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ロハン将軍セザール・モイサの侵攻



その男は小高い丘の上で、2kmほど先にあるルンの正門前を鋭い目で見据えていた。

黒く精悍な馬に跨り、多くの荒々しい兵を従えながらも微動だにせず、姿勢美しく凛としたその姿は、どこぞの王族に見えなくもない。


実はこの男こそ、ロハンが誇る将軍セザール・モイサである。


普通、名のある将軍と聞くと立派な口髭を生やし、大柄でやたら声が大きく、見るからに恐ろしげで堂々としている御仁を想像する者が多いが、このセザール将軍は少し趣が違う。

真っ赤に燃えるような赤く長いストーレートの髪が特徴的で、顔は色白で面長。

体型もどちらかといえば華奢で、中性的な印象を与える実に珍しい将軍さんである。

歳は既に40を超えているのだけど、見た目はどう見ても20代後半。その為、若い女の生き血を吸って若さを保ってるなんていう噂すらある。まぁ、それ相応に歳いってるのに見た目が綺麗なんて人は、この世界では物の怪に例えられてしまうのはある意味仕方がない。

ただし、そんな悪しき噂を消し去るほど彼の戦歴は華々しい。

ロハンが他国との戦争する際には必ず顔を出し、味方の窮地を度々救ってきた。

野戦も籠城攻略もお手の物、味方の被害を抑え敵に大きなダメージを与える夜戦や奇襲をいくつも成功させていて、ロハンにとっては替えの効かない偉大な御仁だった。

特に彼の名を世界的に有名にしたのは、お隣の軍事大国フィルファが誇る宮廷騎士筆頭ジャン・クロードとの一騎打ちだ。残念ながら、その一騎打ちには敗れ、彼は命からがら逃げ帰ったのだが、彼の一騎打ちの間に全滅寸前だったロハン軍はなんとか落ち延びる事ができ、結果的に多くの兵士の命を救った。

その為、戦争好きで知られるロハン領主のダニエル・トンプソンの覚えも良く、半年ほど前に、ついにロハン正規軍の頂点である将軍職を賜ったのだ。

しかし、彼はそんな名誉にも満足しなかった。

将軍になった途端、勇猛果敢な事で知られるロハン兵の中から選りすぐりのエリートを集め、”苛烈の炎” という一団を作った。のちのロハン近衛兵部隊の前身だ。

そして彼は将軍ながら、その苛烈の炎の隊長も兼務。大軍での行軍をなるべく減らし、そのエリート部隊だけで事を解決するようになる。

そこには色々な憶測が飛び交った。

戦争好きな将軍が動きやすいからだの、手柄を仲良しこよしのメンバーで山分けする為なの、余った予算を使い混んでるだの、まぁ散々な噂が立った。


だけど、その噂は全部憶測だけで流れた大嘘。

そしてその事を誰よりも知っているのが、セザール将軍に長らく仕えるスカラ副将軍である。


そのスカラは、このルン攻略戦の後、セザール将軍の事をこう評している。


「あの御方は、戦が大嫌いだった。」 と。





まぁ、その真偽はともかく、現在その赤い髪の将軍様は大軍を引き連れてルンを囲んでいるのは事実。

セザールは凍てつく冬の空の下、黒馬の立派な鬣を撫でながら、一頭だけ前に出て崖の上からルンの夜景を静かに見ていた。もうね、自分が突撃命令を出すだけなんだけど、彼は中々、動けずにいた。

兵力、質、経験。

どれを取っても、ルンなんぞに負ける要素が全く見つからないというのに、将軍は街の北西2kmの場所から軍を動かさない…。

各部隊長などは、いよいよ痺れを切らして「士気が下がってしまいます〜。」なんてもんを将軍に伝達を送るが、なしのつぶて。

1万近く集まった兵士たちも首を傾げるばかりだったが、何せその突撃命令を出さないのは、自分たちの英雄セザールなもんだから、短気なロハンの兵士たちも指をくわえて、馬にまたがる将軍様の後ろ姿を今か今かと眺める事しかできないという訳だ。

ただ、この将軍様は結構熟慮をする御仁。

決めたら早いのだけど、決めるまでが時間がかかる…。

だけど兵士たちは、士気が高いうちに戦いたい。

うずうずして、彼の一言を待つ。

そんな兵士の熱い視線を一身に集めているセザール将軍様…実は結構困っていた。

それは決して数字で推し量れるもんじゃなく、長年戦いの中に身を投じてきた彼の勘というやつだ。


( 何やら、とっても嫌な予感がしますね…。 )


