3-A ワーキング・イン・アブソビエ
https://www.youtube.com/watch?v=NkgMn3nezHs
ユキのほっぺはもち肌、シンと千鶴の意外でもない関係、ルソラはブラック経営者(?)、ミーファは姫。ショートショート風の第三話Aパート、どうぞ。
はしたない行動であるとは分かっていても、頼まれてしまったらそうするしかない。
ミーファは、自らを納得させると、ユキとシンが眠っている部屋の扉を開けた。
暴漢から自分たちを守ってくれたユキはしばらく体が動かず、シンが部屋まで背負っていった。その後、シンはアブソビエの片隅にある宿屋を一人で切り盛りするルソラに床を応急修理するよう命じられ、明け方近くまで働かされたはずだった。
斯くして、それなりの命の恩人に対し「まだ寝てるのかい、さっさと起こしてきな」と、無慈悲に言い放った宿主に言い返す言葉を持っていない気高き王族の血を引くミーシャは、生まれて初めて男性が無防備に眠る寝室に一人で入り込むことになったのであった。
「ユ、ユキさん、シンさん、起きてください。ルソラさんが呼んでいます」
なんとなく部屋に入って、まず匂いを嗅いでしまった自分に恥じ入りながら、小さな声で起床を促す。だが、何故か一つのベッドに寄り添って眠っている二人は起きる気配も無い。
ミーファは再び意を決すると、大した距離ではないベッドの脇まで恐る恐る歩いていき、先程より大きな声を出す。
「ルソラさんがー、きりきり働けと申し上げておりますー!」
人を蟻か何かと勘違いしているのではないかと思われたセリフを、そのまま伝えて差し上げる。しかし起きない。仕方なくユキの耳元まで顔を持ってくる。
「ユキさん、起きて。昨日のお礼も言いたいので起きてください」
ミーファの細い銀髪が顔に触れ、くすぐったそうにするユキの丸い顔の頬を、こちらも細い指で軽くつつく。
「柔らかい」
呟く。
今一度断っておくと、ミーファはやんごとなき高貴な身分の少女である。本来ならばそのような俗っぽいことはしないのだが、同じように14歳の少女でもある。目の前で気持ちよさそうに眠っているユキを見て、ついついしたくなっちゃったのである。
むにゃむにゃと口を動かすユキを起こさないように―――起こさなければならないのだが―――今度は親指と人差し指で、そのもち肌の頬を軽くつねる。
「伸びる……」
念を押す―――断じて!ミーファはやんごとなき高貴な身分の少女である。男の寝室に忍び込んで11歳の少年の柔肌を引っ張ったりしたらいけないのである。しかし14歳の好奇心旺盛な少女は、ついに両手を使い始めた。罪作りなのは、ユキのほっぺである。
そうこうしている間にシンが起き出していることに、朝の陽光が差し込む部屋以上にキラキラと輝いた表情で年下の少年の頬をむにゅむにゅとやっている夢中なお姫様は気付かなかった。
「ん?ミーファ、何してるんだ?」
「あ……、わ、忘れてくださいっ!!」
「え?なにを―――ぶっ!」
くどいが、ミーファはやんごとなき以下略。自分から忍び込んでおいて、いざシンが目覚めたらその顔に二日続けて打撃を加えるようなことはしちゃいけないのである。もう高貴な身分とか関係ないけど。
そうして、彼らのアブソビエでの朝は始まったのだ。
『年齢ネタはこれが最後』
宿屋の朝は早い。
「なんかほっぺたがジンジンする」
「奇遇だなユキ。俺もだ」
つねられたのと平手の違いはあれど、両方の被害をもたらしたミーファは恐縮しきって、朝食のパンを口に運んでいる。
「ほら、とっとと食っちまいな。仕事は多いよ」
朝から快活な声を出すルソラを、真夜中の日曜大工を押し付けられたシンが恨みがましく見つめる。
「お前は鬼か。昨日散々こき使いやがって」
「この丸顔坊やが壊したんだろう。文句ならユキに言いなよ」
