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閉ざされた湖の上で


あれから、どれくらいの月日が経ったのだろうか。


アルバが閉じ込められてしまった美しい湖と鬱蒼と木が茂る山々は、ゆっくりと…だが着実にその趣を変えてつつあった。

湖に映り込むコバルトブルーの空色も、それを取り囲む深く切立った山々の緑も、より一層に色鮮やかに濃淡深くなり、季節が大きく移り変わったことを伝えている。

そう、夏である。

アルバが最初にこの場所に流れ着いたのが真冬だった事を考えれば、随分と時が進んだものだ。

彼は照りつける陽の光を浴びながら、この日も湖に迫り出した巨大な白石の上で、まるで瞑想するように足を組み、そして目を閉じていた。

襟元までしかなかった黒いサラサラの髪は肩まで伸び、もやしのように白かった体は降り注ぐ陽の光をいっぱいに浴びたためか、こげ茶の色味を帯びていて精悍さは格段に増している。

そして長きに渡る瞑想により姿勢が格段に良くなり、それは必然的にブレない体の芯を作った。見た目の体つきはそんなに変わらなかったが、自力で基礎体力を地道に伸ばした事により、微かにあった贅肉は筋肉に鍛え上げられ、少しだけ逞しくは見えるようになった。


( サーシャに今日も幸せが訪れますように…。 )


だが、どれだけ体が鍛えられ見た目が変わっても、彼の願いは一向に変わらない。

たった数日だけしか一緒に過ごしていないというのに、まるで何年も一緒に暮らし、そして生き別れた恋人のように、サーシャという女性は彼の頭から離れなかった。


顔が見たいし、話したいし、共に旅をするという約束も果たしたい…。


環境が変わり、どれだけ時を刻もうとも彼の想いが変わる事がない。

…ないのだけど、ここは少しだけ自由のある牢獄のような場所。

この深い森には”魔法”なる怪しげなもんがかけられていて、どんなに森を進んでも、いつの間にか出発点に戻ってしまうという厄介な場所だった。

頼みのジル先生もこの場所の詳しい話を全く口にしないもんだから、アルバが彼に閉じ込められているのか、はたまたジル先生も一緒にこの大自然に閉じ込められているのか、全く見当もつかない。

ただ、”魔法がかけられている”というのは本当のようで、アルバも何度か試してみたが、どれだけ森を進んでも最後には見事にジルの小屋の前に戻って来てしまっていた。

そんな訳で彼は「こうなったら仕方がない。ここで限界まで強くなってやる!」と考えを改め、日々をジル先生の教えの通り暮らしているのだ。

その教えの第一歩が、この瞑想とお勉強だった。

普通なら16歳らしく、迸る熱い想いとやらでサーシャに会いに行こうと森を駆けたいところではあるけど、彼はその想いを飲み込み現在に至る。

そういう結論になったのは、彼が筋金入りの呑気者…なんて事も影響しているのかもしれないが、そもそも彼の持論は急がば回れ。

理由は謎だが、この16歳の少年はその若さに似合わず、やけに思慮深い。思慮深いといっても教会で勉学を学んだ訳でないので知識があるって事とはまた違っていて、咄嗟に思いつきや勢いだけで行動はする事は少ないという事だ。なので自身では、単に臆病だと思っていて、もしかしたら前世で勢いだけで生きて失敗したんじゃないかって疑っているほどだった。


ただその呑気で臆病者のアルバの生き様を変えたのが、サーシャという麗しき女性だ。


理由はさっぱり分からないんだけど、彼女にお願いされると何でも言う事を聞いてしまうし、どれだけ自分ののんびりペースを崩されても嫌な感じがしないから不思議だった。

挙句、盗賊の怖いおじさんたちに追いかけ回される羽目になっても、厳つい戦士たちが自分に血眼になって襲いかかってくる戦争に参加させられても、この呑気者は彼女の願いを聞いて、死にもの狂いで戦った。

まぁ結果、有名なセザールという将軍様に一騎打ちで敗れ、この摩訶不思議な場所に流れ着いてしまったのだが、それでもまだ”サーシャに逢いたい!”と心が叫ぶくらいだから、これは中々に困ったもんだ。

