サーシャの困った言動
一方のロハン兵はと言うと、次々と起こる不測の事態に皆が戦々恐々としていた。
ようやく修道士のバリケードを突破しこれからルン執政官宿舎に突撃する算段だったのに、いきなりの落雷。
その場にいた全兵が大地に転がされ、どうしたことかと途方に暮れていたら、今度は純白のローブに身を包んだ世にも美しい女性が白い馬に乗って悠然と現れた。
黄金色の髪をふわっとさせたその御仁は、清廉で神々しい。
そして何より、美しい。
云々、貴女様がさっきの雷を落とした張本人で、まぁ予測するに神様ってことですよね!って、みんなが思った。
神の使いである修道兵たちを助けに来たんだって。
見れば、さっきまで戦い疲れてボロボロだった神に仕える修道兵の皆様が、その御仁の登場で急に生気を取り戻し、まぁヤケに元気なんだから、そう思うのも仕方ないし、大方はあっている。
「私の可愛い子供達に、剣を向けるお前たちは何者なのです?」
そして黄金色の髪の女が、大地に転がされた自分たちロハン兵に言い放った最初のお言葉がそれ。
決して大きな声じゃないのに、透き通るようなその美しい声はその場にいた全ての人間の耳にはっきりと届いた。
心なしかその女の身体は白い輝きを放っている。もう間違えない…。
( か、神様だ。ホンマもんだ…。 )
ロハン兵は恐れおののきながら、顔を狼狽させながら一斉にその女を見上げたものだ。
まぁこの世界、ほとんどが教団の信者ってところだから当然と言えば当然だ。
だけどね。
まぁどこの世界にも馬鹿…というか無謀な者はいる。
特にこんな戦闘中でアドレナイン全開の時は、そういう御仁も出やすいものだ。
「俺たちは、天下のロハン軍だ!なめてんのか!」
やがてロハンの軍の中からそんな声が上がった。
「そうだ!カッコつけやがって!女のくせに偉そうに!!」
「敵は少数だ!!皆殺しだ!!」
とっても少数派だったけど、そんな声が上がった。まぁ、サーシャの登場で皆が静まり返っていた最中だったから、その声はとってもよく辺りに響いた。
云々、その声を聞くにつけ、事態を飲み込めない馬鹿は3名ほどいたようだ。
そしてそういうノリに思わず乗ってしまう御仁も少なからず存在する。
手柄を上げて名誉やお金が欲しい人や、とにかく暴れたいって兵士たちだ。
やがてその3人に意見を共にする数名が、ゆっくりと立ち上がりサーシャを睨んだ。
まぁ様々な思考の人々が集まる軍隊という組織ゆえそれは仕方のない事ではあるのだが、他のロハン兵が戦々恐々とする中、女神サーシャはその数名を静かに見つめて、再び不遜な声をあげた。
「元気が良いですこと。ですが、早々に自分たちの街へ帰る事が身の為と思いますよ。それとも私の騎士様と命のやりとりをいたしたいのかしら?」
馬上から無表情にそう言い放つサーシャ。
彼女の美しさに神々しさが相まって、その言葉は静かな優しい口調なんだけど迫力は中々のもの。
やがて、倒れ込んでいたロハン兵の中には、姿勢をただし跪く者まで現れた。それは敬虔な教団の信者である兵士たちで、そのほとんどがそうしたものだ。
だけれども彼女の正体を知らない無謀で元気な10数人の兵士たちは、拳を掲げ喚き散らす。
「な、なんだと、このアマ!!」
「騎士様っつうのはどいつだ!!?前にでやがれ!」
当然、そんな言葉が返ってきた。
みんなイケイケで、剣や槍をサーシャに向けて、足を大地にドンドンと突きながら威嚇するように、とにかくまくし立ててくる。まぁ、自分たちは勇猛で有名なロハン兵だと自負しているからこそ、そんな脅しに屈するわけにはいかないっていうのが本当のところかもしれない。
そんなやけに暑苦しい連中を静かに見渡したサーシャは「しょうがない人たちですこと。」なんて苦笑して、彼女の白馬に寄り添っていたアルバに目を向けた。
そのうっとりとした視線の先には、もちろん彼女の騎士様がいる。
そう、立派な2本の剣を構え、銀の鎧がなんとも似合うアルバだ。
だけれども、当の騎士様の顔はこわばっていて、なんとも不安そうに顔を傾げながら彼女を見返している。その顔が彼女にはあまりに愛く見えてしまって、思わず笑みがこぼれてしまった。
