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セザールとの再戦

風が吹き荒れた。

と、共に目の前が急に輝きだして、真っ白になる。

体が一瞬だけ宙に浮いて、音が消える。

めまい、頭痛、吐き気…体験した事のないほどの気持ち悪さがセットで襲ってきて、アルバは思わず口を押さえ目を見開いた。


そう、カッて、見開いた。本当に、その表現通りに…。


すると、どうだろう…。

それまでふわふわしていたような感覚だったものが押し流され、やがてはっきりとした五感が戻ってくる。

( ん?何だ、この感じ…。 )

急に体温が上がり始め、体から湯気が立ち昇っていく感じがして、思わず眉を顰める。しばし時が経つと、あれだけの激しい急降下がおさまり、爆音も鳴りを潜めて急に辺りが静かになった。

( ん? ) 思わず、そう漏らす。あたりの気配が変わったからだ。

最初に感じたのは、石や木材が焼ける嫌な匂いだった。

ジリジリと低く不気味な音もする…。

やがて聞こえる叫び声や怒号が織り混ざった喧騒の渦。泣き叫ぶ声も耳に届く。

( なんだっけ?これ? )

なんかこの情景に記憶にはあるのだけど思い出せない。目は開いているのに、まだ視界は真っ白だ。

すると、今度ははっきりと声がした。自分の目と鼻の先から、しかも聞き覚えのある声で。


「…どんな事情が知りませんが、貴方は自分以外に守るものがあるのでしょう?だから、命をかけて私と戦う。」


…1年前に聞いた台詞。

それとともに覆っていた白い靄がスゥ〜って引いていき、目の前に見覚えのある人物の姿が浮かび上がる。

燃えるような長く赤い髪…そこから覗く氷のように冷たい瞳。そして美しく紅色に輝く立派な鎧に、見事な銀剣。

忘れるわけがない。

それは1年前、自分を打ち倒したロハンのセザール将軍だ。


( えっ?なんでまたこの人がいるんだ? )


思わず凝視した。

その将軍様…右手で剣を構え、体は少しだけ前屈みでゆっくりとこちらに近づいてきている…。

云々、それは間違いなく1年前にアルバを打ちのめし、張り倒した将軍のお姿だ。


( これはいったい…。 )


アルバは呆気にとられながらも、とっさに辺りを窺った。

…見覚えがある場所だった。

大きな教団の建物とルンの宿舎に囲まれた円形の広場。

ここは間違いなくルン修道院前の広場だ。そしてその建物の向こう側では火の手が上がり、阿鼻叫喚を極めている様子がありありと伺える。

あまりに急な事すぎて思わず思考が停止しそうになったが、ここは間違いなく1年前に自分が打ち果たされた場所で、そして時も同じ。

というか、この将軍に倒される少し前に戻っている。

咄嗟に頭を手で押さえて、瞬時に考えを纏めた。

敵は目の前、いつものように悠長に事を構える訳にはいかない。

理由は…後でいい。


とりあえず、現実の自分は1年前のルンの街での戦いに戻ってきているようだ。


そこだけは理解した。

と、なればだ。


( サ、サーシャは!? )


咄嗟に振り向く。

この時のアルバは目の前の将軍様なんてどうでも良かった。

彼の事などあっという間に頭から消去して、自分が生きる意味を探る。

すると、すぐに白く輝くキラキラしたものが彼の目に飛び込んできた。

彼は振り返りながら目を細め、ゆっくりと笑みを浮かべた。

変わらない上品な黄金色の長い髪と大きなブラウンの瞳…。

懐かしくて、嬉しくて、体の奥から熱いものがこみ上げてくる。

彼女は凛とした趣で自分を見据えていた。

ホワイトローブを靡かせ、如何にも彼女らしい美しく清廉な微笑みを浮かべながら…。

それは神々しくも優しさで溢れている女神…間違いなくサーシャだ。

祈るように胸の前で手を組んで顔を傾げた可愛らしいその姿は、ジル先生が言っていた通り、まるで自分を一年のもの間を待っていてくれたようにすら感じたものだ。

( 良かった…。 )

そんな彼女の姿を見て、アルバは沸き立った想いを打ち消すように、心から安堵のため息を漏らす。

ちゃんと元の世界に戻れた、そして生きていた…それは勿論嬉しい事だけど、自分に唯一の絶対の存在であるサーシャが自分の背にいる…今は、それ以外はどうでもいいと感じられたからだ。

