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馬を操れない騎士

さて、そのロハン軍を追い詰めているアルバとサーシャは、怪我が酷くない100名ほどの修道兵を率いながら、敵を街の外へ追い出そうと必死に走っていた。

ルン修道院の前にある広場の手前で、侵攻してきたロハン軍をなんとか止める事に成功したアルバたちは、そのまま逃げ惑うロハン兵を追い立て、ついには中央通りの中盤あたりまで敵を追い払う事に成功していた。

なにかそれだけ聞くと、彼らがここまで大変なご苦労をしてきたと思ってしまうけど、実を言えばあれからアルバたちがやった事は大した事ではない。

最初のうち、サーシャは修道兵たちに「騎士様は敵のセザールという将軍を討ち取られました。その事を大声で敵に知らしめるのです!」と伝え、アルバが聖騎士であるという事ともに、その事を敵に風聴して回ったのだ。

だが、こんなつまらないことが効果覿面。

何しろ、セザールはロハンの英雄で、彼らにしてみれば世界一の剣豪。そんな将軍を一騎打ちで破ったなんていうのは、もうアルバが聖騎士だって証明した様なもんだもの。いくら将軍に対するロハン兵たちの忠誠が高いといっても、敵討ちのために数万の軍を一閃するって伝えられる聖騎士に向かっていく無謀な輩は少ない。

だから、そこからは戦いにすらならなかった。

ほとんどの兵がアルバを視界に収めた途端、やれ聖騎士が来たと言っては剣や槍を捨てて逃げていき、サーシャを見れば、神様!すいませんでした!もう二度としません!と平伏され、修道兵を見れば「慈悲深い修道士様。反省しております。どうか、我々を聖騎士さまの的から外してください。」と懇願される始末。

稀に先ほどのように立ち向かってくるお馬鹿もいるが、それもアルバに宿った不思議な力”神速”で打ちのめせば、その周りの兵たちは一斉に静かになり降伏する。

そして半刻程経ったあたりから、アルバとサーシャの姿を見るだけで一目散に逃げていくロハン兵が目立つようになる。要は修道士たちの陽動作戦が功を奏したのだ。

そのことを確認した修道兵たちは、敵に占領されつつあった民家や商家を周り、ルンの住民を助けるという任務遂行にと自然と役割を変えていった。ロハン軍の人攫いや略奪を阻止するためだ。

まぁ、聖騎士のアルバがいれば、自分たちが無理にサーシャを守る必要はないと思ったのもあるのだろう。

まぁ、2人のその姿を見るだけで敵兵は逃げていくのだから、そう思っても不思議はない。

そんな訳でアルバも剣を振るうことがなくなり、ただ敵を威嚇して走り回るのも疲れるので、サーシャの白馬に騎乗して、馬の上から敵を追い払い始めていたのだった。ただアルバは馬に乗ったことがないため、駆っているのはサーシャという切ない状態だったが。



「騎士様。お疲れではありませんか?」


サーシャは、馬を器用に操りながら、自分の背中に捕まっているアルバにそう声をかけた。中央通りを軽快に進む彼らの辺りのロハン兵は一掃され、目の前には逃げ惑う多くのロハン兵の背中しか見えない。ほとんど危険はない…サーシャはそう判断し、アルバにその問いをしたようだった。


「大丈夫です。サーシャは平気?」


アルバは、彼女のくびれた腰におっかなびっくりで手を回し、なんとか捉まっている不安定な状態でそう聞き返した。その時はサーシャの黄金色の髪の中に顔を埋め、後ろから抱きついているっていう、騎士様としてはなんとも情けない格好だったのだけど。


「もちろんです。騎士様がちゃんと守ってくれましたから。」


サーシャはちらっとこちらを振り返って笑みを見せてくれる。


「良かったです。今回もサーシャをちゃんと守れて。」


「アハッ。貴方はいつも私を助けてくれております。とても頼りにしていますわ。」


「…ありがとう。でも、この状態は流石に情けないな…。」


アルバは思わず彼女の背中に顔を埋めた。


「ん?この状態って…なんの事ですか?」


「え?…ほら、騎士なのに馬にも乗れないなんて…って事です。」


騎士って文字の中にも、馬の文字、あるしね。普通ね、馬には最低乗れなきゃダメでしょって思う。だけど、そんな小さい拘りを見せたアルバに、サーシャはクスって笑ってあっけらかんとして答えた。


「まぁ…騎士様ったら。そんな事、気にされているのですか?」


「つーか、普通に考えても騎士っていうのは馬に乗るものでしょう?」


ーー間違えない。だが…


「ふふっ。アルバは今日、どれほどの偉業を成し遂げたと思っておいでですか?そのような事、取るに足らぬ事でございますよ、騎士様!」


そう言って、再び微笑んでくれたサーシャ。

その横顔は優しい…この人は本当に優しいって寧ろ感動した。普通なら、あんたは騎士のくせに馬にも乗れねーのかよ!って言われてる場面だもの。サカテあたりなら確実にそう突っ込まれているには間違えない…。

アルバは図々しいとは思ったが、その事が無性に嬉しくて思わずサーシャを後ろからギュって強く抱きしめてしまった。…褒められた事がなんとも嬉しかったのだ。

彼女は一度ビクッってしたけど特に何も言わず、彼のしたい様にさせてくれた。

本日2回めのハグをしてしまった…アルバは彼女の黄金色の髪の感触を感じながら、がっついてしまった事を少しだけ後悔した。

( さすがに2回も抱きついたら怒られる…よな。 )

