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アルバの思惑

アルバが目覚めたのは、サーシャとサカテが”魔法話”でバチバチしている最中だった。

サカテさんのそれは、まるで急かされるように誰かに強引に目を覚ませられた様な感じだったが、こちらアルバの方は心地よい陽だまりの中のよう…。

( …っん? )

その感じた事がない様な目覚めに、アルバは目を擦りながらそっと辺りを伺った。

何しろ、とても柔らかなものに包まれ、花の様ないい香りもして、まるで春の草原の上、咲き乱れる御花畑で身を預けたまま起きた…そんな錯覚に陥ったのだもの…。


そしてその理由はすぐに分かった。

云々、自分はサーシャの膝の上に頭を乗せている…。


そりゃ気持ちよくて当たり前だ。

サーシャの純白のスカートのようなズボンのような布ごしからも彼女の仄かな体温のぬくもりが伝わってくるし、優しい甘い香りも、澄んだ声も…無数の紡ぐ糸が自分の五感の全てを持っていかれる様な感覚に陥ってしまうのだもの。

…できれば、許されるまで起きたくない…なんて思ったりもした。

彼女は師匠のものなんだけど…今はいいやって。


…だけど朧げにサカテの声も耳に入っきた。云々、とってもハスキーな声のサカテさん。

( そうだった…。あの人もいたんだっけ…。 )

って、目を見開く。

だとすれば、起きなければ!って思った。さすがに他の女性がいるのにサーシャに甘えている様など男としては恥ずかしい…。

やがてアルバがわざとらしくゆっくりと目を開けると、彼を膝の上にのせていたサーシャがすぐにサカテとの会話をやめて、アルバの顔を嬉しそうに覗き込んできた。

彼女の長い黄金色の髪が自分の頬を優しくさすり、くすぐったいが心地いい。


「アルバ、おはようございます。」


まるで女神様のような温かな笑み、透き通るような声…。


「んっ…んん。サーシャ?」


「はい。サーシャです。」


「あれ?俺は、何をしてたんでしたっけ…。」


「アルバは私を置いて、夢の世界に勝手に旅立ってしまわれたのです。」


そう言って、クスって笑うサーシャ。

もうね、その笑顔がとてつもなく可愛い。足をバタバタさせたくなるほど可愛い。

思わず顔を真っ赤にして、ただただ見つめてしまう…。

そんな時だった。


「幸せ少年!おはよう!」


なんて軽い声が飛び込んできた。

慌てて顔を向けると、サーシャと向かい会う様にサカテがちょこんと座っていて、自分を見下ろしていた。…表情はとっても意地悪だったが。


「大好きなお姫さんの膝の上の居心地はどうだい?」


「ちょっ、あんた、何言うんだ!」


彼女の揶揄う様な声と、とんでもない言葉を聞いて慌てて立ち上がろうとするが、それはサーシャに止められた。


「アルバ。まだ動いては駄目です。もう少しこうしてなさいね。」


彼女の美しい手が自分の肩にそっと添えられ、優しいお姉さんみたいな声が届く。

アルバは一気に心が落ち着いていくのを感じた。

とともに徐々に記憶が蘇っていく。

断片的に…その場面が頭をめぐる。

そうだ…俺はサカテと模擬戦をしていたんだって。

相手にもならず、ケチョンケチョンに遊ばれた事。

…そして、急にサカテがサーシャに刃を突きつけた事。

我を失い、彼女に斬り込んだ…そこまでは、覚えていた。


「と、いうかこれはどういう状況なんですか?サーシャは…大丈夫なの?」


やがて最前のことを思い出したアルバは心配そうな表情でサーシャにそう訴えた。

何しろ彼女を売り飛ばそうとした張本人が目の前にいるのだ。


「フフッ、勿論ですわ。今回も騎士様は私を守ってくださいました。」


サーシャは嬉しそうに頷きながらそう口にすると、すかさずサカテが口を挟む。


「アルバ。君は心配する相手を間違っている。」


「えっ?…それはどういうこと?」


「君の一撃で僕は大怪我を負ったんだ。」


「はっ?」


「だから、そのお姫さんじゃなくて僕の心配をしてほしいもんだな。」


サカテはそう口を尖らせると、大げさに右の脇腹を抑えた。…特に包帯などは見えないが、どうやら彼女はその場所を痛めているようだ。だけど、アルバには全く身の覚えがない。寧ろ、練習試合とはいえ途中までこの小さな槍使いに自分はボコボコにされていたはずだ。