アルバは再びゆっくりとセザール将軍に目を向ける。

辺りにこの将軍以外の敵意は一切見られない。

そして…ジルに鍛えられた精霊の目が、赤い鎧の男を推し量るように凝視した。

その刺さる様な視線に驚いたのだろうか。鉄製の鎧の軋む音がやみ、セザールは足を止めた。


「き、君は…。」


1年前には聞かなかったセザール将軍の驚きの声が届く。

だがそれより何より、アルバは自分自身に驚いた。

ジルから授かった精霊の目は、この世界に名を轟かす将軍様の全てを映し出していたのだ。

この男の剣技、速さ、力…。そして思い悩む心まで暴く。

アルバはゆっくりと背負った黒剣の柄に手を添えた。そう、もはや腕と一体化したような大剣に。


「ど、どうも。」


自分でも驚いちゃうんだけど、気がつくとそんな間抜けな声を洩らしてしまっていた。

そしてその声を聞いたセザールは、さらに目を丸くして驚愕の表情をありありと浮かべる。

アルバの変化に気づいたからだ。

彼は元々ポーカーフェイス、そして数多の修羅場をくぐり抜けてきた将軍様でもある。

そんな男が敵を前にしながら足を止めたって事だけで凄い事なのに、大そう驚いて慌てふためいている様に見えたのだから、彼にとって今現在のアルバの何かが驚愕だったということなのだろう。

云々、それくらい将軍様は本当に驚いていたのだ。

でもそれは仕方がない事だった。

だってセザール将軍にしてみれば、ついさっきまで色白でオタオタしていた少年兵が、瞬時に髪が肩まで伸びているわ、いつの間にやら肌は日焼けしていて精悍そのものだし、そして目の生気が半端ないほど滾っているんだもの。

しかも、剣に手を伸ばしたその構えに、一切の隙がない。

挙句、体から溢れ出る自信、そして、強者にか持ち得ない独特のオーラを纏っている…。

それは決して常人には見えない”霧”のようなもの。


この少年は、意志の力を宿している…。


セザールはすぐにその事を見破った。

意志の力…それが何なのかセザール自身もよく分かっていないし、その言葉を生み出したとされる教団上層部以外どんな著名な研究者や専門家でも具体的な説明はできないだろう。

分かっている事と言えば、それは魔法のような効果を生むと言われ、聖騎士と一部の剣豪のみが使える至高の技と噂されているって事くらいだ。まぁ庶民からはおとぎ話だって思われていたりもするが…。


「君は、聖騎士なのか?」


やがてセザール将軍は、そう言って目を細めた。

彼の言う聖騎士とは、教団の守り神と称される世界最強を謳うテンプル騎士団のことだ。世界に26人しか存在しない神の如き力を持つ御仁たちで、一説には一人で数万の軍勢を追い返すと言われている。勿論アルバは聖騎士ではないが、彼が宿す意志の力、そして教団の上位修道兵の格好をしていたからセザールはそう思ったのだろう。

まぁ、アルバは教会を守る様に立っていたから尚更だ。

だが、当然ながらアルバはその問いに頷けない。

何せ聖騎士なんて名前、ここルン修道院に来て初めて聞いたのだから。


「…違います。」


アルバは静かに答えた。だがセザールは微かに笑みを浮かべ問い続ける。


「だとしたら、君は何者かな?」


「さぁ…。自分でも分からないんです。」


「…なるほど。それでは、私が分からなくても仕方ありませんね。」


そう言いながら、セザールは笑みを浮かべ静かに銀剣を構え直す。

アルバは腰を少しだけ屈め、背中の黒剣の柄に手をかけたまま暫く動かなかった。

時が…止まる。

暫くにらみ合いが続くと思われたが、やがてアルバがゆっくりと口を開いた。


「セザール将軍…貴方は先ほど私を助けようとしてくれました。」


アルバにとってそれは一年前の出来事なんだけど、その時にセザールは敵である自分をわざと逃がそうとしてくれた。

この将軍様…見た目はクールでとっても冷酷そうなんだけど、切れ長の瞳の奥からはとても軍人とは思えない人の優しさに似た”慈悲”な様なものが滲み出ていた事をアルバは思い出したのだ。

それは戦争という名目で多くの人々を殺戮してきた将軍という役職の者にしては、どうにも似つかわしくはないもので、むしろ真逆に対比するもの…アルバにはそれがどうしても解せなかったのだ。

だから是非、彼が自分を助けようとしてくれた理由を聞きたかった。

やがてセザールは、そんな思い悩む様なアルバの言葉に小さく笑みを浮かべ、その答えをくれる。


「…敵兵とはいえ、無力な子供をいたぶる趣味はないですからね。」


真っ当な答えだったが、アルバは納得がいかなかった。


「でも、俺は将軍に剣を向けてきた相手ですよ。」


云々、自分はあの時に無謀にも、この如何にも強そうな男に挑みかかった。まぁそれはサーシャを背にした故であったが、今のアルバが当時を思えば無謀も無謀…自殺志願者と変わらないってほどだ。それほどあの時のセザール将軍と自分とは明確な差があった。

