師匠に剣を教えた男
瞼に光を感じた。
白く眩ゆいほどの明るい燈。
「ん…んん。」
意識が目を覚ます。やがて清らかな川のせせらぎ、そしてチュンチュンと小鳥たちの囀りが耳に気持ちいい。
幾重にも薫る花のいい香り、温かで気持ちのいい風のそよぎ。
( まるで、サーシャの膝の上にいるようだ。 )
彼はそう思うと、自然と笑みが溢れた。
そしてゆっくりと、自然に目を開ける。
ぼんやりと浮かぶのは、木と縄で組まれた天井だった。
( えっと…ここは…。 )
アルバは目を擦りながら、ゆっくりと体を起こす。
そしておっかなびっくりで辺りを窺うと、そこは全てが丸太で組まれたログハウスのような場所…。誰かの家の中のようだ。
ひときわ目を引く大きな窓からは、陽が煌々と差し込んでいて、そこからは巨大な湖と深い森が覗いている。それは人が立ち入る事を一切許さないような深い森…緑が濃く、そして澄んでいる。まるでアルバが暮らしていたワラミ村のようだ。
( ん?…。 )
アルバはふと視線を落として、自分の体に目をやる。
膝には肌触りのいいタオルケットが掛けられていたが、自身は麻のシャツと短いパンツだけしか着ていない。
まぁ下着姿だ。
( あれ?俺って…何してたんだっけ? )
なんて自問自答した時だった。
「目が覚めたか?」
ふと男の声がした。
アルバは驚き、慌てて声のした方を振り向く。
天井から降り注ぐ光が、まっすぐに届く囲炉裏…。
そこには、この素朴な家がよく似合う一人の男がアルバに背を向けて座っていた。
実に体が大きな男だった。
髪がかなり長いのか後ろに一つで結んでいて、まるで女の子のポニーテールのように、ゆらゆらと揺れている。
「あ、あの…ここは?」
アルバが恐る恐る尋ねると、その男はぶっきら棒に返してきた。
「お前にこの場所を説明してもわからんと思うぞ。」
そのお答えにアルバは目が点になる。
男は胡座をかいていて、向こう側で何かを作っているのか、しきりに手を動かしている。…こちらを見ようともしない。
「あの…貴方は?」
負けじと怪訝そうな声で質問を続ける。何も分からない自分は質問を続けるしかない。
だけど彼はやはり手を止めない。
「…全く、いちいち面倒くさいやつだ。」
そして、どこかで聞いた事がある声と話し方…。
云々、確かに聞き覚えのある声なんだけど、思い出せない。
「すいません。」
とりあえずそう謝ると、その男はようやくチラッてこちらを向いた。
横顔だったから片目だったけど、こちらを見据える目には生気が滲み出ている。
「お前、名前は?」
「…アルバといいます。」
そう返事をすると彼は再び顔を反対側に向けてしまい、手を動かし出してしまった。
そのマイペースっぷりに少々目を丸くしたが、やがて彼は急にペラペラと話しだす。
「お前は、ロハンの将軍とやらに一騎打ちで負けて、この湖に流れ着いたんだ。プカプカと浮いてたんで、俺が助けてここに連れてきた。以上だ。」
その言葉に弾かれるように、体がピクってなった。
朧げな記憶、今にも消えそうな光景…。
両手で頭を抑え、懸命に記憶を辿る。
若干、記憶を失うのが得意な自分だけに少々怖かったが、それはすぐに思い出せた。
そうだ!そうだった!自分は、ルンという街でセザールという有名な将軍と一騎打ちをしていた。そして…見事に敗れた…。
「せ、戦争はどうなったんですか!?ルンは?修道院は?サーシャは!?」
思わず立ち上がって叫ぶ。若干、サーシャのとこだけ語尾が強くなる。
「そう騒ぐな。…ったく、やかましい奴だ。」
よほど興味がないのか、その男の返事は無愛想だった。背中を向けたまま変わらず手だけを動かしている。
「こうしてはいられない…サーシャの元へ行かなきゃ…。」
アルバは何かに取り憑かれたようにオロオロしながら、壁をなんども摩り辺りを伺う。
そして( 何を…どうすればいい? ) 必死に考える。
ここが何処だか分からないが、とにかく一刻も早くルンに帰らなくてはならない。
だけど…道が分からない。ここを飛び出てからルンまでの道を探すか、このぶっきらぼうな男に頭を下げるか…。
だが、何かに一心不乱に作業をしているこの男に話しかけるのはどうにも気がひける。