「俺が…サカテさんを?」


情けない声で確認するようにそう問いかけた。


「そうだ。」


「…信じられません。」


「いいかい?君は、剣に関して技も心も体も全くなっていないのに、このお姫さんを人質に取った途端、急変して僕に襲いかかってきたんだ。そして僕は大怪我を負った。」


「…意味がわからないんだけど。」


「僕だって意味が分からない。こう見えても僕はサイの国ではそれなりに有名人でね。いくら練習試合とはいえ、どこの馬の骨かも知れぬ君に負けた事は非常にショックだ。プライドも傷ついた。」


サカテは、無表情に淡々と言葉を続ける。


「とにかく、君は僕に奇跡とはいえ勝利したんだ。ちょっとは自信を持っていいと思うぞ。」


「はぁ…。でも覚えてないので実感が…。」


頭を掻いてそうぼやく。いやはや、本当にそんな実感はない。

何しろ勝負を始めた当初は、彼女にかすりもせず、ずっと遊ばれていたと記憶していたからだ。

とてもではないが、あそこから大逆転するなんて想像すらできない状況だった。


「やっぱ覚えてないみたいだ…」


やがてなんとも照れ臭そうに頭を捻っている自分を見て、サカテは大きな溜息を落とす。


「どうも俺は覚えるのは苦手みたいで…。」


アルバはすぐにそう返す。

それは一年以上前の記憶を失っているアルバの自虐ネタ。

その呑気な言葉に彼女はサーシャとともに大きく笑ったものだ。





その後、記憶が飛んでる自分に、全てを見ていたサーシャが先ほど起こった出来事を詳しく話してくれた。それはそのほとんどがサカテが話してくれた事と同じで、サーシャを攫うと宣言したサカテに自分が豹変して襲いかかり、この小さい槍使いに怪我を負わせてしまった…というものだった。


「サカテさん…。本当に申し訳ございませんでした。」


アルバは名残惜しそうにサーシャの膝から体を起き上がらせると彼女の横に腰を下ろし、素直のそう言って頭を下げた。

まぁ演技とはいえサーシャを攫おうとしたのだから自分は悪くないとも思えるのだけど。


「まぁ、いいよ。僕も君を騙したのは事実だし、このくらいの怪我は日常茶飯事だ。」


「本当にすいません。…まだ、痛みますか?」


「ハハッ。大した事はない。」


サカテはそう言って、苦笑いを浮かべる。

だけど、顔は引き攣ったままだし、額に汗も見える…アルバはなんとなく彼女が強がっているように見えて、ふとサーシャに目を向けたが彼女は小さく首を横に振った。


「サカテさんは騎士様の一撃を受けたのです。無事ですむはずもございません。ですが、手当はしてあります。明日には痛みも引きます。」


「サカテさんの手当をしてくれたんですか。…ありがとうございます。」


「そんな…大した事はしておりません。」


サーシャは小さく手を振りながら、恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。すると2人の正面に座っているサカテが脇腹を抱えながらアルバの目を見据えた。

…何か、これまでと違いとっても表情が真面目で硬い。

思わずアルバも背筋を伸ばし、ちょっと身構える。…なんとなくだけど、嫌な予感はする。


「アルバ。一つ、聞いてもいいか?」


そう言ったサカテの低い声が、また一段と重く感じた。アルバは戸惑いながら頷く。


「う、うん。」


「君はこの村の生活に満足しているのか?」


「…いきなり、どうしたんですか?」


アルバは怪訝そうに彼女の切れ長の目を見返す。いきなりの大きそうなテーマにますます身構えた。

すると彼女は顎を引いて、自分の目をまっすぐに見つめてきた。


「アルバ。君は強くなりたいと言ったな?」


「えっ?…ええ。」


「どうだ?僕と武者修行の旅に出てみないか?」


そのサカテの言葉に、一瞬思考が止まった。

旅に出る…?武者修行?