「苦情は24時間受け付けます~。反省するとは限りませんが~」
「ちょっと志動……ユキ君、パンくずポロポロ落とさないで、しっかり座って」
未だ寝ぼけた声を出すユキは千鶴に任せ、シンはルソラに労働について訊く。
「それで、何をすればいいんだ」
「そうだねぇ、まぁ、シンは基本的に力仕事をやってもらおうか」
「こっちは戦力になる労働力が少ないからな。小学生、女の子、アラサー」
「シンさん?それ以上言うとこのナイフを持つ“手が滑り”ますよ?」
以前、シンが島の役場で千鶴の両親と秘密のお見合い計画を立てていたのをユキから知らされたときと同じ笑顔で言う。
「……キレやすい20代後半に命を狙われている男もいるしな」
ルソラはやり取りにカラカラと笑いながら言う。
「年齢なんざ関係ないよ。むしろ女は肉体的にハンデがあるからこそ強くなれる。反骨心って奴だ」
男より男前な人生経験を感じさせる言葉に感銘を受けた様子の千鶴は、憧憬を湛えた表情でルソラに訊く。
「ルソラさんは、おいくつからこの宿を始められたんですか」
「ん~?17くらいだな」
「え……今、おいくつ?」
「22だ」
「畜生!負けません……負けません……」
「これが反骨心か」
「ユキ、これは少し違う。もうちょっとドロッとしたなにかだ」
『着替え』
昨夜から同じ服を着ているので、着替えることになった。
自分たちの服装があまり気にされない程度に雑多な衣服文化を持っている世界のようだが、化学製品を使った服は無く、柔らかく、着心地の良い服に着替える。リートレルムは暖かい土地なので、鮮やかなパターンが織り込まれた、薄手の民族衣装といった感じの衣服だ。
「うわぁ、ダボダボだぁ~」
ユキが盛大に余った袖や裾をたくし上げたり、余った部分を腰に巻いたりして悪戦苦闘している。そこらのシーツを巻いた方が良いのではないかと思うほどだ。
シンは独り身の女の家に男物の服が常備されていることに違和感を憶えつつも、ふわりとした黒白のシンプルな上下のそれに身を通す。こちらは身長が180㎝ほどあるシンにもぴったりだった。
ややあって、ミーファと千鶴が着替えてきた。ミーファはあまり変わらずシンプルなドレス姿。千鶴はやや派手な極彩色の服で、ワイシャツにパンツという地味なスタイルからのギャップが激しかった。
「チヅルの服はなかなか大変だったよ。サイズがなかなか無くてね」
恐らく胸のことだろうと思われた。ほかの三人と比べれば割と厚手だが、それでも十分にその大きさを主張していた。
「千鶴先生、胸がきついなんてなかなかベタですねぇ」
シンが面白そうに言った。
「う、うるさいですよ!あ、ユキ君のは私が仕立ててあげますからちょっと脱いでください」
「目が回る~」
ぐるぐるに巻き付けた布を引っ張られているユキを横目に微笑んだミーファが、ルソラに礼を言う。
「こんなお召し物まで貸して頂き、本当にありがとうございました」
「ああ構わないよ。貸衣装料はしっかり請求するからね」
「ははは、ルソラ、抜かりが無さ過ぎるなぁ」
シンが面白くなさそうに言った。
『修羅の道』
ルソラはずっと一人で宿を経営しているらしい。
「何でほかの従業員を雇わないんだ」
シンが大量の毛布を運びながら訊く。
「たまに雇うんだが、条件に合うやつがいなくてね」
「どんな条件なんだ?」
「そうだね。12時間連続勤務、十日連続で働いてもへこたれなくて給料より仕事のやりがいを―――」
「ルソラ、俺たちの世界にはブラック企業という言葉があってな。苦労しているのは分かるけど、俺たちでよければ力になるよ、うん。だからそっちの道には行くな」
『市場』