結局、自然と足は玄関へと向いた。
「何処へ行く気だ?」
だけど、その男はアルバの行く手を阻むように問いかけてきた。アルバは若干ムッとしながらも慌てて声を上げる。
「…俺はルンに帰らなくてはいけません!ルンへの道は!?ここからどれくらいかかりますか!?」
半ギレ状態で叫んだのだけど、相手はいたって冷静だった。
「ふむ。ルンに戻って、どうするつもりだ?」
「ど、どうしても、助けたい人がいるんです!」
そう言い切ると、その男はついに手を止めて、座りながらゆっくりと体をこちらに向けた。
( おっと…。 ) って、その男を正面から見たアルバは目を丸くする。
実に男らしく逞しい男だった。見た目も大きいが、白い着流しから覗く腕や腿は鍛えられ引き締まっている。美しくすらあった。
そして眼光鋭いその顔は、無精髭は生えているが目鼻立ちがはっきりとして実に精悍でクール。
何より目力がハンパない。
「助けたいと言うのは…サーシャの事か?」
彼は一切視線をそらさず、そう聞いてきた。
「えっ?…は、はい。」
「ふうん…。」
あいも変わらず気のない返事だった。
なんでこの男がサーシャの事を知っているのかは分からなかったが、まぁ彼女は有名人。女神の素性を知った今となっては、この男がサーシャを知っていても不思議な事じゃない。
それにこの人、サーシャを呼び捨てで呼んだ。
彼女は普段みんなが”様”をつける御仁だ。彼女を気安く呼んでいる事を見るにつけ、この男は結構サーシャに近い偉い人かもしれない…。
兎にも角にもその謎の男は暫くずっと自分の目を見据えていたが、やがてゆっくりと口を開く。
「なぜ、サーシャを助けたいんだ?」
「…約束したからです。」
「約束?」
「はい。」
本当は、師匠が見つかるまで…という契約付きだけど、それはさすがに格好悪くて言えなかった。だけど、それを除けば中々に真っ当な理由だって自負はしている。
だけど、そのイケメンのポニーテール男は呆れたように首を振り、小さく笑みを浮かべた。
「お前って、本当に間抜けだな…。」
「えっ?…そうですか…ねぇ…。」
「助けるって簡単に言うけどな…だいたい、お前はあの女の何を知っているんだ?」
「まぁ…確かにあんまり、知りませんけど。」
…そう言われれば、自分はサーシャが教団の偉い人の娘さんってことしか知らない。
「よく知りもしない女の為に、命をかけるのか?」
「…はい、そうですね。自分でもおかしいとは薄々感じてます。」
アルバがそう頭を掻いて苦笑いを浮かべると、その男はゆっくりと手を掲げて自分の前に座るように勧めてきた。
本当なら急いで彼女の元へ行きたかったから少し迷ったけど…とりあえずは彼の指示に従い、座ることにした。この色々と謎多き御仁と、もう少し話してみようと思ったのだ。
何しろサーシャの事もよく知っているっぽいし…もしかしたら馬とかで、ルンまで送ってくれるかもしれない。
やがてゆっくりと彼の元へと進み、正面で木の床に静かに腰を下ろす。
…当然、同じ目線で彼を見る事になった。
大きい…目の前の御仁は、とてつもなく大きいと感じた。
確かに彼は体も大きいが、それ以上にこの男からは向かい合っているだけで跳ね飛ばされる重圧のようなものが感じとれる…。
もうね、地獄の入口にデンと構えている閻魔さまってこんな感じ何だろうなって思うくらいの大迫力。まぁ、絵本でしか見た事ないけど。
アルバが若干ドン引きしていると、その閻魔さま、直球で聞いてくる。
「どうせサーシャの事が好きになったのだろ?」
…それはまた答えにくい質問だ。16歳の男の子がその問いに素直に答える事はかなり難易度が高い。ましてや相手はあのサーシャさんだ。
本当の事を言ったら、「はぁ?お前みたいなガキがあんないい女に相手にされると思ってんのか!?」と罵倒されそうで嫌なのだ。
それに綺麗だからとか可愛いからだとか、そういう事で好きなんだろうと言われるのもなんか嫌だった。うまく言えないけど…彼女の事が気になる理由はそこだけじゃない。
「え、えっと…。」 なんて思わず口籠る。
すると、その男は予想通りニヤって笑った。ちょっと意地悪な顔だった。
「お前はまだ若い。気軽に自分に接してくれた女性…そんな理由で彼女を好きになったんじゃないか?」
