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逃げる盗賊たちとサーシャ

さて、一方、サーシャを見事に拐かすことに成功した盗賊のドリとその一味は、着々と森の奥深くにある自分たちのアジトへと帰還中であった。本当なら浮かれまくって大騒ぎ!なんて事になっている筈だったのに、彼らは2つの大きな不測の事態に襲われ、けっこう難儀していた。


1つは、馬に逃げられたことだ。

見事サーシャを捕獲することに成功し、若干、気が緩んでいたのだろう。馬で来たことをうっかり忘れ、高原に馬を残したまま森の奥深くへ進んでしまっていたのだ。気付いた時には、慌てて部下のドガが取りに戻ったのだけど、お馬さんたちはすっかり野生にかえってしまわれたあとだった。

…本当に情けない。


もう一つは、ドリ親分の足の傷だ。

それは先ほど、アルバの黒い剣に切られたんだけど、最初は血すら出なかった。( なんだ、かすり傷か。 )って、ドリは安堵したのだけど、徐々に痛みが激しくなる。歩くたびにズキンズキンと骨が軋むように痛みが増していき、いよいよになって先ほどこっそり傷を見ると、なんと切られた足首が凍っていたのだ。そりゃ、季節は冬だけど人間様の足が凍るなんてそんなバカなと、そっと手を添えてみると、何故だかほんのり冷たい…。これは、まじ氷だ。。。

( あの小僧の大剣は、なんやねん! ) 

と、ドリは憤慨したが、心は不安でいっぱい、まぁ嫌な予感しかしない。でも仕方ない、歩くしかない。いつ、さっきの小僧が官兵にたれ込むかわからない以上、逃げなきゃいけないのだ。


そんな訳で、この盗賊一家はドリ親分が足を負傷しているのに、馬がいないという不幸に見舞われ、山道をえっちらほっちら歩く羽目になり、進みがあまりに遅くてとっても困っていたのだ。




( 全く、あの小僧め…。 )


ドリの足はついにビッコを引くまでになってしまい、彼は凍った左足の付け根をチラッと見てそう悪態をついた。

右手には、両手を縄で縛られた女の華奢な腕を抱えている。

昨日から追いかけ回して、ようやくこの美女を捕まえたというのに、足がこうなってしまっては色々と都合が悪い。

この美女さんとの強制イチャイチャにも影響が出るし、そもそも盗賊は弱肉強食の世界。でっかい組織の大親分ならいいが、こんなチンケな組織では喧嘩の力こそ全て。

自分が弱っていることが仲間に知れたら、いつ寝首をかかれるか分からないし、そもそも女の優先権も維持できなくなる。


「だいぶ、痛そうですけど…大丈夫なのですか?」


やがていよいよ脂汗までかいて来た自分に向かって、攫った女、サーシャが心配そうに話しかけて来た。

かどわかされた女が、自分をさらった盗賊を心配するなど、普通ならあり得ない事なんだけど、この美女は最初っから本当に肝が座っている。


「だ、大丈夫だ。」


「そのようには見えません。…足が痛いのでしょう?」


両手を前で縛られているというのに、彼女は黄金色の美しい髪をふわっとさせて、その美しい魅力的なお顔で覗き込んでくる。…普通に見ると超綺麗なお姉さんでも、近くで見るとその彼女は少し幼さも残していて、その顔も表情も異様に可愛かった。


「いや…。本当に大丈夫だ。」


ドリは盗賊らしからぬ上ずった声をあげ、彼女から視線を外した。

だって、その女は吸い込まれそうなほど可愛い表情を浮かべて見つめてくるんだもの。それは汚れきった自分の心が、初恋なんてものをしていた10代の頃に戻ったんじゃないかって錯覚させらてしまうほどの威力があった。

