サカテの思惑とサーシャの想い
「んっ!?」
サカテは、真っ暗な井戸の中から無理やり引き上げられたように、はっ!っと、目が覚めた。
全身がビクってなるくらい、まるで誰かにいきなり「わっ!!」って、驚かされたみたいに。
だけれども、その忙しない目覚めとは違って辺りは暗くぼやけ、優しい光がふわぁって広がっていて、何やら干し草のいい香りまでする。ーーどうやら、小屋のような場所で寝かされているようだ。
「あっ、お目覚めですか?」
やがて聞き覚えのある声がした。
ゆっくりと顔を向けると、自分の顔を心配そうに覗いている黄金色の髪をふわっとさせたサーシャがいる。
( あれ?僕…なにしてたんだっけ? )
一瞬、何が起こったのか思い出せない…。
ぼんやりと浮かぶ暗いボロ屋の天井と、この場所に全くそぐわないお姫様みたいなサーシャさん…。だが、記憶は全く戻らない。
とりあえず体を起こそうと、目を細めながらゆっくりと力を込めると、いきなり脇腹に激痛がはしった。戦士である彼女が、思わず「うっ!」って漏らしちゃうほどの痛み…。
「いたたっ…。なんだ、コレ…。」
「まだ動いてはダメですよ。…さっき、お薬を塗っておきました。すぐに良くなりますから、もう少しの辛抱です。」
「…何が、あったんだ?」
怪訝そうな顔で尋ねると、サーシャはクスって小さく微笑んだ。
「忠告しましたでしょ?騎士様と対戦なんかしたら、怪我しても知りませんよ…って。」
…彼女のその言葉で、おぼろげに記憶が蘇ってくる。
そういえば、アルバと模擬戦をやった。そして僕は…。
最初は、予想通り相手にもならなかった。いや、寧ろ、ここまで弱かったのかと訝しんだほどダメダメなアルバだったのに、冗談でサーシャにちょっかいを出したら急に様子が変わった。
そう、サーシャを攫って売り飛ばす!なんて演技をしてみた時だ。
すると、どうだろう。
アルバは全身から湯気にような漆黒の霞を立たせ、目まで真っ黒になり、夜叉のような形相で向かってきたのだ…。
いえね、この坊やは、もしやサーシャにちょっかいを出すと本気を出すのではないか…そんなくだらない妄想を実行に移してみたら、ほれ見た事かと、それは相成った。
それから先は、断片的にしか覚えていない。
あれだけ動きの遅かった彼が、目にも止まらぬ速さで自分に打ち込んできたのは覚えている。しかも、その一撃はすざましく、サカテは自分の短槍でなんとか受けたが、あまりのチカラにそのまま吹き飛び、木に体を激しく打ち付けられてしまったのだ。…それ以前とそれ以降の記憶はない。
( …信じられない。 )
…思い出したら、信じられなくて、恥ずかしくて、サカテは思わず頭を抱えた。
何せ、自分は英雄ムカサにさえ認められた一流の槍使いだ。プライドだってある。なぁんて、奥歯を噛んでいると、サーシャさんがそんなサカテの黒髪を優しく撫でながら、可愛らしく口を尖らせた。
「貴女はとってもお強いとお見受けしますが、騎士様を怒らせたら流石に勝てませんよ?」
「…あいつは、いったい何者なんだ?」
「さぁ…誰なのでしょうね。私も昨日会ったばかりですので分かりかねますわ。」
サーシャはそう言って肩をすくめた。
その本気とも冗談とも取れる彼女の態度に、サカテはすっかり呆れ顔だ。まぁ、そのすっとぼけた態度を見るにつけ、どうせこれ以上話す気などないのだろう…。
「全く…君には敵わない。」
自然とサカテの顔がしかめっ面になり、声に嫌味がこもる。
「ふふっ…そうなんですか?」
「ああ。…困ったお姫様だ。」
「私はお姫様などではありません。ただの教会の娘です。」
その鷹揚な彼女は、自らの黄金色の髪をさすりながら、そう言って微笑む。
本当ならもう少し質問を突っ込んでみたいが、ふと自分を吹き飛ばした彼の事が気になった。なにしろ、ここ数年ではムカサ先生以外で初めて自分を破った御仁だ。
「…で?あの坊やはどうしたんだ?」
「アルバなら、ここにおります。」
サーシャはそう言って、自らの膝を指差した。
サカテがなんとなくその指を追うと、彼女の膝の上…すなわち横たわっている自分の顔のすぐ横に、彼の童顔が見えた。これには一瞬、目を見開き思わず声を上げてしまう。
「うわぁっ!び、びっくりした!」
「ふふっ…。」
彼女は微笑みながら、愛おしそうに彼の髪を撫でる。
そんなサーシャの膝の上に頭だけちょこんと乗せているアルバは、まるで眠っているように動かない。…どうやら彼も気を失っているようだった。
