2-B 平和主義者ユキ
この物語の重要アイテム『魔奏石』自分で考えて何ですが、何だこのチート魔石。
ルソラの宿屋は
「あんたたち、楽器は出来るかい?」と訊かれたことに納得できる光景が、通された広い部屋に広がっていた。
「わぁ、ドラムだ!」
素材などの面で、どちらかというとパーカッションに近かったが、ドラムでいうところのバスドラ(足で叩く部分)も付いており、ユキは喜んでその打楽器の場所に座った。
「あんたはエリュートを持っていたから、弾けるだろう?はい、これ」
ルソラが“エリュート”と呼んでいたそれは六弦のアコースティックギターだった。形も、シンたちの世界とほぼ同じ。椅子に座って軽く指で鳴らすと、弾き慣れた音が鳴った。ユキも、持っていたスティックで皮の張られた楽器をリズミカルに叩いている。
「へぇ、結構やれるじゃないか」
感心した声に、二人は機嫌を良くしてさらに音を宿で最も広い部屋に響かせる。
「誰もいないけど、演奏していればいいのか?」
ジンの疑問に、ルソラはやや浅黒い顔に配置された目立つパーツ一つ一つを派手に動かして笑った。
「魔奏石のこと、何にも知らないんだね。一体どんな田舎から来たんだい?」
「遠くの世界からやってまいりました~」
ユキがシンバルに当たる銅製の楽器を軽く叩いて音の鳴りを確かめながら言う。ルソラは少し首を傾げたが、深く訊くことなく話を進める。
「とりあえず、適当に演ってな。そのうち、仕事の内容が分かるよ」
シンは軽くチューニングを終えると、ユキに言った。
「大体中くらいのテンポで、適当に叩け。俺が合わせるから」
「いえっさ~」
ユキは頷くと、二本のスティックを叩き、カウントを取る。
「ワン、ツー、スリー―――」
四泊目が終わったと同時に、スネアとクラッシュシンバルを同時に叩く。力強いが柔らかい、大きな広がりを持った音が部屋いっぱいに響くと、シンがギターをストロークし始める。
DとGのコードを順に鳴らす簡単なシャッフルビートに、少しずつアドリブを加えていく。それに合わせ、ユキもドラムパターンを微妙に変えていく。とても明るい、心底楽しそうな演奏だ。二人のアンサンブルが部屋の明度を上げているかのようだった。
「あれ?」
違う、実際に部屋を照らす光が増しているのだ。天井のランタンから、より眩い光が発せられていた。
ルソラは椅子の上に立ち、二つ吊り下げられたランタンの一つを下ろすと、その中身である光り輝く石をユキとシンに見せた。
「この石が、この光の正体さ」
木の香りと柔らかなオレンジ色の光が照らす部屋でアコースティックな音が鳴り響く。
「あんたたちが演奏している音楽が、この石の動力源なのさ。このランタン自体も鉱石でできてて、中に入れると魔奏石同士で反応しあって、明かりになる」
得意気に説明するが、二人の反応は無い。ルソラは不審に思ってギターを弾き続けているシンの耳元まで近づく。
「……どうしたんだい」
「え、なんだって?」
「聴こえてないだけかい!演奏を止めな!」
無心にやっていたらしい二人のアンサンブルを強制的に終わらせると、宿の女主人はランタンを元の場所に戻し、再度“魔奏鉱石”について教授し始める。
「魔奏鉱石には様々な魔力が宿っていて、それを引き出せる状態にまで加工したものが魔奏石なのさ。音の力を取り込んで、それをエネルギーに変換している―――って、小学生でも習うことだよ?本当に知らないのかい」
「千鶴先生は教えてくれなかったなぁ」
「そうだな」
現役小学生のユキに同調してから、シンは、要するに“魔奏鉱石”が石油で、“魔奏石”がガソリンのようなものだと解釈した。確かに、世界を統べる重要な資源だ。そして、そのエネルギー源が“音楽”だという。嘘のようだが、実際に自分たちがやってしまったことだ。信じないわけにはいかない。
そして、そこから一つの可能性を紡ぎ出した。シンは、ルソラに訊く。
「なぁルソラ。“様々な魔力”って、例えば―――」
しかし、質問は玄関口の方でした大きな音に阻まれてしまった。
「なんだい騒々しい」
