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白ローブの謎の女

アルバが叔母の店に着いたのは、それから10分ほど経った頃だった。


「アルバ!遅いよ!とっとと店の支度をしな!」


店に来るなり、不機嫌そうに文句を言った彼女は、アルバの叔母で名をダニエロという。

主に鉄の装飾品を扱う店を経営していて、歳は詳しくは知らないのだが死に別れたアルバの母親の姉だというのだから40は超えている事だろう。残念ながら母の記憶すらないアルバには、その事実は確認できていないんだが。

恰幅のいい彼女は今日もアルバを威圧するように睨んでいる。だがそれは仕方のない事だ。何しろもう一年もの間、店賃を払ってないばかりか逆にお金や食料をもらったりしているのだ。…もう迷惑のかけっぱなしなのだ。


「叔母さん、ごめんなさい。」


アルバは自分を仁王出ししながら睨んでいるダニエロにそう返事をして、慌てて店先に放置してあるボロボロの出店を組み立てた。組み立てる…と言っても、畳んである屋根をせり出させ、幅2mほどの商品棚に商品を並べるだけだ。アルバは売れ残ったガラクタ同然のアクセサリーを一通りその木製の商品棚に並び終えると、満を辞して腰にぶら下げていた大きな藍色の透明な石を取り出した。

( 頼む…売れてくれよ…。 )

アルバはそう心で祈るように呟き、服の裾でその石を丁寧に磨いた。何しろ今日のメイン商品で、しかも獲れたてほやほやの本物の新品だ。その石に息を吹きかけては磨き、吹きかけては磨きを繰り返す。そして一度丁寧に石に向かって頭を下げ、左右に長い木の商品棚の中央にそっと置いた。

( おお、これなら目立つし売れそうだ! )

何しろその光り輝く藍色の石は大きいので、それだけでも十分に目を引く。

アルバが出店の前で腕を組み、その商品の陳列を見て満足そうに微笑んだ…その時だった。


ゴゴゴッーー!ズドォッーーーーーン!!!!!


いきなり激しい雷鳴が轟いた。その地面を伝う大きな振動にアルバは思わずよろめく。

こういう時、人は体がすぐには動かないものだ。彼は恐る恐る顔だけ、空に向ける。


( あ、あれ?いつの間に…。 )


アルバは我が目を疑った。先ほどまで確かに晴れ渡っていたのに、いつの間にやら大空が濃い灰色の雲に覆われている…。これは、ひと雨来そうだ…。


( なんて、ツキがないんだ…。 )


思わず自分の運の無さを呪った。アルバのような出店の場合、天候は大きく商売の成否に影響する。大体、雨が振ったら店先に立っているだけでお客はずぶ濡れなのだ。来るわけがない…。( 頼む…。通り雨であってくれ…。 )彼は、祈るように天を見つめたのだが、雲はますます厚くなり、あたりは暗くなる…。やがて、ポツリ、ポツリとアルバの体に雨音が届く…そしてーーー


サァーーー。


と、急に細い雨が降り出した。水を含んだ白く美しい石畳は灰色に変化し、辺りの石造りの店の壁もグレーに染めていく。時折弱い雷鳴もおまけのように轟いていたが、アルバは呆然と雨に打たれながらも、恨めしそうに空を見上げるのをやめなかった。


( 今日は、きっといい事があると思ったのにな…。 )


何やら悔しくて思わず愚痴を叫びたくなるのを必死に飲み込む。叫んだところで、どうせ神様には逆らえない…。

これまでにない見事な石を見つけ、教会では久しぶりに美しい女神像を見れた。そして、同じ出店をしているおばあさんの吉報…。だが残念ながらアルバ自身には、運が訪れなかったようだった…。

やがて雨はますます酷くなり、横殴りになる。雨がガラス戸を激しく叩き、雨音が轟音に変わる…。と、雨音が変化し、アルバに当たる雨も幾分弱まった。ふと、横に目をやると叔母のダニエロが大きな傘に入れてくれていた。


「こりゃ、止みそうにないね。」


ダニエロは、アルバの肩を抱きながら無表情に呟いた。


「ごめんなさい。これじゃ、今日も店賃を払えないや…。」


「ふん。一日くらいどうってことないさ。お前は300日以上も滞納してるんだ。」


「………。」


思わず顔を伏せた押し黙った。声色とは違い、彼女の言葉が優しかったからだ。

よく周りの人は、叔母のダニエロを金の亡者とかアルバをこき使っているだけだと陰口をいう者が多いが、彼女は口は悪いが、実は心根が優しいことをアルバは見抜いていた。


「ほら、これを持って山へお帰り。パンくらいは買えるだろうさ。」


彼女は財布から銅貨を5枚ほど取り出すと、無愛想に彼の前に差し出した。


「叔母さん、いつもありがとう…。」


「ふん。困ったもんだよ、まったく!」


「ごめんね…。」


アルバは申し訳なそうにその金を受け取ると、大きく頭を下げた。何しろ両親がいない彼にとって血が繋がっているのは、この叔母だけだ。それにこの人がいなくなったら、自分は間違いなく餓死する…。