そんな雑魚ともいえる自分に斬りかかられたんだから、この将軍様ほどのお方なら「無礼者!」って、一瞬の元に真っ二つにされてもおかしくない。

それなのにセザールは、あの時自分を見逃そうとした。それはアルバにとって、とても理解できないお話だったのだ。

…セザールは暫くの間、何かをかみしめる様に口を噤んでいたが、やがてゆっくりと言葉を続けた。


「君はこのルンを救う唯一の方法を思いつき、私に戦いを挑んだ。…そうでしょう?」


セザールは、また意外な方面からアルバにとって”当時”…彼にとっては”さっき”を振り返ってきた。


「…そうですね。」


「そういうの、いいと思いますよ。例え可能性は低くともそのチャンスにかける…そう言う無謀さは…少くても私は好きです。」


常に命のやり取りをしている軍人らしいセザールの言葉に、アルバは静かに笑みを浮かべた。


「だからって…、普通見逃しますか?」


「勿論それだけでは、ありませんよ。」


「他にも理由があるんですか?」


アルバは眉をひそめて尋ねる。


「そうですね…。まぁ、強いて言えば…私は、君の中に面白いものを見つけた…とでも言っておきましょうか。」


「面白いもの?」


思わず声が上ずる。この何一つ持っていない自分に、そんなものがあるなら是非教えて欲しい。


「ええ。君は面白いですよ。特にさっきまでは、実に面白かった。」


それはきっと、ジル先生と出会う前の事を言っているのだろう。つまり只の物売りだった頃だ。


「………。」


「アンバランスだったんです、君は。体と精神は子供なのに、意志の強さだけはまるで英雄なんですから。だから、思ったのです。これは共に生きてみて、未来の君を見てみたい…ってね。」


セザールはその時、目を細めて優しそうに微笑んでいた。


「未来の…俺ですか?」


「ええ。君は色々とやらかしそうだなって思ったのでね。一緒にいたらさぞや楽しいだろうなって。」


「えっと…。俺は地味に静かに人並みに生きていければと思っているんですけど…。」


「残念ながら、宿命を背負った人間にそんな未来は訪れません。待っているのは修羅の道です。」


「そんな阿保な…。」


「ハハッ。今をご覧なさい。戦争に何の関係もない田舎の物売りが、敵の将軍と一騎打ちをしようというのです。つまりそれは、どんなに君が逃げても宿命が勝手に追いかけてくるって事を示しているんです。」


将軍様のそのお言葉にアルバは、肩をすくめた。

修羅の道など冗談ではないが、現実は確かにそうなっている。ど田舎の山奥で、石を売ってお気楽に生きていた自分が、盗賊に絡まれ、異国の兵士と激闘を繰り広げ、今は敵の英雄と一騎打ち。

それを思えば彼の言うことも頷ける。


「では将軍は…。俺の運命とか行き着く先が面白そうだから、生かして…未来を見てやろうと?」


アルバが呆れ顔で尋ねると、将軍は眉ひとつ動かさず真面目な顔で答える。


「そこまで捻くれてはいませんが…大筋は合っていますね。」


「なるほど…納得はできないけど、理解はできます。」


アルバは苦笑いを浮かべながら頭を掻いた。


「良かった。ようやく話が通じた様です。…ですが、君は既に未来の一部を手に入れた様ですね…。どうやったかは別にして。」


その言葉にアルバは困惑した様な表情を浮かべ、頭を掻いた。

事情を知らない人にとってセザールのそれは、とても滑稽で意味不明な言葉にも聞こえるが、アルバにとっては実に”言い得て妙”だったからだ。

確かに彼は、一年もの長きに渡って閉ざされた深い森の中、湖まで真っ二つにしてしまう剣豪の元で修行する羽目になった。いやはや理由も何もあったもんじゃない。まるで”修行しないと帰れないよ”って脅される様にその場所に軟禁状態だったのだ。

ただ、そのお陰でアルバはとんでもない進化を遂げたのも事実。

その後、時空を超える様に自分が殺される前の”1年前のこの場所”へ戻って来てしまったのだから、曲がりなりにも彼の言うことは当たっている。


「セザール将軍は…やっぱり凄い人なんですね。」


アルバは素直な思いを口にした。髪が伸びたとか外見ならともかく、一目見ただけで自分の中身の変化まで見破るなんて、まるで超能力者みたいだと感じたからだ。


「まぁ、君にだけは言われたくはないですが。」


だけどセザール将軍はそう言って呆れ顔を見せる。

アルバもそんな彼に同調するように笑うしかなかった。よくよく考えれば、自分は時間を飛び越えてきたようなものだもの。だけどそれをしたのはジル先生であって、自分じゃない。