それはとっても魅力的なお誘いなんだけど、あまりに急すぎるし、そもそも何でそんな事をこの小さな槍使いが言い出したのか疑問が募る。

何しろ彼女とは昨日お知り合いになったばかりだし、そもそも縁もゆかりもまるでない。

助けてくれた恩人ではあるのだから信用できないって訳じゃないけれど、最初から怪しさ満点の御仁だ。

僕はいろんな事が頭の中を錯綜していて目をパチクリしながら彼女を見るだけ。とてもではないが、すぐには言葉が出なかった。


「どうした?旅に出るのが怖いのか?」


でも彼女は半身をグイって前に出し迫ってくる。


「…あ、いえ。そういう訳では。」


「ではなぜ躊躇している?」


まるで自分を責め立てるように、サカテは鋭い目を自分から離さない。

( せっかちな人だなぁ…。 ) なんて思いながら、頬をかく。何せ自分は、しっかりと考えて結論を出したい側の、呑気の人間なのだ。


「し、しかし…。そんな事、急に言われても。」


「いいか、アルバ。生き方を変える時ってのは、急にやって来るもんだ。この世の中、準備してからとか、気持ちを決めてから…なんて言っていたら永遠に前へは進めないぞ?」


まるでアルバの心の中を知っているかのように、サカテは小言を口にした。


「でも、知り合いとか…いろんな人の許可とかとらないと…。」


「…いろんな人って、誰だ?」


「村長さんとか、村の神父さんとか…えっと…あっ、あと叔母さんとか!」


手をサカテの前に差し出して指折り数える…のだが、それ以上どうにも出てこない…。

そしてそれを聞いたサカテさんはすっかり呆れ顔。おまけに大きな溜息までご丁寧につけてくれた。


「はぁ〜…3人かよ…。まぁ、君ならそんなもんだろ。」


「…どういう意味ですか?」


「君は親なし、兄弟なし、友達すらいない。そうだろ?」


サカテがそう漏らすと、すかさずサーシャが「ちょっと!サカテさん!それは言い過ぎです!」って口を挟んできたが、彼女はそれを手で制してアルバに言葉を続けた。


「それどころか知り合いすらほとんどいない。違うか?」


「…確かに。」


アルバが手をポンって叩いて大きく頷く。その呑気な態度にはサカテばかりでなく、サーシャも思わずクスって笑っていた。


「君は、金を稼ぐために…ご飯を食べるためにここに縛られているんだ。旅に出たら、お金をどうするかとか、飯や寝る場所を心配なんだろ?」


「…その通りです。」 …間違えない。


「その年で、そこまで現実的な事を考えられる君を尊敬する。さすが一人で生きてきた事だけはある。だけど君は、70や80のおじいちゃんじゃないだろ?君がここで生きてこれたなら、どの場所でも通用する。何故なら君はここで生きる術は学んでいるからだ。」


「そ、そんな…俺はただ普通に生きてるだけで…。」


アルバがそう口にすると、サカテは人差し指を立てクルクルと回し始めた。


「話を聞くにつけ、君は素朴な少年のふりをしながら、中々に…したたかだ。鉱山で高く売れる石の噂を聞いてすぐに商売の絵をかけた。そして、唯一の血族である叔母さんを利用することさえ、すぐに思いつき、商売を始めるのだから。」


うっ…。ぐうの音も出ないとはこの事だ。ただ、サカテはそこから少しだけ表情を崩した。


「勘違いしないでくれ。僕は君を責めてるんじゃない。むしろ賞賛している。身寄りがない16歳の少年がこの世をで真っ当に生きていくにはそれしかない。必死に、正しく生き抜こうとしている証しだ。」


「はぁ…。」


「だが、人にはそれぞれ生まれてきた意味がある。だがそれは、人から与えられるものではない。自分の足で探して掴むものだ。…君の神から与えられた使命は、ここで石を売る事か?」


