。」


ようやく2人して笑いあった後、サーシャはそう言いながら、アルバの左腕に絹の糸で織られたブレスレッドを巻いてくれた。それは異国のものでミサンガという名前らしい。

白と淡い桃色で作られたそれは、ちょっと女の子っぽいけど軽くて綺麗。

そして彼女お手製のプレゼントだ。アルバは嬉しいやら誇らしいやらで、もう一度きちんと彼女にお礼を言った。


「サーシャ、ありがとう。」


「いえいえ、どういたしまして。…あの、騎士様。一度ベッドにはいりませんか?私、凍えそうで…。」


「ご、ごめん、気がつかなくて。」


アルバは大慌てで厚手のシーツと毛布をめくると、サーシャは彼の手を引きながら、そのまま2人してベッドの中に潜り込んだ。頭からすっぽり…シーツの中は真っ暗だ。


「フフッ、さっきまでアルバが寝ていたからとても温かいわ。」


サーシャはベッドの中で毛布に包まれると、キャッキャッ言いながら気持ち良さそうに丸くなっていた体を伸ばす。何しろ彼女はこの寒空の中を寝間着一枚でやって来たのだから、この暖かいベッドの中はさぞや心地いいことだろう。

一方のアルバは身体よりも心の中がとてもほっこりしていた。

さっきまでの殺伐としていた複雑な想いは吹き飛び、嬉しさのあまり心が湧き立つのを感じずにはいられない。

その理由はいまいちアルバには分からないんだけど、それはさておき、ずっと思い悩んでいた女性が部屋まで来てくれたのだ、嬉しくないはずがない。

サーシャが側にいる…。

今はベッドの中だから彼女の顔は見えないが、その事が何より彼の心を穏やかに、満ちていくのだ。

やがてすっかり落ち着いたアルバは、急にベッドの中が息苦しく感じられて一度仰向けになってシーツと毛布から頭を出した。

月明かりを浴びた天井と壁はアースカラーの藍色で、とても綺麗だ。

顔が外気に触れ、冷たくて気持ちいい。

吐く息も白かった。


「アハッ、部屋の中でもベッドの外は寒いですね。」


やがてサーシャもアルバの真似をして毛布から顔を出すと、そう言って体を震わせた。そしてアルバと繋いだ手もシーツから覗かせる。

貝殻のような形におさまっている2人の手…。

いつものように指と指が一本一本交わる、一瞬ドキッとしちゃう繋ぎ方だけど、サーシャはアルバとは必ずこうする。

そして、思えば彼女はこの部屋に衝撃的な登場を果たしてからというもの、片時もアルバの手を離そうとしなかった。それが師匠に会えるまでの護衛であるアルバをつなぎとめる為の行為なのか、ただの寂しがり屋なのかは分からないけど、彼女のそれは身体も心も包まれてしまっているように気持ち良かった。

だけど彼女は狭いベッドの中で体をアルバの方へ向け、窮屈そうに横になっている。まぁ、それは狭いシングルベッドの中だからしょうがないんだけど…。


「サーシャ、ごめん。狭いよね。」


アルバが慌てて身体を起こそうとしたが、彼女に彼の肩に手を添えて優しくそれを止めた。


「アルバはそのままで。私は大丈夫ですから。」


「えっ?でも、このままじゃ窮屈でしょ?」


「いえいえ、騎士様が手を繋いでさえくれれば、私はどんな格好でも寝れます。」


そんな嬉しい事を言ってくれるサーシャ。

しかしだ。

アルバはその言葉に驚いて、慌てて顔を彼女に向けた。…まさか朝まで一緒にいる気なのか…と。

だけど、気持ち良さそうに毛布やシーツの位置を微妙に調整しているサーシャを見れば、彼女が自分の部屋に帰る気などさらさらない事がわかる。


( いいのだろうか…。 )


嬉しいのだけど、ちょっと不安にもなる。前にアルバの自宅で一緒に寝た時はあったけど、ここは世界に名だたる修道院の一室。

まぁ、自分とサーシャに間違いが起こるなんて可能性はかなり低いけど、はたから見えばお年頃の男女が同じベッドで朝を迎えたなんて事になれば疑わないって事の方が難しい。それに彼女は教団の女神様だ。あらぬ噂が立たないとも限らない。