「だけど、俺は自分の力ですごい事をした訳ではありません。それに引き換え、セザール将軍は人望も剣の技も全て自分のものでしょう?」


だからアルバはそう言い切った。だがその将軍は静かに笑みを浮かべて自分を見据えてくる。


「ふむ。君は私のことを、やけに知っているんですね。」


「ルンの指揮官や修道院の人…みんなが貴方の事を話してくれて…まぁ簡単に言うと脅されたんです。勇猛果敢で、天才で、世界に名を轟かす英雄だって。」


「ハハッ。私が英雄な訳がないでしょう。それは、現実を知らない世間話好きの連中が勝手に作り上げた妄想話です。それに…私の人望は地に落ちます。何しろ、これからこの歴史ある修道院を燃やそうとしているのですから。」


セザールはそう言ってアルバが背にするルン修道院を指差した。

教会や修道院の破壊…確かにそれは、これまでどんな悪党もしてこなかった世紀の大罪かもしれない。

だけどその表情からアルバは、何故か彼の複雑な心境が手に取るようにわかるって気がした。

もし、この将軍がただルンを破壊し修道院を燃やそうとしているなら部下にやらせればいい事だ。何せ彼はロハン軍30,000の頂点に君臨する将軍さまなのだから。

だけどセザールはそれをしないで、混乱に乗じて、たった一人でそんな罪深い事を実行しようとしている…自分の身を危険に晒してまでだ。

その心の奥底は、この16歳の少年にでも見当がつくというものだ。


「本当は…将軍は、そんな事を望んでいないのではないですか?」


だから、そう問いかけた。だが、彼は表情を一切崩さないで静かに答えてくる。


「…何故、そう思うのですか?」


「…えっと、貴方の目がそう訴えている様に見えるからです。」


アルバがそう言って大きな笑顔を浮かべると、その将軍様はキョトンと目を丸くした。


「君は人の心が読めるのですか?」


「いえ。まぁ、敢えて言えば…勘です。」


「勘ですか…。ですが、憶測でものを言ってはいけませんよ。」


「結構、自信があるんですけど。」


「ハハッ。君は本当に面白い少年ですね。」


セザールはそう言うと、アルバに向かって一歩前に出た。そして、自分を伺う様に顔を擡げ、まっすぐに目を合わせてくる。


「アルバくん、そろそろ決着をつけましょう。ただ、その前に一つだけ確認したい事があります。」


「なんでしょうか?」


「君はルンの正規軍には見えません。格好から見れば教団の修道兵ですが、そんな柔なモンでもない。」


「はぁ…。」


「ましてや只の物売りだなんて論外です。…君は本当に何者なんですか?それだけをどうしても確認したいんです。」


セザールはそう尋ねると、顎を落とし自分を見据えてくる。

それは当然の問いだった。だが本人であるアルバにも明確な答えなんて浮かばない。


ど田舎の物売りが、いきなり化け物みたいな人にとっつかまって、剣を習って、時空を超えて戻ってきました!


そんな人の事をなんていうのか、何て職業なのか、アルバは自分が教えて欲しいくらいだもの。

アルバが呑気に上の空でそんな事を考えていると、みるみるセザールの顔に驚きの表情が滲んできた。

( え?どうしたんだ? ) って、アルバは目を丸くしたけど、セザールの表情は驚き続けたこれまでより更にランクアップして、もはや驚愕しているって感じだった。

云々、突然暗闇で神様か悪魔にでも会ってしまった様な激しく驚愕したような顔だ。

アルバは大きく首を傾げながら訝しんだんだけど、理由はすぐに分かった。

…いつの間にかアルバの後ろに、白いローブを羽織った美しい女が姿を見せたからだ。


セザールは勿論、口が開けれないほど驚いていた。

その神々しさ、清廉で堂々とした趣。

教団の頂点に君臨するカスティリャ家の者だけが羽織る事を許された純白のローブ…。

そして教会の女神像や伝説の女神として言い伝えられるファティ大司祭の肖像画にそっくりな美しく神々しいお姿。

もうね、それは噂に聞く教団の女神、サーシャ・カスティリャに間違いがない。

戦に明け暮れたセザール将軍といえど城に戻れば上流階級。当然、その偉大な女神の話を聞いたことがあった。

( な、なんで、こんな場所に…。 )って驚きが止まらない。

彼のそれは、当然で必然。何しろ彼女が普段いるのは大地じゃないからだ。

だけど、その女神の横に立つアルバという正体不明の未確認少年の方は、自分を表現する明確な言葉が見つかったようで、やけに自信あふれる顔でセザールをまっすぐに見据えてきた。


