アルバの落下
この急降下、どう表現したらいいのだろう…。
すごく急で、直下降。
永遠と続く長い長い蛇行したツルツルの滑り台を、ひたすら滑り落ちている気分だった。
不思議とお尻は痛くない。
ただ、辺りにプカプカと浮かんでいる白い靄が、ものすごい速さで体を突き抜けていくもんだから、それこそ鷲とか鷹とかが雲を縫って進むが如く、ありえないほどスピードが出ているって事は分かる。
分かるんだけど、滑り台にしてはあまりにお尻の抵抗がなさすぎて現実味がまるでない。
もしや死後の世界への旅立ちの途中で、自分はやはり死んでいて幽霊になってるんじゃないかって錯覚した。
しかも滑り始めてから半刻ほど経っているのに底がまだ見えない…ものすごく深いって事だ。
それにひたすら落ちているチューブの様なこの空間も雰囲気満点。
最初は真っ白な靄の世界だったんだけど途中からその色は赤黒くなった。
ご丁寧にマグマが吹き上がっているような情景の変化は、地上を通り越して、地獄に落ちていくんじゃないかって、心の底から心配になった。
さすがに、この若さで地獄へは行きたくはない…。
もうね、色々怖すぎて、途中で目を開けてらんなくなった。
だってどう考えたって、この勢いで地上に叩きつけられたら、間違いなく自分はペチャンコだ。
( だいたい、先生は説明不足なんだよ! )
って、ポニーテールのジル先生をちょっと恨む。
摩訶不思議な湖で、ありえない1年を終えての、この急降下…。
全てが謎に満ちていたのに、なに一つ教えてくれてない。
絶対にあの威張りんぼの先生は、この滑り台の先だってまるっと知っている筈なのに、いきなり今日でお別れだ!バイバイ!とばかりにこの場所に落とされたんだもの…。
まぁ、それは今になって言っても仕方がない。どうせ相手もいないから文句も言えないし。
寧ろ、大事な事は今だ。
ジル先生は威張りんぼだが性格は悪くない。
そういう意味からすると、ここに落としたのは彼であるのだから、とりあえずは自分を殺すなんてことはしないだろうとは予測できる。
するとだ。
この急降下の顛末が無事だと仮定すると次に気になるのは、その先のこと。
一体この無限ループの出口がどこだってことだ。
できれば、一昨年前まで自分の生きてきた平穏な世界に戻りたい…。
自分が暮らしていたワラミ村か、戦争に巻き込まれたルンか、はたまた全く知らない場所か…。
何処へでもいいから、とにかく現実社会に戻りたいのだ。
あの世界に戻れさえすれば、もう大満足。だってあの世界に戻れたら、彼女が同じ空の下にいるって事だもの。
そう、サーシャを探しに行けるのだ。
ただそれだけ…。
それだけなんだけど、あの閉ざされた湖からサーシャのいる世界に戻れるんだから、この急降下だって、ある意味楽しみですらある。
それにジル先生はサーシャが自分を待っていると言ってくれた。
そして、アルバが彼女の騎士だとも…。
一瞬ね、信じたくなった。だって先生にしては珍しく、優しい言葉だったから…。
だけど、やっぱり思い直すことにした。
何しろ自分は呑気者だが、楽観主義者ではない。
サーシャには師匠さんていう正式な騎士様もいるし、もっと言えば自分とサーシャが離れ離れになって既に1年が経過している。
その麗しき見た目とは違い、意外と行動派の彼女が大人しく自分を待っているとは到底思えなかった。いや、むしろズンズン旅に出て、いろんな人と知り合っていて、自分のことなど忘れられてるっていう可能性の方が高い。
それでもアルバは、彼女を探したかった。
だって、どんなに師匠だ、臨時の騎士だって卑屈になって彼女と上手く行かない理由をつけても、結局自分の本心は彼女に会いたがっている。だいたい今なんて一年も会っていなかったもんだから、どんな残酷な運命が待っていようとも、一刻も早くサーシャに会いたかった。
勿論、怪訝そうな顔をされるかもしれない。
今更、なにっ?って言われるかもしれない。
色々考えちゃって少し怖いけど、会いたいものは会いたいのだ。
…ますます、霧が流れていく。
それは、彼の焦る気持ちを後押しするように、落下速度が徐々に早まっているって事だ。
ただ、このまま地上に叩きつけられたら間違いなく圧死だ…。
痛いだろうな…って呑気に思ってはいたが、きっとそれすら感じないほど瞬間で死ぬのだろう。
それならそれで、楽に逝けそうだけど…なんて思っていると、やがてブォーーンっていう耳を劈くほどの爆音も更に大きくなっていく…。
( こりゃ、もうすぐ底だな…。 )
その迫り来る雰囲気にアルバはそう感じて息をのみ、身構える。
こうなれば、なるようにしかならない。
いよいよアルバの目に前に、このチューブの底をはっきりと感じられるようになったのだった。




