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落雷

いきなり漆黒の空が白く輝いた。

いや、むしろビカッて光った。

もうね、なんの前ぶりもなく、予告も予約もないサプライズみたいに…。

それはロハン兵と修道兵が戦うルンの街はるか上空で、いつの間にやら姿を表した黒い漆黒の雲の中からだった。

さっきまで雲ひとつない銀色の月と満点の星空だけの世界だったのに、急に雲が現れフワッって光ったのだ。

もうね、一瞬、昼間になったんじゃないかってほど、辺りが明るくなった。

その大地にいた全ての人間の目が見開き、動きを止め、天を見上げる。

ゴゴッーー!ズドォーーン!!

次の瞬間、轟音とともにひとすぢの稲光が、エマとロハン兵のちょうど真ん中あたりに飛来した。…瞬きする暇すらもなかった。

きゃーという悲鳴の声と驚きの唸り声、それに石が砕けとぶ重い重い音が響き渡る。

そして、そのいかづちは激しく大地を揺らし、その場にいたロハン兵はもとより、修道兵まで全てを石畳に転がしたのだ。それほど雷の衝撃はすざましいものがあった。

そしてそのいかづちに打たれた石畳は真っ黒焦げになりながら破壊され、道の周りにそびえ立つ石造りの建物さえも小刻みに揺れ、微かな埃を舞き起こしている。


「なっ、なんだ!?」


ルン修道院の手前の広場で向かい合っていたロハン兵と修道兵双方が震えあげながら疑問の声をあげる。

だが…何もない。いきなり天より舞い降りた”いかづち”の後は、全てを飲み込むような静寂が届けられた。

修道兵はもちろん、ロハン兵も動けなかった。地面に転がされたまま、石畳に膝と手をつけて息をひそめながら辺りの様子を伺うように首を回している。

首以外は、その場のみんなが固まってしまった状態だった。

カツ、カツ、カツ…。

と、ルン修道院の方角から、一頭の馬が向かって来る…ゆっくりと悠長に…。

一斉に、その場に転がっていた皆々がその音がした方に顔を向けた。

白く、大きな馬だった。

立派な鬣まで白、いや、むしろ光を浴びて全身が白く輝いているかのようにすら感じた。

そしてその神々しいまでの見事な馬の上には、黄金色の髪を靡かせた美しい一人の女が騎乗していて、馬と同じ輝くような白いローブを纏いながら威風堂々とその場にいた全ての人間を見下ろしていた。


「サ、サーシャ様…。」


修道兵たちはその姿を見るや否や、一斉に道をあけ、槍を大地に置いて跪いた。驚きとホッとしたような表情、だけど皆がここにサーシャが来たことを憂いた。

( 自分たちが不甲斐ないばかりに、女神様がこんな場所に来なくてはならなくなった…。 )

なんて、苦渋の面持ちで顔を深く俯かせる。

自分たちの女神の姿を敵に晒さなければならないと云う無念からだ。修道士にとってそれは自分の身を焦がされることより辛いことなのだ。

だが彼女たちが女神と崇めるサーシャは、そんな修道士たちに優しい笑みを届ける。

彼女は跪く修道兵たちに優しい眼差しを向けていたが、やがてグレーローブで創られた道を悠然と進みながら、温かい言葉で皆に語りかけた。


「神に仕えし、勇気ある修道兵の皆々よ。ルンを守る見事な働き…このサーシャ・カスティリャ、しかとこの目で拝見させていただきました。私は皆の勇姿を決して忘れることはないでしょう。」


サーシャの美しい声がその場に響く。

落ち着いた優しい声なんだけど、なぜだかその声はその場にいた総ての者にはっきりと届いた。そしてその言葉に彼女たちは一斉に胸に熱いものがこみ上げてくる。だって、いつも祈り心をともにする女神像のほんまもんが自分たちの為だけにお言葉を発してくれて、しかも褒めてくれていらっしゃるんだもの。

