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消えたアカネ


「ハッ!!」


アタナトは慣れないハンモッグの中でいきなり目が覚めた。激しい悪寒と血が湧き上がる「何か」を感じたからだ。慌てて揺られるその寝床から体を起こし周りを見渡す。


「…気のせいか…。」


彼は微かな月明かりが差し込むその部屋を見渡すが、特に異常は感じられない。と、ふとアカネのハンモッグに目をやる。寝る前に少し冷たい態度をとってしまった事を思い出し、彼はハンモッグからそっと降りると、ゆっくりと彼女の寝床に歩く。


「ん?」


だが、そこには彼女の代わりに小さなリュックが置かれているだけで、アカネの姿はなかった。


(トイレにでも行っただろうか…)アタナトはそう思うと、部屋から出て、建物の中庭にあるトイレへと様子を見に行くことにした。背中の悪寒は消えていたが、なぜか血の騒ぎは収まる気配がない。

廊下とは名ばかりの布を貼ってできた道を進む。やがて、布が開けると小さな中庭が見えてその中央にトイレがあった。

だが、トイレを隠す布は開かれていて誰も使用している者はいないようだ。


「おかしい…。行き違いにでもなったのか。」彼はそう呟くと慌てて部屋へと戻る。だが、やはりアカネの姿はない。そもそも部屋からトイレまでは一本道で行き違いになる事などあり得ない。アタナトは慌てて彼女のハンモッグに置かれたままになっていたリュックの中を探る。そこには、アタナトが彼女に贈った小物入れや手紙が大切に入っていたが、唯一去年の誕生日プレゼントした「財布」が入っていなかった。


「まさか!?外に出たのか!?」


アタナトは目を丸くして思わず声を出してしまった。ここは、ロハンやルンではない。女性が夜中に出るなど自殺行為に等しい。その声を聞いたベルトランと魔術師のラメレスもハンモッグから体を起こした。


「アタナト、どうしたんだい?」


ベルトランが目を擦りながらそう尋ねると、彼は小さく首を振り顔を落とした。


「アカネが…街に出てしまったようだ。」


「えっ?こんな夜更けに?」


ラメレスはアタナトの言葉に、驚いてそう尋ねる。アカネは気は強いが、戦いとなると少し槍術が扱える程度の女の子だ。魔術が使えるラメレスや、ましてや狂戦士のベルトランとは比べるべくもない。


「財布がない…。おそらく腹がへって食事にでも行ったのだろう…。」


「ちょっと、私、見てくる!」


ラメレスはそう2人に話すと魔術師の杖を手に、大慌てで外へと飛び出していった。



ラメレスが外に飛び出すと、夜更けの町は真っ暗だった。彼女は微かに漏れる月明かりを頼りに進む。(こんな事なら、カルロスに見張らせておくんだった…)彼女はそう言って唇を噛んだ。カルロスとは、彼女たちの友である精霊人の名前だ。理を知らない人間は、彼らのことを魔人と言って恐るが魔術師たちにとっては、大切な友である。

アカネの破天荒と無謀さにラメレスはとっくに気付いてはいたが、今回の旅は彼女の騎士であるアタナトと、狂戦士ベルトランが共にいる。よもや不足の事態など想定していなかった。


彼女とその仲間には、自分たち姉妹とアンドレという少年を助けて貰った恩がある。ラメレスは、姉のレイアと話し合い彼らと共に歩むことを決めていた。

そして今回の旅には、彼らの頂であるアルバとサーシャにアカネが「ラメレスも連れて行きたい!」と懇願していた。それは、彼女が如何に自分を信用しているかの証である。そして、彼女はラメレスに、「旅は楽しいわ!いつも新しいことの連続でウキウキするのよ!」と何度も熱心に誘ってくれ、今、彼女はここにいる。

魔術師という狭い世界で、フォスナとエディアしか知らなかったラメレスは、たったロハンからここロフテンの工程の旅でも驚きの連続で楽しかった。いままでは、宿命という重圧の中、苦しい軍との行軍とは違い、アルバとサーシャの仲間たちの旅はいままで感じたことがないほどの生きる楽しさを彼女に届けている。


(あのバカは何処をほっつき歩いてるのよ!)