「サーシャ。これって、怒られないかな?」


アルバは心配そうに尋ねたが、サーシャはキョトンとしている。


「怒られる?何でですか?」


「いや…こんな神聖な場所で…。というか、サーシャは、”すうききょう”っていう偉い人なんでしょ?俺みたいのと朝を迎えたら、普通に考えても怒られるんじゃ…。」


するとサーシャは、「枢機卿なんて言葉、覚えなくていいです。」って、顔を膨らませながらクスって笑うと言葉を続けた。


「確かにそうですけど、私は騎士様に手を繋いで貰わないと寝られません。」


「は、はぁ…。」


「それに昨日今日と…私たちは2日間もほとんどお話ししてないんですよ。私はそういうの嫌なんです。」


大好きな人からの、その言葉は嬉しかった。自分と気持ちが一緒だったからだ。

しかもそれは、じわじわくる類の喜びだった。

やがて彼は仰向きに寝た体の半身を起こし、サーシャの方を向いた。

彼女の吸い込まれそうなくらいの魅力的な瞳がこっちを真っ直ぐにみている。

アルバは照れ笑いを浮かべ、やがて繋がれた2人の手の上に、もう一方の手を恐る恐るそっと添えてみた。

彼女の反応が不安だったけど、サーシャは表情を崩さず微笑んだまま。

( 良かった…。 ) アルバはその事に心底安心したように胸を撫で下ろすと、そのまま一気に話し出した。

そう、狭いベッドの中で彼女と向き合い、昨日今日と彼女と話せなかったことを次々に口にしたのだ。余程鬱憤が溜まっていたのか、珍しくアルバは饒舌だった。

修道兵のみんなで戦った初めての戦争、有名な将軍との一騎打ち、ロハン軍を撤退に追い込んだこと…。

彼女は話すたびに、「すごかったです!」「素敵でしたわ。」「格好良かったです!」と、その美しい瞳をキラキラさせながらいっぱい感激し、褒めてくれる。

そして頭を撫でてくれたり、頬を優しくさすってくれたり…この夢のような時間にアルバはなんだか馬鹿みたいに嬉しくて楽しくて、つい先ほどまで子供のようにヘソを曲げて師匠やイケメン兵士に嫉妬していた事などすっかり吹き飛んでしまっていた。

しかもこんな教団の女神なんて呼ばれている彼女にここまで褒められるなんて、まるで本当の英雄になった気分だ。

ただ、話したくても話せない事もあった。

摩訶不思議な世界で出会ったジルとの事だ。ジルはサーシャの兄だと言っていたけど、彼がいうには彼女はその事実をまだ知らないって言っていたから、なんとく話さない方がいいなって思ったからだ。

だけどサーシャは一通りアルバの話を聞き終えると、彼の髪の毛を優しく触りながらその事に大きく関係する事を聞いてきた。


「そういえば…アルバはなんで急に髪が伸びたのですか?肌も何だか焼けているみたいですし…。」


まさか1年間も見知らぬ世界へ旅立ってました!って言っても、さすがの彼女も信じないだろう。


「う〜ん、なんでだろう…。あのセザール将軍が怖くて思わず伸びちゃったのかな。」


だから、そう言ってごまかした。するとサーシャさん、口に手を添えてクスクスと笑う。


「まぁ、アルバったら…冗談も言うようになりましたね。でも、これはさすがに長すぎます。明日、私が切って差し上げますからね。」


「ほ、本当ですか?」


「ええ、勿論です。」


「なんか…すごく嬉しいです。」 


「いえいえ、そのような事は当たり前というものです。それに明日は体の寸法も計らせてもらいますわ。」


「体の…寸法ですか?」


「ええ。冬はまだ続きます。お約束通り、鎧の下に着れるチョッキを作って差し上げます。」


サーシャのその優しい言葉と吸い込まれそうになるくらいの美しい笑みに、アルバは顔を真っ赤にして嬉しそうに頭を掻いた。

出会ったばかりの頃、服を一つしか持っていないアルバの為にサーシャは服を作ってくれると約束してくれていたけど、その事を彼女が覚えていてくれた事が何よりも嬉しかった。


