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旅立ちの朝



ルンの大通りが見える。


その通りは、ルンの正門から修道院まで真っ直ぐ伸びている道で、経済が発展したこの街らしく多くの人や荷車でごった返していた。道を囲む多くの店には、買い物や商売人や職人が溢れ常にガヤガヤと人々の声が聞こえる。


「…あれ?なんだっけ…」


アルバはその懐かしい光景に思わず声を漏らした。そして彼の目の前には、イワミ山で採取したと思われる綺麗な石が幾つも並べられた棚があった。(懐かしいな…)アルバは思わずそう思いながら表情がほころぶ。


「アルバ!今日は天気もいいし、頑張って売るのよ!」


と、横から中年の女性の声が聞こえる。アルバが不思議そうに振り返ると、其処にはアルバの金を持ち逃げした叔母のダニエロが気怠そうに口を尖らせて立っていた。


「お、おばさん!?」


「な、なんだよ、この子は大きな声出して…。」


「無事だったんだ…良かった!」


「は?訳わかんない事言ってないで、ちゃんと働きな!」


ダニエロは不機嫌そうにそう彼に怒鳴ると、大きな体を揺らしながら、横にある自分の店へと帰っていく。アルバは呆然として彼女の後ろ姿を見送ったが、ふと自分が以前の粗末な布の服を着ていることに気づく。背中には、いつも背負っていた黒剣もない。アルバは慌てて出店から飛び出して、道からその出店を眺めてみた。


「あらま…。」


そこには、彼が2年前に働いていた木で組んだだけの粗末な出店が、ポツンと立っていた。周りをキョロキョロと眺めていると、古い白石の建物がチラホラと目に付く。どうやらこのルンは、ロハン軍に攻め込まれる前のようだ。


(時が戻ってしまったのかな…それとも、なにか夢でも見てたとか…)


アルバは、なんとも情けない顔で脱力感を感じながらゆっくりと自分の出店に戻った。彼は出店に奥に置いてあった腐った木箱にそっと腰を下ろすと、ふと空を見上げた。何かなにも力がわかない。アルバは目を閉じていつものように神経を集中させてみたが、黒いオーラは現れなかった。


(夢か…。つーか、夢であることの方が普通か!)アルバは夢の中の2年間を振り返ると、そう思えた。いきなり知らない美女に連れられて、あなたは私の騎士ですと告げられて、魔法やら魔人やら英雄やらに巻き込まれて世界中を旅していたなんて…と。悪い冗談だ。

アルバは、ふと腰にぶら下げていた巾着に目をやるとそっと開けてみた。本当ならジャンにバイト代で貰った銀貨がもう一枚残っていたはずだった。だが、その中のコインは音も出ない粗末な銅貨が数枚入っているだけだった。


(夢か…。にしても妙にリアルな夢だったな…。)アルバはそう思い立つとそっとその銅貨を大事そうに巾着に仕舞った。目の前の道路を見ると知らない人が忙しいそうに彼の目の前を行き来している。(するっていうと、ジャンやサカテ、モモとも会っていないのか…つうか、この世にあんな連中いないかもしれないしな)アルバはそう考えると自嘲気味に笑う。


ふと目の前を美しい町娘が横切った。


その横顔を見てアルバはハッとサーシャを思い浮かべた。この世のものとは思えないほど、美しく優しかった黄金色の髪をもつ女神…。だが、アルバからすれば彼女こそ幻の存在に感じられた。あんな美しく心やさしき女性が…いるわけがない。





と、店に人の気配がした。アルバが慌てて顔を上げると、そこには、よく知る人物が体を屈めながら、棚に並べてあった石を興味深そうに眺めていた。


「サ、サーシャ!?」


その黄金色の髪をおろし美しく優しい笑みを湛え、白ローブを羽織った姿は間違えなく彼女だった。しかしアルバが彼女の名を呼ぶと、サーシャは不思議そうな顔でアルバを見返してくる。


「どこかで…お会いした事ありましたか?」


「へっ?」


彼女の問いにアルバは、情けない声を出してしまった。しばらくサーシャはアルバの目を見ていたが、首を横に2〜3回振るとあの時と同じように青い石を手に取った。


「これ、いただけますか?」


サーシャはその石を美しく長い指でなぞると、アルバを見ようともしないでそう尋ねてきた。


「あ、はい。」


アルバは彼女を見つめながら、無意識の内にそう応えていた。だがそれ以上、声が続かない。彼女の吸い込まれそうな美しいブラウンの瞳を見ていたら口が開かない。やがて、サーシャは何も言葉を言わないアルバを不思議そうに見つめ返すと