特にこの場所に来たばかりの頃は、まさに胸が張り裂けんばかりに苦しかった。

まぁ彼は16歳。

いくら彼女に師匠さんっていう御仁がいようとも、中々に仲の良かった初恋のお相手ともいうべきサーシャさんと急に離れ離れになったのだから、それは仕方がない。云々、そういうお年頃だもの。

本当なら、ジル先生との激しい打ち合いとか、滝行とかで体を激しく動かして心身ともに疲れ果て煩悩を捨て去りたいところではあったが、そんな先生が最初にアルバにやらせたのが、この瞑想。

まずは心を鍛えなさいって事だと思うけど、これがまた変わっていた。


「目を閉じて、感じたものを口にしろ。」


なんて、ジル先生は最初そんな事を要求してきた。


「どういう事ですか?」


「最初は鳥の鳴き声や湖の上を流れる風の音とかでいい。とにかく、耳についたものを口にしろ。」


「はぁ…。」


意味不明だ…。だけど、この先生は変な事を言う時に限って、顔は大真面目。


「いいか?今は聞こえずとも、お前ならすぐにいろんなものが聞こえる様になる。この森に潜む動物が忍び寄る気配、湖の奥深くに潜んだな魔物の息遣い…そんなものまで一瞬でわかる様になる。」


「そんな阿保な…。」


アルバは呆れ顔で先生を見返すが、彼の顔は至って真面目だった。


「嘘や冗談を言っている訳ではない。大気の気配は風が教えてくれ、湖の中は水が語ってくれる。これが行き着くとこまでいくと、その精霊の神々がお前を助け、どこへでも連れて行ってくれる。」


「…先生、意味がわかりません。」


アルバはそれこそ素直な思いを口にする。云々、そんな馬鹿なことがあってたまるかっていうのが本音だった。

そんなもの絵本の世界の出来事だろうって。

だけどこの先生、アルバの呆れ顔にも一切怯まない。


「分かりやすく言うとだな…例えばサーシャが遠く離れた大地の果てで、お前に助けを求めたとする。普通なら歩いて数ヶ月かかる場所だとしよう。だが精霊の力を借りれれば、お前は一瞬で彼女の元へと行ける。」


「…それ、本当ですか?」


便利すぎて…少々呆れる。だがジル先生は得意げに顔を擡げた。


「ああ、本当だとも。それにな、さらに修行を積めば相手の心もある程度読める様になる。」


「心…ですか?」


「そうだ。剣での戦いでも頭脳戦でも相手の考えが読めれば、より勝つ確率は上がるだろ?」


「そりゃ、そうでしょうね。」


「それにだな。これはもっと凄い事にも使える。」


ジル先生、とっても真面目そうにそんな事を言うけど、目が悪戯っ子のそれだ…。

絶対しょうもない事を考えてる…。


「…なんですか?」


「例えばだな…サーシャが『今なら誰とでもいいからエッチしたいわ。』なんて心でこっそり思ってる事もわかる様になる。どうだ?すげーだろ?」


「…先生、それ今、とってつけましたよね?」


「………。」


「そんなん言えば、俺がやる気出すって思ったでしょ?」


「………。」


無言の先生…既に答えを言っているようなものだ。こすい…思わずそう思って呆れた。

だがこの先生、アルバ並みに”しれっ”てしている。彼はお約束通り大きく咳払いをした後、耳をほじりながらすっとぼけた。


「…まぁ、それはそれとして…精霊の話は本当だ。」


サーシャの話はやはり嘘かと、今度はアルバが心で舌打ちした。


「…なんか童話みたいで信じられないんですけど…。」


「信じる信じないはお前の勝手だけどな…師匠は、この技できるぞ。」


「はっ!?」


「師匠が出来たのに、お前はハナから諦めるんだ…それじゃ彼女も…。」


「や、やります!!」


アルバは目くじら立てて即答する。

師匠さん…それはこちら側から一方的であるが、まぁ恋敵?

