表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/519

サーシャとアルバとサカテ



「アルバ、申し訳無いのですが…また、手を繋いでくれませんか?」


ワラミ村への帰り道、サーシャは優しい笑みを湛えながら彼にそう話しかけた。

そこは、深い森の中。その森を創り上げている無数の樹木を避けるように蛇行している一本道の上で、2人は肩を並べて歩いていた時だ。

だが彼は、「はぁ…。」なんて恥ずかしそうに苦笑いを浮かべながら、頬を指で掻き、なんとなく顔を背ける…。

( どうしたのかしら…。 )

そんな彼を見たサーシャの表情はいっぺんに曇った。

いやはや、先ほどからアルバの様子が変なのだ。話しかけても何かを考え込むように反応が薄いし、むしろ、避けられているようにすら感じる…。


元々2人はイワミの鉱山に向かう予定だったのだが、盗賊に絡まれるという不測の事態が発生し、そこへ行くのを諦めた。時間的に、坑夫たちがやってきてしまうからだ。

その為、行く宛てを無くしたアルバとサーシャは、とりあえずは、一度アルバの村へ帰ることにした。


「やっぱり陽の光は、心地いいですね。」


サーシャは盗賊たちとの戦いの舞台となった泉を後にすると、木々の隙間から届く天からの恵みを見上げ、そう漏らした。

彼女の言う通り、陽はこの深い森にも届き、漆黒の森も徐々に色を取り戻しつつあった。

ただ季節は冬。森全体が落ち着き、まるで彩度の低い絵の具だけで描かれたような、どんよりとした景色を浮かべていたのだが、どうやら、どんよりしていたのはこの景色ばかりではないらしい…。


