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S’s~天空詩曲と滅びの歌  作者: 祖父江直人
第四話 音楽の力/少年の覚悟
8/32

4-A ライブ

異世界でライブ!活字でライブ!音楽の熱量、ちょっとした素人臭さを表現できていたらと思います。


こっちの曲もよろしくお願いします。

https://www.youtube.com/watch?v=NkgMn3nezHs

 宿の一階、食事と演奏のために広く作られた部屋をそっと覗くと、既に街の者たちが集まってきていた。

「これはどういうことなんだ?」

 シンがルソラから押し付けられるように渡されたエリュート(ギター)のチューニングをしながら困惑した声を上げる。

「あんたが街の英雄気取りで拡声魔奏石使って演説なんかするからだろ。おかげでこんなに集まってきやがって」

 どうやらガーゴイルを退治したシンたちの噂を聞きつけ、宿に押し掛けてきた人々が「せっかくだから英雄の演奏も聴きたい」と言いだした結果らしい。

「何が“せっかく”なのか全然分からないんだが」

「気にするな、元々騒ぐのが好きな連中だ。理由は何だって良いのさ。じゃあ、行って来い、英雄さん!」

 背中を乱暴に押され、100人ほどがすし詰め状態になっている部屋の中に入ると、大きな歓声が巻き起こった。

「よぉ、お二人さん。俺はアルマだ。そこの坊主は、さっきも会ったよな」

 ほとんど野放し状態になっているアンディのことについて、抗議に来た街の顔役が皆を代表して声をかける。

「どいてどいて~、サインは後でします~」

 大勢の前で演奏する喜びに顔を綻ばせながらドラムセットの前に足早に向かうユキに、アルマは恰幅良い腹を叩きながら愉快そうに笑う。

「これだよ。どこまでも自由奔放っていうか自分勝手っていうか、でも嫌味のねぇあの態度にやり込められちまった。なぁシンさんよ」

「ああ、まぁそんな感じかな」

 シンはまだ少し大きい打楽器の前に座りリズミカルな音を出すユキを見ながら苦笑した。あの弟分が、人前で緊張した様子を見せたところを見たことが無い。まるで空気のように、いつでも自然にそこにいる。息をするように、誰とでも仲良くなってしまう。

「じゃあ、ちょっとやるか、ギャラは?」

 アルマに訊くと、不敵な笑みが返ってくる。

「酒はいけるか?」

「任せろ!」

 そう言って、床から10㎝ほど高いステージの上に立つ。高さは関係ない。こういうのは、気持ちの問題だ。

「どうも~。今日は朝から服が大きすぎたり洗濯物が泡だらけになったりして大変だったけど、何とか生きてます~」

「それはどうでもいいだろうが!」

 シンのツッコミと共にスネアをぽん、と叩く。聴衆から大きな歓声と笑いを得る。

 ユキの出す音は、見かけによらず力強いが、そこには誰かを包み込む柔らかさがある。そういう音が出せる人間は多くない。

 ギターの音を確かめるより爪弾きながら、シンが拡声魔奏石が周囲に配置されたステージ上で、声を出す。

「今日はいろいろ大変だったな。怪我した奴はいなかったか?」

「おう!あんた等のおかげで、助かったぜ!」

 もうすでに酔っぱらっているように見えるアルマの声に、また歓声が起こる。

「まぁ、結局ガーゴイルに、人を襲う気は無かったみたいだが、何にしても、みんな無事で何よりだ―――」

 次に続ける言葉を、シンは少しためらったが、三秒悩んで覚悟した。

「―――一つ、言っておきたいことがある。俺と、そこにいるユキは、この世界の人間じゃない」

 どよめきが起こる。不思議だ。ステージの上では、聴衆・観衆の声は全て“どよめき”や“ざわめき”という自然音として耳に入る。先程のアルマのように、たまに大きな声が届くことはあるが、基本的に、ステージから発せられる声と音楽だけが、その場を支配する。

 だから、突拍子もないことを言い出した旅人に疑義を抱いても、彼ら彼女らは次の言葉を待つ態勢に入っている。シンは、そうした特別な状況を利用して、自分たちが異世界の住人であることを皆に伝えようとした。