それはまた痛いところを突いてくる。
ただね、前はそうじゃないかって悩んだ事もあったけど、今思えば、それだけじゃない。
「うーん。それも否定しませんけど…ね。」
「ハハッ。まぁ、ほとんどの男はあいつに惑わされるからな。」
「はぁ…。」
なんか結構な物言いに、キョトンとしてしまった。
サーシャが男を惑わす?…それはまた刺激的なお言葉だ。
まぁね、確かに彼女の美しさと可愛さは破壊的で狂気ですらある。なにせ呑気でフラフラしている自分の自我を一瞬でなぎ倒して夢中になりかけてるもの…。
なんて思い出し笑いを浮かべていたら、彼は追い討ちをかけるように前のめりになってこちらを見据えてくる。
「お前は、サーシャに騙されてる…って考えた事はないのか?」
「えっと…考えなかった…と言えば嘘になります。」
何とも情けない表情を浮かべながらそう話すと、その男は満足そうに笑った。
「そうだろう?普通、あんないい女が自分から寄ってくるなんて、何か魂胆があるに決まってる。むしろそう考えるのが普通だからな。」
「まぁ…そうでしょうね。俺もそう思います。」
「だったら、何であいつを助けたいんだ?サーシャはお前を九分九厘…騙してるんだぞ。」
その言葉にアルバは一度悩んだが、暫くすると何とも大きな笑みを浮かべて返事を返す。
「…ということは、一厘は騙されてないという事ですよね?」
その天真爛漫な小僧の言葉に、ポニーテール男は絶句して口を噤んだ。
若干、揚げ足取りの問答みたいなもんだったのに、あまりに意外な言葉が出て思考が止まったのだろう。案の定、その男は呆れたように頭を掻くと、笑いながら膝をパンパン叩いた。
「ハハッ。お前って、筋金入りの呑気だな。愉快、愉快!」
「それほどでも…。」
「つまりお前は、そのほとんどが嘘でも、一つだけの真実があれば彼女を信じるって事だな?」
「えっと…そんな格好いいもんじゃないんです…。」
そう漏らしながら、照れ臭そうに顔を俯かせていると、彼は急にアルバの肩に手をのせ、顔を覗き込んできた。そして心を射抜くような鋭い視線を向けながら、アルバが一番知りたかった事を教えてくれた。
「彼女は無事だ、それは俺が保証する。」
「…そうですか。」
冷静に返事をしたが、心の声はたいそうホッとしていた。
何より彼女の安否が一番心配だったからだ。
一応、その男の目を凝視して拙い経験で推し量ったのだけど、力強い彼の目はとても嘘や適当な事を言っているように見えなかった。
アルバは…その事だけは信じることにした。まぁ、信じるほか無かったのだけど。
だけど安心したのは束の間、彼は又してもアルバの心を惑わすような言葉を続けてきた。
「だけどな…サーシャはあの美貌だ。彼女はお前がいなくなって、今頃、違う男を垂らし込んでいるかもしれんぞ?」
少し、心がチクってした。だけど、必死に冷静を装う。
「う〜ん。垂らし込んではいないと思いますけど…自分を守ってくれる騎士は探しているかもしれませんね。」
そのさらっとしたご意見に、その男はますます目をつり上がらせ、悪魔を彷彿とさせる意地悪な顔で迫ってきた。
「…お前は、それでいいのか?あいつはお前にしたように、新しく騎士となった他の男の家に上がり込んで、閨を共にしてるかもしれんぞ?」
「え、えっと…。」
…これには、激しく心が動揺する。
「お前はお人好しだから、手を出さなかったかもしれんが…。次に選ばれた騎士が、そうとは限らんぞ。」
「………。」
「あんないい女が、無防備に横で寝てたら…普通の男ならどうするだろうな…。」
その言葉に…急にあの夜の事が頭に浮かんだ。
あの時…自分は確かにサーシャと手を繋ぎ、向かい合っていた。
彼女の魅力的な潤った唇も、そして寝間着から覗いた胸の谷間まで…目の前にあった。
いくらサーシャの寝顔が安らかだったとはいえ、よくもまぁ何もしなかったもんだと自分を讃えたいくらいだ。
だけど、もしそこにいたのが根性なしの自分ではなく、普通の男なら…。
激しく首を振って、その妄想を吹き飛ばす。
考えたくない。想像すらしたくない…。
一気に血が頭に昇り、「サーシャはそんな女じゃない!」って一瞬、怒鳴ってやろうかと思った…。
