アルバの家と旅立ちの朝
アルバのとっても小さな小さなお家には、たった一つしかない数メール四方のお部屋の壁の上部に、横長長方形の窓がある。
まぁ、窓といっても空気入れ換えができるというくらいの申し訳なさげな物なんだけど、壁の上部で、しかも南側に設置されているので、意外にも朝日はよく入る。
そして今日もその窓が冬の朝の到来を告げてくれた。
ゆっくりと入ってきた朝日は、窓と同じ形をしたまま部屋の中へと入り込み、まるで黄金の延べ棒が壁に映り込んだように美しい輝き、その輝きが部屋全体をふわっと照らす。
いつもは夜明け前に起きるアルバも、今日はその光を浴びて朝日とともに目覚めた。
( ありゃ…寝坊しちゃったか…。 )
なんて、そんなことが頭に浮かんだが、いつもと違う感触が手の中にあって、アルバはようやく事態を飲み込み始める。そう、その感触とは共に旅をする約束をしたサーシャの手だ。
( いよいよか…。)
アルバはまだ眠っている彼女の手を握り返しながら半身を起こし、その長方形の窓から入る朝日をボーって眺めていた。
…何しろ今日は記念すべき旅立ちの朝だ。この村とルンの一部しか知らない彼にとっては、今日この日からとてつもない大きな挑戦は始まる。
勿論、不安や恐怖だってあるけれど、今は楽しみや期待の方が大きい。
嫌が応にも力が入る。またこういう時は、それが無駄に入りすぎるものだ。
だけどアルバはそれが空回りをするのを恐れて、その湧き上がる嬉しさを必死に押さえ込もうとする。やがて気持ちが無理矢理にでも拡散するようにキョロキョロと部屋の中へと目をやると、視覚が勝手に様々な日常的な風景を目と頭に届けてくれて、自然と心が落ち着いた。
まぁ、こういうのはある意味呑気な彼の重要な武器なのかもしれない。
( あれ?あいつは、まだ帰ってないのかな…。 )
ふとアルバは、ベッドの方に目をやるが人の姿はない。
そう、昨日の晩、意味不明な言葉を残して何処かへ行ってしまわれたサカテさんのお姿が、朝になった今でも見えないのだ。
アルバが怪訝そうに目を細めベッドを見ると、そんな小さな彼女の代わりに2つに折られた紙が無造作に置かれている…。
( なんだ、あれ…。 )
アルバは横に寝ているサーシャからそろりと指を離すと、その置き手紙風の紙が置いてあるベッドの上へとスリスリと体を引きずって向かう。
( 届くかな…。 )
彼が干し草の上から思いっきり手を伸ばし、その紙を掠め取る。サカテが残したと思われるその置き手紙はとっても雑な折り方で、見た目よりも実をとる彼女っぽいと言えば彼女っぽい。
ーー 所用を思い出したので、3日後にフィルファのダダという町にある”枝束亭”という宿屋で落ち合おう ーー
って、書かれていた。
云々、( はぁ〜!? )って、目が丸くなりました。
全くもって…彼女は自由奔放だ…。
つーか、旅の前に話すことが山ほどあるだろ〜って突っ込みたくなった。
フィルファのダダは地図を見てもここからそんなに遠くないし、3日あれば十分間に合うけど、そもそもこの先、何処にいつまでに行くのかって、旅の相談すらしていない。
勿論アルバは旅などした事がないので詳しいことは知らないが、旅に出るなら常識的に考えてもまず予定を立てる事は当たり前のように思えてならないのだけど…って思い苦笑いを浮かべてしまった。
だけど、そのお手紙。実を言えば、彼とサーシャにとっても気を使ったものだったが、そんな事とは露ほども知らぬアルバは、本当に無計画のお手本の様な奴だと呆れたように首を振り続けたものだ。
「騎士様、おはようございます。」
やがてサーシャの透き通るような声が聞こえた。彼がサカテからの置き手紙を握りしめながら振り返ると、彼女は長い黄金色の髪を整えながら上半身を起こして、微笑んで自分を見ている。手を離したからだろうか…彼女を起こしてしまった様だった。
「おはよう、サーシャ。」
少し申し訳なさそうに返事をすると、彼女は顔を傾げ嬉しそうに指を唇に添えた。
「いよいよ、今日は旅立ちの日ですね。」
「はい。…だけど、サカテは先に旅立ってしまったようです。」
アルバはそう話すと、手に持った彼女の置き手紙をサーシャにそっと渡す。
彼女は無言のままそれを受け取ると、耳にかかった黄金色の髪を軽くそよぎ、その手紙にさっと目を通した。そしてすぐに「あらま。」なんて可愛い声をあげ、呆れたような表情をしてこちらに目を向けた。
「サカテさんらしいですね。」
「本当に。自由ですよね、彼女。」
彼女とアルバはそう言い合うと、目を揃えて笑いだした。
まぁ、サカテは話を聞くにつけさすらいの旅人みたいなものだ。アルバはサカテの素性も旅の理由なんてものは知らないのだけど、何者にも縛られず自由に生きてきたような印象しかない。だから漠然と自由人だと決めつけていたりするのだが。
