お買い物
陽の光がゆっくりと西に傾き、白い街が夕日に照らされ橙色にじんわりと染まっていく。
アルバは、自分の左側を嬉しそうに歩くサーシャにそっと目をやった。
…自分より少しだけ背の高い彼女…
本当に、綺麗だった。
サーシャの白肌は夕日に照らされ淡い赤色に染まり、より幻想的だ。道ゆく人々は、男女問わず振り返り、色男はわざわざ戻ってきて彼女の美しい顔を覗きにくる。…だけれども、彼女はあまりにも清廉だからなのか、はたまた高嶺の花と感じてしまったのか、あからさまに声をかけてくる者はいなかった。
( ………。 )
アルバは、無言でそんなサーシャからゆっくりと視線を外した。
こんな綺麗な人って、どんな男の人と手を繋ぐんだろう…。
どんな人とキスするんだろう…。
興味本位でそんな事を思ってしまった。恋人がいるかどうかはわからなかったが、むしろこういう高貴な女性は、親同士が決めた許嫁がいるのが普通だ。…その男の人がちょっぴり、羨ましいなって思ってしまった。まぁ、そもそも自分とは絶対に関わり合いを持つことなどあり得ない女性ではあるのだけど…。
「アルバくん、この近くで食材や日用品を売っているお店はありますか?」
やがて彼女は、そう尋ねてきた。…その言葉で、急に我に返る。
…そうだった。彼女は…今日…自分の家に…泊まる…。あの、一間しかない狭い家に…。
「は、はい。あの…ご案内します…。」
アルバがしどろみどろに言葉を返すと、サーシャはクスッと笑う。
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
この麗しきお姫様のようなサーシャが、優しい笑みをふんだんに自分に向けてくる。
…どうして何だろう、絶対関わり合いになる事などあり得ない女性なのに、何故か心がとまる。時折見かける可愛い町娘や馬車に乗るお嬢様連中を目にしても、眺めるだけで満足だったのに…彼女に抱く感情は違って感じる。目の前で笑ってくれるから?気さくに話しかけてくれるから?…家に泊まってくれるから?
それとも…好意を感じるから?
アルバは慌てて頭を振った。
バカを言うな!それは絶対ないだろうって、自分で自分を叱った。だいたいついさっき会ったばかりだし…。
何しろ、悲しいほど、自分には何もない。
見た目も凡庸、むしろヒョロヒョロで頼りないし、彼女よりも背が低い。した事ないからわからないけど、喧嘩だってまぁ間違いなく弱いし、特技もない。お金はないし、地位もないし、目標もないし、夢もない。仕事だって、せいぜい鉱山の石をくすねてただ売るだけ…。
だいたい、こんな女性が自分に興味を持つはずがない。自分に好意を抱く女性なんて、世の中の事情を知らない5、6歳の少女か、世の中の全てを悟ったおばあちゃんだけだ。うんうん、そういえば自分は子供と老人にはよくモテる。
やがてピンと来る。これはもしや金持ちの娘に良くある気まぐれというやつではないかと…。
そう思うと少し気が楽になった。
自分の心が騒ぐのは、きっと彼女の美しい姿の所為だと。ならば…あまり見なければいい。そうすれば心がギュってすることもないし、話だけならなんとか出来そうな気もする。
それに…と、アルバは考えを巡らす。確か、絵本に登場する恐ろしい物の怪の類は、目を見ると石にされたり魅了されたりして取り込まれてしまうって書いてあった気がする。やはり…あまり見ないほうがいい…。
そんな半信半疑な思いを心に抱きながら、アルバは「KINIKUNIYA」と看板が出された食料品のお店にたどり着いた。
「わぁ、品がいっぱいありますね。」
サーシャは、店に入ると嬉しそうに微笑んだ。
アルバが案内した「KINIKUNIYA」は、いわゆる富裕層向けのショップで、豊かなルンの街ならではのスタイルのお店だ。壁や床、棚に到るまで全てが上等の白木で作られていて雰囲気もいいし、清潔感もある。
綺麗なマス目に並べられた棚には、食料品、日用品、衣料品がそれぞれ綺麗に置かれ、品数も多い。当然、庶民であるアルバはこんな場所に買い物に来た事はないが、ここの奥様に頼まれてネックレスを作った事があったので、店主とはちょっとした知り合いだった。
「ちょっ、ちょっと!?○×#$%」