その姿は、先ほどの猛々しい化け物のようなものではなく、まさに無垢な少年のよう…。
( まったく…。 ) サカテはそんな彼の顔を見て安堵の大きなため息を漏らした。
「彼も…気を失っていたのか。」
「ええ。貴女に一撃を見舞った後、そのまま倒れてしまったの…。」
サーシャは心配そうに彼の額を何度も摩る。
彼女はとても寂しげな表情を浮かべていたが、当のアルバは寝息を立てて気持ち良さそうにサーシャの膝の上にいた。呑気に寝ている様だ。
サカテは思わず苦笑いを浮かべ、サーシャに話しかける。
「こいつは自分が何をしたのか覚えてるのかな?」
「どうでしょう…。そればかりは、彼が目覚めてみないと分かりませんわ。」
彼女は口に手を添えて上品に微笑んだ。いやはや一々お行儀が良いサーシャに、顔を引きつらせながら頬をポリポリと掻いた。
「君らは2人とも、本当に謎めいている。…お似合いだ。」
「あら、お褒め頂き光栄だわ。」
「…褒めてるんじゃなくて、皮肉なんだけど。」
サカテがそう口を尖らせると、サーシャは無言のまま自分から視線を外し彼を見る。そしてそのままアルバのおでこを手の甲で優しく摩った。
その憂溢れた表情は、どうにも美しい。教会に飾ってある女神の肖像画を思い起こしてしまうくらいだ。
「しかし、お姫様はそいつに優しいな。」
そんなサーシャを見て、思わずそう口にした。
「優しい…ですか?」
「扱いが全然違う。」
「扱い?」
「坊やはお姫様の膝の上で、僕は地べた…そうだろう?」
「まぁ…サカテさんたら。」
そう言って、クスって笑うサーシャ。だが現実にアルバは彼女の膝の上だが、サカテは干し草の中。どう見てもこの美しい御仁は、彼を特別扱いしていることは否めない…。
何しろ、目覚めてからずっとサーシャはアルバの髪を撫でたり頬を触ったりと、まるで愛おしんでる様にしか見えない。
だがそうすると、先ほどアルバが言っていた事が引っかかる。…そう、彼女の本当の騎士様の事だ。
「そういえばさ…その坊やから聞いたんだけど…お姫さんは、人を探しているんだって?」
サカテは、それとなく聞いて見る事にした。それは目の前で気を失っているアルバも知りたい事だろうしって、思った。
「…アルバが、そう言ったのですか?」
「うん。君が…師匠とかっていう名前の人を探す旅をしてるって。」
「あはっ。師匠というのは名前ではなく、あだ名みたいなものですけどね。」
サーシャは一度黄金色の美しい髪を掻き上げながら目を細めると、ゆっくりと言葉を続けた。
「私はアルバに、『命より大切なものを探す旅をしている』と言っただけです。」
「…それが、師匠なんだろ?」
「ふふっ、私はそんな事、一言も言ってませんよ。」
あいも変わらず意味深な言葉を繰り返す彼女。
だがサカテは、その様子を興味深そうに伺っていた。
何せ、自分は少しだけ彼女の正体を知っている。実を言えば、まさかこの御仁がここまで話せるとは思いもよらなかったのだ。
白いローブ、胸に刻まれし黄金色の女神の刺繍…それは、とある選ばれた血族の証。
この麗しき女は、どんなに願っても、話すどころか会う事すらほとんど不可能な御仁だったりする。だが今回、サカテは神に導かれるようにこの御仁に会う事ができた。それは勿論、様々な奇跡に彩られた幸運だったのだが、こんなチャンスを逃すわけにはいかない。
知り合ったアルバの為に師匠とやらの正体を聞き出して教えてあげたいところだが、本音を言えば、アルバとこの美女と師匠との三角関係恋愛話など、どうでもいい。
「僕も君と同じく、旅をしている。」
自分が突然そう口にすると、サーシャは不意にこちらに目を向けた。
「まぁ…そうなのですか。」
「そして、人を探しているところも同じだ。」
「………。」
「僕は、4年もそいつを探し求めていた。…だが、中々会えなくてね…稀に心が折れそうになった事もあった。」
「…それは致し方ない事かと思いますよ。ですが、サカテさんは諦めなかったのでしょう?」
「そうだな。」
「どんな理由があれ、諦めなければ道は拓けます。貴女はそれだけでも価値を得たと思いますよ。」
サーシャはまるで慰めるようにそう答えた。…如何にも心優しい修道士っぽい発言だ。
そして彼女のモノの話し方は、なんとも心を落ち着かせてくれる…。
