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サーシャ・カスティリャの力

修道院の入口付近に位置する大聖堂は、この巨大な建造物が居並ぶルン修道院の中でも一番大きな建物だった。天井はドーム状になっていて、中央には光を取り込む大円蓋があり、その周りには無数の神を描いた彫刻が飾り付けられている。

そして講堂のように緩やかな階段が螺旋状に中央に向かっていて、その先には巨大な女神像が鎮座していた。


サラは、共にやってきたエマとともに一番後ろの列に並ぶ。

集まった修道兵たちは、予想どおり騒ついていた。いくら毎日訓練をしてるといっても、ほとんどの者が実戦は初めてなのだから、それは仕方のない事なのかもしれない。皆に表情にも不安と焦燥感が滲み出ている…。


「やっぱり、みんな不安そうね。」


サラは辺りを見渡しながら、コソッとエマに告げた。


「そりゃ、そうよ。今から私たちがするのは戦争だからね。」


エマはご自慢の大きな丸メガネをクイってあげて肩を竦めた。そんな彼女の余裕とも取れる態度に、サラは顔を驚いたような呆れたような微妙な表情を浮かべる。

( やっぱり聖地に行った事がある修道士は、肝が座ってるわ。 )

なんて感心までしてしまった。

教団の聖地は、エディアという国にあるのだが、そこは例え神に仕える修道士といえど、おいそれと近づけない場所にある。その為、聖地に行った経験のある修道士は周りに一目置かれるのだ。


やがてに点呼を取る修道士がやってきて、2人は緊張した面持ちで用紙にサインをする。すると、すぐに決起集会を始める大きな鈴の音が大聖堂に鳴り響いた。

どうやら修道兵200名は、自分たちで全て揃ったようだった。

しばらくするとパイプオルガンの重厚感のある曲が流れ、ここルン修道院を取り仕切る女長セドリーヌが、いつものように静かに聖堂に入ってきた。長い黒髪で背筋をピンと伸ばした堂々とした姿はいつもと変わらないが、ここから見ても彼女の緊張はひしひしと伝わってくる。彼女の姿を確認した修道兵たちは、一斉に口を閉じ、静かに頭を下げた。

すると女長は、いつものように女神像の前で跪き、一礼すると、すぐに立ち上がって集まった修道兵を見渡した。

そしてゆっくりとした口調で話しを始める。


「修道兵の皆々。よくぞ集まってくれました。…時がありません。その為、簡潔に起こっている事実とこれから修道院としてどうするかをお伝えします。」


彼女の声にも緊張の色が滲む。皆も息遣いしか聞こえない。


「現在、私たちが暮らすルンは、北西に位置するロハン軍に街を取り囲まれています。ルンの統治者であるジェニファ・ロダン殿からの知らせによると敵兵は9,000余りとか。」


さっきより1,000人も増えてるじゃん!って、サラは顔を顰めた。そして集まった200人の修道兵たちもザワザワしだす。


「修道兵200の皆々には、街を守る正規軍の補佐に回ってもらいます。残りの修道士1,800余りは、ここルン修道院の守りと民の救助を主に行います。…皆には、苦労をかけます。」


セドリーヌはそう話すと、女神像の御前で大きく頭を下げた。

あの何事にも厳しく、堂々としている女長が頭を下げたのだ。それだけで、事態の深刻さが伺える。

セドリーヌは頭を下げながら、目だけを集まった彼女たちに向けてみた。

すると皆、無言で自分を見つめ返している。

だが物を言わなくても、彼女たちは必死に恐怖を必死に飲み込み、この街の為に戦おうとしてくれている…その事がヒシヒシと伝わってくる。

( 皆が、本当に頼もしい修道士になったものね。 )

セドリーヌは少し熱いモノがこみ上げてくるのを感じずにはいられなかった。この中には、10歳くらいからこの修道院に従事してくれている者もいる。

そう、彼女たちはもう家族のような者なのだ。


「私も共に戦います。」


女長がそう口にすると、集まった修道兵たちは大きく頷いた。

もちろん、恐怖はとても拭えないがリーダーが共に戦ってくれるということは励みになるというものだ。


「さすがセドリーヌ様。なんだかんだ言っても、皆に慕われているのね。」


その様子を一番後ろの列で見ていたエマが呟いた。すると横にいたサラも彼女の意見に頷く。


「あのお方は、皆に厳しいが自分にも同じように厳しい。だから人がついていく。」


「そうね。」


「だけど…思ったより修道兵のみんなの士気が上がらなかったな…。それが気がかりだ。」


サラは、顔を俯かせるとそう漏らした。今度の戦いは、序盤から劣勢が予想される。それを覆すとなると、戦う兵士たちの士気の高さは不可欠だ。普通、こういう決起集会なるものは、皆の心を一つにして士気をあげるために行われる事が多い。