街の中央にロシェフ率いる第四師団が詰める巨大な城塞と、彼らが扱う諸々の兵器を作る工場地帯を構えるアブソビエは、イギルスタンの東端、リートレルムという大陸の中心に位置する交易都市で世界中から様々な人・モノ・音楽が集まってくる商業の街でもある、とルソラが買い出しのお供をさせているシンに説明しながら市場への道を歩いていた。
「といっても、今は西と戦争をおっぱじめちまったせいでいまいち盛り上がりに欠けるけどね」
「それにしては、早朝だっていうのにあちこちから賑やかな音楽が聴こえてきてるな」
「こればっかりは習慣だからね。といっても、義務感でやってる奴なんて一人もいないと思うけど」
そう言葉を交わしながら石畳の通りを歩いていくと、急に人口密度の膨らんだ一角がシンたちの目の前に現れた。
「さぁて、こっからはあたしらの戦場だよ、準備はいいかい」
ルソラが活き活きとした調子で言う。買い物ってそんなものものしいものだったか、と、シンは苦笑いを浮かべる
「仕入れは戦争さ。慈悲と優しさはここに置いて行きな」
「イエス、マム」
そういって二人は商人という兵士たちがしのぎを削る市場へと分け入っていった。
『服があった理由1』
その見た目・口調に違わず、ルソラは買い物の様子すら苛烈だった。次から次へと人でごった返す市場に突進し、良い食材・交易品を買い付けに来る商人たちからかっさらい、次々にシンに持たせた巨大な籠の中に放り込んでいく。
「大丈夫かい、シン」
「ああ、平気だ。ルソラはいつも一人でこれをやっているのか、すごいな」
背負った籠を抱え直しながら褒める声に、しかしルソラは「まぁ、ね」と、歯切れの悪い応答を返した。
「よぉルソラ、今日は何が入り用だ?」
大体めぼしいものは買ったところで、魔奏石を売っている今までと比べるとやや牧歌的な雰囲気の露店に顔を出したルソラに、顔なじみらしい男が親しげに声をかけてくる。
「そうだね、明かり用の熱魔奏石を貰おうか」
「はいよ。そこにいるあんちゃんが、新しい男か?」
店主がルソラの背後に控えている荷物持ちを指して訊く。
「おかしなことを言うんじゃないよタミル。新しく雇った従業員さ」
「ああ、そうかい。しかし、この間までいた奴よりかはちゃんとしてそうじゃねぇか。どうだいあんちゃん、ルソラを―――」
「あんまり余計なことを言うとツケにするよ」
ルソラが凄みを効かせた声色で言うと、タミルは「分かった分かった、毎度あり」と苦笑交じりに引き下がる。
「―――ったく。余計なお世話だってんだあのオヤジ」
ふん、と息を吐いたルソラは、後ろで黙ってやり取りを聞いていたシンの方を向く。
「あんたは何にも気にしないでいいよ。あんなの、ただのジジイの戯言さ」
シンはその言葉を受け「そうか」とだけ言った。
『服があった理由2』
宿は暇だった。
「なかなか客が増えないねぇ。赤字続きだよ」
会計を任された千鶴に、ルソラが愚痴めいたことを言うので、慰める意味で「あまり気に病まないで」と慰める。
「こうして無一文の私たちも止めてくださっている人柄があればお客さんも自然と増えていきますよ」
しかし、ルソラは自嘲気味に笑うと、遠くを見る目でぼそぼそと話し始めた。
「いや、それだけで済むのならいいんだけど、つい困ってる男とか見ると、放っておけなくて何カ月でも泊めちゃうんだ。いくらか金も渡してね、いつか返すって言われると信用して送り出すんだけど、戻ってこないんだよね」
「な、なんかごめんなさい。そんなつもりは無かったんですが、立ち入ったことを言ってしまって……」
「男前なお姉さんだね~」
「違うぞユキ、あれは、もうなんかいろいろ女として役満状態の人だ。あ、そうか、この服はその時の……」
一つ悲しい真実を知り、ダメ男アンテナを実装した雇い主には強く生きて欲しいと願うシンの目線の先で、千鶴が精一杯の励ましの言葉をかけている。