「お姫さんは、その『命より大切なもの』ってのを探して何年になる?」
このままでは彼女のペースに引き込まれる…そう思ったサカテはそう聞き返す事にした。
「…10年になります。」
「じゅ、10年もかい!?」
「はい。」
彼女はさらってそう口にした。だが10年も探し続けるっていうのは、もはや怨念に近い。
「…お姫さんは途中で嫌になった事はなかったのか?」
「ございません。…私、しぶといんです。」
「ハハッ。それなら僕も同じだ。しつこくて面倒臭いとよく言われる。」
サカテがそう言って苦笑いを浮かべると、サーシャが不意に手を自分の肩にそっと添えた。
…流石にこれには驚いた。聞いた話によると、彼女は触れただけでその相手を癒す事も殺す事も出来る…なんて噂があるからなのだが。
( い、生きてるよな…。 )なんてサカテは苦笑いを浮かべると、サーシャは体を前のめりにして急に顔を近づけてきた。
「…私たちは、似た者同士なのかもしれませんね。」
サーシャのその言葉に思わず目を留めた。
そう言って浮かべた彼女の微笑みが、なんとも穏やかで慈愛に満ちていたからだ。
サーシャのその奥深い笑み、優しい声、鷹揚な佇まい…女である自分でさえも引き込まれそうになるその趣に思わず息をのむ。
( これでは、あの坊やが簡単に落ちる筈だ…。 )
そう肩をすくめたものだ。だが、自分がこの女に取り込まれるわけにはいかない。寧ろ…利用しなければならないのだ。
「サカテさんは、その探しているお方は見つかったのですか?」
不意にサーシャがそう尋ねてくる。サカテは目だけを彼女に向けると、真剣な眼差しで聞き返す。
「…君こそ、どうなんだ?」
ちょっとドスが効いたような声になってしまった。
だがサーシャはその問いには答えず、ただ顔を少しだけ傾け大きな笑みを見せただけだった。
その表情からははっきりとは感情が読み取れないが、彼女のブラウンの瞳からは哀しみのようなものは感じず、寧ろ、全てを包み込む天の大空のように澄んでいる。
( …どうにも心が見えない御仁だな。 )
って、サカテは呆れたものだ。
だが、彼女はそれ以上は口を開く気配はない。サカテは仕方なく話題を少しだけ変えて見ることにした。
「ところで…君はまだ旅を続けるのか?」
「…そうですね。私の旅はまだまだ続きます。」
「ふうん…。この坊やと2人で、師匠さんとやらを探すにいく旅かい?」
サカテがそう尋ねると、サーシャは少し顔をしかめながら「アルバは、坊やではありません。」って前置きして、膝の上にいる彼の顔をじっと見ながら小さい声でこぼした。
「そうですね。ある意味では、そうなのかもしれません。」
「…また、意味深なお言葉だな。」
「私にも事情というものがあるのです。ですが、アルバが果たして私と旅をしてくれるかどうか…。」
「…それは、大丈夫だろう。」
自信満々にサカテはそう言い切る。何せこの少年は、すでにどっぷりサーシャに心を奪われている事は間違えない。だがサーシャは、なにやら自信無さげだ。
「私…怖くて。…まだアルバにちゃんとお話ししてないのです。」
サカテはその意外なお言葉に口を噤んだ。…怖い?それをアルバが言うのなら分かるのだが、まさかこのサーシャさんが言うとは思わなかった。どんな事情があるか知らないが謎ばかりだ。
だがやがて彼女は、目を潤ませながら身を乗り出してきた。
「サカテさん。アルバを旅に連れ出せるいい方法は何かあるでしょうか?」
「…君さぁ、なんでこんな坊やにこだわるんだ?」
思わず本音を漏らしてしまった。何せこの目の前の御仁は、すべてのものを持っている筈だ。
「それは…。」
珍しく彼女は言葉を詰まらせた。
「こんな黒装束の怪しい女には、話せないってか?」
「そういう訳ではありません。」
サーシャはそう首を振ると、チラッとその美しいブラウンの瞳を自分に向けた。
そしてまっすぐに見据え、無感情に言葉を続ける。
「ただ、その話を聞いて全てを知ってしまったら…貴女は後戻りできませんよ?」
…それはまた恐ろしいお言葉だ。まぁ彼女の血筋を考えればありえなくもないが、こういうミステリアスな事っていうのは、それとは別にどうにも興味を引く。
「僕も25だ。あんまり無理はしたくないお年頃でね。」
だが、まずは様子見でそう切り出した。
「では、何も聞かずにこのまま立ち去る事をお勧めしますわ。」
「本当なら、そうしたいが…僕にも事情があってね。できれば、君と行きたい。」