とりあえずアルバは彼だけには負けるわけにはいかない。

ジル先生の魂胆は見え見えなんだけど、自分でも嫌になるくらい師匠さんへの対抗心は強いんだってこの時、気がつく。

云々、いわゆる嫉妬心だ。

彼女の愛する人だから尊重してあげたいし、どれだけ格好いいか会ってみたいけど、アルバの心の奥底に宿る悪魔は、いなくなればいいのにーって思ってる。

とっても汚れた心…嫉妬。

だけど、それは稀にとんでもないパワーを生む。

だから数ヶ月経った今では…。


「うわぁ…この森ってこんなに猛獣がいたんだ…。それに湖の中にも首の長い巨大な化け物がいるんですね。」


はっきりと何時か覚えてないけど、いつの間にかアルバはそう漏らす様になっていた。

そう、生き物の気配は勿論、葉の音で大気を感じ、さざ波の動きで水の奥底までもうかがい知れるようになっていたのだ。

自分でもとても信じられないのだけど、このジル先生は嘘は言っていなかった事になる。





「さて、アルバ。そろそろ面白い事しようか?」


その日の朝食、先生はパンを口に運びながらそう話しかけてきた。

2人のテーブルには、パンにサラダ、卵料理にフィシュチップスとコーヒーが並ぶ。

最近ますます料理の腕を上げたアルバは、先生の好き嫌いは勿論、味の好みも分かってきて、総じて手際も良くなった。そのお陰かは分からなかったが、最近、2人には妙な信頼関係が生まれつつある。


「面白い事って…なんですか?」


「ああ、大した事じゃない。最近は雨が多い。水かさが増した湖で思い切り水遊びでもしようと思ってな。」


卵をパクってしながら、ニカって笑う先生。


「大の大人が水遊びですか?」


だけどアルバは呆れ顔でそう返す。

サーシャとなら恥も外聞も捨てて楽しむかもだが、このおじさんとはどうなんだろうとか思ってしまう。長いこと一緒に暮らしているので、彼とはどこか友情みたいなものもなくも無いが、男同士の水遊びっていうのは、どうにも気持ち悪い絵しか浮かばない。

だが、相変わらずこのしれっと男は一切、意に返さない。


「ハハッ。まぁ、いいじゃねぇか。サーシャが水着姿でいるかもしんねぇぞ?」


毎度のことながらサーシャをダシに使うのはやめて欲しい…。

というか、胸のあたりで手をクルンとさせ、サーシャの胸を表現するのは…もっとやめてほしい…。

すっかり呆れ顔で小さいため息を落としながら、アルバは文句を言ってみた。


「…もうそのくだり、聞き飽きました。」


「ちぇっ。お前はどんどん可愛げがなくなるな。」


先生は苦笑いを浮かべながら熱いコーヒーを飲み干すと、ゆったりとカップをテーブルに置いた。アルバは反射的に尋ねる。


「先生、お代わりしますか?」


「いや、いい。…じゃ、俺は先に行ってるからな。」


なんて彼は言い残し、「よいしょっ。」って立ち上がると、呑気に頭を掻きながらさっさと家を出て行ってしまった。

勿論、アルバはそのテーブルのとこに置き去り。

まぁね、ジル先生は何だかんだで優しいから、朝食食ったら来いって意味なんだろうけど、そのマイペースっぷりには毎度の事ながら驚かされる。

自分もかなり呑気だけど、彼の足元にも及ばない。

( 飯くらい、ゆっくり食えばいいのに…。 )

思わずそう苦笑いを浮かべながら、アルバはパンをかじり渋々立ち上がった。

そして無理やりコーヒーを口に入れ、パンとともに胃に流し込む。

ちょっとお行儀悪くてサーシャに優しく怒られそうだけど、今は仕方がない。

( よし!行こう! )