「…えっと…おいくらですか?」


と尋ねてきた。それは普通の口調だったが、いつもサーシャの愛を一身に受けてきたアルバにとってはとても冷たい言葉に感じられてしまった。なにか…背中に冷たい汗をかいているのを感じる。


するとサーシャの横にスッと背の高い精悍な男が現れた。アルバが慌ててその男に目をやると、その男は白い法衣を身に纏い、背中に黒い大剣を差している、いわゆる聖騎士だった。


「サーシャ、どうした?」


「シアン。これ、見て。」


サーシャはそのシアンと呼ばれた男に、嬉しそうに手にとった青い石を見せて微笑んだ。アルバはその2人を見て、思わず意識が飛びそうになった。つい先ほどまでは、これまでの事が夢であった事を認めそうになっていたが、サーシャが現れた瞬間、何かが弾け飛んだように心がざわついた。


「これでね。シアンのネックレスつくってあげます。」


「はは。そんな邪魔なもん、いらねーよ。」


「バカですね。私とお揃いにするんですから、ちゃんと付けて貰いますからね。」


楽しそうに話す2人を見てアルバは声が出なかった。その場所には確かに…自分がいたはずだったからだ。その笑顔が向けられていたのは、間違えなく自分のはずだった。足がガクガクと震えだした。女神の騎士の血が激しく目の前の出来事を否定する。(これが…現実なのか…)アルバは体を固めながらそう思うと、ますます心臓の動きが早くなる。


自分は只の物売り…


金も力も何ももっていない…


相手は世界最大の権威 教団の最高位の司祭…


世界中の修道士から愛される女神…


体が…沈んでいく…錯覚に襲われる。まるで悪夢を見ているように…沈んでいく。足が地面にめり込んでいく…。



ツゥーン…水が…堕ちる音が耳に響いた。



「アルバ!アルバ!」


「ん…?」


何かから引き戻されるように、アルバの目線が開けていく。女神の…サーシャの悲痛な声が聞こえる。やがて、白い靄がゆっくりと晴れてゆき黄金色の髪の色がゆっくりと幻の中から現れた。大きなブラウンの瞳。美しい白い肌。優しい、心配そうな声、顔。目の前にふわっと現れた、サーシャの顔。


「サーシャ!!」


アルバは思わず目を見開き叫んだ。アルバの意識が現実世界に戻ると、そこはいつものロハン城のアルバの部屋のベッドの上だった。


「だいぶ、魘されてました。大丈夫?」


「あ、ああ。」


いつものサーシャの声を聞くと、アルバは落ち着きを取り戻した。全身汗をかいているのか体が濡れている。サーシャはいつものようにアルバを包み込むように抱きしめていてくれ、アルバは心地よい温かさを感じ、力を抜いた。


「サーシャ…。」


アルバがもう一度彼女の名を呼ぶと、サーシャはいつものように彼にしか見せない微笑みを見せて、アルバの髪を撫でた。その顔を見上げたアルバは、いても立ってもいられなくなりそのまま女神の胸に顔を埋め彼女を強く抱きしめた。


「まぁ…。起きて早々、女神の騎士が甘えん坊ですか?」


「はは…。」


「お水、持って来ましょうか?」


「いや、いい。」


アルバは喉はカラカラだったが、今はサーシャから体を離したくなかった。彼女に包まれていると、アルバは徐々に気持ちに余裕が生まれ、先ほどの夢を冷静に振り返る。(なにか…悪意を感じる)アルバの意志の力がそう告げていた。


「怖い夢でも見てたのですか?」


「ああ、この世の終わりを見た!」


アルバは彼女の言葉にそう応え、悪戯っぽい笑顔を浮かべた。サーシャはその言葉を聞いて、思わず心配そうに彼の顔を覗き込む。


「え?どんな夢だったんですか?」


「あはは。えっとねぇ…」


アルバは正直にサーシャに夢のことを話し始めた。時代が2年前に戻っていて、サーシャは別の騎士を連れていてその男の名は「シアン」だった…と。


サーシャは暫くキョトンとアルバの話を聞いていたが、やがて美しい顔をクシャクシャにして大きく笑い出した。


「あははは。アルバ、面白いです。フフフッ。」


「笑いごとじゃない。さっきも言ったろ?この世の終わりだって!」


「それが、騎士様のこの世の終わりですか?貴方はどれだけ私のことを好きなんですか?」


サーシャはそう文句を言いながらも、とても幸せそうな笑みを浮かべてアルバの髪を優しくさすった。


「時が戻ることはありません。私と貴方の出会いが無くなる事もありません。私が、あなた以外の人を騎士に選ぶ事もありません。というか、シアンっていうのは貴方の昔の名前です。」