思わず、皆が一斉に顔を上げた。

すると当然のように女神様の後ろには、剣を2本掲げた剣士が乗っていらっしゃる。

そう、銀色の見事な鎧を纏った彼女の騎士…。

( そうだった…。聖騎士のアルバ様がいらっしゃったんだっけ…。 )

みんながその事を思い出して、思わず安堵のため息を落とした。云々、それは巨大な勘違いなんだけど、教団最高位司祭のサーシャが連れて歩く騎士様だから誰もそのことを疑うわけがない。

実はアルバが数日前までただの物売りだったなんて、誰も思う訳がないのだ。

やがて、悲壮感たっぷりだった修道兵の顔にも笑顔が戻る。一人で数万の軍を壊滅させる…なんて噂のある聖騎士様がきてくれたんだもの!もう安心だって。

そしてね、不思議なんだけどサーシャがみんなの前を通り抜けたとき、疲労困憊で傷だらけの修道士の皆々の体が急に軽くなった。疲労感が吹き飛び、まるで数時間どこかのスパか何かで休憩し、心身共々リフレッシュしたかのようだ。

しかもみんなが打ち身やら刀傷とかで痛めた箇所も、なんだか痛くない…。

挙げ句の果てに、心に勇気までもが湧きたち、さっきまで感じていた死への小さな恐怖すら吹き飛んでしまっていたんだから驚きだ。

( サーシャ様はやっぱり神のごときお方だわ…。 )

みんながそう思って目を丸くする。もう摩訶不思議の連続なんだけど、自分たちの目の前を行くのは神様なんだから仕方がない。神様には理屈や常識なんて通じる訳がない。

こうなると、さっきの雷もこの御仁が落としてくれたのだろう事は想像に容易い。

改めて修道士さんたちは、自分たちの女神の偉大なお力に感動し、これまで必死に祈りを捧げて良かったと心が沸き立つ。

そしていきなりの雷に驚いている敵兵に向かって、まっすぐと進むサーシャに、皆が慌てて立ち上がって彼女に続いた。

全身が砕かれようとも、まさか自分たちの女神を一人で敵さんのとこなんか行かせれる訳がない。

云々、宗教ってのは敵にとってある意味、有名な将軍が率いる軍隊よりもタチが悪いのかもしれない。この修道士たちみたいに、痛みすら忘れさせてしまうものなのだから。


「セドリーヌ、エマ。見事な戦いでした。遅くなりました事、お詫びします。」


サーシャは修道士の隊列を抜けて最前線まで来ると、その場に倒れこんでいる2人にそう声をかけた。

彼女の親友であるエマは、軽く笑みを浮かべただけだったが、セドリーヌの方は「と、とんでもございません!」なんて大声で答えながら頭を下げ、その場で痛めた体を必死に動かし畏まりながら懺悔の言葉を続けた。


「サーシャ様、ここまで敵の侵入を許してしまいました。お許しください。」


「セドリーヌ。貴女のおかげでお味方の被害は最小限に止まりました。さすがはこの偉大なルン修道院の女長、その手腕も実に見事、感服いたしましたよ。」


「サーシャ様…。」


女神のまさかな労いにセドリーヌが目を潤ませながらそう漏らす。

いやいや、サーシャの顔を見たとき、本当に涙が溢れ出てしまった。全然事態は好転してないというのに、この女神の姿を仰ぎ見ていると、何にも心配することがないかのように思えてきて、心から安堵の思いが頭を支配してしまうのだ。セドリーヌとて女長、これまで司祭と呼ばれる教団の上役たちといくらでも言葉を交わした事はあったが、彼らは本当に厳しく冷たかった。だというのに、この教団のてっぺんに君臨する最高位司祭の彼女がこれほどまでに優しいとは夢にも思わなかったのだ。

彼女がそんな事に唖然としていると、やがてサーシャの馬から一人の男が飛び降りた。

それは勿論、彼女の騎士であるアルバだ。銀の鎧に藍色のマントに2本の剣ってとこは変わらないんだけど、その顔をのぞき見て、セドリーヌもエマもちょっと目を丸くする。いやはや最初は別人かと思った。