「う〜ん…。敢えていえば、彼女の騎士をやっています。」


アルバが後ろにサーシャの気配を感じながら照れ臭そうに…だけど自信を込めてそう洩らす。


「なるほど…君はやはり、聖騎士殿ではありませんか。」


セザールはアルバの言葉に弾かれるようにそう言って、ニッコリと笑みを浮かべる。

教団の女神であるサーシャの騎士となれば、聖騎士しかありえない…。となると、先ほどなんで嘘をついたんだ?って疑問は残るけど、まぁそもそも最初からこのアルバという少年はすっとぼけていて、どこか謎。だからもうこいつは変な奴とくくることにした。

そして、これでセザールは納得し、そして踏ん切りがついた。

相手は教団が誇る世界最強騎士団…聖騎士。

そうなれば手加減も何もあったもんじゃない。

一瞬でも判断が遅れれば、血祭りにあげられるのは自分だ。

セザールは躊躇せずに躯体を起動する。自分だってむざむざと死にたくはないのだ…まぁ、それは大きな誤解だったけど…。

顎を引いて、目を光らせる…。

とともに、タンっていう彼の素早い踏み込みの音が辺りに響き、銀剣が舞った。

それはセザールによるアルバの首をめがけた必殺の一撃だった。常人には見ることさえ危うい鋭い攻めだ。

だが、その将軍の剣は空を斬った。

アルバは1年前のように体を討たれることも、黒剣で受けることもない。

サーシャをスッと下がらせ、護るように立ちはだかり、瞬時に躱す。

全てを見通す目で、ジルに鍛えられた音よりも早い”神速”で悠々と躱したのだ。

その速さは常軌を逸していて、人の目では全く追えない。故に、セザールには彼がただボッーって立っているようにしか見えなかった。

( これは本物だな…。 )

神の如き躱し方をまじまじと見せつけられた将軍様だったが、アルバに対して恐怖と言うより、むしろ興味が湧いたようだ。

最初に彼の聖剣を弾き飛ばした時、彼は間違いなく素人に毛が生えた程度の腕前だったのに、今の躱しっぷりたるや、もはや達人を超えてバケモノの域。( やはり、聖騎士! )って心が叫ぶ。そして自分の目に狂いはなかったとほくそ笑んだのだ。


「久しぶりに、本気で剣を振れますね!」


セザールは素早くアルバから間合いを取る様に宙を飛び、下がった。

そして剣を両手で構え、鬼の様な表情を浮かべながら躯体に力を込める。

するとどうだろう…。

彼の頭、鎧、足…

体のあらゆる場所から、赤い靄が立ち込め始めた。

セザールの体の周りは空間が歪み、靄を揺らす風の流れさえも不自然…。

云々、こりゃどう見ても只の人の所業じゃない。化け物だ。

そう、彼も誰かさんと同じように”意志の力”を宿してるってことになる。

またね、セザールは赤い鎧に赤い髪…そんな彼から赤い靄が上がったもんだから、全体が真っ赤。

彼自体が地獄からやって来た様な赤鬼に見えなくもない。


( この人もバケモンの部類だったのか…。 )


アルバは思わず顔を顰めずにはいられなかった。

ただ、その心の内はその表情ほど動じてはいなかったのも事実だ。

何せ彼は、その体から立ち上る靄のもっと凄いのを1年間ずっと見てきたからだ。

それはもちろんジル先生。しかもその先生のは、もっと豪快な黒い靄とともにあらゆる色を滲ませていて、いわゆる本物の悪魔みたいな感じだったからだ。


「聖騎士殿…お手並み拝見!」


全身から炎を揺らめかせた、セザールの言葉が届く。


「…出来れば初心者なんで、手加減してほしんですけど。」


アルバはとりあえず、そうお願いしてみた。ジル先生との修行の後とは言え、こんな猛者と一騎打ちするのは初めてだからだ。だが将軍の返事はつれなかった。


「アルバくん…謙遜は美徳ではないですよ?」


「俺は生まれてこのかた、謙遜なんてした事ないんです。必死に飯を食うためだけに生きてきたもので。」


アルバがそう言いながら背負った黒剣をゆっくりと抜いていく。

それを見たセザールは剣を掲げ、半身になった。

勝負は一瞬でつく…アルバはそう思った。

おそらくセザールもそう感じている事だろう。

そしてどちらが優位に立っているか…それすらも二人は互いに分かっていた。

一撃の元に沈んだ以前と違い、ジル先生に鍛え上げられたアルバの肉体と精神は、勇者であるセザールの予想をはるかに超え、今や凛として堂々としているのはアルバの方だった。

