歓喜する盗賊たち
ついに金髪姉ちゃんを捕らえた!
この事実は盗賊一家を、一気に沸き立たせた。
そしてまるでその事を祝福するかの様に、地平線に太陽が煌々と姿を現し始める。
やがてサァーっと風が出て来て、じわじわと陽は広がり始め、すべての生命体に光が届く…。
とっても清々しい、美しい光景だ。
もうね、ドリ一家の頭の中では管楽器のオーケストラが背後で鳴り響き、冬だと言うのに花が咲き乱れ、派手な服を着た踊り子が踊り狂っている
なにせこの盗賊一家に、ついに希望の光が灯ったのだ。
嬉しすぎる!腹一杯飯が食える!金髪姉ちゃんとイチャイチャできる!贅沢できる!
心が狂喜乱舞、頭の中はお花畑、体はイケイケ。
ちょっとしたパニック状態だ。
だけれども盗賊一家の中で、親分のドリだけはしみじみと涙目を浮かべていた
( とりあえず…これで金が入る。 )
彼は仲間の中でただ一人、腕を組んで大きなため息をついていた。
感無量だった。
ここら辺が、盗賊とはいえ親分の苦労なるものが分かるというものだ。
何しろ、彼の作戦は大当たりし予定通り女を手に入れられた。これで仲間からの信頼は厚くなり仕事もやりやすくなる。そして捕らえてみれば、その女は予想を大きく超えたあまりに麗しいお姿。こりゃ、とんでもなく高く売れる。
仲間を2人も失ったが、得るものも大きかった。
散々手こずらせ、強いのか弱いのかイマイチよく分からないヒョロヒョロ小僧は、とりあえず剣を捨てた。まぁ、未だに睨んではいるのだが、女を捕らえた以上何もできまい。
「ドガ!よくやった!」
彼は、とりあえず女を捕らえた茶髪のチャラそうな仲間を称賛した。そしてのっしのっしと肩をいからせながら唖然としているアルバの横を通り抜け、女を捕らえたドガという仲間の元へ向かう。
そのドガは、仲間の中では珍しい中肉中背のいわゆる普通体型で、緩いパーマをかけた色男風盗賊さんだ。戦い…というよりは、スリや女をたぶらかして金を巻き上げる天才で、仲間の中では異質な存在でもある。まぁ女にモテない他の連中からはやっかみされちゃうお人だ。
「大手柄だ!ドガ!」
ドリは、サーシャを捕らえたその男の前まで来るとニカッと笑う。
「親分、その分報酬よろしく〜。」
金髪姉ちゃんを後ろから抱きかかえたチャラ男ドガは、どや顔を浮かべながらそう軽口を叩く。
「…考えておいてやる。」
「よろしく〜。」
ドリは、その軽い男の返事を適当に聞きながら、ゆっくりと視線をサーシャの向けた。
ふわっとした黄金色のゆる髪に、透き通る様な白肌。大きな魅力的なブラウンの瞳に整ったお顔だち…こりゃ、確かにとんでもない上玉だ。
「やっと。捕まえたぜ…綺麗なお姉さんよ。」
ドリは舌なめずりしながら、サーシャの顔を覗き込んだ。
…ただ、彼女は不遜な表情を一切崩さない。
「…お褒めのお言葉、どうも。」
「ヘヘヘッ、会いたかったぜ。」
「私は、それほどでもなくてよ。」
凛とした口調で答えるサーシャ。…腹が立つくらい冷静で、小生意気で、清廉だ。
「いつまでそんな澄まし顔でいられるか…楽しみだぜ。」
ドリはそう言い含めてニヤリと笑うと、ゆっくりと後ろを振り返る。
…そこには、呆然としながらもこっちを鬼の形相で睨んでいるアルバがいる。だが、自分たちは女を人質にとっている。何もできまい…。
やがてドリは、横にいるサーシャを見ようともしないで口を開いた。
「おい!ガキを殺せ!」
親分さんの無情な命令が、草原にこだまする。まぁ、このガキは仲間を2人殺している。当然といえば、当然の処置だ。そもそも、最初から助ける気などなかったが。
すると、これまで何処に隠れていたのか不思議なくらいの巨漢男がアルバに寄っていく。
斧使いでデブのダエグという男だ。
機動性があまりに低いので、サーシャ捕獲作戦には使わなかったのだ。だが、女を人質に取られ動けない小僧の首切りには最適。