セザールは、眼下に広がる夜の町並みを見てそう呟いた。

戦略的に有利な丘の上に予定通り陣をとり、町の様子は丸見え。

放った情報部隊からの知らせも特に問題のようなものはなく、予定通り行けばものの一時間で、ルンの中央にある執政官宿舎を占拠できる事は明らかだった。

だけども彼の軍人としての危険察知能力は、この街に突撃をかける事に警告を発し続けている。

彼が引っかかっているのは、ルンの街に掲げられた松明の炎の数だ。

時は、夜更けに差し掛かってきていて、この丘の上からもその様子がはっきりと確認できるのだけど、報告が上がってきている敵の兵士の数を鑑みても、どうにも少ない。

( ふむ…。 )

セザールは考え込むように顎に手を添えて頭を何度も捻る。

敵は戦争経験はないとはいえ、馬鹿じゃない。

そんなルンが、後詰もないのに街に立てこもる策をとった…。

まぁ、ここルンは街全体が高さ3mほどの石壁でぐるりと囲まれている。大軍が抜けやすい正門なども強固なのだから、その気持ちは分からなくもないが、援軍が期待できるのならまだしも、この状態で作戦が立てこもりだけというのはあまりに愚策だ。

それに先日会った、この街を治めるジェニファ・ロダンなるご老体は、戦争は苦手そうだったがアイデアマンだとお見受けしている。

( 敵は、我々がこの丘を取ったのは知っている。つまり、ルンは自分たちの街の様子を我々に見られている事を承知で作戦を立てるはず…。 )

すると、街に掲げられた炎の少なさには、それなりの理由があるはずだ。

( 罠を仕掛けたか…はたまた、そう思わせての時間稼ぎか…。 )

彼はそう思って、一度、天を仰いだ。

冬の夜空には満天の星空が広がっている。

どこまでも果てることのない漆黒の空が星の明かりを受けて、青白く染まり星たちが集合した川のようにさえ見える。

その雄大な光景は、今の彼を落ち着かせるには十分だった。

まぁ、そもそも作戦は完璧に出来上がっている。

敵がどう足掻こうが、味方の勝利は疑うべくもない。

となれば、味方にも敵にも極力被害を出さず、ルンを占領するのが上策だ。


( これは無駄な死人を出さない為にも、やはり私の部隊だけで動いた方が良さそうですね。 )


そう決断したセザールは、ついに腰に帯びた銀の剣の柄に手をまわし、やがて一気に引き抜いた。すると、彼の指示を待っていた各部隊長と副将軍のスカラが一瞬でそばに集まってくる。彼が剣を抜き天に掲げた時が、何かを決断した時だからだ。

彼らはそれぞれに緊張した面持ちで将軍に一度頭をさげると、ゆっくりと畏まった。

するとセザールは馬上で、自分の周りに集まってきた部下たちを一様に見渡す。

皆が戦いたくてウズウズしている…そう感じた将軍は、苦笑いを浮かべながらゆっくりと話し始めた。


「敵には、何か策があるようだ。まずは、我が部隊だけで戦いを仕掛けようと思う。」


将軍は結局、最近の作戦に多用している”苛烈の炎”1,000兵だけでの突撃を選択した。まぁ、その1,000人は戦闘も強いし、常に将軍と共に行動しているので、何も言わなくてもセザールの意思を即座に読み取り手足のように動ける。

だが当然、手柄を挙げたい他の年配の部隊長たちは面白くない。


「セザール将軍。今回は、我らも総攻めの覚悟で来ておるのです。この年寄りにも戦いの場をお与えください。」


一人の爺がそう進言する。ボードワンという老隊長だ。数多くの戦いを経験して来たこの爺様は、肌が赤黒く顔はしわくちゃ。だけどその細目には生気が溢れ、目玉だけはそれこそ少年にように爛々としている。

しかしだ。

自分の倍以上も歳を取っているお方のせっかくのお言葉だけど、セザールはその老人に向けて手を掲げると首を横に振った。


「爺さま。まぁ、そういきり立つのはどうかと。大体、今回のルン攻略は、如何にルンの人々の恨みを買わずに目標を達成するかです。分からず屋のジェニファ・ロダンを捕らえ…ルンの修道院だけを破壊すること。その2つだけです。これだけの軍を連れて来たのは敵への脅しと占領後の治安維持のためです。総攻めは敵が野戦を選択し、あの壁から出て来たときだけですよ。」


