黒装束の槍使い
アルバは、盗賊たちに森へと連れ去られていくサーシャをただ見ながら、しばらく押し黙っていた。静かに、特に反抗もせず…。
去り際に盗賊たちに「動いたら女を殺す!」とか脅されてるんだから当然といえば当然なんだけど、それにしても大人しい…。つい先ほどまで、厳つい盗賊たちに果敢に剣を振り回し、大立ち回りをしでかした無謀な少年とは思えない落ち着きっぷりだ。
きっと腕に覚えがあったり実戦経験が豊富だった者なら、全てをかなぐり捨てて、盗賊たちに切り込む場面なんだけど、彼は少しばかり違っていた。まぁ、庶民だし、そもそもアルバは、お命頂戴なんて場面にまず遭遇しない慎まやかな生活を望むどこにでもいる貧乏青年…。
でもだからって、散々お世話になって、若干恋までしてしまったのではないかと疑うほどの可憐な女の子サーシャさんを見捨てた訳でもない。
彼は…考えていたのだ。
彼女の首元に剣を突きつけられ、頭が真っ白になり焦りまくっていたあの時は、ちゃんとこの事態を考えられなかったが、サーシャが目の前からいなくなり盗賊たちが去ってあたりが静かになると、何やらさっきまでの事がフラッシュバックのように頭を巡る…。
もちろん、本当ならすぐに彼女を助けたかったけど、残念ながらあの場面で切り込んでいったら、無駄死にもいいとこだ。
気ばっか焦るばかりだけど…ここはひとつ考えようじゃないか、と。…呑気が幸いし、考える時間を得たという訳だ。
えっと…先ずは、今の彼女の心境を探ってみる。
なぜなら、これから攫われるというのに、やけに冷静な彼女の落ち着きっぷりが、どうにも腑に落ちなかったのだ。まぁ、彼女はどう見ても、そこらへんの娘さんじゃないし、とっても変わり者だからその心を読むのは並大抵じゃないけど…とりあえず、できる範囲で心の内を予想してみる。
昨日、彼女は混浴の温泉に一人で入るのを怖がっていた。という事は、若干常識からずれている彼女でも、男に裸を見られるのは困るという事だ。普通はそうなのだけど、なぜこんなことから考えているかというと、昨日のその温泉での出来事を鑑みると、なぜかサーシャはアルバには裸を見られてもいいって思っていた節があったからだ。初めは世間知らずのお嬢様だからそうなのか?なんて思っていたが…よくよく考えればいくら何でもそれはない…
となるとそれは、今考えれば悲しいかな、あの御仁は自分を男と見ていないからだろうって思えた。…まぁ、それは今はいいや。本当は良くないけど。
すると、だ。いくらあの鷹揚な彼女でも、男ばかりの盗賊に攫われたらどんな酷い目に合うかは知っているということだ。そこにちょっとだけ、安心した。
さて、そうなると彼女はなぜあんなに落ち着いて入られたか。
普通なら取り乱し、泣き叫ぶ場面だ。だが彼女は、まるで何事もなかったように終始落ち着いていた。
やっぱり彼女自身が本当は強い?
それとも彼女は実は物の怪?
はたまた、本物の騎士である師匠なる人物が近くにいる?
