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サーシャの肩書き


「アルバ、では気をつけて行ってくるのじゃぞ。」


村長と神父は、多くの餞別をくれただけでなく玄関まで自分を見送ってくれた。

アルバは早速2人がくれた鎧と剣を身につけて帰ることにした。その晴れ姿を2人に見て欲しいって言うのもあったけど、外は寒い…って言うのが本音だ。


「はい。ありがとうございます!」


そう元気に返事をしたアルバは、サーシャから授かった黒剣を背負い、銀の鎧と藍色のマントを纏っていた。そしてもちろん聖剣ガリネリウを腰に下げている。

意外だがその姿は中々に様になっていて、アルバ自身も満更ではない様子だった。

そしてそのほとんどを与えた2人のご老人はとっても上機嫌。…孫にプレゼントを買ってあげ、たいそう喜ばれた時と同じ気分だったのかもしれない。


「アルバ、儂もその昔、旅をしていた事がある。」


カナイ村長は別れ際、アルバにふとそんな話を振ってきた。

この村長さん、結局サーシャの事も過去の事も話す事がなかったから、その話は非常にアルバの興味を引いた。


「へぇ〜そうなんですか!……村長さんの旅はどんな旅だったのですか?」


「ほほっ。儂はのぉ…子供の頃から神様に会いたかったのじゃ。…それでのぉ、お前くらいの年の頃、神様を探す旅に出た事がある。」


…また、とんでもなくスケールがでかい旅だ。さすがは村長というところか。


「わぁ…すごい!…それで、神様には会えたのですか?」


アルバが目をキラキラさせながらそう尋ねると、村長はチッチッと首を横に振った。


「ホホッ…。それはちゃんと儂の胸の中にしまってある。いつかお前がこの村に帰って来たときに話してやろう。お前の旅の話と交換じゃ。」


「おおー!それは、いいですね!じゃ、楽しみにしています!」


「うむ。儂も楽しみにしておる。」


カナイ村長はそう笑顔で頷くと、急にアルバの手を掴んで来た。


「良いか?くれぐれもサーシャ様の事、頼むぞ。」


「うん!」


アルバもその言葉に大きく、そして力強く頷いた。すると、ロアン神父もアルバの肩に手を添えて同じような言葉をかけてくる。


「儂からも、よろしく頼む。あのお方は、この世界の希望なのだ。」


そのお言葉には、アルバは苦笑いで小さく頷いた。いやはや、世界規模になったら自分などどうする事もできない。そこまで話が大きくなったら、もはや神様に運を任せるしかないというものだ。


「村長さん!神父様!このご恩は決して忘れません。必ず、サーシャさんと共に元気で帰って来ます!」


2人の熱い思いだけはしっかりと受け取ったアルバは、最後にそう言い残して村長の家を後にしたのだった。





アルバが2人から様々な餞別をもらって、家にたどり着いたのは夜の10時を回った頃だった。


「ただいま〜。」


呑気な声で変わらぬ粗末な引き戸をカタカタと開けると、干し草のベッドの上で分厚い本を読んでいたサーシャが、黄金色の髪をふわってさせながら顔を向けた。


( 騎士様、お帰りなさい。 )


月明かりに照らされた美しい彼女は、なぜか…小声だ。アルバが怪訝そうな顔で彼女を見返すと、サーシャは目配せでベッドへと顔を向ける。

ん?なんてアルバもそっちを見ると、あろうことかサカテさんがアルバのベッドの上でスヤスヤと寝ていた。横向きで、とっても幸せそうな寝顔を晒しながら。


( 全く…ベッドはサーシャに譲れって言ったのに…。 )


なんて少々呆れたが、その静かに寝息を立てる穏やかな寝顔を見たら、文句を言う気すらなくなってしまう…。するとすぐにサーシャがサカテを庇うように口を開く。


( ふふっ。彼女も疲れていたのです。お許しくださいね。 )


( うん、そうですね。 )


アルバがそう小声で漏らすと、サーシャは急に胸の前で祈るように両手を絡めた。

思わず彼女に目をやると、ブラウンの大きな瞳をとってもキラキラさせながら、こちらを見ている。

どうやらアルバの服装の変化に気づいたようだ。


( まぁ、アルバ。その格好…どうしたのですか? )


( うん。カナイ村長とこの村の神父様に、餞別でいただいたんだ。…変かな? )


