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サーシャの手

さて、そんな駄々っ子のような少年にヤキモチを焼かれているなんてまるで知らないサーシャは、アルバの妄想のように先ほどのイケメン兵士と談笑を続けた訳でも、恋を語った訳でも、そこを動かなかった訳でもない。

ましてやイチャイチャもしてないし、乳繰り合ってもいないし、もちろんキスだってしていない。

アルバがこの場を離れた後すぐにその兵士の元を離れ、その場にいた全ての人々に次々に声をかけ、手を握り、時に抱きとめていたのだ。

なにせ若干やさぐれた彼とは違い、彼女の方はとても心が満ち足りていたから。

自分が正しいと思っていても、教団の聖地では中々出来なかった事が、ここ大地では出来る…それが何とも嬉しかった。

それともう一つ、実を言えば彼女をとても喜ばせる出来事があった。残念ながらそれはエマくらいにしか話せないが、彼女はその事があって、どんなに疲れていても、必死に民を勇気付ける事が出来たのだ。

そしてそんな彼女に、ルンの民はもちろん、敵であるロハンの兵たちも、何度も頭を下げて感謝の言葉を自分にくれた。そしてその事こそも自分の存在意義の一つである様に思えてならなかった。


「サーシャ様、お疲れ様でした。」


やがて一通り避難してきた人々を見舞ったサーシャが裏の建物に入ると、メガネをかけた丸顔の修道士が待っていてくれ、笑みを浮かべながらコップに入った水を差し出した。

親友のエマだ。


「まぁ…エマったら。”様”はやめてよ。」


サーシャは口を尖らせながら、親友であるエマからコップを受け取る。


「ここは部屋じゃないのよ。女神様を呼び捨てにしている事が誰かに知れたら、私は血祭りにあげられるわ。」


「何よ、それ…。もう公表いたしましょうよ。私たちはお友達ですって。」


「あんたはそれでいいけど、私はひどい嫉妬を受けるわ。勘弁して!」


エマは手をひらひらさせながら、首を振った。教団最高位司祭の彼女とお友達なんて事が公表されたら、まぁただではすまない。いろんな思惑を持った人間が近づいてくるし、言付けやお願い事の口利きを頼まれるのは火を見るより明らかだった。

サーシャはそんな彼女を見て、肩をすくめながら一度コップに口をつけると、思い出したようにエマに尋ねた。


「そういえば…騎士様は戻ってきましたか?」


「ええ。さっきまでここにいたわよ。」


そのエマの言葉に、サーシャの目が点になる。


「えっ?ここに?この場所に?」


「うん。あんたの事も見てたわよ。」


「まぁ…。何で声をかけてくれなかったのかしら。」


「あんたが忙しそうだったからじゃないの?」


エマが澄まし顔で唇を尖らせながら惚ける様にそう洩らすと、サーシャは追いかける様に顔を覗き込んでくる。


「…エマは、なんか理由でも知っているの?」


なんて、勘の良さ!って、エマは目を見開く。だけどそれは彼の名誉のために言えるわけがない。


「し、知りません。」


「そう…。じゃ、アルバがどちらに行ったか、わかる?」


「西の入口から建物に入っていったから…貴賓室の方じゃない?」


「…貴賓室ですか。」


サーシャは何とも寂しそうな表情をして、潤った唇に指を添えて何度かつついた。

彼女はいくら自分が忙しそうにしていたとはいえ、まさかアルバが声もかけずに何処かへ行ってしまうなんてと驚愕してしまったのだ。

( まさか…私といるのが嫌になってしまわれたのでは…。 )なんて思ってしまい、何やら背筋が凍るかの様に戦慄が走る。

今のまま彼が何処かへ行ってしまったら、それは元の木阿弥、彼女が膨大な時間をかけて築いた全ての苦労が水の泡になってしまう。

サーシャはブラウンの大きな瞳をせわしなくパチパチさせて、何だか手まで微かに震えさせてしまっている…やがて彼女はそのまま何かを思い悩む様に押し黙ってしまった。


「サーシャ…そんな心配ならみんなに探させようか?」


全てを知るエマが丸メガネをクイってあげながらそう尋ねると、彼女は小さく首を横に振った。


「皆、忙しいですから…自分で探すわ。」


「…わかった。みんなには、女神様は一度お休みになられたと言っておくわ。」


「ありがとう、エマ。じゃ、また後ほど。」


サーシャはそう言ってコップを彼女に返すと、黄金色の髪を何度もさすりながら、そそくさと奥へと消えて行った。





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