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拗ねたサーシャ



その神様がお祈りとやらを終えてアルバの狭いお家に戻って来たのは、それからすぐだった。


「何やら賑やかですこと…。」


引き戸をそっと開けて顔をのぞかせたサーシャは、そう目を丸くした。

確かに部屋にいたアルバとサカテは、夜更けだというのに女神の解釈でワイワイと盛り上がっていたので笑い声も飛び交い、実に賑やかだった。


「あっ、おかえりなさい。」


アルバが枯れ草がこんもり積まれた簡易ベッドの上で胡座をかきながらそう返事をすると、サーシャは軽く笑みを浮かべ尋ねて来た。


「ただいま戻りました。…何のお話をされているのですか?」


「えっ?」


アルバは思わず変な声を上げてしまった。

それは中々に困った問いかけだ…。

何せサーシャは何者?って話から始まって、神様か人間かの論議をしていたとはとても言えない…。


「た、ただの世間話です。旅に出る前に、サカテにこの世界の事を教えて貰っていた…みたいな。」


アルバが言い訳のようにそう話すと、彼女は怪訝そうな表情を浮かべ眉をひそめた。

そして、しばらくアルバの目を食い入るように見つめ動かない。

( ん?変な事言ったかな…。 )ってアルバは心配になったが、やがて彼女は「そうでしたか…。」と、小さい声で漏らすと今度はゆっくりとサカテに目をやった。


「サカテさん、起きたんですね。」


「ああ、なんだか寝付けなくてね。そしたらさ、アルバが根掘り葉掘り聞いてくるからさ…。」


サカテがそう苦笑いすると、アルバはおいおい!と文句を言う。そもそも話しかけて来たのは、彼女の方だ。


「いやいや…サカテが勝手にペラペラと話し始めたんだろう?」


彼がそう口を尖らせた。


「バカだなぁ。君が知りたそうに、もじもじしてたからだろ?だから僕は親切に教えてやったんだ。」


「…そんな顔してた?」


「ああ。腹を空かした犬のように、物欲しそうな目をしてた!」


サカテがそう言い切ると、アルバは苦い表情を浮かべ首を傾げながら頭を掻く。まぁ…サーシャの事を話していたのだから、そんな顔をしていてもおかしくはない。

するとそれまで家の土間で立ち尽くしていたサーシャが静かに口を開いた。


「サカテさんは、アルバに何を教えていたのですか?」


何か…彼女にしては冷たい声に聞こえた。


「ん?…ああ、まぁ…一般常識を教えてたんだ。」


サカテはベッドの上で、ニカッて笑う。


「一般常識…ですか?」


「うん。だって、この坊や…ファティ大司祭の事も知らなかったんだぜ。」


そのサカテの言葉に、サーシャはピクって眉をひそめた。

そしてちょっとだけ表情を曇らせる。


「でも教団の関係者以外で、その御名を口にするお人は少ないと思いますけど…。」


「昔は確かにそうだったかもな。でも…今はそうでもない。」


「…そうでしょうか。」


「そりゃそうだよ。1年ほど前かな…そのファティ大司祭の生まれ変わりって言われる御仁が大地に降り立ったと噂になった時があってね。」


サカテがそう話すとサーシャは彼女から目線を外し、顔を俯いたままゆっくりと部屋の中へ入って来た。そしてアルバのいる枯れ草ベッドの上にちょこんと腰を下ろしたのだが…何やら、彼女の表情が冴えない。

( あちゃ。この話はまずかったのかな…。 )って、サカテは焦った。


「すまない。アルバに君の事を少し話した。」


先に突っ込まれる前にサカテは自分からそう白状した。サーシャは顔を上げずに静かに返事をする。


「貴女は、出会ったばかりというのに…私の事をよくご存知でいらっしゃいますのね。」


「…まぁ、少し訳があってね。僕は君の事を調べていた事があるんだ。」


「そう…ですか。」


「まずかったか?」


「いえ…。いずれ話すつもりでしたので構いません。」


サーシャは急に声を落とすと、そのまま干し草の上にバサって体を預けた。そして何やらモゾモゾしていたが、やがて白ローブのお姿のまま枯れ草の中に体を埋めてしまった。


「…疲れました。寝ます。」


彼女は小声でボソってそう言うと、顔を2人から背けるように壁へ向けて横になった。

とともに、アルバとサカテはキョトンとした表情で目を合わせた。先ほどから続くそっけない態度がどうにもサーシャっぽくなかったからだ。


( どうしたのかな? )


アルバが小声でサカテに尋ねる。だが彼女は腕を組んで( …う〜ん。 )って唸るばかりで、なかなか口を開かなかった。


だけどね…誰が見てもサーシャは拗ねている。怒っている。

さっきはこぼれるような笑顔で、アルバに寝ないで待てって言ったくらいなのに…。

これは一体どういう事なんだろうか…。


( やっぱりサーシャは自分の正体を知られたくなかったのかな…。 ) 