先ほどのサーシャと同じ言葉で返す。だが、それは本当のことだった。
「フフッ。サカテさん、そのご事情というのが、どのようなものか分かりかねますが…命を賭けねばなりませんよ?」
「こう見えて、死地はくぐり抜けているつもりでね。運はいい方なんだ。」
サーシャはしばらくサカテの切れ長の目をじっと見ていた。
まるで、その心の内を読み取るように…。
だが、やがて小さくため息を漏らすと怪訝そうに尋ねてくる。
「だいたい…サカテさんも探しているお方がいるのでしょう?そちらは如何するのですか?」
「…それはまた、おいおいね。」
「4年も探し求めておいでだったのでは?」
「ちょっと事情が変わってね。君といる方が大切だと思えてきたんだ。」
…本当は、探し求めていたのが君なんだけど…とは言えなかった。それを伝えるのは、もう少し仲良くなってからじゃないと意味がないし、そもそも今はまだこちらだって心の準備ができていない。
「フフッ。まるで口説かれている気分ですわ。」
そう微笑むサーシャ。だがその初めて見せる悪戯っぽい笑みに、サカテも緊張を少しだけ解いた。
「押し倒してやろうか?」
彼女を見上げながらそう巫山戯ると、急にサーシャの顔が曇った。
「例え女性の方でも、この身は捧げられませんわ。私の全ては騎士様のものゆえ。」
その真面目な顔、硬いお言葉。サカテは思わず吹き出してしまった。
今時、14,5歳の少女でもそのくらいの冗談にはのっかってくる…。
「…冗談だ。なぜ、本気にする?」
その言葉にサーシャはキョトンとしていた。まぁ…教団は嘘が禁止、その巨大な組織にいる彼女にとってはそんなクソ真面目な事も日常なのかもしれない。
だが暫くしてちょっとだけバツが悪かったのか、彼女は黄金色の髪を揺らし顔を伏せてしまった。その何気無い様子も、この絶世の美女がやらかすと何やら滑稽に見えてしまう。
サカテは思わずクスって笑ってしまった。
「まぁ、育ちがいいお姫さんには、こんな下品な冗談は通じないか。」
「そ、そんな事はございません。それに私はお姫様ではないと言ったでしょう?」
「いいって、いいって。無理しないでいい。」
サカテはそう揶揄うように話すと、仰向けの状態で手を掲げて、チラチラと振った。
だけれども、調子に乗って思わず腕を上げてしまったので脇腹に激痛が走る。そう、アルバに打ち込まれたあの右脇腹だ。慌てて手を下げその痛みの発生元に手をあてた。
「くっ…いててて…。」
「ほら…。おとなしくしていなさい。貴女は脇腹が折れているんですよ。」
サーシャがそう口を尖らせる。だがサカテは少しその言葉が気になった。
「なぁ、お姫さん。君は医者か?なんでそんな事がわかるんだ?」
「私たち修道士は、最低限の医療処置は必須なんです。」
「だったら、今すぐにでも治してくれると助かるんだが。…結構、痛むんだ。」
「…傷というのは、体の持つ自然治癒力と神への祈りによって癒されるもの。すぐには治りませんわ。」
サーシャはそう言って肩をすくめる。
「う〜ん。普通はね…。でも、それを一瞬でできてしまう人物がいるというのを聞いた事がある。」
「…また魔法のお話でもする気ですか?」
彼女は少し呆れた様子だった。この村に戻ってくる前、サカテはサーシャに魔法の話を少しだけして、何やら嫌がられていた。
「…そうだ。」
だけどもう一度チャレンジしてみようと、そう言葉を返す。
「サカテさん…。」
「ん?」
「貴女は、どうしても魔法が現実にあると言いたげですけど…それは500年前に全て決着がついています。それはサカテさんもご存知でしょう?」
サーシャの語尾が急に強くなったと感じた。
だけど彼女が話したその内容は、現代に伝わるまぎれもない真実だ。歴史書がほとんど残っていないこの世界では、歴史ある教会に残された文献が全てだと言われているが、その伝書によれば”魔法”なるものは、500年前に滅んだとされていた。
「ハハッ。もちろん、冗談だ。すまない、忘れてくれ。」
とっても怪しいのだけど、とりあえずサカテはそう言わざるを得ない。
ここまで話してみて、このとっても鷹揚な彼女は、実はとっても頑固で取り扱いが難しいことが分かった。時間はかかるが徐々に近づいていくしかない…。
( 必ずこの女の懐に入り込む…。 )
サカテにとって、もはやこのサーシャにしか希望がないからだ…。