「尽くす女性ってとっても素敵だと思います。ルソラさんは何も悪くありません。私は―――そもそも男性経験が……じゃなくって!貴女のような人を放っておいてしまう人たちの方が悪くって、ああもうどうしよう分かんない!」
服もアドバイスも身の丈に合わせることが肝心である。
『姫①』
ミーファは、ここでは“ミーシャ”という偽名を使っている。自分の身分を隠すためだ。ついでに、一人称も“わたくし”から“わたし”に変えている。だが、“漏れ出してしまうもの”はある。
リートレルムに電化製品はない。当然、洗濯機のような気の利いたものは無いので、洗濯は手洗いだ。ミーファはルソラから渡された洗剤を衣服の入った桶の中に入れた。
「ねぇミーシャ」
取り掛かろうとすると、背後から呼びかけられた。
「何ですかユキさん」
「ベッドが変な風になる」
見に行ってやると、ベッドのシーツがぐしゃぐしゃに敷かれていた。本人なりに頑張ったのだろうが、これではいけない。
「分かりました。私にお任せ下さい」
自信満々で応じ、ベッドメイクをしているとシンがやってきた。だがその恰好が異常だった。
「なぁミーシャ」
「どうしたんですかシンさん。体中泡だらけじゃないですか」
「俺も何が起こったのか分からなかった。洗濯場に行ったらバブルの濁流に襲われて―――ところでミーシャ、さっき洗濯をしていたよな」
「はい。ユキさんに呼ばれたので、中断してきましたが」
「ルソラに言われた洗剤を使ったんだよな、“どれくらい”使ったんだ」
「一箱ですけど?」
「やっぱりねっ!いや何で「それが何か?」みたいに小首傾げてるんだ!ベタだなお姫様!!」
『詰めの甘さ』
結局、洗濯はユキとシンがやることになった。木製の大きな桶の中に入った衣服を手もみで洗っていく。
「ねぇシンさん。僕ちょっと気になったんだけどね」
「どうしたユキ」
「リートレルムは、たくさん自然のものが使われてるけど、“洗剤”だけ妙に浮いてるなって」
「……」
……。
「ねぇシンさん」
「よせ、ユキ。元々詰めの甘い作者だ」
……ごめんなさい。
『姫②』
用心にこしたことはないと、身体的な特徴を隠すため、シンから借りているフードは被りっぱなしである。
「流石に一日中着ているのは嫌だろう。元々汗臭い男が着てたやつだし、臭いだって気になるんじゃないか」
「服の臭いですか……?気にしたことはありませんね」
「そうなのか」
「ええ、一度来たお召し物はそれ一回きりで、もう着ませんから」
「ベタか!いや、つーかウソだろ?」
王族特有のぶっ飛んだ発言に思わず反応してしまう。
「はい、嘘です。そこまで勿体ないことはしません」
ロイヤルジョークである。この姫様、結構ノリが良いなと思うシン。
「だよな。間違っても俺のは捨てないでくれよ」
「三回くらいは着ます」
「もうちょっと頑張れ」
『日本人特有の事情』
変わらず会計をしている千鶴のもとに、ルソラが来て言った
「千鶴は目が悪いんだな」
「はい。眼鏡が無いと、遠くのものがほとんど見えなくて」
「眼鏡なんて、久しぶりに見たぞ。イギルスタン城下からやってきた学者連中が泊まりに来て以来だ」
この世界では、眼鏡は珍しいようだ。
「ユキから聞いたが、チヅルは、先生なんだってな。勉強をたくさんしたから目が悪くなったんだろう」
「あ、はい、まぁ」
千鶴はルソラの言葉に笑って誤魔化すしかない。島育ち特有の娯楽の少なさとインドア派ということもあって、家でBLゲームばかりやっていたら目が悪くなっていったなんて説明しても理解して貰えないことは分かり切っているからだ。
「世界が違うとどう伝えていいのか分からないね~」
「同じ世界に生きている俺でも初めて千鶴先生の家に行ったときは流石に少し驚いたけどな」
『ポケモンと密林』