「ふふっ、騎士様。出番でございます。」
「えっと…あの人たちを?」
恐る恐るそう尋ねるアルバ。
なんとなく予想はつくのだけど、一応尋ねてみた。するとサーシャは馬から身体を乗り出して、潤んだ瞳でアルバの顔を覗き込み手を合わせながら予想通りのお言葉を述べる。
「この連中を黙らせて、街から追い出しましょう。」
「や、やっぱり?」
「はい。…お力を貸してくれますか?」
その問いにアルバは自らの頬を手で何度も擦り、やがて何とも困った表情を浮かべながらもゆっくりと頷いた。
本当は、嫌だ。
何せ敵は大軍、怖いもの。
だけどどうせ断ったところで事態は変わらないし、このままじゃ自分も死んじゃうし、そもそもサーシャの願いを自分に断れるわけもない。無一文の自分を旅に同行させてくれる雇い主だし、大好きだし、自分は自ら彼女の騎士を買って出たのだから。
( やるしかないって事か…。 )
なんて首を振りながら、アルバは左手に黒剣、右手に聖剣のガリネウスを構えて、恐る恐る前に出た。
とは言えだ。一対五千。まぁ、直近は一対二十くらい…(勝つ見込みってあるのか?)って、庶民で呑気もので田舎者のアルバは首を捻る。
目の前には、先ほどサーシャに暴言を吐いた渋い紅色の鎧に身を纏った厳ついおっさんたちが剣や槍を構えながらこっちを睨んでいて、今にも飛びかかって来そうな勢い…。絵に描いたような前傾姿勢だ。
元来臆病であるアルバはやっぱり最初は身震いしたんだけど、どうやら体と脳は別物のようで、しばらくすると体が勝手に動く。微かに半身になりガリネウスを敵に向けた。
そう、いっぱしの剣士の様に、かかってこい〜! みたいな格好になったのだ。
ただ、自分では精一杯威嚇しているつもりだったのだけど、アルバの見た目は所詮ガキ。
いくら立派な剣を二本持っても、教団の上級修道兵の鎧を身に纏っていても、一見するとやっぱり華奢な少年である事には変わりがない。
大きな目はクリクリだし、髪も伸びちゃってぼうぼうで、体だって小枝。
当然、敵はそんなアルバの外見を見て、拍子抜けしたような表情を浮かべた。
「…なんだ、ガキじゃねぇか!」
「しかもヒョロヒョロかよ…。」
聞こえたその言葉は、実にごもっともな感想。アルバ本人だって、敵のご意見に納得だ。百戦錬磨であるロハンのイケイケ兵士から見れば、こんな貧相な自分など聖騎士どころか剣士にすら見えない事だろう。脅した効果も全く見られないし感じない。だけど、その言葉にサーシャ一人が不満の声をあげた。
「私の騎士様を侮る事は許しませんよ。コテンパンにされたいのですか?」
その言葉に敵ばかりかアルバですら目を丸くした。むしろ彼は、何て事を言い出すんですかって思った。そんな敵を挑発する言葉を言ったら、余計危ないでしょう!って。
そして彼の予想通り、サーシャの威光にも屈しなかった兵士たちは、すぐに声を荒げて言い返してくる。
「けっ!何が騎士様だ!こんな素人みてぇなガキ!」
「もういい!とりあえず、ぶっ殺せっ!」
なんて大声をあげながら、ついにその勇敢なロハン兵たちは、アルバに向けて突撃を開始した。大きな体を唸らせながら、揃いも揃ってガニ股でドタドタとこちらに向かってきた。
またね、敵兵はサーシャの挑発にすっかり乗ってしまったようで、顔はこわばみ、目は飛び出さんばかりに怒っている。アルバが指差しで確認しながら敵の兵数を数えると、だいたい15名様くらいの団体様だ。しかも、ご丁寧に皆が力自慢とか喧嘩上等っていう御仁ばかりとお見受けした…。
( 勘弁してくれよ〜。 )って、アルバはドン引きだ。若干恨めしそうに馬上のサーシャを見上げたが、彼女は女神の微笑みを浮かべるばかりで、むしろ涼しい顔をしている。
アルバは小さく息を吐き苦笑いを浮かべると、顔を少しだけ振り向かせながら、後ろの馬上にいる彼女にいつもの疑問を口にした。
「俺、あんな怖いおっさんたちに勝てますかね…?」
「ふふっ。このような輩、騎士様にかかれば泣いて逃げ出しますよ?」