だからサーシャを連れて店に入った時、店主のキニおじさんは驚きが度を超えて、言葉にならない意味不明な声をあげたものだ。だけどアルバだってサーシャの事をほとんど知らないし、この状態を説明できない。肩をすくめ、顔をしかめながらレジの前を通り過ぎるしかなかった。
サーシャは、店の入口に置いてあった買物かごを手に取ると、嬉しそうに店内を見て回る。買い物が好きなのは、どんな女性も同じようだ。アルバはそんな彼女の後ろに寄り添いながら、なるべくサーシャを見ないように彼女が買うものをぼーっと眺めていた。彼女は、野菜や穀物、肉、魚、パンと次々にかごの中へ入れていく。
「今宵は泊めていただくお礼に、ご飯をご馳走しますね。」
やがてサーシャは、その様子を目を丸くしながら眺めていた自分にそう言って微笑んだ。
「ほ、本当に!?」
「もちろんです。故郷と少し材料が違うので、味の保証は出来かねますけど。」
「す、すごく嬉しいです。いや、本当にすみません。」
「いえいえ、私がアルバくんのお家に押しかけるのですから、当然というものです。」
アルバは嬉しくて思わず「持ちます!」と叫んで、彼女から買い物かごを奪うように受け取った。いやはやまさか、一番深刻な今晩の食糧問題が解決するとは思わなかった。何しろ彼女から貰った大金は叔母のダニエロに預けてあるから、実質今のアルバは一文なしだったからだ。
「ありがとう。アルバくんは優しいんですね。」
荷物持ちを買って出た自分に、サーシャはまた微笑んでくれた。
「い、いや。ご飯作ってくれるんならこれくらい…。」
「まぁ…先ほどのお金の時より嬉しそうですよ。私、頑張らなくてはいけませんね。」
サーシャはそう言ってクスって笑った。…その顔を見て、やっぱダメだって思った。この時の彼女は悪戯っぽく笑ったのだけど、そんな顔もなんとも可愛い。この女性は、離れて見ると清廉でとても美しいのだけど、顔を近づけると少しだけ幼さが残っていてなんとも可愛いらしい。その口調や佇まいから、アルバより年上であることは間違いないのだけど、側によるとなんとも愛らしいのだ。
その溢れるような笑顔から目を離すなんていう芸当は、女を全く知らないこの少年にはとても無理な相談だった。
( もう、石にされてもいいや…。 )アルバは、そう思ったものだ。
サーシャはその後も、着替えやタオル、恐らく化粧品関係と思われる小瓶をいくつも買い物かごに詰め込んで、レジに並んだ。
「い、いらっしゃい。」
やがて自分たちの順番が来ると、レジ打ちしていたのキニおじさんは目を丸くして2人を迎えた。買い物かご満載の商品もそうなのだろうけど、やはりサーシャの美しさにドギマギしていたようだった。まぁ、当たり前だ。黄金色の髪なんてここら辺では滅多に見かけないし、透き通るような白肌も、整った顔立ちも、どこぞの王室のお姫様レベルなんだから。いや、むしろそういうものを超越しているかもしれないほどだ。
「お嬢さんは、どこから来なすった?」
やがて、キニが照れ臭そうに話しかける。
「はい。西の方から参りました。」
「西か…。あまり見ない顔だが、旅か何かかい?」
「いえ、アルバくんの所にお嫁に来たんです。」
サーシャは、けろっととんでもない事を口走った。これには、アルバやキニだけでなく店内でこっそり彼女を覗き見ていた他の客も一斉に、サーシャを凝視した。時が、止まったかのように物音が消え、誰も動かない…。アルバだって、目が点だ。
「あ、冗談ですよ。」
サーシャが再びそう言って笑うと、店内は一気に大きなため息に包まれた。「なんだよ、もう〜」なんて声が漏れ、時が一斉に動き出す。キニも安心したようにタイプ式のレジを、トントン押して計算し始めた。
「今日のお泊りはどちら?コンチェルトかなんかですかい?」
店主は尚も質問を続ける。コンチェルトはここルンの街では最高級の宿だ。まぁサーシャを見ればそう言うのも分かるけど、とうの彼女はにっこりと笑い、またとんでもない事を口にした。
「いえ、アルバくんのお家です。」
「あははっ。また冗談ですかい?」
キニは会計を終えると、苦笑いを浮かべてそう鼻で笑った。
「いえいえ、それは本当です。一人暮らしの殿方のお家にお邪魔するのは初めてなので凄く楽しみなんです。」
…もうね、店中の男たちから殺気の混じった視線を浴びせられ、アルバは小さく縮こまったものだ。