思ったのだけど…。
ここでおかしい事に気付き、開きかけた口を噤んだ。
云々、絶対におかしい…。
この人…何で俺がサーシャを家に泊めた事を知ってるのかなって。
だいたいあの時は、二人きりだったし、後は…村長しか知らない。
それにさっきから、意地悪な質問ばかりだ。
( ………。 )
アルバは真実を見極めようと、彼を再び凝視した。
この男は流石に自分とは違い、大人で中々のポーカーフェイス。
表情から心を読み解くのは難しそうだけど…結構、目でものを言ってるって思えた。
そういう視点で見ると…この実直な目は、人に意地悪を言って楽しむような捻くれた男のようには感じない。
と、なるとだ。
まぁ、なぜサーシャが自分の家に泊まったのかを知っているのか…というのは置いておいても、ある事を思いつく。
この、意地悪な物言い…。
この人…ワザとやってるんだって…気がつく。
理由はわからないけど、もしかしたら自分が感情を爆発させるのを待ってる?…なんて事を思った。
「ハハッ、だんまりか。大方、サーシャが他の男に抱かれてる姿を想像して泣いちゃいそうなんだろ?」
「………。」
「あの女が他の男の腕の中で悶えてるって思うと悔しいんだろ?」
…正直、殴ってやろうかって思ったけど、この男の魂胆が見えた今となっては流石に耐えられる。
「どうなるかは知りませんけど…。まぁ、また彼女に会いに行けばいいですから。」
結局、しれっとそう答えた。
「…その時に、またお前を騎士に選んでくれるかわからんぞ?」
「そうですね。そうしたら、選んでくれるまで、修行します。強くなって、また彼女の騎士になれるまで。」
「…サーシャはああ見えて寂しがり屋だ。側にいてくれる男を選ぶと思うぞ?そんな悠長なこと言ってていいのか?」
「ハハッ…。」
アルバは思わず苦笑した。
そもそも、この人、大きく勘違いしてるって笑ったのだ。
そう、彼女は自分のものなんかでなく、師匠さんていう本物の騎士様のものだ。
彼が言うように、確かに彼女が師匠さん以外のものになるのは許せない。
だけどサーシャが自分の命を賭けてまで探し求める師匠さんを裏切るなんて到底思えないのだ。
彼女は見た目と違い、頑固で負けず嫌い。
つまりサーシャが一度口にした事を覆すことなんてない。結果、彼女が他の男に走るなんてことはあり得ないのだ。悲しいかな、自分も含めて…。
だから自信を持って言い切った。
「彼女はそんな裏切りを絶対にしません。」
「お前さぁ…見かけによらず凄い自信家だな。うん、気にいった!」
若干、誤解されているようだが、どうやらご納得いただけたようだった。
これで彼の意地悪な物言いが終わると思うと心からホッとする…。
やがてウンウンと頷いた彼は、急に神妙な面持ちになって姿勢を正す。
そしてまっすぐにアルバを見据えた。
今度は力強い、そして意思のある強い”目”だった。
アルバも合わせるように背筋を伸ばす。
「揶揄ったら泣き叫ぶと思っていたのに…お前は結構神経が図太いな。」
その男はふとそんな言葉を漏らした。
「どうも。」
そう答えたものの…結構危なかった。爆発寸前だったもの。
よくよく考えれば、サーシャが他の男と手を繋いでいる姿を想像しただけで、胸が締め付けられるように痛い。ましてや閨を共にした姿だなんて、戦慄が走る…。
彼は、諸に感情が出てしまった泣きそうなアルバの顔を見て苦笑いを浮かべると、おもむろに後ろに手を回した。
何事かと怪訝そうにその様子を見ていたが、彼がゆっくりと後ろから取り出したのは見慣れた大きな劔だった。
そう、サーシャに託された黒の大剣、暗剣の最高峰”黒剣”だ。
「ただお前が忍耐強くなったのは都合がいい…では、本題に入ろう。」
彼はそう言葉を漏らすと、おもむろに目の前の黒剣を掲げる。
そしてゆっくりと少しだけ引き抜いた。漆黒の燻んだ刀身が覗く。その沈んだ濃黒は、あいも変わらず妖しいオーラを発していて、怪しげな黒い霧を纏わせていた。
「これは”黒剣”という。それは知っているな?」
「…はい。」
静かに答えた。その事は村長さんから聞いている。