「え、えっと…。」 …正直、そんな難しいこと考えた事もない。


「君は、昨日まで真面に剣を握った事もないというのに…盗賊たちから一人の女性を守りきった。そして、英雄ムカサの一番弟子の僕を…君は打ちのめした。」


サカテは自らの黒装束の襟を少し引っ張った。実を言えば、それはムカサの元で師範と認められたものだけに与えられる名誉ある装束だ。つまるところ、君はこれを着た自分を倒したのだと言いたいのだろう。サカテはアルバから目を離さないで言葉を続ける。


「そんな君の使命が、石拾いの商売人だなんて…とても思えないんだけどな。」


それは、また驚きの言葉だった。まさかこの小さな槍使いが自分をここまで買ってくれていたなんて思わなかった。というか、一度戦ったり見たりしただけで、人の可能性なんてものがわかるのだろうか…。


「………。」


「ただ、これだけは知っておいてくれ。君はそもそも戦い方の基礎が全くなっていない。強くなりたいなら、まずはそこから学ばないとダメだ。」


「それは…痛いほど分かっています。」


アルバがそう言うと、サカテは小さく頬を緩めた。


「僕についてくれば、戦いのイロハは教えることができる。知り合いに剣の達人もいるから、剣も学べる。…どうだ?」


「どうと言われても…。」


戸惑いながらそう漏らすと、彼女はゆっくりと左手を伸ばしてアルバの肩に添えた。


「君は、このお姫さんを守りたいのだろう?」


…それを言われると、困る。…非常に困る。アルバはゆっくりと、その当の本人であるその美しい女に目を向け、口を開いた。


「ですけど…俺はサーシャを鉱山に案内しなくてはならないので…。」


まぁ、単にサーシャから離れたくなかった。もしサカテと剣の修行をするとしても、恐らく何年もかかるだろう。それにどうせ旅をするなら断然サーシャの方がいいに決まってる。

するとサカテは、待ってましたとばかりに顔をニカってさせた。


「それは残念だな。このお姫さんも僕と一緒に行くのに。」


「はぁっ!?」 …正直、目が点になった。


「まぁ、もう二度と会う事もないと思うけど、この村で平和に暮らしてくれ。」


サカテが手をひらひらとさせて、とっても意地悪な顔でせせら笑う。

いやいや、何を馬鹿なことを言ってるんだと、こっちは大慌てだ。


「ちょっと待って!そ、それじゃ、話は違ってくるよ!」


「何がだ?」


「お、俺はサーシャに誓ったんだ。本物の騎士様に会う日まで、彼女を守るって!」


自分の胸をバンって一度叩く。

まぁ若干、自分で言ってて胸が痛むが、それは紛れもない真実だ。何も持っていない自分がサーシャの側にいるには、そんな事しか理由が浮かばない。

するとだ。

サカテは、急にアルバの隣に座っていたサーシャに目を向けた。そして、何やら親指を立て、目配せまでしている…。

アルバは恐る恐る横にいるサーシャさんに目を向けると、彼女は…破顔していた。


「アルバ。では、私と共に旅に出ていただけるのですか?」


「も、勿論です。そう約束しました。」


「本当に?嘘つきませんか?」


「本当です!」


もう、そこだけはハッキリと言い切った。

するとサーシャは、一度その美しい顔をとめた。まるで、そこに大きな驚きと悦びがあるように。

だが、やがてその美しいブラウンの瞳に溢れる大粒の涙が浮かんできて、つう〜ってキラキラの柔らかな宝石みたいな涙が頬を伝って行く。

悲しい涙…では、ないことはアルバにも分かった。

それはきっと感極まった涙だ。今までずっと我慢していた涙にさえ思えた。

アルバはその絶世の美女の涙ですぐにその訳を探った。そして一瞬でその解答が頭に浮かぶ。


…とりあえず、これで彼女は安心して、師匠なる人物を探しに行けるのだな…と。


何しろ、使えるのか使えないのか未知数の自分だけでなく、槍使いとしてそれなりの腕をお持ちのサカテさんも一緒だ。まぁ、本当なら役立たずの自分などいらないのだけど、それはサーシャと離れ離れになってしまうので、とりあえずは内緒だ。


「お姫さん、良かったな。」


ただ、そう漏らしたサカテの言葉だけは、何故だかとっても気にとめてしまったものだ。



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