其の伍 : 【殺意 ③】
「青くんッ」
名前を呼ばれ、彼は、目を覚ました。
病院の一室だった。傍にいたのは一紗で、顔を真っ赤にして泣いている。
青衣は、大きく、呼吸をした。横隔膜が動き、心臓がどきどきと鳴るのがわかった。
生き返ったのだ。
「青衣。あぁ、ほんとうに良かった」
母さんが、泣いている。
「青衣、お帰り。よく頑張ったね」
父さんが、変な笑い方をしている。
「一時は心肺停止になったから、ほんとうに、ほんとうに、もうダメかと思った。良かった、青くんだけでも還ってきて」
とうさん。
かあさん。
一紗。
みんな、いる。
だけど、いない。ここにいちばんいてほしい人が、いない。
「……あきひろ、は?」
一紗が、息を呑む。父さんと母さんの顔が、引きつる。
「秋尋は?」
だれも目を合わせてくれない。
「秋尋は、いま、どこにいるんだ?」
青衣は、管がたくさん刺さった体を起こし、答えを知っているはずの一紗の手を掴んだ。
一紗の目から、また、一筋の涙がこぼれた。
「さっき…、ほんとうに、つい、さっき。眠るように――」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
うっすらと目を開けると、地に手をつけて、トトキがこちらを覗きこんでいた。
秋尋は、駅のホームに寝転んで、青い空を眺めていた。
体が重くて、起き上がれそうにない。
列車は既になく、シラヌイの姿もない。
「ととき」
うわ言のように呟く秋尋の頭を撫で、トトキは、痛々しい、疲れたような顔をして、笑った。
「迎えに来たよ、秋尋さん」
その口ぶりに、秋尋は覚えがあった。
青衣を迎えに来た、と告げた声。そして、入試前日に境内で見かけた子どもの姿。
どちらも、トトキだ。
「青衣さんには、会えたかい?」
秋尋は、気丈なトトキのそんな顔を見たくないのと、泣いているかもしれない自分の顔を見られたくないのとがあって、腕を持ち上げて顔を隠した。
「トトキ……俺、死んだのか?」
「ごめん」
短い言葉が意味するところを悟って、秋尋は肩を震わせた。
「良かった。じゃあ、青衣は、ちゃんと現世に戻れたんだな。良かった」
泣きたかったが、涙が出てこない。肺が動かないから、嗚咽も出ない。息も止まっている。
「トトキって、ひでぇ奴だな」
「……ごめん」
泣いているのは、トトキのほうだった。
黄泉ノ国の住民はトトキのように泣けるのだ。他人の痛みに触れ、他人に想いを寄せ、肩を震わせて泣くことができる。
けれど、秋尋にはもうそれができない。
黄泉ノ国の住民になる条件は、他人を殺した者。死んだ青衣を甦らせた秋尋は、いまや、ただの死者でしかない。