( ううん。とってもお似合いでございます。素敵だわ。…ねぇ、もっと近くで見せてください。 )


サーシャはそう言って、嬉しそうに手招きする。

( あ…ああ。 ) アルバは、照れ臭そうに頭を掻きながら彼女のそばに寄っていく…。と、言っても家の中は干し草で埋め尽くされていたので、土間を超えると彼はそのまま干し草の上に乗った。


「あはっ。とってもかっこいい。剣も2本になったんですね…。」


サーシャは自分の両肩に手を添えてアルバを頭の先から足の先まで見定めると、そう言って破顔した。


「そうなんです。カナイ村長が…えっと…聖剣ガリ…なんとかって剣をくれて…。」


「ガリネリウですね。それは騎士様に相応しい剣でございます。ようございましたね。」


そう溢れるような笑みで褒めてくれるサーシャ。

もう、昨日からどんどん美しくなってるんじゃないかって疑うほどそのお姿は悩ましいのだけど、ふと先ほど、村長さんと神父様が言っていた言葉を思い出してしまった。

そう、あの2人はとっても彼女を畏怖していたように見受けられたからだ。

神父様なんて、サーシャの事をそれこそ世界の希望とまでおっしゃっていたし…。

アルバは、胡座をかきながら枯れ草の上でサーシャと向かい合った。


「ねぇ、サーシャ…さん。聞いてもいいですか?」


思わず”さん付け”にしてしまった。正直、世界の希望さんを呼び捨てにするのは、どうにも憚られたのだ。当然、彼女は表情を硬くした。


「…はい、なんでしょう?」


「サーシャさんは…その…教会の娘さんなのですよね。」


アルバがそう尋ねると、彼女は急に両手を自分の頬に伸ばしてきた。そして、優しくほっぺをつねり始める…。

( いたたっ…。 )なんて顔を顰めると、彼女はグイって顔を寄せてくる。


「はい、ただの教会の娘です。ですから”さん付け”など不要です。」


「む、むしろ、みんなが貴女の事を、サーシャ様って呼んでいるんですけど…。」


アルバがそう言葉で抵抗すると、ますます彼女の美しい顔が近づいてくる。ちょっとでも顔を動かせば、キスしてしまいそうな距離…。チョンと彼女の鼻の頭がくすぐったく、あたる。


「他人など関係ありません。もし、アルバがそのようにお呼びになるなら…私、泣きますよ?」


「な、泣くんですか?」


…この美女が思い切り泣くところを、一度見てみたい気もする…。


「はい。そして拗ねてしまいます。私が拗ねたら…それはそれは大変ですよ?」


なんだろう…この可愛らしい脅しは…って、思った。


「サ、サーシャ。分かった!降参です!」


「ふふっ、騎士様。それで良いのです。」


サーシャはそう言うとゆっくりと顔を離し、やがてほっぺをつねるのもやめて手を下ろした。

そして、何事もなかったように「かっこいいわ。」なんて言いながら、アルバが着用している神父様から貰った銀の鎧を愛おしそうに指でなぞっていく。

その様子に( この人の鷹揚なとこって…俺よりすごいかも…。 )って、思った。とにかくサーシャさんは…とってもマイペースなのだ。

ただ、その時の彼女の顔がこれがまた何とも嬉しそうで、つられるようにアルバの顔も綻ぶ。その彼女の顔を見ていると、( 神父様…この鎧をくれて本当にありがとう! )って、二重で感謝を意を示したものだ。

やがてサーシャは、アルバの新しい服装を一通りチェックすると満足したのか、しばらくしてゆっくりと立ち上がった。


「アルバ、私は夜のお祈りをしてまいります。…すぐに戻りますから、先に寝てはダメですよ。」


「えっ?何処かに行くんですか?」


「ふふっ。井戸のところです。目の前ですから安心なさって。」


サーシャは心配するアルバにそれはそれは嬉しそうな表情を見せながら、静かに家を出て行った。白ローブを緩やかに靡かせながら…。


カタン!って、音がして引き戸が閉まると、アルバはそのまま枯れ草ベッドの上に思いっきり倒れ込んだ。全身の力が抜け、抜け殻状態になったようだった。

…何しろ、今日はとっても疲れた。盗賊一家の戦いから、サカテとの練習試合、旅への決意…一月分の動きを今日1日で全部やってしまったような気分だ。


「ふう…。」


アルバは一度大きくため息を漏らした。

体はドッと疲れているが、気分が高ぶっているのか眠くはない。

額に手を添えてゆっくり目を瞑ってみるが、やはり眠れそうにない…。

そんな時だった。


「おかえり。」


って、ハスキーな声がした。アルバがふとベッドの方に顔を向けると、さっきまで寝ていたはずのサカテが上半身だけむっくりと起き上がっていた。

このサカテさん、とっても可憐なサーシャとは趣が違っていて、マニッシュショートの黒髪で、切れ長のかっこいい目をしている。とってもアグレッシブでどちらかといいとカッコいい女性だ。