言語魔奏石のおかげで、基本的に言葉の壁を感じることは無いものの、ある程度文化が共有できていないと伝わらない言葉はある。
「この世界にエレキギターは無いんだよな」
というシンに「え?なんですかそれ」と困惑するミーファ。
リートレルムに無い概念や言葉は、全く伝わらないか適当に変換されて伝わってしまうので、あまり固有名詞を出すのも控えた方が良いと思われた。
「へぇ、ユキさんたちの世界では、その……そういう娯楽があるんですか」
ユキに「そちらの世界で流行っているものはありますか」と訊いたミーファが、少し顔を赤らめる。
「うん。でも二段階のメガシンカは流石にやり過ぎだと思うんだ~」
※解説
『ポケット○ンスター』は英語圏では卑猥な意味に取られかねない。
「で、その“びーえるげーむ”ってやつはどこで売ってるんだいチヅル。」
「ええと、アマゾンとか……」
「木に生ってるのかい」
「え?」
「え?」
「まぁ、そうなるよなぁ」
アニメ絵の美男子がくんずほぐれつしている絵がパッケージに描かれた物がマンブローブの枝に生っているのを想像して止めたシンが呟いた。
『シンと千鶴の関係』
「ユキさんは、チヅルさんの生徒なんですよね」
「そうだよ~」
ミーファの問いに頷くユキ。
「ユキさんにとって、シンさんは歳の離れたお兄さんみたいなものなのですよね。じゃあ、シンさんとチヅルさんはどんなご関係なんですか」
ユキは垂れ目を瞑り、シンと千鶴の関係を思い出す。
―――シンさんが役場のお手伝いとして島に来たのは二年くらい前だ。僕らの学校に来て千鶴先生に会ったとき、いきなり「若く見えますけど、俺の八つ上なんですね」って言って怒られていた。「胸大きいのに色気ないっすねー」って言って殴られていた。僕も流石にあれは無いと思った。
それ以来、千鶴先生は、いつもシンさんを追いかけてる。それで、いつも怒ってる。「しょうがない人ですね。次にやったら今度こそ許しませんからね」って。シンさんは「いつまでも男のケツを追いかけてると嫁に行けなくなりますよ。立派な安産型なのに」って言う。そうすると先生は「あ、あなたのせいなんですからね!」って顔を真っ赤にして怒る。それは僕も尤もだと思った。先生には幸せになってほしい。
シンさんもシンさんだ。ラジオの無許可ジャックは日常茶飯事で、そのたびに―――局の人じゃなくて千鶴先生に怒られる。僕とトロッコで島を一周した時も当然怒られた。島の山からハンググライダーで飛んだ時は流石に僕も危ないと思ったし、実際にシンさんが怪我しちゃったときは泣かれしまった。シンさんは本気で困ってたけど、自業自得だったと思う。
でもそのあとで「もう千鶴先生を泣かす様な事はしません。約束します。ごめんなさい」って素直に謝っていたのは良いと思った。千鶴先生は「ばか」って言ったきり何も言わずに、診療所でシンさんを一晩中看病していたらしい。
お父さんは「若いって良いねぇ」って言ってた。何が良いのか分からなかったけど、次の日に漁協の若い人たちと漁船でフライボードを始めてまた怒られていたから、僕にはあまり良いものだと思えなかったです。まる―――
「あの、ユキさん?」
長考するユキを見かねてミーファがおずおずと声をかけると、ユキが目を開き、言った。
「『二人を見てる周りの大人が、なんか分からないけどニヤニヤしてる関係』かなぁ」
「なにそれこわいです」
『ツッコミ魂を感じる』
早いうちに食事の準備を始める。女性たちでスープを作る。
「ミーシャ、鍋に具をぶち込んでおきな」
ルソラが豪快に言って、ミーファもそれに従う。
数分後。千鶴がその鍋を掻き混ぜようとして、飛び退いた。
「な、なんですかこれ!?」
「ミーシャ!なんで野菜がそのままの形で入ってるんだい!出汁とってるんじゃないんだよ!」
「え?だって入れろって言うから」
―――ダダダダッ!