アルバは顔を上げて無理やり全てを飲み込み、慌てて彼の後を追うことにした。

まぁ一応、彼は自分の剣の先生だからね。いつまでも待たせる訳にはいかない。

彼とお揃いの白い着流しを急いで羽織り、黒い大剣”黒剣”を背中にくくりつけた。

そして小走りで家を出て行く。

だけど、そんな先生の後を追って湖に行ったとき、及ばないのは呑気だけではない事を思い知らされる事になるのだけど…。


アルバが小屋を飛び出しキョロキョロとしていると、そのジル先生はいつもの湖の滸に立っていた。

まぁ、その先生、背が高くていらっしゃるもので、遠くから見てもたいそう格好がいい。

そして引き締まった体は筋肉隆々で、その後ろ姿はまさにアルバが憧れる男の姿だ。

とりあえず早足で砂浜を進み、声をかける。裸足でかける夏の砂の上は熱い…。


「先生、お待たせしました。」


「おお、来たか。見ろよ、今日も湖が綺麗だぞ。」


そう言ってニカって笑う、ジル先生。

確かにそこから望む朝日を浴びた聖女の待つ湖は、透き通るような藍色の水を湛えながら時折さざ波を見せ、キラキラと今日も美しく輝いていた。

この落ち着いた美しさだけは、時をいくら重ねようとも見飽きないし、元々ボッーってするのが好きなアルバは毎日の様に眺めている。


「それで、今日は何をするんですか?」


とりあえず先生の顔を覗き込み、そう尋ねる。


「ああ…。いよいよ、剣を使った稽古を始めようと思ってな。」


「ほ、本当ですか!?」


信じられないとばかりに目を見開く自分に、大きく頷く先生。

アルバは、思わず破顔した。

だって…これで、ようやく背負った黒剣が使えるんだもの。

そしてそれはサーシャを守れる技を身につけれる事を意味する。

その事が嬉しくて思わず左手で拳を作り、囁かなガッツポーズまで披露してしまったほどだ。

何しろ、ここまでは湖をのんびり眺めながらの瞑想と、お昼過ぎから始まるお勉強ばかりだったから、もうね、修道僧にでもなった気分だったのだ。だが剣を使った修行となれば、いよいよ体を動かせるし、実技も学べる。

まぁ、この先生の事だから瞑想も勉強も何か深い意味があるのだろうと黙って従っていたが、やはり体を動かして実際に剣の修行ができる事は嬉しい。

サーシャの為に強くなる…その想い一つで、朝は基礎体力作り、夜は独学で毎晩の様に剣を振るっていたが、やはりそれにも限度というものがある。

だからジル先生が剣を教えてくれるっていうのは、自分にとって待ちに待った日なのだ。

何しろこの人、湖を真っ二つに斬った御仁だもの。

…だけど…そうすると、先ほど口にしていた水遊びって何だろうと訝しむ。

云々、悪い予感しかしない…。

そしてね、それは又してもぴったり当たった。


「ふむ、これでいいかな。」 なんて先生は釣竿などがしまわれている倉庫から一本の木刀を手に取る。

そう、この先生と出会った初日に釣竿が置かれていた場所だ。


「アルバは背中の剣でいいから、ついてこい。」


ジル先生は木刀の手応えを確かめながらそう言うと、チラってこちらを向く。

アルバが怪訝そうに先生を見返すと、彼は一度不気味な笑みを浮かべながら、ゆっくりと歩き出した。

…湖の方角に。

アルバは恐る恐る彼の後を追う。

するとね、その先生。

着流しをはためかせ、砂浜をサクサクと音を立てながら、進む。

進む、進む、順調に進む。

砂浜…そして、湖の波打ち際…やがて湖…ん?


「……!?」


思わず絶句して、アルバは立ち止まってしまった。

…しばらく声も上げられない。

ポカンって口を開けて、両手はダランって力なくおりたまま…。

だってね。

そのジル先生…湖の上を歩いていらっしゃるのだもの。

ジャバジャバと水の中を歩いている訳じゃない。

水面をまるで滑る様に歩いているの。浮いているの!服どころか、足さえも濡れてない。


「どうした?早く来いよ。」


湖の上から、先生の急かす声がする。だけど顔はちょっと意地悪そうな表情だ。

アルバは「はぁ…。」なんて中途半端な返事を返し、ゆっくりと波打ち際へ…。

まだ日が昇って時間が経っていないから、足の指の先に当たる水はそこそこ冷たい。

恐る恐る足を上げて、ゆっくり水面に足をつける。先生はその水面の上に立っていらっしゃるんだけど…。

パシャ!って、いい音がして…当たり前だけどアルバの右足はそのまま水中に沈んだ。

ああ、自分はやっぱりそのまま人間らしくバシャバシャと行くしかないなって思っていたら、すぐに先生の声が聞こえる。


「アルバ…。水に浮けると信じてみろ。」


( う、浮ける?そ、そんな阿保な…。 )