ラメレスは、あたりを伺いながら走る。もう深夜だ。この街でやっている飯屋など見当たらない。彼女は大通りを探すのを諦め、裏通りへと入っていく。そこは、もう人っ子ひとりいない寂れた住宅街だ。だが、彼女はわずかな手がかりを求めて走る。アカネはイエローのワンピーズを着ている。暗がりでも目立つはずだ…ラメレスはなるべく道の隅を進む。と、寂れた裏通りの角を曲がったところでいきなり


「魔術師さ〜ん!見〜つけたぁ〜!」


と後ろの方から声がした。その静寂の闇の中から突然発せられた声に、ラメレスは慌てて振り返る。全く気配がしなかったからだ。ラメレスはその声の主の姿を確認すると顔を驚愕させて、叫んだ。


「せ、聖騎士!?」


そこに立っていたのは、白い法衣で身を包み暗剣と聖剣を構えたひとりの女が立っていた。顔は真っ白で髪はボブの黄金色だ。赤いラインが白い法衣にはいっていて鴬と文字で書かれている。間違えなく聖騎士だった。

聖騎士は、魔人と呼ばれる精霊人の天敵だ。それは当然、精霊人を操る魔術師にも当てはまる。


「でもおかしいわねぇ〜。黒い法衣は着てないし〜、目も黒くないし〜」


その女は呑気に、ラメレスを見ながらそう惚ける。だが、その体からは恐ろしいほどの殺気を放っていた。彼女が「見つけた」と言った以上、魔術師である自分を探していたことは明白だ。ラメレスは、素早く魔術師の杖を掲げ、杖の先に仕込まれた「石」に祈りを捧げ、狼狽しながら話しかける。


「わ、我に、なに用か!?」


「はぁ〜?お嬢ちゃんはなに言ってるの?私は、お前らを狩る専門の集団よ。用なんて決まってるじゃない〜」


その女聖騎士はそう話すとゆっくりと近づいてくる。もちろん聖騎士は、逆立ちしてもラミレスでは手に負えない。相手は、世界最強の騎士団の一員なのだ。精霊人のカルロスやジンを呼んだとしても結果は同じだ。


「わ、我はサーシャさんに降った。」


ラメレスは必死に教団の敵でないことをアピールするが、彼女の歩みは止まらなかった。


「はぁ?そんなことは私は知らないわよ〜。女神がここで証言するなら信じるけどねん。」


その女は2本の剣を十字に構えながら、呆れた様子でそう話す。(…これは、話の通じる相手ではない。逃げなければ…)ラメレスの心がそう叫ぶ。だが、ここまで捕捉されて聖騎士から逃れる術はない。


「安心して。一瞬であの世に送ってあげるから。痛くしないわよ。」


そう不気味に微笑むその女に、ラメレスは今の自分が発揮できる最大限の「風」の精霊の力を発生させる。漆黒の闇夜に、黄緑の光が灯った。それは、人くらいの大きさの竜巻だった。だが、予想通り聖騎士は全く怯まない。


「可愛い竜巻ね〜。そんなんで大丈夫〜?」


その女聖騎士はそう問うと、ラメレスに一直線に向かってきた。その女は、ラメレスが作り上げた竜巻を暗剣で一瞬で吹き飛ばすと、ひとっ飛びでいきなりラメレスの間合いに入ってきた。


「ひっ!?」


聖騎士の殺意たっぷりの微笑みが、突如ラメレスの目の前に現れる。それはまるで時が止まったかのようだった。ラメレスはまるで自分の命を諦めたように目を閉じる。(姉さん…助け…)突然、ラメレスの頭の中に姉のレイアの顔がよぎる。


次々と顔が巡る。


母親。


子供の頃の友達。


多くの魔術師たち。


そして


アカネ


サーシャ


ベルトラン…


その時、ラメレスはベルトランの刺青だけがはっきりと見えた。


「バイバ〜イ!」


聖騎士が暗剣を振り上げた瞬間、突然地面が盛り上がり大地が揺れる。そして、何かが疾風のように走ったかと思うといきなり、


キーン!!


と、金属同士が大きく弾かれる音が響き渡った。


「えっ?」


聖騎士の斬撃が届かず、頭を抱えていたラメレスは恐る恐る目を開く。と、目の前に白い髪と刺青が一瞬目に飛び込んだ。


「ベ、ベルトラン!?」


ラメレスがそう叫ぶか否や、突如あらわれたベルトランは暗剣と短い聖剣を激しくその聖騎士に打ち込みながら、相手をラメレスから下がらせた。その速さは、ラメレスにはどう説明もつかない人智を超えた所業だ。


