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それぞれの戦後と想い

ロハン軍が撤退したーー。


その一報が、ルン執政官宿舎にもたらされたのは、それが現実となってから2時間後の事だった。しかも自分たちのルン正規軍ではなく、教団最高位司祭サーシャ・カスティリャと、その騎士であるアルバという者に率いられた修道兵によって…。

破顔した秘書の男からその報告を受けたとき、その場は一瞬静寂に包まれたが、やがて拍手が巻き起こった。


ここは世界でも有数な経済都市であるルンの政治を司る建物である。

その建物の2階にある長細い会議室で、12人のルンの長老たちとともにその知らせを聞いたジェニファ・ロダンは、しばらく表情を崩すことはなかったが、やがて誰にも悟られる事もなく安堵のため息を漏らした。

そして薄暗いこの部屋の中央にデンと置かれた黒木の長机に陣取り、なんの策も思い浮かばず押し黙っていた長老たちも、よほど安心したのだろう。椅子に大きく凭れかかりながら、ようやく流暢に言葉を吐き出した。


「やれやれ、これで一安心ですな。」


「じゃがこれでまた、教団にますます頭が上がらなくなるの…。」


「しかし噂に聞く、カスティリャ家の御方がお出ましになられるとはの。我らは運があったものじゃ。」


「サーシャ様はたいそうお美しいというではないか。死ぬ前に是非にとも拝んでおかんとのぉ。」


つい先ほどまで棺桶に片足を突っ込んでいた老人たちの軽口を聴きながら、この街の統治者であるジェニファは、20cmはあろうかというご自慢の白い顎髭を摩りながら、満足そうにもう一方の手の指で机をトントンとつついた。そして、何かを思い出すように鋭い目をゆっくりと閉じる。

思えば数日前、ロハン将軍セザールが脅しにきた時は、彼自身がルンの命運は尽きたと思ったものだ。ひと月前ほどから不穏な空気を察知していたロダンは、金にものを言わせて傭兵を囲い込んだり、軍を率いた経験のある部隊長を探したりと躍起になっていたが、最大のピースである英雄コルドバという剣士の協力を取り付けることが叶わなかった。

その御仁さえ味方につければ、ロハンとて何もできなかったと思うが、なんとか探し出しここへ招聘することまでは出来たものの、コルドバは結局首を縦に振らなかった。

理由は、今でもわからない。

コルドバを味方につける事が出来ず、いよいよ崖っぷちまで追い込まれたルンだったけれど、結果的には教団の力により街は救われた。

ここルンは、聖地とともに教団の重要拠点であるルン修道院がある場所だからといえばそれまでだが、まさか教団の支配者の娘であるサーシャ・カスティリャが、聖騎士を伴ってここルンまで来てくれた事で勝負はついた。それはジェニファ・ロダンにとっても予期せぬ幸運で、紙一重だったが、ギリギリで街は救われたのだ。まぁ、実を言えばそのサーシャが聖地からこの街にやって来たというのは誤解で、たまたま居合わせただけだったが。


「まぁ、今回は教団に華をもたせてやらねばのぉ。それだけの事はしてくれたのでな。」


ジェニファ・ロダンが様々な思いを胸に秘めながら低い声でそう漏らすと、他の老獪な面々も大きく頷いた。


「人心掌握には、彼らはもってこいじゃ。大きく頭を下げて、街が安定するまではせいぜい利用させてもらわねばの。」


「だがこの戦いでルンの街が疲弊している事はすぐに広がる。他の国や街に攻め込まれぬ為にも、そのカスティリャ家の一人娘と、その聖騎士とやらに、しばらく街にとどまってくれるよう進言してはどうかの。」


酸いも甘いも知っているご老体たちの腹黒い物言いに、ジェニファ・ロダンは思わず苦笑いを浮かべた。まぁ、自分も80を越えていて彼らと同じように後期高齢者である事は間違えないが、ここまで捻くれている訳でもない。


( だが、それはそれでこの機会に教団との結びつきを強くしなくてはのぉ…。 )


ただ、やっぱりどこかでそんな事を思惑するあたり、ジェニファ・ロダンもそのまま善人という訳でもなかった。

でもね、理由はどうあれ、彼だけはこの街を救ってくれたカスティリャ家の一人娘とその騎士、そして修道兵たちには、礼節を持って感謝の意を伝えようと思っていたのだ。


「とりあえず、明日の朝いちばんにでも、そのカスティリャ家のお嬢さんに会いに行ってみるとするかの。」


今日はもう遅い。というか朝の3時だ。ジェニファ・ロダンは、そう言って杖を床につけると、談笑を続ける老人たちに挨拶をすることもなく、そのままゆっくりと席を立ったのだった。



一方のルン修道院には、一旦戻って来た修道兵たちによって勝利が伝えられた。

修道院に逃げ込んでいたルンの民は一斉に安堵のため息を落とし、修道士たちは歓喜に湧いた。彼女らは、その事をこの巨大な修道院にいた全ての人々に伝え終えると、すぐに食料庫を開けたり、衣料品・薬などを用意したりと、ケガ人などを迎える準備を始める。

戦争が終われば、その後の事後処理が大切だからだ。

やがて敬虔な信者で、サーシャに従い自ら捕虜となったロハン兵たちの手伝いによって、中央通りに潜んでいた兵士やケガ人なども敵味方の見境なく助け出され、巨大なルン修道院の祈りの間や地下に続々と集まって来ていた。

修道士や街の人、そして元気な兵士たちが、皆に水や食料を配ったり、怪我の手当てをする様は、如何にも教会らしい光景と言えば光景だ。

ただ、戦争が終わっても外が危険なことには変わりがない。


「街が安定するまでは、女子供はここ修道院で匿うのです。」


修道兵と共に戻ってきたルン修道院の女長であるセドリーヌは、修道士たちにそう厳命したのだった。



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