「ですが、フィルファのダダなら、ここからそう遠くありません。私たちは一度、ルンの街によって旅支度を整えてから参りませんか?」
と、サーシャは口に手を添えてアルバにこれからの事を提案してくれた。
「あっ…はい。そうしましょうか。」
アルバは彼女の言葉にすぐに頷く。そもそもサーシャに買ってもらった藍色の珠なるものの代金は、ルンに住んでいる叔母に預けてある。その叔母から金を受け取らないと自分は文無しで旅だ立たなければ行けなくなるので、どっちにしろルンに寄らなくれはならない。
ちなみにフィルファとは、ここザグレア地方と国境を共にする世界屈指の軍事帝国で豊かな国だ。ダダは二国間のちょうど国境付近にあるフィルファの街である。
「では早速、準備を始めましょう。」
サーシャはそう言ってニッコリと微笑んだものだ。
それから一刻ほど経った。
「アルバ、お待たせしました。」
やがて部屋の中で旅支度を終えたサーシャが、玄関の引き戸を開けてそう声をかけてきた。
一方のアルバは外で素早く着替えを済ませ、室内でお着替えをしている彼女を守るように玄関先で仁王立ちしている最中だった。
「いえいえ…。」
何やら口ごもってしまった自分を見て、サーシャはにっこりと微笑んだ。
「フフッ、騎士様は準備は出来ているようですね。」
「はい、大丈夫です!」
アルバは顔を赤らめながらも、そう元気に返事をする。
彼女は今日も純白に輝く白ローブを羽織っていて、ひざ下からは純白のボトルニクスが覗く。
サーシャの装飾品は金色が多いので、白と黄金色に彩られたその姿は、やはり清廉で神々しい。
ほんとね…昨日のサカテの話を聞いたばかりだからか、その姿はまさに女神様にしか見えない。
普通なら気の利いた褒め言葉でも披露したいところだが、口下手な自分が無理にそんな事を言葉にすると大抵の場合、失敗するってのは何となくわかっている…。
結局、彼はこれまでと変わらず彼女を眩しそうに見るってことにした。…もっとも無難だからだ。
だけれどもボーって焦点が合ってない視線でずっと自分を見ているアルバに、彼女は当然のように首を傾げる。
「どうしたのです?」
「い、いえ。」
慌てて首を振って視線を外す。
アルバの妄想の中での彼女の立ち位置が、お姫様から女神様に格上げになって、ますます遠い存在に思えてしまう。そもそもが、やっと背中を拝めるぐらい遠かったのに、今ではもう遥か彼方に見えるお星様みたいなもんだ。
だがだが、彼女に臨時の騎士を賜った手前、そんなわけにもいかない。
それにね、よくよく見れば、今日からはアルバの格好もだいぶマシになった。
そう、自分だって少しだけレベルアップしているのだ。
村長と神父から譲り受けた銀の鎧とブーツ、そして腰に差した聖剣と背負った暗剣。
体の線が細く華奢なアルバだけど、藍色の短いマントのお陰もあって、自分で見てもちょっとだけ、凛々しく見えるものだってちょっと思ったりしている。
そして、そんな彼の姿を見たサーシャも、何故か上機嫌だった。
「アルバ、そのお姿…やはりとってもお似合いですわ。」
なんて、屈託のない笑顔で褒めてくれた。
それにはね、もう素直に照れ笑いを浮かべた。サーシャは何故かいつも自分を持ち上げてくれるが、それが例えお世辞だとしても、やはり気になる女性からの褒め言葉は嬉しいものだ。
「あ、ありがとうございます…。」
彼はしどろもどろに返事をしながら彼女から視線を外すと、ゆっくりと家の引き戸に手をかけた。
そして、彼女が飛び出してきたその扉をゆっくりと閉じていく。
長らく過ごしたこのお家とも、しばらくお別れだ。
ーーーー意外にも無心だった。
もっと、この瞬間はいろんな事を思い出しておセンチな気分に浸るのかと思っていたが、そんな気は起きなかった。
おそらく…サーシャとの新たな旅立ちに胸がいっぱいだったからだろう…。
やがてアルバは、恐らくここに住んでから初めてであろうことをする。
そう、南京錠をしっかりとかけることだ。
家の中に盗まれるものなどないが、流石に変な連中に勝手にに住みつかれても困ると思ったからだ。
彼は鍵をかけると、2、3歩後ろに下がり家の全体をしみじみとみる。
トタン板と引き戸を強引に組み合わせた元馬小屋のアルバのお家。
「今まで、ありがとう。そして必ず帰ってきます。」
アルバは、しっかりとお礼を言って、オンボロだけど、これまで自分の命と生活を支えてくれた建物に深く頭を下げた。
「二日間、私を泊めてくれてありがとう。そして今までアルバを守ってくれて、本当にありがとうございました。」
…そしてサーシャも、そんなお礼を言ってくれたのだった。