ルソラが向かおうとするのを制し、シンが先に行くと、宿の受付に大柄な男が三人、入り込んできていた。あちこちが破れた身なりはゴロツキそのものだが、頭にやるはずの栄養分を全て筋肉に配分したような身体つきをしていた。
「悪いが、今日は満室だよ」
ルソラが物怖じせず張りのある声で言う。男たちは動じず、腰に差した剣を抜くと、切っ先をシンたちに向ける。
「人探しだ。銀髪で碧い目の女と、その他三人」
シンは内心で舌打ちをした。追手を差し向ける早さではなく、あの武器を持ってこなかった自分自身にだ。取りに戻りたいところだが、ルソラを一人にするわけにはいかない。
「どなたですか?」
考えるシンの後ろから、ユキがひょっこりと出てきた。
「ユキ、危ないから下がってろ。あと、できれば部屋からあのギターを持ってきてくれ」
しかし、ユキは兄貴分の声に従わず、するすると男たちの前に進み出た。
「喧嘩はだめだよ~。そんな危ないものでやったら誰か死んじゃうかも知れないじゃない」
男たちとの距離は約五メートル。ユキはいつも通りの口調で近づくが、シンは気が付いていた。ユキの足が、正確にはブーツが小刻みに動いていることに。
「おい丸顔坊や!危ないから下がってな!」
ルソラが上げる鋭い声も聞かず、ユキは男たちに向き合った。
「シン、止めなくていいのかい」
「って言っても、ああなると聞かないからなぁ。あいつは平和主義者だから、喧嘩が嫌いなんだ」
呑気に頭を掻くシンに「そんなこと言ってる場合じゃないだろう」と焦りを多分に含んだルソラの声に被せるように、ユキが常時の間延びした調子とは全く逆の、静かな口調で言った。
「帰ってくれませんか?僕は喧嘩したり、人が死んだりするのが嫌なんです」
男たちはユキの要望をせせら笑う。
「おい坊主、あまり勇敢ぶって前に出ない方が良いぜ。つい手が滑ることもあ―――」
「喧嘩はだめだよ~なんてこと言ってちゃ、俺たちには―――」
「俺たちはもう何人か殺って―――」
―――人は、あまりにも想定を超えた事態に際し、心身の機能が一時的に停止する―――
≪演武―プレイ―≫
―――それは、男たちにとっては一瞬の出来事のはずだった。否、事実そうであったのだが、三人はいずれも、その時起こったことをスローモーション映像を見るかのように克明に憶えており、そのことが三人の思考に混乱をもたらした。
≪BPM250―ツインペダル≫
記憶に刻まれたのは、床を抉るように蹴り、瞬きの刹那で自分たちの喉元にスティックをそっと置いた少年の“行動”ではなく、あまりにも単純明快な“恐怖”であった。年端もいかぬ少年が、恐らく人を殺めたことなど無いはずの少年が見せた、圧倒的な“力”の前にはした金で誘拐を請け負った覚悟無き者たちは完全に委縮した。
恐らく、彼がブーツに差し込まれた短剣を抜いていれば、反撃の暇も断末魔も無く、三人の首は胴体から離れていただろうということが、残酷なほど確信できてしまう“恐怖”こそが、三人の植えつけられた記憶だった。
「帰って、くれますか?」
大柄な男の首筋にスティックを押し当て、ユキは再度“お願い”をする。
「あなたたちは、僕より早く動けますか?」
圧倒的な能力差を見せ、理解させるための言葉を紡ぎながら後ろに下がるユキ。間合いを取り、今度はブーツから二刀を抜いた。
「僕は誰も傷付けたくないんだ。でも、どうしてもって言うのなら―――」
その言葉が終わらないうちに、賊は腰をひかせ、足をもつれさせながら退散した。シンがユキの頭に手を置いた。
「お前は、並みの平和主義者じゃないもんな」
しかし、身を呈して仲間を守ったユキは、へなへなとその場に崩れ落ちた。慌てて抱きとめようとしたシンより先に細い腕が伸びてきた。
「ユキさん!」
「あっ、ミーファ、見てたのか」
物陰から顛末を見届けていたらしいミーファが、魂の抜けた様子のユキを首元を抱く。
「つ~か~れ~た~」
どうやらあの人間の身体能力以上の力を引き出すブーツも、全くのノーリスクで使える代物ではないらしい。
「ミーファ、ひょっとして、あいつらに捕まるつもりだったのか?」
