アルバ達の奮闘
ルンの中央通りの終点である執政官宿舎の前では、侵攻してきたロハン兵とルン正規軍と傭兵たちによる激しい戦闘は続いていた。
元々は、兵力に勝るロハン軍の圧勝かと思われていたが、ロハン将軍であるセザールがエリート部隊である”苛烈の炎”部隊1,000人だけで肩をつけようとした事と、ロハンが計略していた逆挟撃が教団の修道兵たちによって見破られ、東の一角を突かれた事により、完全に互角の戦いになってしまっていた。
いや、むしろ時が経つにつれ、ルンが完全に押し返した…という方が正解かもしれない。もともとルンの兵力は正規軍と傭兵を合わせて4,000人ほど。いくらロハン兵が強いと言っても、士気が下がればこの兵力差では戦いにならない。
そして、味方の士気が下がる理由めいたものはちゃんとあった。
それは世界的権威である教団の修道兵たちが、ルンについた事だ。
宗教が一つしかないこの世界では、世界の人々のほとんどが教団の信者。
出生、洗礼、学術、就職、結婚、死 と人生のライフステージにおいて、教団はその出来事全てに関わるのだ。兵士だって熱心な信者の数の方が多い。
その神に仕える修道士が、修道兵として突っ込んでくるのだ、なんともやりにくいは当たり前。士気にも大きく影響する。
それを見越したセザール将軍は、”苛烈の炎”部隊だけでの占領作戦を諦め、ついに別の場所に待機させていた5,000の兵力をルンに突撃させる命令を出さざるを得なくなった。
そんなわけでロハン軍も必死だったが、修道兵を率いて戦うアルバだって必死だった。
これまでの様な一騎打ちとは違い、ルンの中央通り広場を舞台にした平地での戦いは乱戦だ。いろんな所からワラワラと敵が現れ、様々な攻撃を繰り出してくる。
女ばかりの修道兵の中で、ひときわ目立つ銀の鎧と背負った大きな剣の所為でアルバは見事に標的になり、光に寄ってくる虫の様に敵が集まってしまったのだ。
最初は敵が騎馬隊だった為、修道兵たちと協力して馬の側面を狙い、振るい落とすなんて事をしていたが、段々と戦場が狭まり機動力を生かした戦いができなくなると、優秀なロハン兵たちは騎馬から次々と飛び降りてきて、一気に白兵戦となった。
味方が数で圧倒しているとはいえ、さすがに相手は勇猛果敢なロハン兵のエリート部隊。そう簡単には陣形を壊さない。
アルバはサーシャを背に感じながら、縦横無尽のご活躍。
聖剣ガリネリウスを両手に持ちながら、背負った黒剣に教えてもらった剣術と思いつく限りの攻撃、そして持ち前の素早さで恐ろしげなおじさんたちをいなして行く。
そう、まだまだ腕の未熟なアルバではとてもではないが、すぐに敵は倒せない。いなすので精一杯だ。だが、それでも時を稼ぎ修道兵のアシストを貰れば、たまに敵を討ち取れる場面も出てくる。
「アルバ!左です!そうしたら、一気に前に出ましょう!」
それに何度も後ろから、アルバに的確な指示も飛ぶ。
それは勿論サーシャの指示だ。
彼女もまるで相手がどこからアルバを攻撃するのか知っているかのように声をあげ、その度に彼は命拾いしている。
それにもう一つ彼を楽にしている要因がある。
それはロハン兵が数が少ない事を自らが悟っていて、防御優先になっている事だ。
むしろ、こちらの攻撃をいなしながら機会をうかがっているっぽい。
敵が積極的に攻撃してこない事は、初心者のアルバにとってはかなり気持ち的にラクになる。彼はサーシャと修道兵たちの力を借りながら、ゆっくりと…だけど確実にロハン兵を討ち取っていける様になった。
勿論、剣技の素人であるアルバは、相手の攻撃が避けきれず、腕や腰を相手に何度も斬り付けられたが、そこは村の神父から授けられた銀の鎧とその中に着た楔帷子にしっかりと守ってくれた。その為、衝撃は受けるが無傷だ。
( 神父様には、本当に感謝だ! )
アルバは、そうほくそ笑んだ。
そしてその度に彼は本能的に”間合い”なるものを学んでいた。
彼は何の経験もないが故、心も頭の中も真っ白だ。新しい事を次々と吸収して行く…。
すると間一髪ではあるが、段々と相手の攻撃を避ける事を体が覚えてくる。そして時が経つにつれ、意識しなくても体が勝手に相手の剣を避け出す。
( そうか…こんな乱戦でも、”間”はちゃんとあるんだ。 )
アルバは、こんな短い時間だと言うのにコツを掴みつつあった。