って、ちょっぴり不安にもなった。

サーシャの本当の騎士である”師匠”なる人物に大変申し訳ないし、彼女も本意ではないはずだ。

だけど、ここまで彼女の期待に応えたのだ。このただの物売りが…。

ご褒美…って事にしようって思った。彼女だってこの位は我慢してくれるだろうって。

そう思わないと、とてもではないが心がいたたまれなくなるというものだ。

ただ流石に今は戦争。先ほど馬を取りに行った時に、サーシャは白ローブの下に革製の鎧のようなものを着込んだようで、あまり体温は伝わってこない。

…それが、なんとも寂しかった。

アルバは変な世界に迷い込んで、空想時間的に一年もサーシャと離れ離れだったというのもあるけど、なんか今日は周りのみんなが彼女を女神とか神様とか言うから、ますます彼女が遠い存在に感じられて、妙に寂しくなったのかもしれない。

あれだけの戦いを見せても、彼は所詮16歳の男の子。ちょっとした事で気持ちが揺れ動くのは致し方のない事だ。

神様…か。

アルバは彼女に後ろから抱きつきながら、ふとそう呟いた。

自分と女神の間には、様々な障害があることは承知していてるんだけど、神様と人間って恋人になれるのかって疑問を持ったのだ。

つーか、それを言うなら彼女の正当な騎士である師匠さんもそうなんだけど。

それとも師匠さんも神様なのかな?って、思った。

だとしたら、ますます自分とサーシャの未来には希望がない。


「サーシャって…神様なの?」


と言う訳で、そんな子供っぽい質問を思わず口にしてしまった。まぁね、今時10歳の子供でも口にしないような突拍子もない質問だ。

「えっ?」って彼女は、驚いた顔で振り返る。まだ戦争真っ只中で、それはとっても危険な事だったんだけど、アルバは構わず彼女の美しいブラウンの瞳を凝視した。すると彼女は、顔を前に向き直して、少しだけ笑いを漏らしながら答える。


「ふふっ、騎士様は私が神様に見えますか?」


「えっと…たまにそう見える時があります。」


「もう…アルバったら。だいたい、わたしの頭の上には、輪っかとか付いてないでしょう?」


「でも、さっき、雷を落としましたよね?」


「あれは私がした事ではありません。自然の摂理で、偶然です。」


そう言い張るサーシャ。だけどアルバはあの雷が落ちる少し前に、彼女がなにやら意味不明な言語をしきりに唱えていたのを目撃している。…絶対に怪しい。

彼が納得しないように大きなため息を漏らすと、サーシャはまた意外なことを口にしだした。


「でも、それを言うならアルバの方が神様みたいでしたよ。」


「へ?なんで?」


「だって…敵の有名な将軍さまを一騎打ちで討ち果たすし、5,000もの軍隊を一人で黙らせ、追い返したんですよ?その様子をずっと後ろから見させていただきましたが、まさに神様でしたわ。」


「いやいや、あれはサーシャがそうしろって言うから…。」


「ふふっ、いくら人に言われたからって、あんな事は常人にはできませんでしょう?流石は私の騎士様は違うわ…と感服いたしました。」


サーシャはそう言って嬉しそうに背中を震わせた。


「いや…でもさ…。」


「あはっ。何をおっしゃられても、事実は変わりませんよ?貴方は修道院ばかりでなく、このルンの民、全てを守ったのです。ほら、私が最初に言った通りになったでしょう?」


得意げにそんな事を話すサーシャに、アルバは口を噤むしかなかった。

確かにそうだけど…言いたい事はわかるんだけど…ねぇ…と。

アルバがとんでもない実力の持ち主で、最初からこうなる事が分かっててやってるならいいんだけど、何しろ理由も分からぬままいつの間にかこんな事態になってしまったのだから、実感なんてある訳がない。奇跡と偶然の綱渡りを、おっかなびっくりしながら続けていたら、こうなった!って思うしかないのだもの。

ただ、アルバが首を傾げながらそんな事を不思議がっていても、彼女が言った通り事実は覆らない。2人を乗せた白馬は、すっかり戦意を失ったロハン兵たちを順調に街の外へと追い立てていく。

もとより、前線でアルバとサーシャの力を目の当たりにした兵士たちが、2人を見て「聖騎士がきたぞ!!」「逃げろ!逃げろ!!」と騒ぎ立てながら、問答無用で逃げているのだ。ちゃんと意味が分からなくても、中段や後ろに控えていた多くの兵士たちも彼らに続いて逃げるしかない。

アルバはその様子を見て( 人の思い込みっていうのは、ある意味怖いな…。 ) なんて呑気に思ったものだ。自分は只の物売り、聖騎士ではない。ただ、神の如き神々しいサーシャと一緒に馬に乗っていて、後ろに修道兵を率いているだけだ。

それだけで、相手は自分の事を聖騎士だと勝手に勘違いし、逃げ惑っている…はっきり言えば、ハッタリ、詐欺もいいとこだ。

確かにさっきは奇跡的に15人をいっぺんに倒すことができたけど、目の前を逃げ惑う五千の兵にいっぺんに襲われれば、勝つ見込みなんてない。

( なんで敵は、反撃してこないのだろう…。 )

戦争なんてものをまるで知らないアルバには、その事が不思議でならなかったのだ。





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