一方の将軍さまは、額に汗を滲ませ、硬い表情を崩さない…完全ににらみ合いで自分が押されてるって分かる…。

そしてその事に焦ったのか、先制攻撃を仕掛けたのもセザール。飄々と黒剣を構えたアルバに、将軍は素早く剣を天に掲げるとそのまま左肩口に的を縛った一撃を繰り出したのだ。

これがまた魂消たのだけど、何と彼の銀刀は炎まで帯びていた。

アルバは目の錯覚かと思ったけど、彼の剣が目の前を通過した時には間違えなく熱を感じたのだから、炎だった事は間違えなさそうだ。

ただそんな事も掠めるほど、セザールの剣は早く、鋭かった。

云々、さっきの一撃より何割り増しで素早い。…完全に本気だ。

何しろその速さたるや、常人には見る事も叶わないってくらいだったもの。

…だけど、アルバの目には、その様子がまるで木から落ちゆく落ち葉の様に見えたのだ。

そう、ふわり、ふわり、風に遊ばれる様に落ちていく枯れ葉の如く、ゆっくり、ゆっくりに…。

そしてジル先生によって体に刻まれた”型”が、彼の躯体を動かす。

( 見える…。 )

アルバがそう洩らした瞬間、セザールの一振りが再び自分の目の前で空を斬った。

炎を宿した銀剣がアルバの伸びた前髪を焦がしフッて嫌な匂いが漂う。とともにアルバの左腕を伝う伝説の黒剣は、轟音を靡かせながら漆黒の霧を舞い上げ、返す刀でその将軍のカラダを一閃した。

そう、アルバの黒剣は将軍の腑を一気に切り裂いたのだ。


「ぐっ!!」


セザールが苦悶の声を上げ、顔が歪む。

血は一切出ない。撒き散らされる事もない。アルバが授かった伝説の黒剣に斬られた傷は、あっという間に凍りつくからだ。

そして木の葉の様に将軍は両手を大きく掲げカラダを後ろに仰け反らせた。

セザールの右手からは銀剣が解かれ、カランって大地に大きな音を響かせる。

アルバは左手一本で天に向かって黒の大剣を振り抜いたまま動きを止め、まるで騎士の石像の様に美しい躯体を晒した。


アルバの圧勝だった。


腰から肩まで、斜めに一直線…将軍の鋼鉄の赤い鎧は、まるで紙の様に易々と切り裂かれていた。

それは伝説の黒剣の切れ味も素晴らしかったが、鍛え上げられたアルバの太刀筋と型、そして精神が織り成した見事な一撃だった。


そう…結果は、1年前とは全く逆となったのだ。


( 信じられない…。 )

アルバ自身、成し遂げた事を中々信じられずにいた。

如何にジル先生に不思議な力を授けられたと言っても、それを証明するのはやはり実戦。そして今日はその初戦であるのだから彼が実感がわかないのは当然とも言える。

何しろ結果的に只の物売りが、世界に名を馳せる将軍に一騎打ちで勝ったのだから…。


「こんなに速いとは…思わなかった…。」


セザールは苦しそうにそう洩らした。彼は完全に速さ負けを悟った様だった。

2人は斬り合って体を交差させていたので、お互いに背中を向けている状態。

だが、互いの研ぎ澄まされた感性は相手の様子を”気配”で読み取っていた。


「…将軍も速かったです。紙一重でした。」


アルバはそう言ってゆっくりと振り返る。

だがそこに信じられないものを見てしまった。

マントを揺らすその後ろ姿…腑を真っ二つに斬られた筈のセザールが、威風堂々立っていたのだ。

( なっ…立ってる? )

思わずそう洩らした。…普通なら腹を抑え、もがき苦しむか、一瞬で絶命している場面だ。

それなのに彼はまるで何事もなかったかのように堂々とした後ろ姿を見せていた。…それは彼の信じられないほどの精神力…又は人の上に立つ将軍としてのプライドなのかもしれないが常人の域を遥かに超えている。