なんて事が最初に頭に浮かぶが、それは…ない。なぜなら、もしそうなら、先ほど草原ですでに勝負をつけているはずだからだ。わざわざ盗賊に攫われる理由はない。
と、なると…理由は…一つしか思い浮かばない。
信じられない事だけど…彼女は騎士様なる人物が助けにくると本気で思っている。
そしてその騎士様っていうのは、自分だ。そう、今のサーシャの騎士は、臨時だろうが日雇いだろうが、アルバだけ…って、彼女自身が言ってた…。
つまり、彼女は、自分が助けに来ることを疑うことなく信じている…と、いうことになる。
そしてそれなら、先ほどの彼女の行動も理解できる。
かの美しいサーシャは、ちょっとだけ意地悪で小賢しい。
さっきサーシャが羽交い締めにされた時、彼女はあの状態のままでは2人とも助からないって考えたのではないか。そして、一旦諦めたふりをして、彼らに従った…。
するてっーと、盗賊たちはとっても油断する。もう勝った!女は手に入れた!って。
そして森の中へ消えていった。
森は障害物なんかもいろいろあって、奇襲にとっても向いてる…。
向いてる…。
とっても、向いてる…。
彼はそれを思うとその場にヘナヘナと座り込み、苦笑いを浮かべながら頭を大きく振った。
あのさぁ…って、自嘲気味に笑ってみる。あの人も自分が強くないってことくらいは分かっているはずだ。なのに何でこんな自分をそこまで信用し、頼りにするんだって思った。
そりゃ、嬉しいよ、あんな綺麗な女の人に頼りにされたら踊り出しそうなくらい。
でもこの事態は、一緒に温泉入るとか、一緒に枯れ草ベッドに寝るとかそういうある意味お気楽なミッションじゃない。本当に人生かかっているし、むしろ命がけだ。
「騎士様なら…命がけで助けに来いってことね…。」
彼は一度大きなため息をついた。
そして彼女が最後に言い残した言葉を思い浮かべる。
やけにサーシャはその言葉を連呼していた。疑わしいほどに。
だからアルバは、むやみに彼女を助けることを諦め、考えることを選んだとも言える。
お弁当………。
おそらく、弁当に何か秘密があるのだろう…。
だが、その前に自分で士気を高めなきゃって思った。
彼女を取り戻すぞーっていう若干ね、邪な考えだけど、それが今の彼の勇気の源だ。
やがてアルバは両手を大地につけ、手を何度も打ち付けた。
もちろん、気合いを入れるために打ち付けた。
何しろ盗賊たちはまだ森に入ったばかり。乗ってきた馬には逃げられたっぽいし、しばし時がある。そのしばしの間に、気合を注入し、心を整える。
そうじゃないと、足が震えて森へ進めない。だって庶民だもの。
だけど…その姿はまるで全てに絶望した人のように…見えただろうな。
ウンウン、間違いなくそう見えた。
そう見えたからこそ…
「おい、何してんだ?」
って、いきなり赤の他人から話しかけられたんだ…。
その声は少し曇っていた。でも、なんか落ち着く声。
アルバがゆっくり声のした方を見上げると、そこには黒装束を着た小さい御仁が、短い槍を持って立っていた。顔まですっぽり隠れる頭巾を被っていて表情は読み取れないが、怪しさが半端ないことだけはわかる。( あんたは異国の諜報部員ですか? )って問いたくなる格好だ。
まぁこんな場所にひょっこりいるのだ。その格好からも想像するに、あまり真面な人間とも思えない。
「追いかけなくていいのか?君の女なのだろう?」
尚も聞いてくる黒装束。
正直、何だ、こいつ?って感じなのだけど、そのお言葉から察するに敵という訳でもなさそうだ。
「…どちらさま?」
アルバが怪訝そうに尋ねると、その黒装束野郎は小さく首を傾げた。
「今はそんな事より、女を助けるほうが先では?」
「ごもっとなご意見、ありがとう。でも、このまま突っ込んでも無駄死にかなって。だから時が経つのを待ってます。」
アルバが頭を掻きながらニヘラニヘラと笑っていると、頭巾の隙間から覗く黒装束の目つきが変わった。
「…こういう時って、そういうの、かなぐり捨てて行くものでは?」
