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追い詰められた修道兵たち

さて再び死を覚悟し、ただ一人敵に走り寄っていったセドリーヌは、白い頭巾を脱ぎ去り教団のグレーローブをなびかせながら、やがて道の真ん中に堂々と立ちはだかった。

いよいよ死を覚悟し、ルン修道院の女長の責を全うする時がきたって思った様だ。

見れば、目の前にはロハンの大軍。

槍や剣を掲げながら、ザッ、ザッ、ザッ、って音をあげ集団で進むその迫力たるや、思わず足が縮み上がるほど。

だけどセドリーヌは一歩も引かない。むしろ威嚇するように相手を睨む。

彼女は華奢なんだけど、こう言う時の後ろ姿はなにぶん大きく見えて、頼もしい。

そんな彼女は一度深く深呼吸すると、こちらに向かってくるロハン兵たちに向け、黒髪を揺らしながら大きな声で叫ぶ。


「私はルン修道院の女長セドリーヌです!ここから先は、神の領域!来てはなりません!」


なかなか大きい声…だが、ロハン兵は一向に止まらなかった。むしろ、こちらに向かってくるスピードが増している。


「セドリーヌ様の言うことは本当である!ロハン兵たち!下がりなさい!」


やがて彼女の横に追いついたエマもそう叫ぶ。

狭道から押し出された彼女たちにとっては、作戦も何もあったものではない。

とにかく神の名でもなんでも使って敵兵を止めて、時間を稼ぐしかなかったのだ。だけれども、こんな戦場では女の叫びの言葉など、聞こえるわけがない。ガシャガシャとした鎧の音と、辺りの喧騒で総てかき消されてしまった。


「怯むな!!神の裁きは、すべてセザール将軍が受けてくださるそうだ!」


そして…そんなとっても困った雄叫びが敵兵からあがる。

いやはや、それは修道士たちにとって頭がいたい問題だった…。修道兵への悪行を敵の大将が背負ってくれるとなれば、敵の迷いもなくなり、思い切り戦いを挑んでくる事だろう。厄介な事この上ない…。

( 全く…いちいち嫌なところを突いてくる。 )

これにはセドリーヌも目を細めて、諦めたように顔を俯かせるしかなかった。

敵が教団や神の鉄槌を恐れなければ、それはすなわち仲間の命を大きく危険にさらすことになるのだ。

やがてロハン兵は完全に隊列を組み直し、盾を構えながら槍や剣を構え、ついに突撃の構えをとる。

そう、再びザッ、ザッ、ザッ、なんて不気味な足音を鳴らしながら、濁った紅色の鎧を着込んだ大柄の男たちが今か今かと突撃のタイミングを図っているようだ。

またね、彼らは機械仕掛けのように整列しながら向かってくるもんだから、こちらからすると恐怖でしかない。まぁ、それが軍隊というものだけど。


「セドリーヌ様…流石に疲れましたね。」


だけどエマは気だるそうにメガネをクイってあげながら、そう呟いた。

云々、この緊急事態に直面しているとは思えないほど呑気だ。

その余裕すら感じる言葉に、セドリーヌは思わず彼女に目をやって苦笑いを浮かべた。


「エマ…貴女は本当に度胸が座っていますね。さすがに聖地に行ったことのある修道士は違うわ。」


「ふふっ。それは的を得ているかもしれません。あそこに行ったら、大抵のことには驚かなくなりますわ。」


エマはそう言って肩をすくめる。まぁ、彼女は教団の聖地に3年間もいて、教団の持つ力…その全てを見ている。本当ならこのロハン兵の皆様方にもぜひ見せてあげたいとさえ思った。…見たら、こいつらは修道院攻撃なんていう馬鹿げた事をやめ、一目散に逃げて行くだろう…。


「セドリーヌ様。この戦争が終わったら何かなさりたい事はありますか?」


ロハン兵が近づいてくる気配を感じながら、彼女はニンマリと笑みを浮かべながらそう尋ねる。すると、セドリーヌは何かを諦めたように顔を擡げ、夜空を見ながら静かに言葉を洩らす。…快晴だったはずの夜空に、やけに黒い雲がモクモク動き出していたりした。