「さすがにあのかっこいい兵士さんも、チョッキは貰えないもんな…。」


だから、そんな心の声を思わず口にしてしまった。それは普通なら心の中で思ってほくそ笑む内容なんだけど…不覚にも口からポロって出てしまったのだ。

それとともにサーシャも目を丸くして彼の顔をまっすぐに見つめてくる。

アルバは、「あっ…。」って、手で口を抑えたが、もう後の祭だ。

これでアルバが誰に焼き餅を焼いて、そして結構本気でその事を気にしていた事が暴かれてしまった。

するとサーシャさん、「まぁ…。」なんて言いながら目を輝かせると、細く長い腕を伸ばし、彼の黒髪をくしゃくしゃにして嬉しそうに言葉を弾ませる。


「ふふっ、確かにそうですね。チョッキを貰えるのはアルバだけです。」


彼女の表情はちょっと笑いを堪えているようにも見えた。


「え、えっと…。」


思わず口ごもる。

悲しいかな、そんな恥ずかしい内容の…更に細かい話まで知られた事に、いよいよ顔は赤くなり、目も泳いでしまうのはある意味仕方のない。

だけどそんな彼の照れた顔を見たサーシャは堪え切れなくなったのか、しばらくすると、またクスクスと可愛い笑い声を洩らし始めた。

彼女にしてみれば、彼が意味のない焼き餅を焼いている事がおかしくてたまらなかったのだ。しかもそれは、どちらかというと嬉しい方の部類だったからたまらなかった。

やがてアルバもクスッって笑いが洩れてしまい、観念したように首を振りながら笑みを浮かべた。

すごく恥ずかしい事だけど、よくよく考えれば今となってはどうでもいい事の様に思えたからだ。だけど本当の事を言えば、サーシャはこの時、その兵士さんが誰なのかまだ分かっていなかった。


「でも…あの腕を怪我してた兵隊さん…本当に格好良かったな〜…なんて…ハハッ。」


だからアルバがその事を誤魔化す様にそう笑ったとき、サーシャは大きく頷いた。ああ、あの包帯をしていた兵隊さんかって。


「そうですね。とても整った顔立ちをされてました。まぁ、独創的な髭も印象的でしたけど。」


「体つきも如何にも精悍で、”男!”って、感じで…。」


「…ふふっ、確かに鍛えられたお身体をされていました。」


「憧れます。ああ云うのが、かっこいい人って言うんですよね。俺とは正反対だ…。」


彼はなんとも情けない顔で自嘲気味に笑みを作り、息を落とした。

好きな相手の前で格好悪いって思うけど、虚勢を張れない彼は素直に愚痴をこぼしてしまったのだ。自分でもこの自信のなさには呆れるけれど、これは最下層の庶民として生き方が染み付いた負け犬根性のようなもの…そう簡単に直るわけない。

だけど一方のサーシャは、その彼の卑屈さが妙に愛らしかった様で、またクスクスと笑い声を洩らしてしまっていた。というか、彼女にとってアルバの話す事はどれも面白くて仕方がない様だった。


「うふふっ…確かに、今どきのモテ男って感じでしたね。」


「…サーシャも、やっぱりあんなカッコイイ人がいいんでしょ?」


また口が滑った。…ちょっと相手にも失礼…。

いやはやお前はどれだけ滑るんだって自分でも思うけど、まぁ、この絶世の美女の横に並んで歩くなら、自分よりもあの兵士の方が遥かに絵になるに決まってる。背も高かったし顔も精悍で、治療を受けているのに背筋をピンと伸ばして態度も堂々としていたんだもの。

