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其の捌 : 【空欄 ③】 (最終話)

「タヱさん、いい顔していたね」

 数日後、タヱさんの葬儀に参列した帰り道、俺たち三人は、並んで歩いていた。一紗は、英徳高校の真新しい制服を着ている。この日のために、初めて袖を通したのだった。

 俺は、中学の制服を、青衣は黒い私服を着ている。

「喪主の息子さんの挨拶、感動したね。母は父と約束していた旅に出たのです、きっと今頃はどこかの桜の木の下で、手作りのお弁当を食べながら花見をしていることでしょうって。あたし、泣いちゃった」

 俺は、そうだな、と頷いた。きっとそうだと思ったからだ。

 トトキから受け継いだ鬼籍には、トトキの待ち人である中嶋タヱ、という名が刻まれていた。

 罪をおかしたトトキは、その罰として、妻であるタヱさんに奉仕することになったらしい。なんともおかしなことだが、タヱさんは長らく比良坂神社に勤め、女神に奉仕してきた。その功徳に女神も思うところがあったらしい。

 焼香の際に、良い旅を、と心の中で述べたとき、わずかに煙が揺れた気がした。

「青衣。俺、英徳に落ちたけどさ」

 高校受験の失敗を苦に自殺したはずが、いまではこんな簡単に口にだせるから不思議なものだった。

 ずっと黙っていた青衣は、わずかに顔を上げる。

「二次募集の学校にはいかない。来年また英徳を受験するつもりだ。高校浪人なんて、世間体も悪いし、ダサいかもしれないけど、でも、決めたんだ」

 それに、あの学校に、ちゃんと通いたいという想いがあった。黄泉ノ国では、校舎内が湯殿という変なところだったから。

「……そうか、がんばれ」

 青衣は静かに頷く。

「おまえも、慣れない土地で大変だと思うけど、頑張れよ。今度戻ってきたら、英語教えてくれ」

「まぁ、気が向いたらな」

「あたしにも教えてね。あと、気が向いたらでいいから、メールとか手紙とか、現地の写真とか送って」

 淋しさを打ち消そうと、一紗は努めて明るく振る舞っている。

 三人揃うのは、きっとこれが最後だろう。

 青衣は週明けには引っ越すのだから。

「なぁ、一紗、ちょっと英徳に寄っていかないか。三人で写真を撮る約束だったろう」

 一紗は頷き、涙を隠すように背を向けて歩き出した。小さな背中を押すように、風が吹き上げてくる。

 見上げた空は、春の訪れを祝福するように、晴れ渡っている。あたたかな春風に包まれた住宅街を抜け、見慣れた坂道を軽い足取りでのぼっていく。

 ほどなくして、英徳高校の校門が見えてきた。俺は、あっ、と声を上げそうになった。

 桜はまだ蕾だが、それをじっと見上げているのは、瀧本だ。

 その長身を見とめた一紗が、すぐさま駆け寄った。

「瀧本くん、合格したんだよね。おめでとう」

「ん? あぁ、ありがとう。山本さんも、おめでとう」

 瀧本は一紗から顔をあげて、うしろにいる俺たちふたりをゆっくりと見つめた。

 俺は瀧本に歩み寄ると、肩に手を回した。

「あの世から、伝言を預かってきた。合格おめでとう、だってさ」

「それって、もしかして、研輔から?」

 俺は答えなかった。だって、必要がない。瀧本はすでに答えを知っているのだから。

「……そうか」

 瀧本の声は震える。笑顔と泣き顔でくしゃくしゃになる。

 多くを云わなくても、瀧本には、わかったらしい。沖野の想いが。

 俺は、今朝投函してきたサキの手紙のことを思い出した。

 真っ白な便箋に、サキは、桜の花びらを詰めた。地に落ちた一枚一枚を丁寧に拾い集め、心からの「おめでとう」の気持ちを込めて。

 そろそろ彼らは、手紙に気付いただろうか。既に開封しただろうか。花びらの祝電を見て、なにを思い、だれのことを考えただろう。

「これで撮ればいいんだね。わかった。そのかわり、あとでオレも撮ってくれないかな」

「じゃあ、あたしと交換して、三人で」

「ううん、オレだけでいいんだ。ちゃんと、もうひとり写るはずだから」

 一紗は怪訝な顔をする。だけど、俺にはわかった。瀧本とともに写るはずの「もうひとり」が誰なのか。

 俺はゆっくりと桜の枝を見上げた。そこで笑う、沖野と目があった。

「おまえ、来てたのか」

 人差し指を立て、「しー」と口止めされた。 

 赦しが出たのか、あるいは、特別な計らいがあったのかは、わからない。

「じゃあ、撮るよ。もうちょっと寄って」

 瀧本が携帯を構える。一紗が真ん中に立ち、俺と青衣は一歩下がって、左右に並んだ。

「きっと素晴らしい写真になるな」

 一紗の後ろに立った青衣が、確信したように呟く。

 俺も確信していた。

 きっときっと、素晴らしい写真になるはずだ。

 真新しい制服の一紗。転校する青衣。浪人生の俺。きっとみんな、最高の笑顔を浮かべているだろう。

 ひとつ気懸かりがあるとしたら、沖野が写った写真を目にした一紗が、「幽霊だ」と大騒ぎして、おかしなことをしないか、ということだが、実際はどんな反応をするかわからない。ほんの数秒先の未来だが、まだ、空欄のままだ。

 そんなふうに、俺のこれから先の人生も、いまはまだ手付かずで、真っ白なままだ。その空欄をひとつひとつ、できれば笑顔で埋めていきたい。

 空欄に書きいれた解答が「正解」か「不正解」だったかは――。


 まァ、あの世にいってから採点すればいい。



 おわり。

ここまでお付き合いありがとうございました。

「黄泉国奇譚」、これにて完結です。

誤字脱字や説明不足がありましたので、いくつか直しましたが、もしご覧になる中でお気づきのものがありましたら、教えていただけると助かります。


本作は、登場人物たちの「感情」に真っ向から向き合い、ぶつかりあった作品です。

まだまだ直すべき点は多々ありますが、一応の結果が出ましたので、こうして掲載させていただきました。

ご意見、ご感想などいただけると励みになります。


最後に、ここまでご覧いただいた貴方に感謝いたします。

芹沢祐でした。

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