「ハハッ、俺は英雄とかじゃないから。それに…俺が死んだら誰が彼女を助けるんですか?」
「…助ける気はあるんだ?」
「当たり前です。俺は、彼女の騎士らしいので。」
アルバが若干ふくれっ面でそう話すと、その黒装束は目を丸くした。
「騎士というのは、もっと強いんじゃないのか?」
まるで騎士が何かを知っている口ぶりだ。自分だって知らないのに…と思ったが、とりあえずここでは流すことにした。
「ハハッ。まぁ、本物はね、強いみたい。でも俺は臨時でね。」
そう、アルバは彼女の臨時の騎士だ。サーシャの本物の騎士である「師匠さん」なる人物は、それはそれは強いらしい…。するとその黒装束は、小さなため息を漏らし頬をかく。
「騎士にも臨時って…あるんだ。それは、知らなかった。」
「ハハッ。」
アルバは乾いた笑いを漏らしたが、やがてその黒装束から目を離し、そっと森を見つめる。
「しかし、気は焦ります。どうしたら彼女を助けられるかって…。」
「…焦っているようには見えないな。」
「こう見えて、かなり焦ってるんです。彼女には、とっても良くして貰ったので、何とか助けたい。」
ちょっと遠い目をしてみた。
「綺麗な姉ちゃんだもんな。」
黒装束が突如、軽口を叩いた。アルバはそいつに目を向けると、一度にっこりと笑い、頷く。
「まぁ、正直言えばそれもあります。」
「知り合って長いのか?」
「昨日出会ったばかりです。」
「恋しちゃった?」
ついにその黒装束は興味津々とばかりに、アルバの顔を覗き込んできた。…その時、彼は頭巾から覗く相手の瞳を見て、( お、女!? )って、思わずつぶやいてしまった。
とっても今更なんだけど、この時に目の前の人物が女であることに初めて気付いたのだ。
まつげが長くかっこいい切れ長の黒目…よく聞けば声もハスキーボイスとはいえ、女の子っぽい。ちょっと引いて見れば、微かに胸は膨らんでいるしお尻も大きい…。アルバはアタフタしながら尋ねた。
「あんた、女の人…ですか?」
「今さらかよ!」
「そんな格好してるから、てっきり…。」
アルバは申し訳なさそうに頭を掻いた。
でもそれはしょうがないとも思う。何しろ彼女は、全身黒ずくめの戦闘服のような格好で、年季の入った槍まで持っているのだもの。
だけどそう聞けば確かに体は小さいし、どこか話し方も可愛いような気もする…。
やがて彼はいたたまれなくなったのか、彼女からゆっくりと視線を外すと、唇に指をあてながら先ほどの質問に答えを返す。そう、恋しちゃった?のくだりだ。
「恋するも何も…彼女には愛する男がいるみたいなんです。」
…ちょっと哀愁が漂ってしまう言い方になってしまった。
「…じゃ、何で危険を冒してまで助けたいんだ?」
黒装束の彼女が槍を抱えながら腕を組むと、アルバも真似するように腕を組んだ。
「よくわからないんです。わからないんですけど…。」
「わからないけど?」
「俺…彼女のそばから離れたくないんです。まぁ…そんな感じで。」
アルバがいきなり突拍子も無いことを言ったので、その落ち着いた黒装束も思わず目を見開いて固まった。
「でも、あのお姫様には彼氏がいるんだろう?」
「多分…。」
「多分かよ。つーか彼氏って…どんな奴か知ってるのか?」
「いえ。ただ、強いってことしか知りません。」
アルバは顔をしかめながら頬をかく。
「君は、あのお姫様の正体を知っているのか?」
「………知りません。」 知っているのは…多分大きな教会の娘さん?って事くらいだ。
アルバが正直にそう答えると、その謎の女は持っていた槍を大地に突き刺し、いきなりクスクス笑い出してしまった。
「そんな笑わないでくれよ。」
そんな彼女を見て、思い切り不快感を露わにした仏頂面を浮かべた。知らなくて何が悪いって。つーか、お前は知ってるのか?って訝しむ。それならば、ぜひ教えて欲しい。
だけど、この黒装束の彼女はサーシャと違って早口でずんずん話してくる。中々、切り返せないほどドンドン来るのだ。しかも要点だけ話すので、サクサク会話が勝手に進んでしまう。