「………。」


「だいたい爺さまは、敬虔な教団の信者だ。貴方では…いや、ここにいるどの部隊長でも、ルン修道院の破壊というミッションを成し遂げられない。そうでしょう?」


セザールが顎に手を添え、ニンマリとそう言い放つと、そのボードワンは目を丸くした。確かに今回の最大のミッションの一つに、世界的に名高いルン修道院の破壊なんていう物騒なもんがある。

それは軍のほとんどが教団の信者であるロハンにとって、非常に頭の痛い問題だった。ただそれは、ロハン領主であるダニエルの強い要望で、領主の側近くに仕える部隊長たちは気持ちの整理がつかないまでも一応納得はしてここにはきた。

だが、実際に修道院や女神像を目の前見たら、そんな暴挙ができるかは甚だ疑問だったが。


「ですから、私の部隊のみで作戦を遂行する。よろしいか?」


セザールは念を押すように、静かな声でそう言い聞かせた。

だが、将軍を慕っている部隊長たちには彼の思惑は見え見えだ。


「ま、まさか将軍は…その責を一人で負うおつもりか?」


集まった部隊長のみんなが、心配そうな面持ちで思わずそう漏らす。

何しろこの世界で教会の破壊など、どんなに卑劣で悪名高い人物でも、これまで誰も行わなかったとんでもない所業なのだ。


「くくっ。私は、信者ではありませんからね。適任というものです。」


「し、しかし…将軍一人に悪名をかぶってもらうのは、どうにも…。」


「…良いのです。さぁ、話は終わりです。時がありません。爺さま、あなた方はここの丘を守っていただくという責務があります。ここは、軍の大事な補給ポイントであり、何かあった際の最後の砦。爺さまのような経験豊かな隊長にしか任せられません。…もし我らが破れ撤退を余儀なくされたら、すぐに軍をまとめロハンまで引いてください。決して戦いを挑んではなりません。」


「バ、バカを言うでない。将軍を見捨てて、おめおめと街へ帰るなど…。」


「ハハッ、爺さま。まず我らは負けませぬ。ですが…もし破れたのなら敵に人智の及ばぬ何かがあるからです。つまり、神のお力が働いたという時だけ。何しろ我らは神の住処を襲おうとしているのですから、万が一にもそのような事がないとも限らない。いくら偉大な隊長であるあなた方でも、神には逆らえないでしょう?」


セザールは肩を竦め、そう皆に尋ねた。

中々刺激の強い話だが、確かに人は神には逆らえない。

その彼の言葉に誰も口を開かなかったが、それは当然と言うものだ。

そして、この偉大な将軍の魂胆が皆にもはっきりと分かる。

セザールは、教団の信者である多くの兵士達に一切、ルン修道院に手出しさせるつもりがない事を…。もしかしたら、彼は一人で修道院に火を放ち、その責任を自分一人で背負うつもりなのかもしれない…。

( この若造には、本当に頭が上がらない…。)

そう溢したボードワンは彼を一度見上げると、やがて静かに頭を下げた。すると、他の部隊長もそれに習う。

その様子を満足そうに見定めた将軍は「では、その要領でいきましょう!」との言葉を残すと、グレーのマントを靡かせ自分の懐刀であるスカラ副将軍に命令する。


「スカラ、これで準備は全て整いました。行きますよ。」


「はっ!」


スカラは自分より少しだけ年下の将軍にそう返事をすると、天に向かって剣を掲げた。


「”苛烈の炎”のメンバーは、将軍に続け!!陣形は三角で、作戦は、Bだ!門を突破したら、10隊に分かれよ!!」


その声とともに、他の兵士たちよりもより鮮やかな紅色の甲冑に身を包んだ騎馬隊の一団が一斉に前に出た。

ロハンが誇る”苛烈の炎”の皆様方だ。

皆が精悍で、武具が揃い美しく、顔には自信が漲っている。


「神からの鉄槌は、私がお引き受け申す!皆々、無心で突撃せよ!」


セザールのその言葉で大きな歓声が一斉に上がり、つい1,000人の軍勢が動きだした。

いよいよルン攻略戦の始まりである。

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