シンが伸びているユキを抱いたミーファに訊く。ミーファが答えに窮している様子なので、言ってやる。
「俺は学校をドロップアウトして以後、必要な覚悟は三秒で決めて、絶対に迷わないようにしてる。そして、ミーファを助け出した瞬間に『この女の子を何があっても守る』って決めたんだ。だから心配するな。俺とユキを信じろ」
「ここではミーシャだって言ったじゃない~」
すっかりいつもののんびり屋に戻った様子のユキに呼び名を訂正される。
「せっかくカッコ良く決まったと思ったのに、細かいこと言うなよユキ」
ミーファは、腕の中で笑う少年と、彼に微笑みかける青年の様子を見つめた。ルソラを庇うように暴漢に向き合ったシン、結果的に誰一人傷つけることなく場を収めたユキを見つめ、言った。
「分かりました。あなた方を、私は信じます。宜しくお願い致します。ユキさん、シンさん」
「こちらこそ~」
「よろしくな」
「あー、それは良いんだけどね」
一つのパーティが生まれたやり取りを静観していたルソラが会話に割り込む。
「さっきゴロツキ共が言ってた銀髪の女の子と三人の仲間ってのは―――」
慌てて出てきたミーファは、フードを被っていなかった。シンは観念したように両手を上げた。
「ああ、大丈夫だよルソラ。俺たちもすぐに出ていくから。ルソラに迷惑はかけない」
しかし、ルソラは不満そうに鼻を鳴らす。
「もう十分迷惑だよ。床も壊しちまって、どうしてくれるんだ?」
いよいよミーファのペンダントを売り払わねばならないかと思った矢先、柔らかな声が三人に届いた。
「働いて弁償しな。何日でもこき使ってやる」
「おお~、つんでれだ~」
ユキの言葉に吹き出すシンに怪訝な顔をするミーファ。顔を少し紅潮させているルソラも、何を言われたのかはよく分からなかったが「うるさいよ」とだけ言っておく。
「ところで、ミー……ミーシャ」
今更だが、偽名で呼びかけるシンに返事をするミーファ。
「なんでしょうか」
「千鶴先生は?」
「眠っておられます」
「疲れやすくなる歳だからなぁ―――ぶっ!」
シンが、何事かと降りてきた千鶴が投げつけたギターと「誰が歳じゃコラァ!!」という怒声を顔面に受け止めていた頃、イギルスタンの宮殿ではイギルスタン共和国第七師団長イーフが国を治める総統に報告を終えていた。
「イーフ様、どうなさいますか?」
くたびれた顔の部隊長が、総統の執務室から出てきたイーフに支持を仰ぐ。イーフは側近の兵士たちと共に、歩きながら話す。
「任務は続行する。ミーファ様の確保が最優先だ。その過程で『戦奏器』も奪還する」
わざわざ任務失敗の愚を追及することなどしない。この国のトップに君臨する総統は、使えないと知った兵士は何の通達も無く切り捨てる。故に、イーフも「失敗は許されない」などと脅しをかける様な事は言わない。
「とはいえ、あの“兵器”が相手では些か骨が折れるということを申し上げたら、オーミット殿を向かわせると」
イーフ以外の四人の兵士から、緊張した雰囲気が伝わる。イギルスタン軍最強と呼ばれる第一師団長を増援に寄越すということは、思いのほか、事態は切迫しているのではないか、ということだろう。
下らないが、雑兵には雑兵にしか分からない恐怖があるのだろう、何か気の安らぐことでも言おうとすると、廊下の脇から突然人が現れた。
「イーフ殿。疲れておいでですね」
誰もがまずその風貌に驚き、慄いてしまう真っ白な能面を付けた軽装の騎士に、しかしイーフを含む五人は深々と首を垂れる。
「これはロシェフ殿、宮殿に戻られていたのですか」
第四師団長であるロシェフは、二メートルを超す細身の巨躯を深々と下げ、仮面越しでくぐもった、しかし穏やかな口調で話し始める。
「イーフ殿にお伝えしたいことがございまして。このロシェフの管轄するアブソビエの街にて、ミーファ様を攫った賊らしきものが見つかったと報告が入りました。空船を手配してありますので、至急私と共に参りましょう」
かつて起こったリートレルムの戦争が作ったという顔の傷を隠すための仮面越しにもたらされた報告の主に、イーフは礼を言う。