結局聞けずじまいで、アルバが不満タラタラの表情で見ていると、彼女は座っている自分の肩をバンバン叩いて、非礼を詫びた。まぁ、やけに軽い詫び方だったが。
「はははっ。悪い、悪い。だけど、君、おもしれ〜奴だな。」
「何がですか?」
若干、突っかかった聴き方で、睨んでしまった。
「昨日会ったばかりの彼氏持ちのお姫様に、勝手に恋して、格好つけて、命をかけて助けようって言うんだろ?しかも、まず勝ち目がないのに!」
「うっ…。」 ってなった。中々、痛いとこをついてくる。
「しかもさぁ、彼女の事、何も知らないのに…。もしかして、昨日…すごく優しくされちゃったりした?」
「は、はぁ…いえ…あの…。」
「ビンゴ!だな。」
目だけしか見えないけど…絶対ドヤ顔してるって分かる。
「………。」
「君さぁ、絶対、女に騙されるタイプだよな。」
「うるさいなぁ…。」
ついにアルバは、カチンときて言葉にも棘が出てきてしまった。まぁ、本当のことを言われて腹がったというやつだけど。
するとその黒装束の彼女はすっと背筋を伸ばして、自分を見下ろした。
「だけどさぁ、僕はそういう馬鹿は嫌いじゃない。」
「はぁ…。」
この人、女の子なのに、僕 っていうんだってトコが気になった。だけど、彼女はそっと顔を近づけてきてニカって笑うと、もっと気になる話をしだした。
「なぁ、あのお姫様を助けるの…僕も手伝ってやろうか?」
「はっ?本当に?」
それはアルバにとっては、渡りに船だ。だが彼女は、嬉しそうな表情を浮かべたアルバの顔を厳しい目で見据え、すぐに手を伸ばし鼻をギュってつまむ。まだ喜ぶのは早いと言わんばかりだ。
「ああ。…だけど、一つだけ条件がある。」
「…条件って?」
アルバは戦々恐々と彼女を見つめる。
「君とは全然釣り合っていないけど、あのお姫様は中々に君が気に入っているとお見受けした。」
「はぁ…。」
「実は僕も彼女に用があるんだ。そこでだ。もし、その時がきたら…君からも彼女を説得してくれないか?」
…彼女の目がキラリンって光った気がした。それを見るにつけ、この女の本当の狙いはそこのようだ。だが、それは少しだけ彼女を信用できるってことにもなる。何故なら、意味もなく一緒に助けるなんて言われた方がよっぽど怪しいからだ。タダより怖いものはない…というのと同じだ。
「彼女が…困ることや悲しむことじゃなかったら、いいけどさ。」
…そう条件をつけた。
「それなら心配はいらない。…よし、取引成立だな。」
アルバの心配を余所に彼女はそう言って、頭から被っていた頭巾をめくって顔を見せる。
そしてすっと小さい手を差し出し、握手を求めてきた。
…アルバは思わず目が点になってしまった。
意外や意外、その黒装束の女性は、とっても綺麗なお顔立ちだったからだ。
「僕はサカテだ。よろしく。」
サカテと名乗った女性は黒のマニッシュショートに切れ長の目、チビなのにシュッとした顔立ちで、なんともかっこいい…。というか、女の子なのに自分よりもよっぽどクールだ。
「…アルバです。こちらこそ。」
その顔から想像もできないほど小さい手を、アルバはそっと掴んだ。だが、やはり槍使いだけあって皮膚は硬い…。
「さてと、じゃ、早速あのお姫様を追いかけるかい?」
やがてサカテが微動だにせず、無表情にそう尋ねてくる。だが、アルバは顎に指を添えて静かに首を横に振った。
「…ううん、まずは、お弁当です。」
「はっ?いくら何でもそれは呑気過ぎないか?」
「いえいえ、いそがば回れです。どうです?一緒に食べませんか?」
アルバはそう言って、沢の方を指差す。そう、そこは盗賊に襲われる前にアルバとサーシャがいた場所だった。彼女が作ってくれたお弁当は、そのまま置かれている。
「はははっ、君はやっぱり面白いな。じゃ、馳走になろうか。」
サカテは呆れたように笑ったが、そのことに同意したようにゆっくりと弁当に向かって歩き出した。
ーーーこれが、のちに白の槍使いとして世界を震撼させるサカテとの出会いだった。