って、すぐに顔を顰めたが、よくよく考えれば目の前のジル先生は水に浮いていらっしゃる。

仕方なく、念じるように足を水面につける。

( 浮ける…浮ける…俺は浮ける。 )

ゆっくりと足に体重をかけた。

だけど…パシャ!って、やっぱり足は水に沈んだ。諦めずまた一歩、進めるために足をあげる。

( おい水!浮かせてくれよ! )

今度は少し半ギレ状態で脅すように水に念じたが、結果は同じく足は簡単に沈む…。

( え〜ん、浮かせてよ! )

( すんません!浮きたいんです! )

( オイこら!浮かせないと蒸発させるぞ! )

浮かない。

泣いても、お願いしても、脅しても結果は同じ。

どれだけ念じても、水は言う事を聞いてくれない。

…これでは拉致があかない。


「お前は、水の声が聞けたんだろ?信じるものを頭に浮かべて、歩いてみろ。」


やがて呆れたようなジル先生の声。アルバは一度彼に目をやると、唇をキュッとして気合をいれた。

信じるもの…そんなの、今はない。

ただ…信じたいものはあった。


( サーシャを助けたい。乗せてくれませんか? )


自然と頭に浮かんだ想い…。

自然と右の足裏を水につけると、今度は何か浮力を感じた。それはそれは驚きたが、彼は心乱れる事なく念じ続ける。この小さい浮力では、沈みそうだったからだ。


( サーシャを一緒に助けてくれませんか? )


願いを具体的にしてみた。

するとどうだろう。水が彼の足を支えだした。

沈まない。

信じられないんだけど、沈まない。

やがて、もう一方の左足も上げて、ゆっくりと水面につける。階段を上がるように…。

…すると、両足とも沈まなかった。


「う、浮いた…。」


足は頼りなさげに震えていたが、アルバは嬉しそうにそう漏らすとゆっくりと顔を上げて、先生を見る。

彼も悠然と浮いていたが、木刀を脇に抱え鍛えられた腕を組みながら苦笑いを浮かべていた。


「お前ってさぁ…たまに、出来る子になるよな。」


「はぁ…。」


「だがこれで、お前は水に沈むことはない。お前が沈みたいと思わない限りはな。」


「そうなんですか!?」


「ああ。」


ジル先生は頷くと、手招きでアルバを呼んだ。

( 浮いたはいいけど…先生みたいに歩けるのかな…。 )

アルバはおっかなびっくりだったが、ゆっくりと足を動かすとスゥッーって湖の上を進んで行く…。自然に…勝手に。まるで氷の上を滑っているようだった。


「ほんと、たいしたもんだ。」


するとその先生も呆れた声をあげながら水面を滑り、更に湖の中央へと進んで行く。

アルバも急いで彼の後に続く。…まるで湖をいくアヒルの親子のようだ。

2人は、湖上をそよぐように静かに進んで行く。

湖は真っ青な空色をしていて、ジルとアルバが歩くたびにその青はぼやけるように揺らぐ。

やがて、先生は砂浜から15分ほど進んだ場所で足を止めた。

そこはまさに湖の中央だった。当然、アルバも足を止める。


「アルバ、黒剣を抜いてみろ。」


ジル先生はゆっくりと振り返ってアルバの正面に体を向けると、そう洩らした。

アルバは一度大きく頷くと、彼の言う通りに背に手を回し背負った黒剣の柄に手を添えた。そしてギュッと左手で握りしめ一気に抜きさると、そのまま青眼の構えをとる。

1m以上あるその刃は通常の剣と違って片方しかなく、何より刃全体が漆黒だった。


「よし…じゃ、やるか。」


彼は、そう言い放つといきなり手にしていた木刀を掲げた。

ついに、先生と勝負だ!当然、アルバはそう思った。

湖をすら真っ二つにする剣豪、そして自分が目指している師匠さんに剣を教えた先生…。

だが、この御仁の趣向は本当に凝っている。アルバが簡単に予想できることなど滅多にしない。

当然のようにこの時も、摩訶不思議な事がおきた。

先生の体から漆黒の靄が溢れ出し、やがてその色は藍に変化していく…。


ザバァッーン!!