それは普通ではありえないんだけど、頭というよりは体が勝手に覚えていく感覚に近い。
そして臆病な彼は、何度も試行錯誤しながら自分だけの”間”を作り出して行く。
それはいつの間にか癖になり、”型”を創る。
相手が攻撃してくるのを待つ。
攻撃してきたら、とにかく躱す。受ける。
ちょこまかと躱し続けていれば、相手はイライラする。
そして、弱いくせにちょこまかと!なんて相手に思わせるのだ。
そうすれば敵に不用意な”間”が生まれる。
そこの隙や慢心を突くのだ。
卑怯だろうが、男らしくなかろうが、勝てばいい。
自分は勇者でも英雄ではない。
ただの物売り、弱いのだ。
弱いんだけどサーシャと味方を守んなきゃいけない。
しかもこんな厳ついおっさんや喧嘩上等の恐ろしげなお兄さんの兵士達を相手に…。
「騎士様!格好良すぎです!!」
だけれども、そんな格好悪い自分を、なぜかサーシャは全力で称えてくれる。
清廉で落ち着いた普段の姿と違って、はしゃいでくれる。
それが何より嬉しい。疲れなんてきやしない。どんどん力が溜まって行く。
そう、彼女の声援ほど自分の心を高めるものはないのだ。
頭を落ち着かせ冷静さを失わず…だけど戦い方は大胆で激しく…。
そんな事を繰り返し、剣を振った。
味方の修道兵の皆さん方も、さすが毎日訓練しているだけあって、実にお強い。
3人一組になって、一人の兵士を追い詰めていく…。
( このまま行けば、押し返せる!! )
アルバがそう思った時だった。
「サーシャ様!アルバ様!いらっしゃいますか!?」
と、喧騒の中、2人を呼ぶ声がこだました。
アルバは相手を押し返しながら少しの”間”を作ると、味方の援護にも支えられながら、サーシャとともに少し後ろに下がる。恐らく何かの報告だろうと思われたからだ。
暫くすると、2人とともに戦っていた修道兵が大げさに槍を振り、敵との間に壁を作ってくれた。
その僅かな時間を使って、アルバは声がした方角に顔を向けキョロキョロしていると、やがて見覚えのある大きな丸メガネが目に止まった。
サーシャの親友である修道士のエマだ。
彼女もこの激しい乱戦の中を、修道兵として共に戦っている大事な仲間だ。
「エマ!どうしたのです!!?」
サーシャが先に声を張り上げる。エマは敵を叩きながら必死に2人の元に寄ってこようとするが、目下絶好調の修道士軍団を率いているアルバたちの周りは大乱戦状態。
そう簡単には近づけない…。
「サーシャ。俺たちから行こう!」
「はい!」
これでは埒が明かないと判断したアルバは、エマの行く手を阻んでいるロハン兵を、必死に剣を振るって、後ろに下がらせながらサーシャと共に彼女の元へと向かう。
本当なら、バッタバッタと切り崩していきたいが、自分にはそんな実力、ある訳ない…。
するとエマも負けじとメガネを斜めにずらしながらも、教団の槍で相手をいなして何とか2人の元へたどり着いた。
エマはその運動神経0のような見た目とは違い、結構動ける。流石にサカテさんまでとはいかないが、槍術も中々のものだった。
なんて事をアルバが感心していると、彼女はアルバに寄り添っていたサーシャの手をいきなり掴んで捲し立てた。
「サーシャ!大変!敵のリーダーみたいな男が修道院に近づいているわ!今は乱戦で修道兵たちもそちらに周り込めない!どうしよう!?」
「まぁ…。」
エマの言葉を聞いたサーシャは一度目を丸くして驚くと、すぐにアルバに顔を向けた。
「騎士様!修道院が危ないわ!すぐにいきましょう!」
「わ、わかった!」
アルバが即答すると、エマも咄嗟に叫ぶ。
「ここは、私とセドリーヌ様が引き受けます。サーシャ、修道院の南が比較的、敵の数が少ない。そっちから回った方がいいわ!」
「分かった!ありがとう!」
サーシャはそう返事を返すと、そのまま目の前のエマを強く抱きしめた。
例え公にできないとはいえ、2人は共に苦しい時を過ごした親友だ。
「エマ、すぐに騎士様と戻ってきますから…無茶しては駄目ですよ。」
「うん。女神様とその騎士様のお戻りを待ってるわ。」
エマがクスって笑うと、サーシャは彼女からゆっくりと体を離す。
「もう!私は神様じゃないって、いつも言っているでしょう?…じゃ、行ってくる!またね、エマ!」
サーシャはそう言って目配せすると、そのままアルバの手を取って、南の方角へと走り始めたのだった。