「ありがとうございますロシェフ殿。それでは、さっそく向かいましょう。お前たち、先に行って準備を整えておけ」
固い調子で指示を受けた部隊長たちを見て、ロシェフが手袋をつけた細長い指を顎の辺りに当てながら言った。
「皆さん。少々緊張なさっておられる。イーフ殿も」
洞察力に優れた師団長に指摘されたイーフは少し表情を変える。ロシェフは、懐から一本横笛を取り出す。
「こういう時には音楽を奏でるのが一番です。では一曲」
そう言って、笛を口の辺りにあてがい、吹くが、音が出ない。仮面越しなので当たり前である。それでも吹こうとする。次第に息が上がってきた。
演奏を、擬音にすると“ひゅ・ひゅーひゅぴ・ひゃひゅふ~”という感じである。当然音になっていない。この男、必死である。
「仮面取ればいいでしょうが!!」
たまらず部隊長が大声で言ったあと、非礼を恥じるように居住まいを正すが、ロシェフが「ああ、それは盲点でした」と言ったので、脱力した。
「それにしても暑いですね」
そう言って、いとも容易く仮面を脱ぎ、それでパタパタと大きな火傷の跡が残る顔を扇ぎだす。
「結構……簡単に脱ぐのですね」
一人の側近兵士に言われて頷く。火傷痕でボロボロだが、以前はかなりの美形だったことを思わせる顔だった。
「食事や入浴の時は流石に外しますね。ですが寝る時は付けたままです。これだけは譲れません」
いやついさっきみたいにちょいちょい外しとるがな、とは、流石に言えない。
「はぁ、そのこだわりの意味するところはよく分かりませんが」
少しやり取りに疲れが見え始めた部隊長は変人の師団長に「では、私たちは先に向かいます」と伝えた。
「はい、お願いします。ああ、あと仮眠室の準備もしておいてくださいね。最近寝苦しくて睡眠不足なんですよね」
「仮面被ってるからだよ!寝る時も外せよ!!―――あ、失礼」
思わず階級差を忘れ、怒りながら突っ込んでしまった。
「いえいえ、固く誓ったアイデンティティとはなかなか理解されないのが世の常」
「アイデンティティがあまりにグラッグラだから申し上げているのですが、いえ、もう結構です。空船の準備に参ります」
すっかり生気を抜かれた様子で去って行った部隊長とその仲間たちを見送ったロシェフは、仮面を被り直すとイーフに向き合った。イーフ自身も長身だが、それでもロシェフからは見下ろされる格好になる。
「如何ですかイーフ。師団長として役目は」
士官学校の教官時代の声に、イーフも16歳の少年らしさを取り戻した様子で言う。
「俺には、まだ荷が重い。そう感じています」
15歳で『戦奏器』に選ばれ、平民の中では最も誉れ高い地位である師団長の座に就いたものの、先程のロシェフのような人心掌握の術は無く、力不足を感じる場面が多かった。
「誰もが、私のように道化を演じられるわけではありません。イーフにはイーフのやり方を見つけて頂ければそれでいいのです」
自分と同じ、戦争によって滅亡した国からの移民であることから、ロシェフ自身も相当苦労を重ねたはずだが、そのことは微塵も感じさせない。怪しく判断されがちな奇妙な仮面を被った姿とその中身だが、彼のことを悪しざま言う人間は、少なくともイギルスタンでは一人もいない。イーフは自身にとって憧れの存在の言葉に大きく頷いた。
「一つ、私から助言をするとすれば、兵の前で臆面も無く失敗する姿を晒すことです」
「失敗、ですか」
「君は私の生徒の中でも完璧に近い。しかし、完璧な人間などどこにいません。どんな人間も間違いを侵す。誰もが弱みを持つのです。それを隠さず見せることはつまり、信頼の証だと、私は考えています。一つ、心に留めておいてください」
「はい」
その言動と、戦闘における冷酷さを以て“氷の将軍”と恐れられているイーフは言うと、ロシェフと共に空船へ向かった。
「それにしても、先生が仮面を外すのを久しぶりに見ました。学校では、一度も外されなかったでしょう」
「ああ、あれはキャラ立ちのためですから」
「キャラ……なんですか?」
「うむ、賢明な生徒よ、君はまだ知らなくてもよろしい」
ユキ君の本気と、新たな(愉快な)敵の登場。第二話、これにて終了です。