どんよりしたアルバ…。

心なしか歩くスピードも早い。まるで最初に歩いたときみたいに、自分から逃げるように…。


しかし一方のサーシャは、心がとてもほっこりとしていた。

何しろこのアルバは、盗賊集団のドリ一家に攫われた自分を、命懸けで助けに来てくれたのだ。

勿論、必ず来てくれるとは思っていた。ちゃんと信じていた。

だけど…何故か、来てくれた時は、ものすごくホッとしたものだ。

と言うことは、心の奥底では、もしかして来てくれないのではないか…そんな事を無意識に思っていたのだろうか。

だけど彼はその後も、サーシャを守ろうと必死に戦ってくれた。慣れない大剣を精一杯振るって…。その後ろ姿を見た時、思わず熱いものがこみ上げてくるのを感じたものだ。

彼の…師匠の姿を思い出して…。


大剣を背負って、いつも共にいてくれた彼…。

いつも自分を護ってくれていた師匠。


だけど私は涙を落とさなかった。彼の前で泣くのは、もう少し先だ。

自分の道は、果てしなく長く、そして遠い。


と、知らず識らずのうちに…遠い目をして、難しい顔をしていたのだろうか。

さっきまで私に冷たかったアルバが、心配そうに顔を覗き込んで来た。

だけど私が笑みを浮かべて見返すと、また視線を外される…。

その様子を見て、やっぱり男の子って不思議だなぁ…って思わず苦笑いを浮かべてしまった。

…きっと、彼は、何か私に伝えたいことがある。

だけど、きっと、それはとても私に言いにくい事なのだろう…。


彼は、とても心優しくて、そして恥ずかしがり屋さんだ。

そして…臆病で、人一倍自信がなくて…。

でも、人のためになることが好きで、困っている人を見捨てられなくて、自分よりも相手が大事で…そんな男の子。

意地っ張りで、頑固で、馬鹿正直で、妄想好きで、損ばかりする…。


そんな彼の顔をそっと見つめてみた。

私より少しだけ背の低い、彼の横顔は自信なさげに俯いている。

いつも何かを訴えかけるような大きな瞳、そして向日葵のように大きな笑みを浮かべるその顔は、まるで女の子のような綺麗な肌をしている。

一言で言えば、少年の顔だ。


それが何か、私をホッとさせる。


やがて、私はそっと手を伸ばして、彼の手の中に自分の手を潜り込ませた。

彼は最初、驚いていたけど、やがて優しく握り返してきてくれる。

そして…その事が、彼が自分を嫌って冷たくなった訳じゃないってことを教えてくれて…一気に心が落ち着いた。


「アルバ、元気がありません。どうしたのですか?」


「………。」


言える訳ない………。 

彼女の問いかけにアルバはそう心で呟いた。

情けない、格好悪い。

会ったことも、話したこともない人に…嫉妬しているだなんて。

そしてずっと子供みたいに、ずっとぶーたれてるって。


彼女との24時間、たった1日、その濃密で激動の時間は、ただただ驚きの連続だった。


突然、何の前触れもなく自分の目の前に現れた美しいサーシャ。

できれば、記憶が残っている1年ほど前に、お知らせしておいて欲しかった。

そしたら体を鍛えて、心を精進して、お金を必死に貯めて、もう少しマシな自分で迎えられたにって。

何の準備もしていなかったから、自分はこの2日間、がむしゃらにやるしかなかった。

そしてやりきったこの2日間は、まるで数ヶ月のようにも、一瞬にも思えた。


サーシャのために、らしくない無茶をして、

似合わない剣を振って、

見えない彼に必死に対抗しようとして。


でも、彼女が最後に言った台詞は


「私のすべては、騎士様のもの…。」


…分かってはいるのだけど、ここまであからさまに言われると、結構凹む。


本物の騎士様と


まがい物の騎士。


でも、今回、まがい物も結構頑張ったんだけど…

やはり、彼女の胸の奥底にずっといるのは、本物の騎士様だけのようだ。

それが、今回よく分かった。


俺とサーシャは出逢って、たった一日。

師匠さんと彼女は…どれくらい一緒にいたのだろう。

…いつまでいたのだろう。1年前は、いたのかな?


きっと、師匠さんはとっても男らしくて、凛々しくて、スマートなんだろうな。

このサーシャの横を歩いても、何の違和感もないほど格好いいんだろうな。

今、自分の背中にいる大剣もよく似合うんだろうな。


彼が…師匠が羨ましい。


そして憎たらしい。


彼女のそばにいないのに、ずっと彼女を独占してる。


これ、結構つらいな。


もう、やめよう…かな。



ごめんって、サーシャに言おう。

この大剣を返して…。

また平凡だけど、気楽な生活に戻ろう。

でもそうしたら、彼女は…困るのかな…。

悲しむのかな…。


それともまた、本物の騎士様を一緒に探してくれる、まがい物の騎士様を探しに行くのかな。


そっか。


このまま、まがい物の騎士でいれば、本物に会うまでは、ずっとサーシャの2番でいられる。

でも、ここで彼女と別れたら、その他大勢の一人になってしまうんだ。


何故、急にこんな事を思い始めたか。


実は今日、ドリという盗賊を見て、怖くなった。

あれは、未来の自分の姿じゃないかって、思ってしまった。

自分より強い、頼りになる剣士に出会ったり、もちろん本物の騎士様に出会ったら、

俺もああいう風に、サーシャに捨てられちゃうんだろうなって。

ドリって人に向けられた言葉の刃…きつかったな。

あんなこと、もし自分が言われたら一生立ち直れない気がする…。


でも、彼女はそんな事しないって信じてたい。


それに…もしかしたら、自分が師匠さんよりも強くなったら、サーシャは自分を選んでくれるのではないかって、淡い期待も持ってる。

でも自分は今まで恋人がいたことがないから、恋人というものがどういうものか知らない。強ければ彼女に選ばれる訳じゃないことは理解できるけど、自分にはそれしかないから。



…彼女は、ずるい。

言葉では言い表せないんだけど。


今だって、こうやって、俺が迷っているのを見ると…そっと、手を握ってくる。

決して俺が逃げれないように、心の奥底を掴んでくる。

そしてそういう時だけは、鷹揚で優しいサーシャが、急に悪魔のように図々しくなる。

こっちの都合なんて無視して、人の一番弱い部分を掴んでくる。



この人は、見た目通りの女神様のような人なのだろうか…。

それとも、すぐに人を虜にする悪魔のような女性なんだろうか…。


わからない。

彼女のことを何も知らないから。



つーか、そもそも女性のこと自体もよく知らなし。

………ん?女?なんか、俺、忘れているような…。

えっと…

何だっけ?




「君さぁ…いつになったら僕を登場させる気だい?」


そんなことを考えていたら、急にお空から声がした。

アルバとサーシャは、驚いて足を止める。そして、さっきまでの微妙な空気はどこ吹く風、お互い目を合わせると、ゆっくりと顔を擡げた。太陽の光が、いくつもの色光を放ち、まばゆい。

そんな光の先を額に手を添えて、眩しそうに目を細めながら2人仲良くお空を見上げる。

すると、大きなもみの木の枝の上に、陽の光を浴びながらちょこんと座る真っ黒な衣装の人物が見て取れた。

それを見たアルバは「あっ、そうだっけ!」と、何かを思い出したように目を見開きながら、大声をあげた。サーシャとの切ない想いに夢中で、すっかり記憶の彼方へ消されていた大切な御仁のことを、ようやく思い出した。


サーシャ救出に協力してくれた、槍使いのサカテさんだ。


今の彼女は頭巾をかぶっておらず、切れ長の目がとっても素敵な、クールな素顔を見せている。

あいも変わらず、無表情で心が読みにくいんだけど、よくよく見れば頬を不満げに膨らませているし、格好のいい目はむしろ睨んでいるようにも見える。

あ、御機嫌斜めだ…ってアルバはすぐに理解した。


「ごめんなさい。忘れてた!」


「普通…忘れるか?」


「本当にごめん!」


「ったく。酷いやつだな。僕は恩人だぞ?」


サカテはそう言うと、太い枝をまるで鉄棒のように両手で掴みながら、くるりと一回転して、そのまま大地に飛び降りて来た。いやはや、とんでもない運動神経と、信じられないほどの身の軽さだ。