そんなことを思いながら唇を噛んで怪訝そうな表情を浮かべていたサラの背中を、エマが再びバシッて叩く。結構、痛い…。


「ちょっと、エマ!痛いよ!」


「ふふっ。サラったら不安ばっか口にするんだもの。えっと…そちらは、大丈夫よ。セドリーヌ様より適任者がいるから。」


エマが、悪戯っぽい笑みを浮かべ微笑む。

その意外なお言葉に、「へ?」なんてサラが目を丸くしていると急に大聖堂がざわつき出した。

大きな講堂に清廉な空気が漂い出し、皆を包むような優しい靄がふわっと溢れ出す。

それは暖かくも厳かな雰囲気を醸し出した。

やがて、そこら中から歓声や悲鳴に似た声が一斉に上がる。


「サーシャ様だ!!」 


「枢機卿だ!サーシャ枢機卿がまだここのいらっしゃるとは…。」


「女神様!!どうか、お逃げください!!」


そんな仲間の声に導かれるように、サラはゆっくりと顔を擡げた。

すると、皆がその名を叫び、教団の女神と称される御仁は、女神像に向かって、ゆっくりと威風堂々と歩いていた。

そんな女神の横顔を見た彼女は(お噂どおり、なんて神々しくてお美しいのだ…。)と漏らし、思わず息を飲む。


長い黄金色の髪をふわっとさせ、カスティリャ家の者しか羽織る事を許されない白く光り輝く白ローブを纏った偉大な姿。

そして最高位司祭であることを示す黄金色のストラを首にかけ、パストラルスタッフと呼ばれる杖を右腕に抱えている。もうね、誰が見てもそれは我ら教団の女神サーシャ・ハトホル・カスティリャに間違えがない。

そしてそんな偉大な女神の横には、銀の鎧を纏った剣士がまるで彼女を守り支えるように寄り添っている。サラはその人物が、さっきエマが言っていた面白い御仁であると悟った。


やがてその2人が、巨大な女神像の前にたどり着くと、ゆっくりと修道兵たちを見据えた。

…すると、一斉に修道兵たちが跪き、頭を床につける。そして、祈るように両手を掲げた。云々、だって目の前に、いつも祈りを捧げている女神像の本物がいるんだもの。彼らがそうなるのは仕方がないというものだ。

だが、そんな修道士たちにサーシャは、手を掲げ優しく声でゆっくりと語りかける。


「サーシャ・カスティリャです。皆さん、どうか跪かず、立って私にお顔を見せてください。」


突然の女神の意外なお言葉に、修道兵たちは目を見開き辺りをキョロキョロして様子を疑う。え?どうする?何てことを皆で目で相談し出したのだ。

何しろ聖地では顔を見ただけで、首を切られるなんて御仁だ。

だが、いつまでも最高位司祭のサーシャを待たせるわけにはいかない。やがて、勇気ある修道兵が一人立ち上がると、皆もバラバラと立ち上がり始めた。まぁ、最初に立ち上がったのは、サーシャの隠れ親友であるエマだったが。

サーシャは、全員が立ち上がり静かに自分を見返してきたことを確認すると、満足そうに大きな笑みを浮かべた。そう彼女たちがいつも祈っている女神像と同じ微笑みを。

一気に修道士たちの心に熱いものがこみ上げる。と、同時に女神は声をあげた。


「偉大なる神に選ばれし、我が娘たちよ!よくぞ、この呪われた日に私の元へ集ってくれました!貴女がたの勇気と名を、私は生涯忘れることがないでしょう!」


サーシャがよく通る偉大な女神の声でそう言い放つ。

すると、不思議な事にみるみる修道兵たちの目つきが変わっていく…。と同時に全ての修道兵たちが、体の奥深くに眠る炎が灯りだすのを感じ取った。


「いま、この街は悪意にみちた人間たちに蹂躙されようとしている。相手は、武器を持ち、人々を殺し、街を焼くだろう。我らが愛するルンの民は逃げまどい、恐怖に怯え、絶望に屈することだろう。」


静かな空間はそのまま時を刻む。だが、修道兵たちには、煮えたぎる何かが体を一気に昇ってくるのを感じずにはいられなかった。云々、それは決して止められないほどの物凄いエネルギーだった。

サーシャは大きく顔を擡げ、黄金色の髪を激しく揺らすと、右手に抱えていたパストラルスタッフを強く床に打ち付けた。


「だが、我々は違う!人々に敬愛され、皆の指針であれねばならない私たちは、この時こそ民に恩返しをしなくてはならないのだ。神に愛され選ばれた美しい戦士たちよ。今こそ民を救い、街を守れ!」


女神が叫ぶ。

するとそこまで一切言葉を漏らさなかった修道兵たちは、あるものは手を叩き、あるものは槍を掲げて大きな歓声をあげた。「うわぁー!!!」なんていう、とても女性とは思えない腹の底から湧き出る意志の強い声だった。


「ここに、我の騎士であられるアルバ様もおられます。騎士様と私サーシャ・カスティリャが、皆の先頭にちます!敵には強大な神の鉄槌が落ちる事でしょう!」


更にサーシャが杖を掲げ、そう宣言するといよいよ大聖堂は修道兵たちの歓声で騒然となり、大気が振動する。それはやがて地鳴りとなって、この巨大な大聖堂を激しく揺らした。

修道兵の顔からは恐怖が消え去り、力が漲り、心が一つになる。


( ものの数分で、彼らの心を掴んでしまうなんて…。やはりサーシャ様は偉大な女神であられる。かの御仁に会えた私は、なんと果報者か。 )


そんなサーシャを横で見ていたセドリーヌはそう思わずにはいられなかった。



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