100人に聞いても、100人ともあの兵士を指差すだろう。

だけどサーシャの答えは違う様だ。

は眉をひそめ、睨んできた。

…ちょっと怖い顔。


「馬鹿…。」


だけど彼女はそれだけ小声で言い放つと、顔を傾け再び天使のように小さく微笑んだ。だけどそれは…どうにも意味深な思い悩んでいる様な笑みだった。

アルバにはその笑みが、彼女のいろんな想いが詰まった心の奥底にそっとしまってある本音なのではないかと感じられて、思わずキョトンとしてしまった。

ちょっと間があった。

だけどこの後、サーシャはアルバが予想しない行動に出た。

彼女の手を包んでいたアルバの左手の甲に、あろうことか潤った桃色の唇をそっと添えたのだ。

もうね、それは全てが吹き飛ぶ青天の霹靂というやつだ。


「あの兵隊さんは…とても不安そうでしたのよ。」


彼女はそう切り出した。アルバは何とか冷静を装いながら返事を返す。


「…そ、そうだったんですか…。」


「ええ。彼にとってみればここは敵国。不安になるのも当然です。ですから私は、彼の心を少しでも落ち着かせようと手を添え、大丈夫、大丈夫って言い続けていたのです。」


その言葉を聞いてアルバは、とりあえず頷いたけど、あの時思っていた事をそのまま言葉にて尋ねる。


「えっと…何だかイチャイチャしている様に見えたんですけど。」


「フフッ…それではあの場所にいた修道士たち全員が、お怪我をされた方とイチャイチャしていた事になってしまいますよ?」


サーシャは何だか困った様な笑みを浮かべる。まぁ、それはごもっともだ。


「えっと…それでは、修道士さんたちは…みんながされるんですか?」


「そうです。外傷はともかく、心が沈んでいる方には…。」


「なるほど…。心か…。」


ちょっと納得した。心が病んでるときに、手を繋いでくれ一緒に悩みを共有してくれる人がいるのは、とても心強い事だろう。だって、今の自分がそうだもの。


「あの兵隊さんの様に不安がっている様な方には手を添えて一緒に不安を取り除いてあげるのが一般的です。そして死に直面している方や激しく恐怖におののいている方、寂しさに耐えかねている様な方には、時に抱きとめる場合もあります。」


サーシャはそう話しながら、手を伸ばしてアルバの頭に手をのせた。

そして彼の髪を優しく弄り始めた。

彼女の指は細く柔らかいから、どこを触られても気持ちいいんだけど、この時の彼はその事が気にならないほど、恐れおののいていた。

額に汗が滲んでるし、ちょっと震えたりもしちゃっている。

抱きとめる?

イヤイヤ、そんな姿を目の前で見たら間違いなくショック死しちゃうんですけどって思った。というか、こんな可憐なサーシャが本当にそんな事をするのかがとっても気になる…。するとだ。以前、槍使いのサカテが話していた言葉が頭をよぎった。

年下なんだから、甘えてみれば?って、やつだ。

あの時は余裕があまりになくて頑固に否定したが、今のアルバの精神は8歳児。何だか言えそうな気がする…。


「えっと…。それじゃ、俺が死ぬほど落ち込んでいたら…修道士さん…いや、サーシャは抱きとめて励ましてくれるんですか?」


ちょっと声が震えたけど、きっと上目遣いの瞳も自信なさげだったと思うけど…とりあえずは最後まできちんと言えた。


「えっ?私が騎士様をですか?」


「…は、はい。」


アルバが恐る恐る頷くと、サーシャはクスって笑って小さく息をはいた。

そんな彼女の様子を見て( やっぱり…そんな都合のいい話はないか…。 ) って、アルバは苦笑い。


「私が修道士として、アルバを抱きとめる事はないと思いますよ。」


そしてバッサリ。


「ハハッ…。それはそうですよね。」


珍しくがっついた自分が恥ずかしくなった。

よくよく考えればアルバは彼女の護衛。そんな自分が彼女に甘えたりしたら、本末転倒だ。そしてそんな馬鹿な事を言った自分をぶん殴りたい気分になる…。8歳児はそろそろやめようって思った。

それにしてもだ。

思い切り拒否されたことには、大きく沈む…。

これまでも何回かハグをした事はあった様な気はしたけど、あれはどうやら偶然か幻だったらしい。ふと見れば、透き通るような白い肌をした彼女が、切なそうな表情で自分を見上げている。まぁ彼には悲しそうな表情に見えてしまったのだけど。

( お、怒らせたかも…。 )って、若干の下心があったアルバは思わず仰け反った。


「アハッ。今日のアルバは面白いわ。」


だけど彼女は急に表情を崩してまた笑い出した。まぁ、喜怒哀楽全開で、話ごとのコロコロ変わるアルバの表情が面白かったのだろう。そして今の彼は何だか顔が膨れている。

だけどさすがに今度はアルバが何に膨れているかは、見当がつく。


「私が騎士様を抱きしめるのは聖女としてだけでございます。」


サーシャはそう言って、思い悩む少年に大きな笑みを届けたのだった。



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