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黄泉国奇譚  作者: 芹澤
29/31

其の捌 : 【空欄 ①】

 がたがたがたがたがたがた


 目を開けたとき、俺は既に、列車の中にいた。体を大の字に広げて、床面に倒れている。

 クリーム色の天井をぼーっと見つめたまま、俺は近くにいるはずのそいつに声をかけた。

「椅子に引っ張り上げてくれたっていいじゃないか、トトキ」

「いやだよ。きみ、重いから」

 傍らの椅子についていたトトキは、広げていた新聞の頁をめくった。

 俺は体を起こし、トトキと向き合う座席に腰をおろした。自殺して、トトキの列車に拾われた数日前の再現をしている気分だった。

「……青衣は、どうなった?」

「悪夢から解放され、先に現世に戻っているはずだ。良かったね、きみも現世に戻れるんだ。『小野篁』という、黄泉ノ国の使者として。本当に運がいい」

「それって、死人が動いているってことになるのか?」

「そうさ。生きている人間とよく似た〈皮〉をまとってね。せいぜい苦労するといいよ」

 新聞をめくりながら、トトキが笑う。

「今回は、まぁ、シラヌイ様の口添えもあったし。あなたは本当に運が良かった。らっきーだった」

「シラヌイといえば、結局何者だったんだ?」

 トトキは新聞を畳んだ。こちらの質問に真剣に答えるつもりがあって、新聞を読むのをやめたのだろう。

「彼の本当の名は、スサノオノミコトという」

「……え」

「黄泉ノ国から還ったイザナギは、穢れを落とすため禊をした。彼の有名なアマテラスやツクヨミのあと、最後に生まれたのがスサノオだ。スサノオは、母に会いたいといって父を困らせたそうじゃないか。そして、最後には母のいる黄泉ノ国へと下りた」

「あれ、でもさ。トトキ。イザナギって、ひとりで子ども生めるのか?」

「は?」

「だって、黄泉ノ国から還ってきて、河原でひとりで生んだんだろう?」

 間が空いた。

 だってひとりで子どもが生めるのなら、男神と女神が夫婦になる必要はない。

「……あー」

 トトキは気まずそうに視線をそらした。

「黄泉ノ国でも、ふたりはやっぱり夫婦だったってことなんだろう。常識的に考えれば、子どもたちは、黄泉ノ国でイザナミの腹から生まれたんだ。そうでなければ、スサノオが「母」について知る機会はないし、「母に会いたい」などと口にするはずもない」

 トトキの云わんとしていることは、だいたいわかった。直接的な表現を避けようとしていることも。

「つまり、イザナギとイザナミは、いまも昔も深く愛し合っているってことか」

「……ま、そういうことだね」

 トトキはこの話題を終わらせたいらしく、畳んでいた新聞を再び広げた。

 白々しい。

「そうだ。秋尋さん。ひとつ、言伝がある。黄泉ノ国の住民は、特権として、ひとつ願いを叶えてもらえるんだ。あなたはなにを望む?」

 俺はすこし考えた後、云った。

 それを聞いたトトキは、「いいの?」と目を細める。

「秋尋さんは、また辛い思いをするんだよ?」

「うん、いいんだ。今回のことで、一番泣かせたあいつに、ちゃんと云ってなかったからな」

 一両編成の小さな列車は、まっくらな闇を分け入るように、奥へ奥へと進んでゆく。

 枕木の振動がかすかに伝わる以外、何の音も聞こえなかった。

 どこか遠くで、ピー、と汽笛が鳴った。

「もうすぐだね」

 笑みを浮かべて、トトキが云った。

「秋尋さん。覚悟はできている?」

 目がくらみ、なにも見えなくなった。

 なにも聞こえなくなった。

 またしばらくすると、がらがらがら、と枕木が鳴った。

 その音は、ひとつずつ、ひとつずつ、すり替わっていった。


 がらからがらからがらから


 やがて、まったく違う音にすり替わった。


 からからから。


 なんの音だろう、と耳をすましてみる。

 

 からからからから。

 あぁ、と思い至る。絵馬の音だ。

 こっちだよ、こっちこっち。としきりに呼んでいるようだ。

「着いたよ」

 トトキの声で、ぱっと目を開ける。

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