アルバはそのお金を手に握りしめながら、片付けをするために出店に戻った。雨を避けるために、一度売り子のスペースに入る…と、目の前には大儲けするはずだった美しい藍色の石が悲しげに光っていた。…今日はこんな事になってしまったが、この石には罪はない。


( 明日こそは頼む! ) アルバが祈るようにその石に問いかけた…時だった。

急にその石が光ったように見えた。彼は少し驚いて目を丸くする…だが、それは光の屈折が変わっただけのようだ。そう、何者かが僅かな光の入ってくるアルバの正面を塞ぎ、光の入ってくる角度を変えたのだ。


「ん?」


アルバは人の気配を感じ、思わず顔を上げる。


と、いきなり白く温かい輝きを感じ、あたりが白靄に包まれた。そしてそれと共に柔らかな絹に包まれるような気持ちよさ、ふわっと甘い香りがあたりに漂う…。アルバはその白い霧のような中で、何やら懐かしさや悲しみや絶望と歓喜…全ての感情が彼の心の臓に飛び込んでくるような不思議な錯覚に襲われた。

( な、なんだこれは…。 )

別段、苦しくも嫌でもないのだがいきなり視界を奪われたので、なんとも不気味で恐ろしい。だが、そんなアルバの心を読み取ったようにやがてその不思議な白い霧はサァーって引いていった。


( !!? )


だが、その白霧が引いていったその先を見て、アルバはそれこそ腰を抜かしそうになるくらい、もっと驚く羽目になった。


そこに立っていたのは、一人の女性だった。


だけど、その女性の美しさたるや、もう表現する言葉が見つからないほどだった。もうね、まったく動けず言葉が出ないんだもの。本当に驚くと人は何もできないって初めて頭で理解できた気がした。


まるでお姫様のような目の前の彼女は、このあたりでは滅多に見ない黄金色の髪を胸の辺りまでふわっとさせていて、透き通るほどの白い肌をしていた。美しく光るような白いローブを全身に纏っていて、胸には教会で見かける「女神の微笑み」と呼ばれる紋章が刺繍されている。そして背中にはその華奢なカラダにはに似合わない黒い大剣を背負っていた。


と、彼女は、大きなブラウンの瞳を潤ませながらアルバを少し見ると、やがて一度にっこりと微笑んだ。もうそれだけで、アルバは心臓が飛び出そうになってしまい、とてもではないが口が開けなかった。

彼が目を丸くして何も話しかけないでいると、その彼女は少し悲しそうな表情を浮かべ、やがて視線を店先に並べてあった「石」に目を移す。アルバが鉱山から拝借してきた代物だ。そしてもちろん中央には、今朝神様から頂戴した大きな藍色の宝石がデンと置いてある。

本当ならいろいろ話しかけねければ商売にならない場面ではあったが、アルバは硬直してなかなか言葉が出ない。


(どこかの貴族…なのか…。でも、あれは確か…教団の印。)


彼女の上品で美しく整った顔立ちを見てそう思うのが精一杯だった。だが、召使いやお付きの爺やボディガードもいない。何より背中の大剣がおかしい。胸にある刺繍の「印」は、教団のものだが羽織っているローブの色は初めて見る色だった。彼が普段見ている教団の人間はすべて「グレーのローブ」なのに、彼女のは白ローブだ。


「この石は、全部売っていただけるモノなのですか?」


やがて彼女がひととり並べてある「石」を見定めると、アルバにそう話しかけてきた。

天使のように澄んだ、見た目に相応しい美しい声だ。そして再びブラウンの美しい瞳がまっすぐアルバを見つめている。

どれだけ見ても見飽きない彼女の美しさにアルバは完全に心が持ってかれていきそうになっていたが、彼とて生活がかかっている。なんとか正気を取り戻し、必死に話をはじめた。


「は、はい。もちろん…。石や鉄がとれることで有名なイワミ山の石…で…。」


「そうなんですね。ごめんなさい、この辺りに詳しくないの…。イワミ山という所で採れた石なんですね。」


彼女はそう言うと、例の大きな藍色の石をそっと手に取った。ローブから出した細く美しい手には、金で造られたと思われるブレスレットが覗いている。見事な装飾が施されたそのブレスレットは、彼女が金に困っていない事がうかがい知れた。