「…そう…かな?」
「そうですよ。寧ろ、あまり虐めすぎないようにしてあげてくださいね。」
サーシャの言葉を聞いた途端に、足が前に出た。敵も迫っていて、サーシャを守んなきゃいけないからなんだけど…所詮もう戦うしか道はない。若干、ヤケだ。
そして、剣や槍を向けながらこちらに走ってくるロハン兵に、彼がようやくしっかりと目を向けた時だった。すでに敵兵は目と鼻の先だったんだけど…。
( あれっ? )って、思った。
向かってくる15名の団体の敵さん…動きが遅すぎる。
つーか、先ほどのセザール将軍と違って隙だらけ。
みんな筋肉隆々で顔もおっかなくて体も大きいのだけど、次々と弱点や隙が伺える。
やがて、アルバの目は一瞬で敵15名を大地に転がす絵を映し出していた。
それはジルに与えられた神速という意志の力なのだけど。
( なんとかなりそうだ! )
いよいよ敵が槍を振りかざした時、ようやくアルバの体と心が繋がる。
最初に三方向から一辺に槍をついてきた3人の兵士たちーーアルバは体を屈め全ての槍を綺麗に躱すと、そのまま3人の足を剣ではらい大地に転がし、瞬時に天高く跳躍。彼のあまりの素早さに敵兵は何が起きているのか理解することすらできない。天高く飛び上がったアルバは、前方の敵の頭上を悠々と飛び越えるとそのまま相手のど真ん中に飛び降りた。「げっ!!?」なんて敵の第一声が聞こえた途端、彼は体を駒のように回しながら暗剣と聖剣を一気に振るう。盾を構える隙さえ与えないその鋭い動きは、一瞬でロハン兵の腕や腰を払って8名をその場から弾き飛ばした。そして少し離れていた場所にいた残り敵兵2名には、鋭い目線と暗剣と聖剣を突きつける。当然、彼らは動くことすら叶わなかった。
その2名の額の寸前でアルバの剣はピタって止まったのだもの。
「 あわわっ…。」
って、2人は漏らしながら剣を大地に落とし、その場に倒れこむ様に尻もちをついた。
…要はビビってしまったのだ。
その一連の動きは、アルバが剣を交えてから3秒もかかっただろうかっていう一瞬の出来事だった。
「ぐぁっ!?」「ギャッー!」「ドワァー!?」
アルバが剣を下ろすと、ようやく先ほど弾き飛ばした敵兵たちの痛みが神経を伝ったのか、それぞれが悶絶の声をあげて、大きく大地に崩れ落ちた。かろうじてアルバの剣を偶然に盾で受けた兵士もいたが、その兵士の盾は粉々に砕け散って跡形もない。
気がつけばアルバを襲ってきた15名ほどの兵士は、その全てが石畳に倒れ込んでしまっていた。ある者は悶絶し、またある者は腰が抜けてしまっている。
すごい所業だった。一体何が起こったのかとロハン兵は目を丸くするしかない。
( 良かった…。なんとか、上手くいった。 )
だけれども、それをやり遂げたアルバは安堵のため息を落とし、心の底からホッとしただけ。いやぁ、自分は怪我もしてないし、サーシャのとこにも敵兵を行かせなかったのだから、まずは合格点だ!って嬉しかったのだ。
そして彼が肩の力を緩めると、ようやく事態を把握した周りから一斉に声をあがった。
ロハン兵からは、「ひっー!!」やら「なんて事だ…。」なんて、不安そうにどよめく声が上がり、明らかにみんなの腰が引けていたりした。
一方の修道兵たちからは、大きく元気な黄色い歓声が上がる。
「聖騎士様!!聖騎士様!!」
「さすが教団の守り神!」
「さすがサーシャ様の騎士様!」
噂に聞く聖騎士の素晴らしい強さに、修道士のみんなが口々に賞賛の声をアルバに浴びせた。何せ、目の前で15人の兵士たちが一瞬で張り倒されたんだから、彼女たちのその反応は当然だ。だが何度もいうけど、アルバは聖騎士でもないし守り神でもない。ただの物売りだ。あえて言えば、変な世界に旅立ってしまった所為で、体と剣技は少しだけ変化したみたいだったが、悲しいかな頭と心は追いついていない。
だけど、その彼女たちの叫びは大きな効果まで生んだ。
そう、彼女たちがはしゃぎながらつい口に出してしまったその言葉に、ロハン兵たちの顔には、ありありと恐怖が浮かび始めたのだ。
聖騎士…?