「ベタかっ!!」
「わっ!びっくりした!」
「何だいシン!いきなり駆け込んでくるんじゃないよ!」
咎められたシンは、バツの悪そうな顔をする。
「あ、ごめん。なんか呼ばれてる気がした」
「なんていうか、“こころいき”を感じました。まる」
『ラブコメの波動を感じる』
結局、千鶴がミーファを連れ出し、シンとルソラで炊事をすることになった。
「結構上手いじゃないかシン」
料理の手際を褒められたシンは「一人暮らしが長いからな」と言う。
「そうか、あたしもだ」
「親はいないのか」
「あたしは孤児だ。同情はするなよ。15年前にあった戦争で、そういう連中は多いのさ」
その戦争の中心にも、イギルスタンがあったらしい。
「今のイギルスタンの総統ってのが戦い好きでね。このアブソビエの街も、他国から奪った領土の一つさ」
シンは何も言わず、話しを聞く。一旦沸騰した湯に入りクタクタになってしまった野菜を切っていく。
「まぁ、お上の考えることなんてどうでもいいけどね。下々を巻き込むのは勘弁してほしいよ。今もそうさ。魔奏石なんて、今時人工でいくらでも作れる。粗悪品だけどね」
「そうだな」
しばし沈黙が訪れた。悪戦苦闘の末、一口大に切った野菜を鍋に再度投入してから、シンが静寂を破る声を出す。
「ルソラ。俺たちは明日にでも街を出るつもりだ。ミーシャを家に送り届けなくちゃならない」
ルソラは一瞬だけみせた表情の緩みを悟られないように突き放す様な声色で言う。
「ああ、とっとと出ていきな貧乏人。二度と来るんじゃないよ」
「いや、戻ってくるよ。二日分の宿代を返しに、必ず戻るから待ってろ」
「そ、そうかい。なら、待ってやらないことも無いけど―――」
シンとは目を合せないまま言うルソラに、シンは優しい声を出す。
「ルソラ、あまり気を張るなよ。一人でなったって、一人で居続けなきゃいけないことは無いんだ。お前が良かったら、宿代を払った後も、暫くここにいてやるよ」
突如、雰囲気の変わった会話に、動揺を隠せないルソラは目鼻立ちのはっきりした美しい顔を紅潮させる。
「な、な、な、何を―――」
―――ダダダダッ!
「ベタかっ!」
「わっ!なんだよ千鶴先生!」
「それはこっちのセリフです!なんですかそのベタベタなやり取りはッ!」
「なんのことだ。っていうか、なんでこっちに来たんだよ」
「面白そうだったから僕が呼びました~」
「あの、ユキさん、やっぱりこういうのはよくないんじゃ―――あら?」
外が騒がしいことに気が付いたミーファ。玄関口に出ていくと、宿泊客の一人が血相を変えて飛び込んできた。
「ど、どうされたのですか?」
荒い息を吐きながら震えている客にミーファが問いかける。
「あ、悪魔だ」
「え?」
「ガーゴイルが、街に……」
後半はバトルと新キャラ登場。お楽しみに。