「この世界には、伝説があるそうだな『大地揺らぐとき、白き光の中に、世界の扉が開かれん』と。俺たちは、その『白き光』を通って、このリートレルムにやってきたんだ」

 そして、どんなに突拍子も無く、おかしく、果ては支離滅裂でまとまりのない言葉の連なりでも、こうした場所から発せられる声には、正体不明の信憑性しんぴょうせいが宿る。そういうものなのだ。

「この世界は、俺たちの常識では意味の分からないことばかりだ。“魔奏石”なんていう不思議な石ひとつで明かりが点き、水が暖まり、暖が取れ、逆に、涼しくしたりもできる。時には動物とも言葉が通じたり、船を空に飛ばしたり、聞いたところによると、人工魔奏石なんてのもあるんだろう。今も、石の力で声が大きくなってる。俺たちの世界じゃ考えられない」

 シンが喋ることに、誰も口を挟まない。完全に、引き込まれている。

「もっと考えられないのは、そのエネルギー源が音楽だってことだ。もちろん俺たちの世界にも音楽はあるが、そんな“力”は無い。ただの娯楽だ」

 いや、魔力はある。人を引き付け、心を通じ合わせる、絶対的な魔力が。だが、そんなことを考えるのは野暮だ。

「色々言ったけれど、俺が言いたいのはたった一つだ。俺たちは、この世界に来られて本当に良かったと思ってる。世界中の人が音楽に親しんで、楽しんでいる世界。―――最高だぜ!リートレルム!!」

 弦が引き千切れるほどの力で、ギターを鳴らし、ドラムが打ち鳴らされると同時に、大きな歓声が起こる。この感覚は、どの世界に行っても変わらない。音が、人の心を高揚させる。見えない歓びが、確実に伝播していく。

 この興奮を保ったまま曲に雪崩れ込みたいところだったが「―――で、シンさん、何をるの?」というユキの声に、観客全員がガタガタと椅子から崩れ落ちていく。そう、打ち合わせは何もしていないのだ。

「ちょっと待ってろ」

 数秒の簡易ミーティングを経て、改めてギターを構え直すシン。

「俺たちの世界の歌だ。SOUTH to NORTHで『Calm&Storm 』!」


≪記憶の破片を浴びた柔らかな心 

強くあろうとは思っても鍛える術を知らないまま

鞭打つ誰かの真似をして結局痛みを抱え 

『生きる意味』の曲がり角で動けなくなる


戦うことと争うことの違いが分からない 

そうして流れた血には後悔の記憶だけ

優しさを切り売りするためのナイフを捨てて 

痛みと共に抱きしめて


Calm&Storm  風の無い丘で 君が突き立てた旗は

勇壮に 永遠に 僕の中ではためき続けているよ



不器用なだけの自分が 許せなくなってしまうとき

誰かの優しいノックにすら何故か怯えてしまうとき


細い嗚咽も叫び声も君の声だ 泣きながらで良い 一緒に歌おう


Calm&Storm  荒れ狂う海で 光を求めた君の

諸手に 双眸に いつの日か花咲く大地を


枯れ果てることない大地と 彼方まで吹く風のように

終わりに向かう命を乗せた 終わりなき海原を行け


Loud the Voice 歌にできない 叫び出す声が溢れ出した

丘上きゅうじょうに 滄溟そうめいに 君の声が確かに聴こえる


Calm&Storm  暗闇の雨に 誰も一度は濡れるけれど

虹彩の 光芒に いつかは包まれる時を≫

(ⒸSOUTH to NORTH『Calm&Storm 』JASRAQ申請中)