だって肌はなんか黒くなっているし、髪だってやけに伸びている。目に生気が溢れ、少し丸かった輪郭がヤケにシュってしていて夕方にその姿を見た時と明らかに違っているんだもの。思わず目を下に下ろせば、華奢な体つきは変わらないんだけど、なんかちょっとだけ逞しくなっていて、筋肉のつき方もまるで変わっている様にお見受けした。


「アルバ…さま?」


エマは思わずそう漏らした。セドリーヌに至っては、あまりの摩訶不思議さに口に手を当てて固まる。まぁ、だけどそれには当然理由があって、アルバだけの信じられない様な物語があったりする。

彼は、セザールというロハン将軍に一騎打ちで敗れた後、なぜかへんてこりんな世界に飛ばされ、横柄だけど化け物みたいに強いジルというおっさんに一年もの間、剣を教え込まれた。その過程で、もやしだった体幹とゆるゆるだったお肉は徹底的に叩き直されてしまったのだ。そしてへんてこりんな世界で1年過ごした後、強制的にこの世界に戻されてしまったのだけど、現世ではなんと1年前に戻ったという、なんともややかっこしい事になっていた。

まぁそうはいっても、アルバの呑気な性格と臆病な思考回路は変わらなかったようだ。


「あっ、エマさん、セドリーヌさん、お久し振りです。」


だからアルバは2人を見て、そう返事をした。彼にしてみれば一年ぶりの再会だから。

だけどエマとセドリーヌは違う。お久し振りって…言われても、つい1時間前ほどまで一緒に戦っていたのだから、もはや意味不明だ。


「いえ…あの…。」


エマは言葉を詰まらせて彼を見たのだけど、アルバは恥ずかしそうに頭を掻くだけで何も言わず、そのまま対峙するロハン兵へと目をやった。

まぁ、彼らの目の前にいらっしゃる敵兵は、どこぞの神様のいかづちに驚かされた所為で、みんな仲良く石畳に転がっているのだけど。


「サーシャ。えっと…俺はどうすればいいのかな?」


アルバは馬に騎乗したサーシャを見上げて、ふとそう尋ねた。


「ふふっ、騎士様。共にこの無法者たちを追い返しましょう。」


「えっ?…この大軍をですか?」


「ええ。」


「えっと…それは流石に無理があると思うんですけど…。」


アルバの問いはごもっとも。敵は転がされているといえど、5,000はいるのだ。

自分に一体何をさせようとしているのかとアルバは訝しむんだけど、この女神様、笑顔を絶やさないで相も変わらずね、さらっと恐ろしい事を言う。


「もう、騎士様ったら…ご謙遜がすぎますわ。あなたは敵の将軍を瞬殺になさった剣豪ですよ?このような烏合の衆など、敵ではありませんわ。」


「い、いや、あれはですね…。」


「ふふっ、行きますよ?騎士様!」


まぁ予想されたんだけど、サーシャはやっぱりこっちの意見など全く聞く耳持たずで、ロハン兵に向かってそのままゆっくり馬を進めてしまった。いやいや将軍の一騎打ちに勝ったといっても、なんで勝ったのか自分でもわからないんだから実感なんてない。しかも今度は一対一ではなく、一対五千だもの。

( なんだよ、もう…。 )なんて泣きそうな顔で、アルバは顔を顰めながらもついていく。

ただね…そうは、思いながらも心は決まっている。

ーーー聖女の進む道を邪魔するものを排除する。

それが騎士というものらしいから…。


( 師匠さんなら、そうするんですよね…。はいはい。 )


アルバは半分やけになりながら、覚悟を決めた。

彼女がそう口にするのだから、サーシャの本物の騎士である”師匠”なる人物なら、きっとそうするのだろうと思ったからだ。彼の代わりを買って出たアルバとしては、これは避けられない事なんだと思うしかない。

そして勿論、セドリーヌとエマを筆頭に、全ての修道士がアルバと女神の後に続く。その理由は、まぁ、とりあえずはアルバと同じようで違うのだけど。



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