アルバはふとそんな事は心配になってサーシャを見る。彼女は干し草から顔だけ出して、反対方向を見て、まるで不貞腐れるように寝ている。

人に詮索されるのが苦手だったり、秘密主義の人間だっている。もしサーシャがそうなら、アルバとサカテの話は大層面白くなかった事だろう。それに彼女は、秘密がいっぱいの教団の偉い人みたいだし…ってアルバは顔が青くなった。

彼女の正体が朧げに分かり、恋人になるのはいよいよ遠のいたアルバだったが、とりあえず嫌われたくはない。


( 全く…。サカテが余計な事を言うから! )


って、アルバは文句を言いたげにサカテを振り返った。

だが、彼女はあいも変わらず呑気に腕を組み、やがて足を崩し胡座までかき始めた。

( おいおい、なんとか言えよ。 )なんてアルバは思ったが、この小さいが大人なサカテさんは、サーシャが不機嫌になった理由をアルバとは全く違った視点で捉えていたりした。

それは、おいおいマジかよ?なんて問いたくなる事なんだけど、あの優しさ振りまく可憐で明るいサーシャさんがここまで不機嫌になるなんて、あの事しか思いつかない。


「おい、アルバ。ちょっとこっち来い!」


やがてサカテがベッドの上でそう手招きすると、彼は怪訝そうに「なんだよ、もう…。」なんて文句を言いながら、サァサァと枯れ草を鳴らし近づいてきた。何しろ彼にとっては、これは結構な非常事態だ。

すると彼女はアルバの耳を引っ張り、自分の顔のそばに手繰り寄せる。

当然彼は口を尖らせて文句を言った。


「イテテッ!何すんだよ?」


「ちょっと僕は出てくる。」


「はっ!?こんな時間にどこ行くんだよ?」


アルバが顔を顰めてそう尋ねると、彼女はアルバの肩にバシッて手をのせた。


「そんな事はどうでもいい。…いいか?今から言う事をよく聞けよ?」


サカテはそう話すと何やらアルバに耳打ちし出したのだった。



あれからどれほど時間が経っただろうか。

一つしかないアルバの部屋の窓からは、雲が流れる度に入り込む薄暗い月明かりが行ったり来たりしていて、その度に干し草に埋もれたサーシャの黄金色の髪がキラキラと光っていた。

( う〜ん。なんか話しかけづらいな…。 )

アルバはそんな彼女の後ろ姿を見てそう思った。

彼女の小さい頭は微動だにせず、まるでそっぽを向くようにアルバとは反対側の壁に顔を向けている。…よほど詮索された事がショックだったのだろうと、彼はボサボサ頭を掻いていよいよ困り果てた。


頼みのサカテは言葉通り、あの後すぐに出て行ってしまっていた。

「あのお姫さんとちゃんと話をするんだ。いいかい?”様”も”さん”もつけちゃダメだ。さっき僕と話していたみたいに気軽に、…なるべく普通に。いっぱい話しかけるんだ。」、そう言い残して。

理由はさっぱり分からない…だが思った。

それは難易度が高いぞ!って。

だって、サカテからサーシャの正体というか身の上というか、そんな話を聞いたばかりだ。半分以上はよくわからなかったけど、世界的権威である教団のお偉いさんの娘さんである事だけは理解した。