驚く間もなく、アルバの周りから水が激しく打ち上がる音がする。

そう、嵐の波打ち際で水と岩が激しくぶつかり合う音だ。しかもいくつも…。

アルバは思わず腰を落として身構えた。

やがて自分を囲うように、水柱が天高く上がる。しかも3本!!

( な、何だこれ…。 )

目をまん丸にして、驚くアルバ。

その3本の水柱は大蛇のように先端を自分に向けてきていて、水を激しく循環させながら今にも襲ってきそうな勢いだ。


「よし、アルバ!水遊びの始まりだ!」


「み、水遊びって一体…。」


「いいか?今のお前の力では、水を剣で受けられん。相手の攻撃を避けるしかない。」


ジル先生がそう話すや否や、大蛇の頭のような水柱の先端が変化しだす。

アルバは思わず顔を見上げ、じっとその様子を見据えた。

もうね、何を見ても驚かないつもりでいるんだけど、今度はその水がね、”馬に乗った剣士の”姿に変わりやがったもんだから、思わず「そんなアホな!」って悪態をついたものだ。

しかもその透明な戦士の皆様、青白く光る透明な甲冑に身を包み、剣どころか盾まで持っていらっしゃる。


「よし、いくぞ!」


先生の叫び声が湖に響き、3体の怪しげな剣士は一斉にアルバを襲ってきた。

( ま、まじかよ! )

さしもの呑気も焦る。ーーーなにせ、3体とも速さが半端ない。しかもあらゆる方からの同時攻撃だ。

考える間もなく、アルバの体は3方から一斉に水に打ち付けられてしまった。

水…何だけど、勢いがついているから、とにかく痛い。

バケツに水を入れて、そのまま目の前の人に水を投げつけると、それだけでも激痛なんだけど、こいつらはその量も速さも尋常じゃない。

当然のようにアルバは気を失うように湖の中に飲み込まれた。

( ぐはっ…。痛い!!痛い!!痛い!! ) って、水中で文句をついていたら、今度は体が勝手に湖の上まで引き上げられていく…。恐らく、さっき自分を襲った透明な戦士たちが、ご丁寧に自分の体を上げてくれているのだろう。

やがて、ザバァッーン!って音がして、アルバはようやく水面に顔を出した。


「避けろって言ったろ?何やってんだ!」


すぐにジル先生の厳しい叱責が飛んでくる。だけど、そりゃいくら何でも無理だ。

当然、文句を言う。


「い、いや、避けろって言っても…。」


「お前は長きに渡る瞑想で、既に水の心まで見えた筈。心が見えれば、よけれる筈だぞ。」


「速すぎて、そんな暇が…。」


「頭で考えるな。心で感じろ!」


無茶振りも度が超えている…。

だが、この瞬間にも3本の水柱たちは仲良く、湖からゆっくり再び天に昇っていく。

云々、自分を襲うためにね。

今度は、剣士ではなく、何かの野獣のようなお姿になって…。

ちょっと周りを見渡せば、湖はどこか落ち着きなく、水面もざわついている。それはこれまで静謐を保っていた広大に湖とは思えないほどの荒々しさであった。

( さっきのが繰り返されるのね…。 )そう直感で感じたアルバの心は思い切りゲンナリ…。


「サーシャを背にしていると思え!!」


常套句を叫ぶ先生を、恨めしそうに見ながら黒剣を構えた。

そして襲ってくる水で創られし野獣3匹…。

 ジル先生が操っているのか、湖がやらせているのか分からなかったが、そんなことに関わりなく水は飛んでくる。( はぁ…。 )アルバは大きなため息をついて半泣き状態だったが、どんなに心を読もうとも黒剣を振るおうとも、その後も水に打ちのめされ続ける羽目になった。


そんな訳で、ジル先生が用意してくれたその”水遊び”とやらは、結局夜まで続いたのだった。

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