「お姫さんは、こんな夜更けに外出かい?」


「ええ。お祈りに出かけられました。と言っても、家の前でされるらしいですけど。」


アルバがそう答えると、サカテはフッ…て、変な笑い方をした。


「君さぁ…そのくそ丁寧な喋り方…似合わない。」


そしてバッサリ…。


「そ、そうですか?」


「うん。あのお姫さんの真似かい?」


「そういう訳じゃないです。まぁ…この通り、育ちが悪いんで。普通に話すと、とっても言葉が汚くなるんです。」


アルバは胡座をかきながら、呑気に両手を広げてそう戯けた。するとサカテは、とっても不思議そうな表情で顔を傾げる。


「ふうん…。というか、敬語なんて誰に習ったんだ?」


「…別に、誰に習ったって訳じゃないんだけど…。」


「君の敬語は、ある意味素晴らしいけどさ。普通にしたらどうだ?」


サカテがそう言って肩を竦めると、アルバは小さく笑って目を細める。そして深く息を吸い込むと、急に大きな声をあげた。


「サカテ!ベッドはサーシャに譲れって言ったろ!全く、チビのくせに!」


いきなりのそのアルバの暴言に、彼女は一瞬だけ目を丸くしたが、やがてケタケタと笑い出した。


「ハハッ!いいねぇ。僕はそっちのアルバの方が好きだな。こっちもズケズケと言いやすいし!」


「フフッ。でも、9つも年上の女性に…さっきみたいな言葉遣いをするのは気が引けます。」


…サカテは、むしろその9つ上って言葉にカチンときたが、ここは大人の対応で抑えた。


「いいんだって!せっかく、一緒に旅をするんだ。お姫さんは仕方ないとしても、君にまで硬い喋り方をされたら楽しくない。」


サカテがそう笑うと、アルバは頬を掻きながら「そうですね。」って自嘲気味に笑った。まだ、あどけなさの残るアルバのそれは、知らず知らずのうちに何やら青春の青臭い香りやら、切なさまで彼女に届けてしまっていた。


「アルバ。旅が怖いのか?」


サカテは思わずそう口にした。まぁ、彼がそう思っても致し方無い事のようにも思える。何せ、初めて村から本格的に出るのだ。だがアルバは小さく頭を振った。


「いえ、旅はとっても楽しみです。ただなぁ…。」


「…なんだ。あのお姫さんの事か?」


彼女が呆れ気味にそう漏らす。

もうその言い方だけで、彼がサーシャの事を思い浮かべているって分かった。

すると、アルバは干し草の上に座りながら、だらんって手を下げ、ふと天井を見上げた。


「ねぇ、サカテさん。貴女は、彼女が何者かって知ってるの?」


アルバは、ふとそんな事を口にした。


「…まぁね。ただ、確証はないんだ。多分、そうじゃないかとは思ってるけど。」


彼女は顎に手を添えて、そう漏らした。するとアルバは「いつもハッキリと物を言うサカテさんにしては弱気なご意見ですね。」って揶揄うような物言いをして、再びベッドの上にちょこんと座るサカテに目を向けた。


「村長さんとか…村の神父さんとかさ。みんなサーシャに”様”をつけて敬うんだ。しかも、世界中の修道士さんが彼女を知ってるとかさ、世界の希望とかさ…言うんだよ。」


「ハハッ…なるほどね。」


「だけど、サーシャにそれを言うとさ。他人は関係ない、俺には呼び捨てで呼んで欲しいって言うんだ。おかしくない?」


「そうだな。」


サカテが若干笑い気味に同意すると、アルバはその事がよほど嬉しかったのか、両手を広げ大げさなジェスチャーまで交えて力説し始めた。


「だってさぁ!俺は、ただの田舎の物売りだよ!なあーーーーにも、持ってないの!」


「くくくっ、そうだね!間違えない!」


「例えばさ!俺がすっごい格好良くて、イケメンで、背が高くて、お金持ちで、英雄コルドバみたいに強かったら…分かるよ。」


「…コルドバは知ってるんだ!」


サカテは苦笑いを浮かべる。自分のムカサ先生と並び立つ英雄の名は知ってるのに、なんでムカサを知らないのかといぶかしんだのだ。だがアルバがコルドバを知っている理由は、たまたま街の人から聞いただけと言う、しょうもないモノだったが。