それはまさに悪党にとっては、大迷惑な顔だ。

立派な悪党が悪党を続けられなくなるんじゃないかって、盗賊を失業させちゃう顔だ。

するとその女は、クスッと笑って視線を合わせようと、さらに体を屈めて回り込んでくる。


「ふふっ、我慢強いのですね。…男らしくて素敵だわ。あ、私、サーシャと申します。」


「そ、そうか。」


「はい。…貴方様がここの親分さんなのですか?」


「そうだ。ドリだ。」


「さすが親分さんは、お名前も男らしいわね。アジトとやらについたら、私が足の手当てをして差し上げますわ。」


サーシャと名乗ったその女は、そう言って目を細めてニッコリと微笑んだ。

…もうね、その冬花のような凜とした趣と、冷たい香りに包まれたような清廉な彼女から届く、溢れんばかりの優しい言葉と心遣いは、スゥーっとその男の胸に入ってきてしまう。


「そ、それはありがたいが…、だからってお前の運命は変わらないぜ?」


ドリは目をキョロキョロと動かしながら、挙動不審になってそう呟く。…そうは言いながらも彼のひげ顔は真っ赤だ。


「ふふっ、存じています。ですが、お側にいれる時間は共にいてくださいね、ドリ様。」


「…そりゃ、どういう意味だ?」


「どのような意味に取られても構いません。ドリ様のお好きなように。」


サーシャという女は顔を傾げて、悪戯っぽく笑った。

…おかしい…何かがおかしい。彼の頭の中にある悪党危険アラームが大きな音を立てて、何かを警告していた。だけど、どうにも抗えないドロドロとしたものが体の奥底から沸き起こりドリ親分の心を支配しようとしている…。

すると彼女は、まるでその事を後押しするかのように、言葉を畳み掛けてくる。


「私、こう見えても、結構怖いのです…。」


「…そうは見えんがな。」


ドリが訝しんで彼女に目をやると、サーシャは急に小声になった。しかもドリの耳元にそっと顔を近づけてくる…。


「あの茶髪のお方…ドガさんでしたっけ?」


「ああ、そうだ。…あいつがどうした?」


ドリは前を歩くドガとダエグにチラッと目を向ける。左側を歩くドガは、仲間の中で唯一女受けする外見で、体型もスマートだ。まぁ、ぶっちゃけおじさん体型のドリもあんまし好きではない。やっかみだけど…。

するとサーシャはとても切なそうな表情を浮かべ、ドリに訴えてきた。


「私はあのようなチャラチャラした殿方が苦手なのです。やはり男というものは、ドリ様のように力強く、心も大きいお方でないと。」


「………。」


ドリが何も答えないでいると、サーシャは自嘲気味に笑った。


「私は、しばらくしたら売られてしまうのでしょう?」


「………そうだな。」


「ドリ様…。その前に、一つだけ私の願いを聞いてもらえませんか?」


「なんだ?言ってみろ。」


「私は男を知りません。ですので、最初は好きな殿方と閨を共にしたいのです。そして、それは前を行くドガさんでも、あの大きな斧を持った方でもございません。」


「………。」


「ドリ様。せめて共にいる間だけでも、私をお守りいただけませんか?」


彼女の衝撃の告白もさることながら、あまりに健気なそのお言葉は、ドリの心の奥底を簡単にサクってえぐってしまった。こんな彼女のそんなお願いを聞けば、気分はもう彼女を守る騎士様。鼻の穴も心も大きくなると言うものだ。


「分かった!任せておけ。」


やがて、ドリは大きく頷いた。ただそれは仲間の2人からすれば大きな裏切り。

なんだけれども、この時にはすでに親分の頭の中はサーシャというお花畑が永遠と広がっていてしまっていたのだ。まぁね、彼は元兵士。根っからの悪党ってわけじゃないっていうのも大きな要因なのかもしれないけど。


「よしっ!5分休憩だ!!」


やがて盗賊の一味が森の奥にひっそりとある泉にたどり着くと、サーシャの心がこちらを向いていると判断したドリは声高らかにそう宣言したのだった。



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