( 恩人っていうか、俺を投げつけただけじゃん! )ってアルバは思ったが、ここは口をつぐんだ。そういえば、彼女は手伝うとは言ったが、共に戦うとは言わなかった。


やがて、スタって小気味いい音を立てながら2人の前に降り立った黒装束姿のサカテは、短い槍を肩にかけながら、まっすぐに2人に目をやった。その姿は子供のように小さいのだけど、武術を極めた者の独特の雰囲気と間がある。


「…ふうん。」


やがてサカテはゆっくりと、サーシャに目を移す。

( そういえば…この人もサーシャに何か用があるって言ってたな…。 )って、アルバは以前、彼女がそんな事を話していたと思い出したが、その小さい槍使いはサーシャの何かを推し量っているのか、はたまたその美女っぷりに驚愕しているのか、彼女を見つめたまましばらく動かないでいた。アルバはそのタダならぬ様子に、キョロキョロと2人を交互にせわしなく見ていたが、やがて緊張の糸が切れたようにサカテの肩の力が抜け、彼女は無表情ながら小さく頭を下げた。


「初めてお会いする。僕は、サカテという。そこの少年の知り合いだ。武人ゆえ、無作法だが許してくれ。」


「いえ、ご丁寧な挨拶痛み入ります。サーシャと申します。」


「サーシャ…殿か。」


「殿がつくほど、偉くはありませんけど。」


サーシャはそう言ってクスっと笑うと、ゆっくりと顔を掲げながらサカテに話しかけた。


「アルバとはどうのようなお知り合いなのですか?」


いつもと変わらぬ穏やかで優しい声だ。


「う〜ん、彼氏?」


…その瞬間だった。何やら空がピカッって光った気がした。

晴れ渡った青空にあり得ないんだけど、確かに閃光が空を駆け巡ったのだ。

…だけど、アルバはそれどこではなく、( サーシャになんてこというんだ! )って、思わずその小さい女の頭を叩きたくなったが、すぐにサカテは訂正する。しかも無表情に…。


「って、いうのは冗談だ。偶然、森で出会ってね。彼が君を助けたいというので、手を貸したんだ。」


「そうだったのですね。では、サカテさんも私の恩人でございますね。ありがとうございます。」


サーシャは黄金色の髪を揺らしながら、小さく頭を下げた。


「いや、僕は大した事はしていない。礼には及ばない。」


サカテはそう話すと、ゆっくりとサーシャに近づいた。そして、彼女が羽織っている教団の白ローブをまじまじと見ながら、ふとお願い事をしだす。


「だが、君が作った弁当は気に入った。もしよければ…昼食に呼んでくれると嬉しいな。」


「お弁当…ですか?」


「ああ、アルバからおすそ分けいただいた。」


サカテがそれを言うと、サーシャは「ああ。」って声をあげて大きく頷いた。それはアルバとの朝食用に作ったサンドウィッチだ。

それを聞いた彼女は大きく会得して、目を細めると憂いのある温かな笑顔を浮かべる。自分の作った食事を褒めてもらえたことが結構嬉しかったようだ。


「アルバの家に食材は残っております。ぜひ、ご一緒しましょう?」


「助かる。実は、さっきから腹の虫が鳴いて困ってるんだ。」


「まぁ。では先ほどのお礼も兼ねて、美味しいのお作りしますわ。」


サーシャはそう話すと、今度は顔をアルバに向けた。


「騎士様。そう言う事でよろしいですか?」


「うん、勿論。あっ、俺もそれ…一緒に食べてもいいですか?」


「何を言うのです。それは当たり前というものです。」


「やった!じゃ、急ごう!」


アルバは自分もお相伴にあずかれる事が分かると、満面の笑みを浮かべずんずんと山道を歩き出してしまった。よほどお腹が空いていたのだろう…。

でも、何やらすっかり機嫌をよくした彼の姿を見て、サーシャは笑みを含んだ嬉しそうなため息を漏らす。食べ物に弱いところなんて、まさに彼女のツボだ。


「さぁ、サカテさん。私たちも行きましょう。」


すっかり元気を取り戻したサーシャが、彼女を振り返った時だった。……急にそのサカテに腕を掴まれた…。


「どうしたのですか?」


サーシャは目を丸くして、尋ねる。


「君は…この世界に魔法を使える一族がいるのを知っているか?」


いきなり、サカテはそう迫った。目は…真剣だった。


「………魔法ですか?」


「ああ。」


「………おとぎ話の?」


サーシャが怪訝そうに尋ねると、サカテは尚も顔を近づけてきた。


「その白ローブ…君は、天から来たのだろう?」


「…何のお話かわかりません。」


「惚けるんだ。君は、それを教団関係者と一部の権力者しか知らないとタカをくくっているかもしれないが…最近、君の一族は地上でも有名だよ?」


「………貴女は、何者なのですか?」


サーシャが声を細めて尋ねると、サカテはニカって笑った。


「僕?僕は普通の人間さ。…君と違ってね。」


「……………。」


サカテは尚も彼女に迫ったが、サーシャがそれ以上語ることはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