( でも、妙に納得はできるな…。 ) って、今日は後ろ向きの彼女の黄金色の髪を見つめながらアルバは思わず苦笑いを浮かべた。

清廉で、優しくて、それでいて太陽のように大きい心を持つ彼女…。

女神像のモデルとなったファティ大司祭なる人物の生き写しなんて事も妙に納得がいく。

だって、微笑む姿がそっくりだもの。


今はヘソを曲げてしまっているようだけど、こんな女性と一緒にいれて嬉しいな…って素直に思った。

だけどそれは別に彼女が”教団何ちゃら司祭のなにがし”だからって訳じゃない。


アルバは記憶を失っている。だが僅かに残った記憶の中でも、この2日間は本当に楽しく刺激的だった。

彼は自分の周りに敷かれていた枯れ草を両腕いっぱいに持ち上げると、そのまま横になっているサーシャの上に優しく継ぎ足した。彼女が少しでも暖かくなるように…。

自分には、あげれるものがこんなものしかないから。

そう……さっき冗談で言った神様へのお供え物に相応しいものなんて、この部屋には何もない。


「ありがとう、サーシャ。」


アルバはふと、そう呟いた。自然と出た言葉だった。

ただ彼女からの反応はなかった。寝息は聞こえないから多分起きているとは思うのだけど…。


「おやすみなさい。」


サカテの助言とは違うけど、彼はそう言って彼女に継ぎ足した分、少々高さのなくなった枯れ草にそのまま倒れ込んだ。

そもそも詮索された事を怒っている女性を元気付ける言葉など、彼は思いつかなかったのだ。

もっと言えば女性の喜ぶお言葉などまず思いつかない。

アルバが干し草に埋もれながら目を瞑ろうとすると、急に彼女の声がした。


「何で…さっき、私にありがとうって言ったのですか?」


アルバはとっさに目を開き、彼女の方へ顔を向ける。だがサーシャはまだ向こう側を見たままだった。


「う〜ん。なんでだろう…。忘れちゃいました。」


アルバがそう惚けると、サーシャは「まぁ…。」って言いながら、いつもみたいにクスって笑った。そんなちょとした事がアルバには何やらとっても嬉しく感じられ、勢いよく半身をあげて、体をサーシャの方を向けた。


「ねぇ、やっぱり俺の予想は当たったでしょう?サーシャさんは偉い人だってやつ!」


「ふふっ。私は別に偉くはないですよ。」


「でもさっきサカテが、サーシャは王様より偉いって言ってた。」


「そのようなもの、私の知らぬ誰かが勝手に決めた事です。知った事ではありません。」


サーシャがそう口を尖らせると、アルバは彼女に向かってゆっくりと手を伸ばした。

そして、その美しい黄金色の髪を優しく撫でる。サラサラで本当に気持ちがいい。


「でもサーシャがどれだけ偉くても、もう俺たちは旅の仲間だからな!ちゃんと仲良くしてくれないと困る!」


アルバがそう言い放つと、彼女は急にこちらを振り向いた。

そしてしばらくすると干し草の中から2本の美しい手が出てくる。

「へ?」って、突然の事にアルバは驚いて変な声を上げたが、彼女のその細い指はそのままアルバの頬にスッーって伸びてきて、そのまま添えられた。

そして当然、彼女の美しい顔もアルバの方を向く。

彼女は干し草の中でも、溢れんばかりの大きな笑みを浮かべて自分の目をまっすぐに見てくれた。


「そんなの当たり前と言うものです。」


声色がいつもの彼女に戻っていた。心底ホッとする。


「よ、良かった…。」


「フフッ。何やら騎士様は、ホッとなされてますね。」


「そりゃそうだよ。サーシャが怒ったって思ったからさ。」


「まぁ、何でそんな事を思ったのですか?」


「だって、いつも優しくて明るいサーシャが、そっぽ向くんだよ?…嫌われたかと思ったよ。」


「…あはっ。私は稀に拗ねる事はございますが、騎士様を嫌いになる事など絶対にありません。」


「そうなんですか?」


「そうですよ。」


サーシャはそう言って、アルバの頬を優しく摩る。


「だから安心なさってくださいね。」


「でも、今は…自分の事を詮索されて怒ったでしょ?」


アルバが率直にそう尋ねると、意外にもサーシャは驚いたように目を丸くした。


「そのような事で私は拗ねません。私の生まれなんて、すぐに分かる事ですし。…と言うか、アルバは私が拗ねた理由をまだ分かっていただけてないと言う事ですね。」


「えっ?違うの?」


「もう、騎士様ったら…。」


サーシャは少し呆れ気味にそう笑ったが、アルバの頬から手を離すとゆっくりと、下に潜っていき、やがてアルバの手に指を絡めた。


「今日のところは許して差し上げます。ただ私は神様ではありませんので、怒りますし、拗ねますし、八つ当たりもしますし…焼き餅だって焼きます。…覚えておいてくださいね。」


「はぁ…。」 この温和で鷹揚な彼女も怒ったり拗ねたりするんですねって、寧ろアルバはそちらの方が関心してしまった。

だけどサーシャはそんな気の抜けたアルバの顔を見ながら、嬉しそうに手をギュって握った。


「フフッ。アルバに手を繋いで貰ったので、これでようやく安心して寝れます。おやすみなさい、騎士様。」


彼女はそう言って、今度は本当の眠りについたのだった。

結局アルバが彼女がなんで拗ねたのか最後まで分からなかったが…。





サカテがアルバのお家に戻ってきたのは、それから暫く経ってからだった。


「おっと〜!」


部屋に入ったサカテは、干し草で作ったベッドの上で、仲良さそうに手を繋いで眠っているアルバとサーシャを見て、目を丸くしながらそう声を上げた。

アルバは勿論のこと、現代の教団の女神であるサーシャも、とても安らかだ。


( ってことは、僕の予想は当たったって事か。…本当に不思議な2人だ。 )


サカテは何やら面白くて思わず笑みをこぼす。

彼女は、黒装束の胸ポケットから一枚の紙を取り出すと、サラサラと何かを書き始めた。


( もう暫く君たちを2人きりにしてあげるよ。じゃないと、こっちの命が危ないったらありゃしない。 )


彼女はそう冗談めいた事を頭に浮かべると、その紙をベッドの上に投げたのだった。

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