その男はのっしのっしと大きい体を揺らしながらアルバを睨めつけ、斧を振ります。どう見ても体重が100kgはくだらない巨漢だった。
「くくくっ。あいつが首切られても、そんな顔してられっかな?」
ドリがチラッとサーシャに目を向けた。すると、サーシャは羽交い締めにされながらも、すっと肩を竦め、意外な言葉を口にした。
「別に彼の首を切ったからって、私の表情は変わらないわ。」
「…ほう、顔に似合わず冷たいやつだ。」
「ただ、私はその瞬間に自分の舌を噛み切りますけど。」
サーシャはさらっととんでもない事を口にした。
「はっ!?」って、ドリも彼女を羽交い締めにしている色男のドガも思わず声を上げてしまった。特に後ろから抱きついている状態のドガは、彼女の肩口に顔を載せていたのだけど、思わずサーシャの横顔を覗き込んでしまったほどだ。
「ちょ、ちょっと。あんた、何言ってんだよ!」
死んでしまわれては、彼らの計画はおじゃんだ。相当慌てたのか、その色男は彼女の耳元で大声をあげてしまっていた。だがサーシャは声色ひとつ変えない。
「何って…。事実を申し上げているだけですよ。」
「舌って、噛み切ると痛いらしいぞ。やめとけ、やめとけ。」
「…死んでしまえば、同じです。」
「そ、そんなデマカセ、信じねぇからな!」
「私は教団の人間です。嘘は申しません。」
サーシャは冷笑を浮かべ、肩口に顔をおくドガに目を移す。
それを聞いた彼は思わず彼女の豊かな胸に静かに視線を落とした。確かにそこには、刺繍された女神の横顔…間違いなく教団のシンボルマークだ。少々、普通の修道士とはローブの色が異なってはいるが彼女が教団関係者であることに疑いの余地はない。
ドガは苦々しい表情を浮かべると、判断を仰ぐようにドリ親分に顔を向けざるを得なかった。
何しろこの娘に死なれたら、今回の作戦の全てが崩壊する…。
判断を委ねられたドリは自慢の顎髭を何度もこすりながらサーシャを睨みつけ、少々苛立ちながら、しきりに何かを考えているようであった。…と言うか考えていた。
…この綺麗な姉ちゃんとあの小僧の関係は分からないが、ドガとの問答を聞く限りはそれなりに情はあるようだ。何しろ、心中しようとまで言ってるんだから。そして、これは完全に自分の勘だが…彼女の淀みない目を見る限り、舌を噛み切ると言う暴言は本気とも受け取れる…。
自分達の最終目標は、彼女を人買いや貴族に売って、大金をせしめること。
つまり彼女の命は絶対になくてはならない。
すると、あの小僧は殺さない方がいい。仲間が2人もやられているのだから、いつかは殺さなくてはならないが…それは今ではない。
というか寧ろ、これを利用するに越したことはない…。
やがてドリ親分は何かを思いついたようにポンっと手をうつ。
「おい、姉ちゃん。じゃ逆に聞くが…あの小僧の命を助けたら、なんでも言う事を聞くのか?」
ドリは半信半疑ながら、取り急ぎそう尋ねた。自分の命まで捧げれるのだ。それがもし本当なら、こんな事は朝飯前のはずだ。
予想通り…サーシャは即答する。
「はい、勿論ですわ。」
「ほう…。」
その返事を聞いたドリとドガは目を合わせて、ニンマリと不気味な笑みを浮かべた。何しろこんな都合のいい話はない。いくら華奢で力の弱い女だって、言う事を聞いてくれないと、街へ運ぶのさえ結構な手間がかかってしまう。
これは…めっけもんだ。
仲間の敵討ちは後回しにしてでも、まずは目先の金を生む女の方が大切だ…ドリ親分はすぐにそう判断した。
「ダエグ!!ガキを殺すのはナシだ!!ずらかるぞ!」
やがて、彼は仲間にそう叫んだ。
すると大斧を振りかぶってアルバを叩き切ろうとしていた仲間のダエグという巨漢男は、苦々しい面持ちでドリ親分を見返す。まぁ、当然納得がいかない。その怒りとも取れる反抗的な目つきは、このガキは仲間を2人も殺したんぞとでも、言いたげだった。