「そうですね…。やっぱり私は、サーシャ様とゆっくりお話してみたいものです。」


「それ、オススメしますわ。彼女は、女神様ですけど…とても優しいんです。」


「…彼女?」


目を丸くして尋ねるセドリーヌ。教団の女神であるサーシャ・カスティリャをそう気安く呼ぶエマに違和感を感じたのだ。だけど彼女の次の言葉はもっと衝撃的だった。


「ごめんなさい、セドリーヌ様。実は私…彼女とお友達なんです。」


「なっ!!?」


「ですから、セドリーヌ様のお望みは必ず叶えられます。お約束しますわ。」


エマは、目配せしながらそう言うと、驚きで体が固まっているセドリーヌをそのままにゆっくりと前に出ていく。

…ここは、もうハッタリで乗り切るしかない。

そして考えをめぐらせ、たかが女と侮っている勝気なロハン兵を見渡しながら、ドンって教団の槍をで石畳を叩く。


「お前たち!!死にたくなかったら、とっとと家に帰れ!!!」


そう腹の底からの大声をあげたエマ。なぜか自信満々。

これがね、また辺りに響き渡るくらい大声だった。そう、ついに彼女の声がロハン兵に届いたのだ。

まさかこんな可愛らしいメガネっ娘の女修道士から、そんな汚いお言葉が発せられると思わなかったロハン兵たちは、思わず足を止めてしまった。

彼女はその様子を見ながら、満足そうに微笑むと教団の長い槍を持ち直し、ゆっくりと天に掲げた。


「もし、それ以上…一歩でもこっち来てみなさい!神の鉄槌がお前たちの体を貫くわよ!!」


その強がりとも取れるエマのお言葉に、益々呆気にとられてしまう敵兵。

しかも彼女、夜風の所為でグレーローブが大きく翻っていて大きく両手を掲げているもんだから、絵本に出てくる魔法使いのように見えたりする。

もっと言うと教団の槍が、魔法の杖にようにすら見えて、本当に炎でも飛び出すんじゃないかって、不覚にも彼らはちょっとビビってしまっていた。


「どうしたのよ!?とっとと帰りなさいよ!!」


エマの馬鹿でかい声が、更に響き渡る。

とにかく教団に弓引くと、必ず祟りや神の裁きが下ると思い出させてやりたかったのだ。

だけど、敵からすればこんな事でいつまでも勇猛果敢と言われるロハン兵が止まる訳にもいかない。


「女の一人や二人で、何を止まっているのだ!!進めー!!」


やがて部隊長と思われる指揮官の叱責が飛んでくると、兵たちは慌てて進軍を再開した。

道幅いっぱいに広がり、慎重に、慎重に、進むロハン兵。

一見すると、エマやセドリーヌの脅しが一切効果がなかった様に見えたけど、実を言えば意外とそうでもなかった。みんなね、部隊長の命令だから進んでるだけで、一人の人間としてこの場所を見つめ直せば、この修道士のいうとおり、できれば家に帰りたかった。なにせ、今の彼らは自分たちが子供の時より信仰してきた”教団”の修道士さんに、剣を向けている…それはこの世界ではそれはとっても重くて、罪深い事なのだ。

( 頼む…。そこを退いてくれ…。 )

前に2人だけで立っているエマとセドリーヌ、そしてその後ろに居並ぶ修道兵たちを見て、ロハン兵はみんながそう思っていた。

何故か…。

簡単だ。エマの思惑通り、みんな…神様の祟りが怖いのだ。

そう、神の裁き…その理論で説明できない何かに怯えている。

だから兵たちの歩みも自然と遅くなる…。


神様はいつも見ているーーー

子供頃より、皆がそう教えられた。宗教が一つしかないこの世界では、皆が教会で勉学と道徳を学んでいる。

修道士さんは神の使いーーー

グレーローブを纏った修道士さんは、そのほとんどって言っていいほどみんな優しい。そして生活に困り果てた時、貧しき民が逃げ込む場所はいつも教会で、泣きつく相手もそこにいる修道士さんだ。王様だろうが奴隷だろうが修道士たちに世話にならなかった人間など、この大地に一人としていない。

悪いことをすると神の怒りを買い、そして断罪されるーーー

それを見たり体験した人はいないのだけど、それは昔から言い伝えられる理のようなもの。


云々、そう言う意味では、散々お世話になった神の使いである修道士さんに剣を向けて、修道院すら破壊しようとしている…そんな自分たちはきっと神様に丸っと見られ、怒りを買っている事だろう…。いくら、セザール将軍がその罪を一身に受けるといっても、そんなのこっちの都合で神様には関係ない。

もし、そうなら自分たちは間違いなく裁きを受ける筈だ。つー訳で、みんな怖いのだ。

そしてね、いよいよ彼らがエマとセドリーヌに迫ったとき、彼らはこれから深い付き合いとなるその裁きとやらを見る羽目になってしまったのだ。



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