表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄泉国奇譚  作者: 芹澤
14/31

【 問三 】

 ――やけにざわつく教室内で、目が覚めた。

 また、あの夢だ。


 問二、沖野研輔が二年前に自殺した原因として正しい者を次からひとつ選べ。

 ア、 いじめっ子の瀧本

 イ、 見て見ぬ振りをした同級生たち

 ウ、 何もしなかった担任の国語教師

 エ、 無関係を決め込んだ職員・在校生全員

 オ、 同じクラスの大崎青衣


 問二を、穴が空くほどみつめた。

 〈オ、同じクラスの大崎青衣〉。その文字だけが、ちかちかと点滅をはじめる。

 選択肢を、何度も心の中で繰り返した。

〈オ、同じクラスの大崎青衣〉。その言葉だけが、自分の内側で井戸のように反響した。

 塾の講師からは、こう助言されていた。もし正解がわからなくても、選択問題であれば、これはもう確率の問題だから、選択肢の中のひとつをとりあえず書くように、と。

 俺は、鉛筆を持ち直し、解答欄に答えを書き込んだ。


 答え(オ、同じクラスの青衣)


 これが正答なのだが、『正解』を書いたという手応えはなかった。

 正答を重ね、点数を稼がなければ、合格できない。合格できなければ、たぶん、青衣には会えない。

 頭ではわかっているけれど、この息苦しさはなんだろう。この後味の悪さはなんだろう。

 青衣の親友だと豪語していたくせに、その親友を裏切ったような罪悪感を覚える。

 視線を上げ、青衣の背中を見やった。青衣は鉛筆を置き、どこか遠くに視線を転じている。とっくに解答用紙を埋めたみたいだった。

 青衣は、なんと解答したのだろう。

 問一や、問二の、あの問題を。

 傍に行って、笑いながら、覗き込んでやりたい。

 おまえ、なんて書いた? このふざけた問題に、なんて答えた?

 そうして、青衣の顔を見たい。

 なぁ、青衣。おまえ、なに、考えてた?

 後ろにいる俺のこと、気付いてる?

 青衣はそこにいる。手を伸ばせば届くほど近くにいるのに。

 どうしてこんなに遠く感じるんだろう。

「残りわずかです。空欄がないか、もう一度確認しなさい」

 試験官の声に、俺は我に返った。

 いまは、問題を解くほうが先だ。次もまた厄介な問題かもしれない。

 俺は意気込み新たに、次の問いに視線を移した。


 問三、□に当てはまる漢字を書き入れ、四字熟語を完成させよ。

 一、 飛□落葉…(意味)世の移り変わりの無常であること

 二、 一期一□…(意味)一生に一度限りであること

 三、 生生□転…(意味)万物は永遠に生死を繰り返し、絶えず移り変わっていくこと


 がくっと肩の力が抜けた。どうしてここでこんなスタンダードな入試問題が出てくるんだ。それともこれにも何かあるのか。

 云いたいことはいろいろあったが、となりの通路を試験官が通り過ぎる気配がしたので、慌てて問題を解いた。通常の入試問題だとすれば、解くことは容易い。


 一、

 二、

 三、


 答えを埋めたものの、やはり何かあるはずだ、と正答を眺めた。

 心の中で、何度も、答えを繰り返してみる。

 なんどもなんども。

 なんどもなんども。


 かえる。


 いろんな漢字に、頭のなかで変換する。

 蛙。変える。買える。孵る。換える。還る。


 帰る。


「あおい。一緒に帰ろう」

 俺の喉が、震えた。

 頭の中では、なにも考えていなかった。

 反射的に、無意識に、俺は、そう口にしていた。

「あおい。帰ろう。俺と一緒に帰ろう」

 俺はちゃんと現実と向き合うから。

 だれに頭を下げても構わないから。

 だから、一緒に。

「あおい」

 再び呼びかける。

 斜め前の席の椅子が動いた。

 俺の心臓が、どくどくと脈打つ。

 振り返った青衣は、見たこともない哀しげな顔をしていた。

「帰らない。帰れない。だって、おれは、もう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