 最後は≪ラララ~≫の合唱で〆ると、部屋が揺れるほどの歓声と拍手が巻き起こる。

「ありがとう!」

 今までやったライブの中で最も盛り上がったといってもいい演奏だった。アルマたちは次の曲を待ってくれている様子だったので、気分の高揚するままに、シンは相方に訊く。

「よし、掴みは上々だな。ユキ、次は何をやる?」

「僕はもう眠いから部屋に戻る」

「おい!?」

 再びガタガタッとアブソビエの住人達が椅子から転げ落ちていく。

「あとはよろしくお願いします~」

「え?本当に終わるつもりなのか、ボケじゃないのか!?」

「おやすみなさい~」

 シンの呼び止める声にも応じず、ユキはさっさと出て行ってしまった。

「丸顔坊やはお眠みたいだね」

 取り残された格好のシンに向かって、ルソラが野次を飛ばす。

「そんな歳でもないんだけどなぁ」

 夜中までドラムの練習に付き合ったこともあるシンが首を傾げながら言うが、目の前に座る人々はまだ聴き足りないという雰囲気だ。しょうがない、一人で歌うかと思っていると、グラマーな影が目の前に立った。

「ここからは、あたしがアンタの相方になってやるよ」

 しばし呆気にとられるシンにルソラは微笑みかけると、部屋の端にあったピアノの前に座る。

「ほう、ルソラのピアノなんて久しぶりに聴くな」

 すっかり出来上がり、赤ら顔のアルマが面白そうに言う。

「高くつくよ」

 そう言ったルソラが鍵盤を叩くと、外見のイメージとは正反対の、透き通るような美しい音が響いた。

「適当に弾きな。あたしが合わせるから」

 心なしか普段より美人に見える横顔を見つめながら、シンはDのコードを鳴らした。


 即席の男女ユニットが誕生しているとき、宿の三階、名目上は従業員室ということで割り当てられた部屋の扉が開いた。

「ただいま戻りました……あら、ミーファさんは演奏会に行かなかったんですか」

 外での食事を終えた千鶴が、シーラと共に部屋に戻ると、ミーファは困ったように笑った。

「皆さん楽しそうでしたよ。まぁ、私はちょっと音楽のことはよく分からないので、外に出ましたけど」

「ミーファ、チヅルの奴めちゃめちゃ食べるんだ。だからこんなに尻がデカ―――いっ!?」

 背中を思い切りつねられたシーラが言葉を詰まらせる。どうやら、この短時間で二人の関係は完成したようだった。

「絶対に逃げ出してやるからなっ」

 歯をむき出して気勢のいい声を上げるシーラだが、千鶴は柔らかな笑みを浮かべてそれをいなす。

「駄目ですよ。シーラちゃんは、私たちの“人質”なんですから」

 いくらアンディが安全な怪物だと言っても、やはり不安はある。そこでシンが、アンディの“家族”たるシーラの身柄を“人質”としてシンたちの保護下に置くことで、ガーゴイルの暴走を抑えるという約束を、街の人間と交わした。もし、シーラが彼らから離れた瞬間、アンディの身も危なくなる。

「シンさんって、少し怖い方ですね」

「怖い、ですか?」

 少し顔を曇らせる千鶴に「もちろん、優しい人だというのも分かります」と付け加えるミーファ。

「底が見えない、という意味では、確かに、そういった感想を持たれても仕方がないのかもしれませんね」

 そう言った千鶴は目を伏せて苦笑するしかない。

 自分もまた、シン/神宮寺敦という人間を、あまりよく知らない。二年ほど前に、ふらりと千鶴の生まれ育った天奏島に現れ、居着いた。

 初対面から失礼なことを言って来たり、突飛な言動で周りを振り回して、すっかり島に馴染んでいるが、彼の過去は、本土の開洛かいらく高校を中退したということ以外、何も知らない。

「男の子は分かりませんね。そんなことばかり言ってるから、ずっと恋人がいないんでしょうけど」

 自虐的に言って、場を和ませようとしたが、ミーファは目を閉じて「そうではないのです」と、かぶりを振る。

「私が怖いと申し上げたのは、彼らが音楽を好きなのだということです。とても無邪気で、それが、私には怖いのです」

 そう言ったミーファの不安を上手く汲み取れない千鶴は、もう少し詳しく聞かせて欲しいと頼む。

「どういうことですか」

「昼の、ユキさんたちの戦いをご覧になったでしょう。彼らがお使いになっていた武器は『戦奏器せんそうき』と言って、持つ者の音楽的素養を選び、力を与えます。ユキさんのブーツは“戦奏着せんそうぎ”、シンさんのエリュート―――ギター、と呼ぶのでしたね―――が“戦奏具せんそうぐ”、使い方は少し違いますが、いずれも根幹には魔奏石が使われています。当然、その力の源も、音楽です」