「お、お見事。さすがは聖騎士殿…。」


そして恨み言を言う訳でもなく、セザールはアルバを讃えた。


「将軍、ごめんなさい。俺は本当に…聖騎士ではないんです。」


それは本心だった。そもそも聖騎士なんて単語しか知らない。

だが将軍は背を向けたまま静かに笑った。


「ハハッ…今更、何を言うのです。」


「…すいません。」


「せ、聖騎士に一騎打ちで敗れたのなら…それは武人としての誉れ。お、思い残すことはありません。」


「はぁ…。」


聖騎士を知らないアルバは、小さく息を吐いて頭を掻くしかなかった。


「で、ですが、君はが聖騎士でないなら…ひとつお願いがあります。」


「…えっと、俺にできることなら。」


「しょ、将来は必ず…せ、聖騎士になってください。」


セザールのその言葉にアルバは、もう苦笑いすら浮かべられなかった。

言いたいことは分かる。

確かに自分がやけに有名な聖騎士なるものになれば、セザールの死も名誉となるからだろう。

だけどそんなもの背負えるはずがない。だいたい聖騎士なんて碌に知らないんだし…。

アルバは慌ててプルプルと首を振ったが、その将軍様のわがままはそれで終わりではなかった。むしろ、もっとスケールが大きかった。


「アルバくん…もう一つお願いが…あります。どちらかと言えば、こ、こっちが本命…なんですけどね。」


そう言いながら、肩口から横顔をのぞかせたセザール。

口から血が流れていて肩で息をしていたが、なぜか目は穏やかだった。それは敗れた偉大な戦士には似合わないほどの優しい笑みだった。

アルバは小さく頷いて、恐る恐る尋ね返す。


「…なんですか?」


「て、敵である君に、こんな事を頼むのは心苦しいのですが…。」


…将軍の声は本当に苦しそうだった。


「はい…。」


「ロ、ロハンを…助けてやって欲しいのです。」


セザールの口元は緩んでいたが目は真剣だった。

ちなみにロハンとは、ここルンに攻め込んできた街の名だ。そう、セザールの所属している勇猛果敢な兵が多い事で有名な砂漠の都市。アルバはね、もうさっぱり意味がわからず、思わず聞き返した。


「はっ?…それは、どういう…。」


「あ、あの街は今、間違った…方向に進んでいます。い、一刻も早く…正しい方向に戻す…それを君に託したい…のです。」


「…頼む相手を間違えています。そういうのは何処かの英雄さんにお願いしてください。僕は只の…。」


アルバが慌ててそれを口にすると、セザールは言葉をかぶせてきた。


「只の物売り…とは、言わせません。アルバくん…聞いてください。ロハンには…ロイスという正道を貫く賢者がいます。…か、彼を頼るのです…。」


「ロイス…さん?」


「そ、そうです。彼と君はウマが合う筈です。それに…君がロハンと関わるのは…宿命だと、お、思ってくださいね…。な、何しろ…私を…打ち倒したんですから…。わ、私を殺した…責任…はとってもらいますよ…?」


ロハンの将軍セザールはそう優しい声で言い、やがて笑顔を浮かべた。

それは微笑みは横顔で…しかも苦しいのか咳き込んでいて囁かなものだったが、彼が初めて見せた本当の笑顔のようにも思えた。

だがそっちは笑顔でもアルバは困惑。

( ロハンと関わるのが宿命? )

もうね、彼の無茶振りに目を丸くすることしか出来ない。

云々、さっぱり意味が分からない…。

ロハンを助ける?何から?つーか、ロイスって誰!?

…全てが急すぎて頭が追いつかない。

だけどそれを知る将軍は、もはや虫の息だった。

やがて、カクンッてセザールの体が揺れたかと思うと、ゆっくりと、そして静かにその場に仰向けで崩れ堕ちていく…。

ドサッ…という鈍い音。そして金具と石がぶつかり合う激しく思い音が同時に響き渡る。

アルバが倒れ逝く彼を追う様に目を下に向けると、セザールは両手を大きく掲げながら大の字になってしまっていた。


「セザール将軍!?」


慌てて跪き、彼の顔を覗き込んだが、既にセザールは絶命していた。

顔は…意外にも安らかだった。それはまるで何かの重圧から解放されたようすら見れなくもない。

( ………。 )

アルバはその男の死顔を暫く見ていたが、やがて静かに目を閉じた。

…不思議な感覚が自分の心を激しく揺さぶっていたのだ。

前に盗賊を斬ったときは何も思わなかったが、今は何だか凄く心が痛い。

同じ命の筈なのに、全然違うのだ。

セザール将軍…。

出会ったばかりで、人となりもそんなに知らない。しかも自分が暮らす街へ攻め込んできた憎っくき敵軍の大将。それなのに、彼の死は凄く悲しくて切なくすらあって、涙さえ溢れそうだった。


…この人を殺しちゃいけなかったんだ。そして自分は…もっと、彼と話すべきだった…そうしたら彼を殺さずに済んだかもしれない…。いや、むしろ友達にだってなれたかもしれない。


何故か、そんな事がすぐに頭に浮かんだ。なぜそう思ったのか…この時は分からなかった。

ただただ、激しく後悔した。

だが現実として、彼が言い残した言葉がアルバの頭の中に残る。

セザールの意志として、将軍が成し遂げようとした事をアルバに託してきたのだ。

ロハンを救って欲しい…と。


( 貴方の様な英雄さんでも救えないものを、俺が救えるわけがないでしょう? )