「親分!!仲間の仇だ!!このガキだけはやらせてくれ!」
「ダメだ!こいつあ、命令だ。」
だがドリだって一歩も引かない。いやいや、今はそんな意地よりもお姉ちゃんの方が大事だ。
「チッ!」
やがて巨漢のダエグは、首を大きく左右に振りながら大斧を地面に叩きつけた。大きな拳を握りしめ、はぁはぁと荒い息を吐きながら、何度も地面を踏みつける。顔も真っ赤だ。
だがその事態に驚愕したのは彼ばかりでない。
それは勿論、殺されるはずだったアルバも同じだ。ショックという意味では、その物売りの少年の方が大きかったかもしれない。
「サーシャ!!」
彼はまるで問いかけるように、彼女の名を叫ぶ。
賊の仲間を2人も倒しているのに、自分が無事で済むはずがない。
唯一考えられるのは、あの心優しいサーシャがアルバを助けるために自分の身を投げ打って、何かしら盗賊たちと交渉したって事だけだ。
( 自分はどうなってもいいから、アルバを助けて。 )とでも言ったのだろう。
だがこれまでの言動から、彼女はとんでもない世間知らずとお見受けする場面がいくつもあった。この後、サーシャにどんな運命が待ち受けているか、彼女自身分かっていない可能性すらある…。
彼は歯ぎしりしながら、じっと彼女を見つめる。
…自分から僅か20mほどの距離。
彼女は自分を、昨日までと変わらない優しい憂いのある微笑みで見てくれていた。
だけど、どうにも状況が状況で近づけない。何か、策はないのか…アルバは自分自身に問い続ける。
するとサーシャは、後ろから賊の一味に羽交い締めにされながらも、体を前のめりにして彼に答える。
「アルバ!」
彼女も、彼の名を呼んだだけだった。だが、このどうにもできない状況にアルバは彼女にかける言葉がうまく見つからない。
するとサーシャは、大きな声で言葉を続ける。
「私は大丈夫です!ご心配なさらないで!」
「ば、ばか言うな!」
「ふふっ。ねぇ、アルバ。…逢えて良かったですね。」
彼女のその言葉が別れの言葉に聞こえた。
昨日、あれだけ仲良くしてくれて、臨時の騎士にまでしてくれた彼女がそんな事を言うはずがないって思えた。
…大丈だの、心配するなだのって…絶対に自分を庇うために嘘をついている。
「サーシャ!ダメだ!!こんなのダメだ!!」
アルバは拳を強く握り必死に叫ぶ。
「もう…我儘言わないでください。あ、お弁当食べてくださいね。一生懸命作ったんですから。」
「サーシャ!!」
「いいですか?必ずですよ?。食べてくれないと、私、泣いてしまいますから。」
サーシャが賊に掴まれた手を振りほどいて、アルバに向かって小さく手を振る。
と、この時…アルバは、ふと拳を下ろすと急に押し黙った。
顔は俯き、何かを考え込むように難しい顔をする。
こいつ、自分が助かりたい為に、女を見捨てやがった…。
ドリの一味は、みんなが一斉にそう思った。だが、それは好都合と言うものだ。
「小僧!命拾いしたな!安心しな。オメェの代わりにこの姉ちゃんは俺たちがたっぷり可愛がってやるから。」
教科書通りの捨て台詞を残したドリは、サーシャを羽交い締めにしていた仲間のドガを突き飛ばし、自分が彼女を後ろから抱きかかえた。何しろそれは親分の役得というものだ。
ドガは後ろからサーシャのくびれた腰に手を回し、満足げにアルバを見下ろす。
完全勝利だ!彼は、ニカって不気味な笑いを浮かべ、心も体もガッツポーズしていた。
…ただね…、一つだけ気になることがあった。
なきなしの銭を叩いて雇った黒装束野郎の姿が見えない…。
( …あの黒装束野郎…どういうこっちゃ。 )
ドリはサーシャの黄金色の髪から漂ういい香りを楽しみながらも、黒装束が潜んでいるであろう森に目を向けると、苦々しい表情を浮かべ、思いっきり唾を吐いたのだった。