「そりゃ、そうだけどさ。」


「しかも私は子供の頃の貴方を、シアンなんて呼んだのは最初だけです。ずっと、師匠って呼んでましたから。」


サーシャはそう話すとアルバに甘えるように頬を合わせた。そして耳元で「大好きです、愛しています。」と彼を安心させるように囁いた。アルバも彼女に同じ言葉を返すと、そのまま彼女の目をしっかりと見据えて話し始める。


「なぁ、サーシャ。その…夢の中や頭のなかに敵が入り込んでくるって…ことはあるのかな?」


「…ありますよ。それは結構高度なことですが。」


「夢の中にいた時は感じなかったけど…。今、思うとなんか悪意を感じたような気がしたんだ。」


「まぁ…。でも敵はなんでまたそんな夢を…。」


「悔しいけど、それが俺が一番ダメージを受けることを知っていたって事かな。」


アルバは頬を掻きながら恥ずかしそうにそう応えた。サーシャはそんな彼を見ながらニッコリと微笑み、口を開く。


「そんな夢で私たちを仲違いさせようと?子供ですか!」


「サーシャは信じられないか?」


「う〜ん、無いとは言い切れませんけど。あまりに幼稚です。私とアルバの絆を軽んじられて見られているようで、腹が立ちます。」


サーシャは言葉通り顔を膨らませた。アルバはその膨らんだ頬を指でつつきながら、思ったことを口にする。


「でも、結構ききました。夢の中で足、震えてたし!」


「フフッ。私が他の男に取られちゃうとでも思ったのですか?」


「そういう事です!」


「…バカ!」


サーシャはアルバを睨みながら、彼の頭を優しく叩いた。アルバはそんなサーシャを見つめて意地悪な質問を返してみた。


「じゃ、サーシャがそんな夢見たら、どうすんだ?逆の夢!俺が他の女をつれて、その女を俺の聖女ですって紹介してきたら?」


「…私はそれに近い事を10年も実際に体験してきましたからね。それが夢であれ現実であれ、その女を蹴飛ばして、アルバを往復ビンタします。目を覚ませ!私を忘れたのか!って。その時の私の顔は怖いと思いますよ。嫌でもアルバは私を思い出します。」


サーシャは悪戯っぽく笑ってそう言い切った。アルバは呆れたような顔で、「女神さまには完敗です。」と素直に頭をさげて小さく笑った。彼女は記憶をなくしたアルバと離れ離れにされ、10年もの時を過ごした経験がある。もはやその事以上に辛いことはあることはなく、そんな夢を見ても一切引かないのだろう…アルバはそう思った。サーシャはアルバの大きな目を見て、艶っぽい声で口を開いた。


「アルバ。起きて作戦会議の後、ロフテンへの旅ですね。初めての国でワクワクします。」


「あはは。そうだな。でも、ロフテンは教団追放令を出した国だ。気をつけないとな。」


「フフッ。私には最強の騎士様がおります。怖いものなど、あるものですか。」


サーシャはそう言って、優しくアルバを抱きしめた。そして彼の耳元で憂のある声で話しかけた。


「アルバ。夢の中では、ごめんね。」


「おまえのせいじゃないだろ?」


「例え夢でも私のせいで…そういうの嫌なんです。…アルバ、まだ朝まで少し時間があります。」


「そっちですか?」


「アルバのお心がそう言ってます。」


「…また、俺のせいですか?」


「女神は自分からそんな事頼めませんから。」


「サーシャには…勝てません。」


「はい。そんな夢をみた後ですもの。ちゃんと私が貴方の女だって感じて。」


「…。」


「次に同じ夢を見たら…その男を蹴飛ばして、私に怒鳴ってくださいね。」


どんなに見返しても、サーシャの顔と声はいつもと変わらず、愛しい心をアルバにずっと届けていてくれた。

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