だがアルバはそんな事は素知らぬ事と、演説なるものを続けた。


「なのにさ…凄く偉い筈のサーシャはさぁ…なんで俺みたいなのにあんなに優しくしてくれるんだろうって…。おかしいし、怖い!」


「まぁ、普通はそう思うよな。」


若干、酔っ払いのようだとサカテは思ったが、彼は彼なりに必死に考えたのだという事は分かる。


「でしょ?いくら呑気で田舎者の俺でもさ、痺れる…と言うか、震えるもの!まだサーシャが実は悪魔とか、物の怪の類っていう方が納得できるもの。」


「悪魔っていうのは、あまりに失礼だな。」


「うん。だけど、俺は彼女の正体を知らないもの!」


「アルバはサーシャが何者か…知りたいのか?」


「う〜ん。知りたいような、知りたくないような…。実は、ずっと迷ってるんだ。…とりあえず村長さんと神父さまには聞けなかったな。」


本当に自分は根性なしだと、アルバは思った。


「でもさ、これからは一緒に旅をするんだ。知ってなきゃダメじゃないか?」


「…やっぱり?」


「当たり前だ!アルバは、お姫さんと旅する道を選んだんだから!」


サカテがそうハッキリと言うと、アルバは彼女を指差して破顔した。


「そう、その通り。もう腹はくくったんだ。」


「じゃ、もうグダグダ言ってないで、覚悟決めなよ。」


「よし!もうグダグダ言わない!」


アルバは自分に言い聞かせるように、そう力強く言葉を言い放つと、ガッツポーズを見せた。そして意を決したように正座をして、サカテの方へ体を向けた。


「よし!サカテ!サーシャの正体を教えてくれ!!」


彼が腹に力を入れ、歯を食いしばり、そう叫ぶ。

するとサカテは、涼しい顔でゆっくりと口を開いた。


「彼女の本名は、サーシャ・ハトホル・カスティリャ。肩書きは、教団最高位司祭で枢機卿。位で言えば世界各国の王よりも格上。世界的権威の”教団”の支配者であるカスティリャ家の一人娘だ。」


…ごめん、知らない単語が多すぎて理解できませんってアルバは思った。


「しかもそれだけじゃない。彼女は500年前を生きた伝説の女神ファティ大司祭の生まれ変わりと評されているんだ。姿形もそっくりで、生き写しだなんて噂もある。…流石に君でもファティ大司祭は知っているだろ?」


「ファティ大司祭…誰それ?」


頭がトンチンカンになっているアルバの為に、サカテはさらに言葉と内容を噛み砕く。


「う〜ん、じゃ、言い方を変えよう。君は世界中どこの教会にもある女神像は知っているか?」


「ば、馬鹿にするな!いくら俺でもそれくらいは知ってる!」


アルバは無駄に胸を張った。するとサカテは人差し指を立てて、アルバに向けクルクルと回し始める。


「ファティ大司祭は、その女神像のモデルとなった女神だ。」


あっ、こういうのが思考が止まるって事ね!って、アルバは生まれて初めてそれを実感する羽目になった。そして、ようやく分かったことがあった。

サーシャの微笑みが、女神像にそっくりだと感じられたこと…。

まぁ言ってしまえば、サーシャにそっくりなフィティ大司祭なる御仁がモデルなら、そりゃそっくりな訳だ。

というか、サーシャは悪魔でも物の怪で見なく、神様だったということねって妙に納得した。


「サカテ、こりゃ、困った。」


アルバはふと、そう漏らした。


「…何が困ったんだ?」


サカテが怪訝そうに尋ねると、アルバは正座しながら腕を組んで答える。


「うちには、神様にお供えするものがない。どうしよう…。」


…もうね、その呑気な彼に、サカテは苦笑いを浮かべるしかなかった。


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