それを見たダニエロは巨体を揺らしながらアルバに近づいてきた。

----恐ろしいほどの嗅覚だ。

そして想像通り「吹っかけなさい」と自分の耳元で囁いたが、アルバはボーとしていて叔母の言葉が耳に入らなかった。

その美しい彼女が一切、目線を外さなかったからだ。


ただ、その瞳は潤っていて、気のせいか今にも涙が零れ落ちそうだった。


「あ、あの…その石なら20ソルです。」


アルバは視線を外すとそう漏らす。

20ソルは、この街で普通の食事の2〜3回分だった。ダニエロが大きく首を振る。まぁおそらくその10倍以上は狙っていた事だろう…。

だけれども客の女はそれには答えず、優しい微笑みでアルバに話しかけた。


「店主さん、この石は自分で集めたのですか?」


「はい。いえ、今朝、山で採掘したんです。」


実際は、鉱山に忍び込んだときに水たまりに沈んでいたものだったが。アルバは、一瞬彼女チラッと見てそう返した。忍び込んだ…という後ろめたさもあるが、彼女が一切目線を逸らすことなく自分を見つめてくるのが分かって少し恥ずかしくなったのだ。


「若いのにしっかりと働いていらっしゃるんですね。」


その様子を微かに微笑みながら、その女性はアルバを褒めた。


「両親がいないから仕方がないんです。」


アルバのその言葉を聞き、彼女はハッとして手で口を押さえ小さい声で(ごめんなさい)と悲しそうな表情を浮かべ呟いた。


「そ、そんな事は気にしないでください。」


アルバはそんな彼女の顔を見ておもわず口籠もった。するとその麗しき客は、小さく笑みを浮かべると遠慮気味に例の藍色の石を指差した。


「この石をいただきたいのですが…。」


「ほ、本当ですか!?」 アルバは嬉しさで思わず体が前のめりになってしまった。


「ええ。本当の本当です。」


彼女はそう言うと優しい笑みを浮かべ、ローブの中に美しく細い手をいれた。

そして何やら腰の辺りから白く小さな布袋を取り出すと、そのままアルバに差し出す。


「これで、足りますか?」


アルバは緊張しながらその布袋を彼女の手から受け取る…と、ズシリとした重さが彼の手の中に伝わった。


「え?」


彼が恐る恐る袋を開けると、なんとその布袋の中には普段見ている粗末な銅貨ではなく、金色に輝くコインが十数枚入っていた。アルバはその見たこともない大金に顔面蒼白になって体が固まってしまった。だがすぐに叔母であるダニエロがその異変に驚き、彼が見つめる袋の中を覗き込む。…そして当然のようにハッと息を飲んだ。

これはまずい…そう思ったアルバは慌てて目の前の美しい客にその白い袋を差し出した。


「こ、こんなに頂けないよ。」


アルバが頭をあげ、驚いた表情でそう告げる。いやいやこれは何年も働かなくても生活できるとんでもない額だからだ。だが、その彼女は澄まし顔でアルバにその白い袋を押し返す。


「いえいえ。この石はそれだけの価値があるのです。」


「だ、だけど幾ら何でもこんな大金…。」


アルバがそう口を尖らせると、彼女は黄金色の美しい髪を揺らしながら神妙な面持ちで言葉を返した。


「ただし、一つ条件があります。」


「な、なんですか?」


「この石を買わせていただくかわりに…。貴方に私のお願いを聞いて欲しいのです。」


と、何やら謎めいた問いかけをしてきた。アルバが困惑した表情を浮かべると、いよいよ煮え切らない彼の態度に痺れをきらしたダニエロが、彼から布袋を奪うように受け取ってしまった。


「ええ、もう。お客さんの好きなように!あ、私、この子の叔母ですから。面倒をみているんですの!ホホホ、ねぇ、アルバ。」


と目をギラギラさせながら、アルバの肩を抱いて彼女にそう応える。

普段は見せない叔母のその態度に、若干気持ち悪そうにアルバも仕方なく小さく頷いた。まぁ、大金が入るのだからこの際なんでもいいのだけど…。

だがしばらくすると、何かこの美しい女性の前で、叔母にくっつかれて恥ずかしくなりアルバは窮屈そうに体を離す。ちょっと格好つけたくなったのかもしれない。


するとその様子をじっと見ていたその美しき女性は、スクッと笑うと再びアルバを見つめてきた。


「アルバ君って言うのね。私は、サーシャと言います。これから、どうぞ宜しくお願いしますね。」


その天使のような女性…サーシャの引き込まれそうな瞳に、アルバは一瞬ドキっとしたが、ここで初めてとんでもない事に気づく。



この大雨の中だというのに、彼女は全く濡れていなかったのだ。




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