「この劔は、そもそも受けるものではない。これを真に扱える者は、相手の攻撃など全て見切り躱しきる技量がいる。相手の攻撃を嘲笑うように躱して、一撃で仕留める必殺の剣なのだよ。例え強敵とあたり、受けるにしてもそれには達人級の技がいる。」
「………。」
「お前が変な受け方をしたもんだから、刃こぼれを起こしていた。まぁ、もう俺が鍛え直したがな。」
彼はそう言って、目線をアルバに移した。
…中々に厳しい目線。
「あ、ありがとうございます。」
ここは素直に礼を言って、頭を下げた。まぁ、剣士としては自分は赤子同然。超がつく初心者だ。
しかしこの人、何者なんだろうってようやく思える余裕が出来た。
黒剣を鍛え直した?刀鍛治かなんかだろうか…。
怪訝そうにその男を見返すと、彼はゆっくりと黒剣を鞘にしまい、丁寧に床に置く。
カチャッって慎まやかな音…
と、共に彼の視線は一層厳しくなり、やがてとんでもない事をサラッと口にした。
「さて、大変申し訳ないが…お前は暫くサーシャに会えない。」
「は、はぁ!?」
思わず変な声が出てしまった。それは青天の霹靂というやつだ。
「先に言っておくが、その理由は一切言わない。そして、その件に関しての質問も受け付けん。」
「…中々、横暴ですね。」
そう言って困ったように頭を掻くと、うっすらと苦笑いを浮かべた。
あ、心の中ではもうこのまま黒剣で斬りつけてやろうかと思ったくらいカチンときたけど、どうせこの意味深男は、魂胆があるに決まっている。
キレるのはそれからでもいい…。
「ハハッ、横暴ときたか。だが、それはお前自身の所為だ。黒剣をこれほどまでに傷つけ、あんな凡人風情に負けるなど…本当に情けない。」
「凡人?…盗賊さんたちの事ですか?」
「アホ!セザールとかいう将軍の事だ。」
そのお言葉に絶句した。いやいや、どこの世界に只の物売りが歴戦の強者である将軍に勝てるのか教えて欲しい。
しかも…もっと信じられないのがサーシャと暫く会えないって言うくだりだ。
ここが何処だが知らなかったけど、歩いて行けばいつかはルンに着きそうなもんだけど…。それとも凄く離れているんだろうか。
「あ、あの…。会えないってことは…どういう…。」
「質問には答えないって言ったろ?」
また、バッサリやられた。
若干カチンときて、口を尖らせ思案する。
( まぁ、最悪逃げ出せばいいか…。 )なんて事を頭に描き、笑みを浮かべたのだけれど、やがてその横暴な男は飄々な顔で、いたいけな少年の望みを打ち砕く。
「一応言っておくが、ここからは逃げ出せない。この湖と森には魔法がかけられていてね。」
「な、何ですか、それ!?」
「どれだけ森を抜けようとしても、不思議な事にこの小屋に戻ってきてしまうのだ。…残念だったな。」
まるで自分の考えを見透かしたような不遜な答え。勿論、アルバは顔面蒼白だ。
まさか一番得意な逃亡が出来ないなんてと、すっかり凹む。
何より本当にサーシャに会えないと言う事が辛い…。
彼女と出会ってまだ数日。せっかくこれから仲を深めようと思っていたのに、このままではこの男が言ったように、程なく忘れ去られてしまいそうだ…。
そんな訳で若干ブーたれて顔を背けていると、その男は腕を組んでニンマリと笑みを浮かべ、再びまっすぐに自分の目を見据えてきた。
「だが、悪い事ばかりでもない。…お前は強くなりたいんだろう?あの女を守る為に。」
「まぁ…確かに。」
「もう分かっているとは思うが、あの女神を守り抜くというのは並大抵の事ではない。」
「………そうですね。」
それは薄々感じてはいた。
するとその男は、ゆっくりと腰を起こし大きな体を立ち上がらせた。
そして、白い着流しをパンパンと二度はたき、ゆっくりとアルバを見おろす。
「剣を教えてやる。…一からな。」
彼は無表情にそう告げてきた。やっぱり凄い迫力だ。
「ほ、本当ですが!?」
「ふっ。本当なら御免被りたいと言いたいところだが…俺はその為にここにいる故な。」
その言い方に棘が見えたので、自分もちょっと意地悪な質問をしてみた。
「…貴方は、名のある剣士なのですか?その…コルドバみたいな…。」
「ふむ。人の評価など気にした事はないが…そうだな…お前にわかりやすく言うには…。」
「うんうん。」
「師匠に剣を教えたのは俺だ。」
もうね、アルバは次の瞬間土下座したものだ。