「ちょっ、ちょっと!?」


さしもの聖騎士も、同じ「意志の力」を使える狂戦士の登場に、下がらざるを得なかった。その女聖騎士は、ベルトランから十分間合いを取ると、顔を顰めて文句を言った。


「もう〜!危ないじゃない!!」


「そりゃ、どうも!」


ベルトランは、いつもの前傾姿勢で2本の剣を構える。それはまるで猛獣が狩りをするようなスタイルだ。


「なんだぁ〜。ガクヒに虐められてた狂戦士じゃん〜!」


「…。」


「あんたさぁ〜聖騎士、怖いんでしょ〜?」


女聖騎士は、相手がベルトランである事を確認するとニヤニヤしながらそう話す。確かにベルトランは、若いころガクヒという聖騎士に攫われ、聖騎士として強引に育てられていた過去がある。ベルトランはその後、その男から逃げていたが度々見つけられ、常に命の危険に晒されていた。


「あはは。びびってる?びびってる?今度は私が虐めてあげるよ〜」


動かないベルトランを見て、その女聖騎士は揶揄うようにベルトランを脅す。ベルトランはそれでも、動かずただ冷静にその女聖騎士を見つめる。


「…てめぇは誰だ?」


「へへ。聖騎士のゼノビアよ〜。」


「んじゃ、ゼノビアさんよ。言いてぇ事はそれだけかい?」


そう話すとベルトランは急にニヤリとした。その顔を見た女聖騎士ゼノビアは急に真面目な顔になる。


「なによ、その顔!聖騎士崩れが生意気に!」


「けっ!シングルナンバーならいざ知らず、てめぇには負けねぇよ!バ〜カ〜!!」


「はぁ?あんた、また聖騎士の標的になりたいの?」


聖騎士ゼノビアは全く聖騎士を恐れないベルトランを見ながらそう脅した。聖騎士を敵に回すことは、現在23人いる聖騎士全てを相手にすることと同じだ。そのことは長年、聖騎士に付きまとわれていたベルトランが一番わかっている。だが、ベルトランは一切怯まなかった。そればかりか、ゆっくりとゼノビアに歩み寄る。


「悪りなぁ。こんなあたいでも、仲間が出来たんよ。聖騎士なんざぁ、もう怖くねぇな…。」


「はぁ?あんたの仲間なんて聖騎士に…」


「来るなら来てみろよ?あたいには、にいちゃんと女神さんがついてんだ。死ぬのは…おまえら、聖騎士だ!!」


ベルトランはそう叫ぶとそのまま一気にゼノビアの間合いに飛び込んだ。


「くっ!?」


ゼノビアはその突然のことに驚いて、慌てて聖剣で彼女の一撃を受けとめる。ガキーン!!と鈍い音がこだましたが、力の差がありすぎゼノビアはそのまま数mも飛ばされた。


「な、なんでよ!!」ゼノビアの驚きの声が響き渡った。


以前戦ったガクヒは、聖騎士のナンバー8だが、このゼノビアは20だ。ベルトランはその事を「意志の力」で感じ取っていた。元々聖騎士のエリートに鍛えられていたベルトランにとっては、いくら相手が聖騎士とはいえ、十分に勝利できる格下だった。


ベルトランは、飛ばされたゼノビアにも容赦せず次々と襲い掛かる。ガクヒのように相手を恐れさせるオーラを解放できないゼノビアは必死に剣で応戦するが、ベルトランは、常にアルバやサカテ、フィルファのジャンと競っている。その攻めは常人では、見ることもできないほど鋭い。やがてゼノビアから余裕の表情は消え、苦渋の顔が浮かぶ。


「くそっ!獣が!!」


ゼノビアは、もはや鋭いベルトランの攻めを受けきれなくなり、腕から飛び出した血が空中を舞う。そんな時、いきなり彼女を風の精霊が起こした竜巻が襲った。


「こんな時になにっ!!」ゼノビアは慌てて、その精霊の力を吸収する暗剣をかざそうとしたが、間に合わなかった。


「ぐぁっ!!」


その女聖騎士は、竜巻に巻き込まれ空中に飛ばされ全身を切り裂かれようとしていた。「こんなもの!!」ゼノビアは何とか意志の力でその風の力を間一髪吹き飛ばしたが、そのまま大地に激しく倒れこんだ。


聖騎士が、膝をついた瞬間だった。



その風の精霊の力をぶつけたのは、ラメレスだ。悠然と魔術師の杖を掲げ、一瞬の隙をついた。


「おまえ、やるじゃねぇか!」


ベルトランは満足そうにラメレスを見ると、手を上げて感謝する。そして、顔を聖騎士に向け地面に転がるゼノビアを上から見下ろした。


「どうした?聖騎士さんよ。」


「のら犬が!!覚えておれ!!」


「教団の家畜が、なんだって?」


ベルトランがそう凄むと、ゼノビアは一瞬で宙を舞い、炎を起こすとそのまま漆黒の闇に消えていった。

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