エマの憂鬱
「突撃!!突撃!!敵をはじきとばせ!!」
そんな訳で、軍の中段にいるステラ副将軍の命令が伝えられた前線の部隊長たちは、満を辞してロハンが誇る騎馬隊を横2列にして細い路地に突撃を開始した。
馬に跨った兵士たちは、手にした槍を振り回し、鋼鉄の盾で身を守り屈めながら慎重に突っ込む。
何しろ狭い通路の向こう側からは、修道兵が掲げる教団の槍が襲いかかってくるのだ。とにかく彼女たちの槍をいなしながら、懐深くに侵入するしかない。一度侵入してしまい、狭い路地から相手を引かせれば勝利は確実だった。
「怯むな!側面の兵は馬を狙え!」
対する修道兵たちも諦めず激しく抵抗する。
特にルン修道院女長であるセドリーヌと彼女の参謀とも言えるエマが、囮部隊に混じって指示をしながら必死に槍を振るった。
だが、いくら槍を構えているとはいえ、大きな蹄の音と嗎をあげながら突っ込んでくる馬に立ち向かうには、かなりの勇気がいる。それに何度撃退しても、次々と回り込み襲ってくる騎馬隊のしつこさも彼女たちの心を徐々に削っていく…。万一、馬に蹴飛ばされでもしたらひとたまりもない。
「陣形を崩さないで!一斉攻撃をやめたら、私たちの負けよ!」
エマの必死の声が辺りに響き渡る。
そしてその声に励まされるように、彼女の周りで槍を規則的に振るう修道兵たちもそれに応える。
「我らにはサーシャ様が付いている!恐れるものない!」
「そうだ!サーシャ様がいらっしゃる!!」
口々にそう叫ぶ彼女たち。云々、その根性みたいなもんは瞬く続けられた。
これ以上奥へと入り込ませない様に、敵を威嚇しながら必死に槍を突き出し相手の隙を伺う。…最初は上手くいった。敵は馬を交互に突進したり、下がらせたりを連動するように繰り返すだけで、なかなか進めない。
だけど、そんな事ををずっと続けられる訳がない。所詮は無駄な抵抗だ。
限界はすぐにやってきた。
気合というか、意地の限界だ。
通路が狭いとはいえ、敵の騎馬隊は湯水のように溢れ出てくる。ガシャガシャと耳障りの悪い鎧の音に馬の蹄の音を交えながら迫る彼らは、まるで川上から襲ってくる濁流のように勢いがあった。
修道兵たちは徐々に後退せざるを得なくなった。
槍を握る握力も限界がきだしていたのだ。
…やがて、敵の馬は狭い路地に立ちはだかる彼女たちを蹴散らし始め、徐々に侵入し、この場所を制圧し始める。修道兵たちがついに大地に転がされ、打ちのめされ始めた…さしもの彼女たちも、もはや止めようがなかった。
そして…狭い路地を塞いでいた修道兵の壁はついに崩壊した。
「よし!敵は下がったぞ!騎馬隊を下げて、歩兵部隊の突撃だ!!」
やがて、敵の部隊長と思われる男の歓喜の声が上がる。
騎馬隊は狭い場所の戦いには向かない。修道兵のバリケードを突破すれば、再び歩兵たちの出番だ。
( こ、これはまずいわ…。 )
エマも思わず顔を顰める。まさか、こうも簡単にこの場所を突破されるとは思わなかったのだ。流石は勇猛果敢なロハン兵だと敵を褒めるしかなかった。
「エマ!もはや、これまでです。皆をとにかく修道院へ逃がすのです!これは命令です!」
セドリーヌは、呆気にとられているエマにそう声をかけた。さっきとは違い、言葉がきつい。それは味方の修道士に被害がしっかりと出始めたからであろう。
それに彼女とて、こうも簡単に守りの備えが破られるなど想定外だったようだ。
ただ相手だって騎馬隊を下がらせ、通常兵の隊列の準備がある。…今なら修道院に逃げ込める”時”がありそうだ。
その事を悟ったエマは我に返ったように、修道兵のみんなに叫んだ。
「ここは、セドリーヌ様と私が守る!皆は修道院に戻り、サーシャ様をお守りするのです!」
とにかく皆をここから逃がさなくてはいけない。
何しろ戦争中はルール無用。更に修道士である彼女たちは、神の教えで自決ができない。
そんな彼女たちが敵兵に捕まったら、いくら修道士といえどどんなに酷い目に合うか想像に容易い…だからセドリーヌとエマは必死に彼女たちを逃がそうとしたのだ。
だけれども、そこから立ち去る修道兵は一人もいなかった。
嫌な予感はしていたんだけど…。
むしろ、歯を食いしばり目力は一切失われていない者ばかりで、なんで私たちだけが逃げるんですかと言いたげだった。
( 厄介だわ…。 )
エマは彼女たちのその姿を見て、言葉を失った。
だけどその理由は、はっきりと分かる。
サーシャの所為…だ。思わず、苦笑い。
そう、彼女たちは全員、教団の女神であるサーシャから直接言葉をもらっていて、ルンと修道院を守るためには命を落とすことも厭わないと心に誓っているのだ。
そりゃ、逃げる訳がない。なぜならそれは神様に誓ったも同じだから。
やがて皆が槍を構え直し、こちらにゆっくりと近づいてくるロハン兵に向けて常套句のような雄叫びをあげる。
「サーシャ様をお守りするのだ!!」
もうね、こういう時は宗教の一枚岩的なことが本当に邪魔になるわ…なんてエマは思って目を丸くせざるを得なかった。特にこの状態の修道兵たちは、サーシャを守ることが自分の存在意義ってトコまで考えがいっちゃってる。
( ああっ!もう!どうすればいいのよ! )
エマは思わず、似合わないじたんだを踏んだ。教会の上役である自分とセドリーヌが2人だけで立ち塞がれば、一応は敵も話を聞いてくれるかもしれないのに…と。
このままみんなで突っ込んだら、それこそ喧嘩上等、問答無用でこっちは全滅だ。
とはいえだ、こちらにも希望はある…エマはそう思いながら細い指を唇に添える。
あ、みんなは知らないかも知れないけど、それはエマだけが知っている事だ。だから彼女はとにかく今は時を稼ぎたかったのだ。
だけど、物事とはうまくいかぬものだ。
特にこういう非常事態の場合には、そういうの連続でドシドシ大売り出しのようにやってくる。
やがてね、今度はエマの上司がまた無謀な決断をしたようだ。
「エマ!私が、前に出ます!なんとかみんなを説得して!」
セドリーヌはエマにそう言い残すと、一人教団の槍を掲げながら敵に向かって走っていく。げっ!?って思った。あなたはさっきから自殺志願者ですかー!?教団は自殺禁止です!!って叫びたくなる。
「セ、セドリーヌ様!いけません!!」
エマも慌てて彼女の後に続く。
( あなた様までヤケになってどうするのよ! ) って、心で叫びながら、ムキになってセドリーヌを追いかけた。
いやはや本当にね…上司も部下も言う事をまるで聞いてくれないので、エマはほとほと困り果てていた。
全くどいつもこいつも世話が焼けると、口でぐちぐち呟いて心で悪態をつくが、前を行く上司は一向に足を止めないし、部下はいつまでもついてくる。
もうね、エマは( あーー、もう、イライラするわ。神様〜、本当になんとかしてよーー! )なんて乱暴に神に願うしかなかったのだ。




