表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄泉国奇譚  作者: 芹澤
21/31

其の伍 : 【殺意 ③】

「青くんッ」

 名前を呼ばれ、彼は、目を覚ました。

 病院の一室だった。傍にいたのは一紗で、顔を真っ赤にして泣いている。

 青衣は、大きく、呼吸をした。横隔膜が動き、心臓がどきどきと鳴るのがわかった。

 生き返ったのだ。

「青衣。あぁ、ほんとうに良かった」

 母さんが、泣いている。

「青衣、お帰り。よく頑張ったね」

 父さんが、変な笑い方をしている。

「一時は心肺停止になったから、ほんとうに、ほんとうに、もうダメかと思った。良かった、青くんだけでも還ってきて」

 とうさん。

 かあさん。

 一紗。

 みんな、いる。

 だけど、いない。ここにいちばんいてほしい人が、いない。

「……あきひろ、は?」

 一紗が、息を呑む。父さんと母さんの顔が、引きつる。

「秋尋は?」

 だれも目を合わせてくれない。

「秋尋は、いま、どこにいるんだ?」

 青衣は、管がたくさん刺さった体を起こし、答えを知っているはずの一紗の手を掴んだ。

 一紗の目から、また、一筋の涙がこぼれた。

「さっき…、ほんとうに、つい、さっき。眠るように――」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 うっすらと目を開けると、地に手をつけて、トトキがこちらを覗きこんでいた。

 秋尋は、駅のホームに寝転んで、青い空を眺めていた。

 体が重くて、起き上がれそうにない。

 列車は既になく、シラヌイの姿もない。

「ととき」

 うわ言のように呟く秋尋の頭を撫で、トトキは、痛々しい、疲れたような顔をして、笑った。

「迎えに来たよ、秋尋さん」

 その口ぶりに、秋尋は覚えがあった。

 青衣を迎えに来た、と告げた声。そして、入試前日に境内で見かけた子どもの姿。

 どちらも、トトキだ。

「青衣さんには、会えたかい?」

 秋尋は、気丈なトトキのそんな顔を見たくないのと、泣いているかもしれない自分の顔を見られたくないのとがあって、腕を持ち上げて顔を隠した。

「トトキ……俺、死んだのか?」

「ごめん」

 短い言葉が意味するところを悟って、秋尋は肩を震わせた。

「良かった。じゃあ、青衣は、ちゃんと現世に戻れたんだな。良かった」

 泣きたかったが、涙が出てこない。肺が動かないから、嗚咽も出ない。息も止まっている。

「トトキって、ひでぇ奴だな」

「……ごめん」

 泣いているのは、トトキのほうだった。

 黄泉ノ国の住民はトトキのように泣けるのだ。他人の痛みに触れ、他人に想いを寄せ、肩を震わせて泣くことができる。

 けれど、秋尋にはもうそれができない。

 黄泉ノ国の住民になる条件は、他人を殺した者。死んだ青衣を甦らせた秋尋は、いまや、ただの死者でしかない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