アルバはそう思いながら顔をうつむかせ、何度もなんども首を横に振る。

だが絶命した将軍は何も答えてくれやしない。

どうして、みんなが俺に何かを託すのだろう…彼の安らかな死に顔をみて、ふとそう思った。

こんな16歳の物売りに、みんな何を期待してるんだって。


サーシャを頼む!と、お願いしてきた村長や村の神父様…。

サーシャにお願い事をする為に、一緒に旅をしてくれと頼んできたサカテさん。

ルンと修道院を救ってくれと頼んできたセドリーヌさんやエマさんたち。

そしてその全てに関わっているサーシャの…騎士さまとして側にいてほしいって願い。

( どいつもこいつも無茶な事ばっかり言って…。 )

そんな事を考えて自嘲気味に微笑んでいると、自分の横にスッと肩を寄せてくる者がいた。

淡く優しく、そして温かい光…。

この戦いの場にそぐわないほどの清廉さ、清々しさを携えて…。

それは勿論、教団の女神サーシャだ。

たった数日でアルバの全てを変えてしまった御仁…とも言える。


「騎士様、お見事な勝利でございました。流石でございます。…ですが、今回のお相手である将軍様も偉大な御方であられた様ですね。」


彼女はアルバの心を推し量る様にそう口にして、体を屈めて祈りを捧げ始めた。


「サーシャ…。」


アルバは静かに彼女に目を向ける。

慈愛溢れるその横顔と優しさ溢れる心持ちは、1年前と何一つ変わっていなかった。

思えば、この麗しき女神と出会った瞬間から自分の人生は大きく舵をきった気がする…。


「サーシャ。」


再び、彼女の名を呼んだ。

重い、重い、口調だったからかもしれない。彼女は少し驚いた様子で、こちらに顔を向けた。


「どうしたのですか?」


祈りを中断し、優しく澄んだ声で、自分をまっすぐに見てくれている大きなブラウンの瞳。

その様子を見て、サーシャが自分を忘れていなかった事が分かる。

…ただただ、ホッとした。

アルバが何も言わず、目に涙をためていたからだろうか。サーシャは大慌てで自分の両肩にその美しい手を添えて、心配そうに顔を覗き込んでくる。


「騎士様。どこかお怪我をなされましたか?」


「い、いえ。そうじゃないんです。」


アルバはそう話すと、ゆっくりと体を彼女に近づけた。やがて、何やらキョトンとしている彼女の背中にゆっくりと両手をまわすと、震えた手で優しく抱きとめたのだ。

アルバにとってそれは、最初にセザール将軍に戦いを挑んだ時くらい勇気がいる事だったけど、こちとら一年ぶりに会えたのだ。もぉ、体が止まらなかった。

まるで、会えなかった時を取り戻す様にアルバは何度もなんども彼女を抱きしめ直す。

その度に、彼女の柔らかな体の感触、黄金色の髪のいい香り、そして何より心がスゥーって落ち着く様な安心感が彼に届く。

だけど、それじゃ全然足りなかった。

アルバはいつの間にやら耐えきれなくなって彼女の体を強く抱きしめてしまった。

もうね、ちょっとくらい彼女に痴漢呼ばわりされて嫌われてもいいやとまで思えた。それほど、アルバは彼女にくっつきたかったのだ。

だけどサーシャは特に嫌がるそぶりも見せずアルバのしたいようにさせたばかりか、むしろ温かい微笑みを届けてくれた。


「フフッ。強敵を倒した騎士様が、さっそく甘えん坊ですか?」


何も知らない無邪気な彼女の声が届く。

その声は、あいも変わらず澄んでいて、アルバを優しく向かい入れてくれ、そして包んでくれるかのように優しかった。


「サーシャ。俺が勝った時のご褒美…覚えてる?」


アルバは彼女の耳元でそう囁いた。


「フフッ。スープの事ですか?」


「それなんだけど…変更してもいいですか?」


「まぁ…何に変更なさるんですか?」


「えっと…、もう少しだけこのままで…。」


アルバが彼女の華奢な体をギュってしながら申し訳なさそうに漏らすと、サーシャは優しく彼の頭を撫でた。


「あはっ…騎士様はいつの間にやら髪が伸びましたね。」


サーシャはそう言っただけで、特に彼の問いに何も答えなかった。

…ただ暫くして、強く彼を抱きしめ返してくれたのだ。

その様子に心の底から安堵したアルバは、ようやく満面の笑みが戻り、心の底からホッとしたのだった。





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