 ミーファは、命の恩人を悪しざまに言わぬよう、一つ一つ言葉を丁寧に選びながら話しているようだった。

「この世界では、音楽は“力”です。力とは、良い方にも、悪い方にも用いることができます。現に、今も、戦争が―――」

 千鶴は神妙な様子でそれを聞いていた。音の力は、戦争にも使われている、だから怖い、とミーファは言っている。そんな力を楽しそうに使うシンたちが怖いと言っている。

「なんか、難しい話をしてんなっ」

 ベッドに腰掛けたシーラが足をパタパタと動かしながら言う。

「そだね~。ミーファは、音楽が嫌いなの?」

 その隣で同様にパタパタしているユキが言った。

「え?」

「え?」

「ん~?どしたの~」

 空気が急速冷凍され、その一秒後に瞬間解凍された。

「ユキさん!?」

「ちょっとユキ君!?何勝手に入ってきてるの―――っていうか、いつから!?」

 いつの間にかそこにいた教え子に千鶴が言い、彼らに聞かれないようにしていたミーファがバツの悪そうな顔をする。

「『お着替えバッタリしてもあまり叱られない12歳未満ならノックは不要だ』と言われてまして~」

「要るわよ!誰に言われたのって、まぁ大体分かるけどっ!」

 千鶴の言葉は聞き流して、ユキは部屋の椅子に座って顔を俯けるミーファの前に進み出る。

「ミーファ、僕たちと一緒に行くのは嫌?」

 訊かれたミーファは、どう言えばいいのか分からず、答えに窮する。じっとユキに見つめられる王女に、生徒の性格をよく知る千鶴が助け舟を出す。

「ユキ君は、曖昧な言葉が嫌いな子です。余計なことは考えずに、嫌か、嫌じゃないか、それだけを答えてあげてください」

 それでもなお逡巡するミーファの手に、ユキが自分の手を重ねる。11歳の少年の手にしては、大きく、握力も強かった。その手が、ミーファを引っ張る。

「来て、ミーファ。遊びに行こう」

「え?ちょっとユキさん―――」

 意外と強引なユキに手を引かれるがまま、ミーファは連れ出される。

「先生、ちょっと外に行ってきま~す」

 自分より少しだけ歳も背も上の王女を連れ、ユキが出て行く。

「あ、はい。でも10時には帰るんですよ!この世界時計ないから大体だけど!」

 とりあえず保護者としての注意を忘れない千鶴の声に返事をして、さらに付け加える。

「は~い。あとシーラ、ちょっとアンディ借りるね~」

「なにぃっ!?」

 “兄弟”(姉妹)を連れて行かれる予感にベッドから飛び上がるシーラだったが、千鶴に捕まる。

「駄目ですよシーラちゃん。寝る前にまた髪をかさないと」

「まだ寝ねぇよっ!っていうかシーラちゃんはやめろっ」

 千鶴に子犬でも扱うように抱き寄せられ、じたばたともがくシーラが抗議の声を上げる。

「言葉遣いもそんな風じゃいけませんよ。あ、あと毛先が少し痛んでますから、明日、梳いてあげます。そうですね、今夜は私のベッドで一緒に寝ましょう。ちょっと狭いですが我慢してくださいねシーラちゃん」

「聞けよっ!!」

 喚くシーラの髪を撫でながら、千鶴は穏やかな声色で言った。

「うふふ、本当に男の子は分からないことだらけね。昨日まで女の子になんて興味ないおっとりした子だとばっかり思ってたのに」

「はあ?」

 アブソビエの夜は続いていく。

次回予告!

聴いたことも無い曲と詞を管理する謎組織“ジャスラッキュ”の正体とは!?(嘘)


因みに元曲はここにあります。

『Calm&Storm』

https://www.youtube.com/watch?v=0YIy4bF2h-k

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