もうね、ロハン兵たちは開いた口が塞がらない。
えっと…それって世界に26人しかいない教団が誇るテンプル騎士団の別名ですよね?滅多に表に現れないから伝説みたいに言われているけど、一人で数万の軍を撃退するっていう化け物の事ですよねって…。
みんなが一斉に、2本の剣を掲げたアルバに目をやった。
云々、顔は少年のように童顔だし、体型だって女の子のように華奢だけど、闇に月明かりと松明の光で照らされ、美しい弧を描く暗剣と聖剣を構えたアルバの姿は、なんだか剣士としての雰囲気があった。まぁそう見えたのは、聖騎士と聞いてみんなが妄想を広げてしまったというのがそのほとんどの理由なのかもしれないが。
そしてその様子を満足そうに見ていたサーシャが、満を辞して用意していた言葉を言い放つ。
「神に愛されし、美しき修道兵たちよ!今こそ聖騎士アルバ様に続き、敵を街から追い出すのです!」
その掛け声に、200名近い修道兵のみんなが「オッー!」って応えた。
まぁ、怪我の痛みも弱い心も全てをサーシャ登場によって消えてる彼女たちだ。サーシャも聖騎士もいるこの状況では、恐るものも何もあったもんじゃない。
そして、なんか自らの技に頭が追いついていないアルバも、やけくそになりながら、5,000のロハン兵に突っ込んで行く。そしてそれに続くサーシャと修道兵たち。
5,000対200。兵力差は20倍以上。
普通ならどれだけアルバが強くなったといっても、数だけ見ればロハンの優勢は明らかなんだけど、この時のロハン兵は総崩れとなった。
跪き、修道兵に投降した兵士以外は、一目散にその場から逃げ出したのだ。
「に、逃げろー!聖騎士だ!」
「本物だ!!皆殺しにされるぞー!!」
「か、神様の鉄槌が放たれたんだ!!早く、下がってくれー!!」
そう叫び、逃げ惑うロハン兵たち。
なんでって思うかもしれないけど、理由は簡単。士気が保てなくなったのだ。
戦争は数よりも士気の高さによって戦況が大きく左右する。どんなに数がいても、みんなが弱気になり戦う意欲が失せれば、それは烏合の衆。この時もそんな状態になったのだ。
何せ、相手は泣く子も黙る聖騎士様と本物の神様みたいな黄金色の髪の女。
聖騎士の力も勿論怖いけど、子供の頃から神様には逆らうな!と教会で教え込まれて来た普通の兵士たちにとって、今の状況はとんでもない事態なのだ。
何しろ神様とその御方をお守りする聖騎士様のご登場だもの。
それに初めから、ルン修道院の破壊というミッションに懐疑的だったロハン兵は、そのことが神の怒りに触れたと思い込み、前方にいた兵たちは恐れをなして一目散に逃げ出した。その事が、後ろにいた兵士たちを益々混乱させる要因となってしまったのは皮肉というより他ない。
「逃げろー!下がれ!下がってくれー!!!」道を囲む4,5階の煉瓦造りの建物に前線の兵たちの悲痛な叫びが響きわたる。だが徳利の首の形の様に狭くなっている通路が邪魔になって、その場所だけ大渋滞。それでも彼らは我先にと逃げ出そうと必死だ。
やがて、前線から後ろに逃げてきた兵士を見て、中盤に待機していた兵士たちが目を丸くして頭を抱えた。自分たちは逃げればいいのか、突撃すればいいのかわからないんだから。
いくら統制のとれたロハン軍でも、こうまで混乱したら正確な状況は伝わらない。
どんどん話が大きくなり、将軍セザールの代わりに軍の総指揮を代行していたスカラ副将軍の元に話が来た時は、「ルン修道院を襲撃しようとしていた事が教団の中央に知られたようです。怒り狂った神々と聖騎士10名ほどが、こっちに向かって来ている。すぐに退却の合図を!」って、米粒一粒のことが米俵5俵くらいまで話が大きくなって伝わってしまったのだ。




