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S’s~天空詩曲と滅びの歌  作者: 祖父江直人
最終話 天空の歌
29/32

12-A 音の無い世界

最終話『天空の歌』はこの曲の仮タイトルでした。

『Melody Rain』

https://www.youtube.com/watch?v=NkgMn3nezHs


いよいよロシェフとの決着がつきます。はい、もう、つきます。最後まで巻進行で参ります。お付き合いください。

「俺たちの住んでいる島にな、こんな昔話があるんだ。ある日、島の漁師が、夜明け前に海に出た。漁をしていると、東の方から、ゆっくりと陽が昇って行った。とても綺麗な光景だったそうだ。

 そんな、海と空が太陽に照らされて金色に輝いている場所で、どこからか歌が聴こえてきた。その歌声は空から、優しく降り注ぐ雨のように聴こえたらしい。それから、その島は天奏島と呼ばれ、一年に一度、天唱祭という祭りが行われるようになった」

 世界中から聞こえた歌と、一筋の光が天空に向かって伸びて行ったのを見たシンは、ふと思い出してその話をしたのだが、聞かされている方は、仏頂面で床に倒れたままだ。

「その話を私にして、一体何になるというのだ」

 歌ではなく槍の雨を食らいながらも、それでも半分近くは弾き返し、串刺しにならないよう配慮された攻撃だったこともあって、オーミットは戦闘不能にはされつつも生きて、意識を保っていた。

「だから、その祭りでバンド演奏があるから一緒に出ようって話だよ」

「断る」

 仰向けになって身動きの出来ない体の、首だけをこちらに向けたオーミットの強情な声に息を吐くシン。

「カタブツが。そんなんだからロシェフや総統みたいなやつに利用されるんだよ」

 尋常ではない忠誠心には、必ず何か裏があるはずだと踏んでのシンの言葉に、オーミットは鼻を鳴らす。

「私のことなど、どうでもいい。シンディオの民が息災でいてくれれば、それで―――」

 言葉が切れたのを怪訝に思い、厳つい顔を覗き込むと驚いた。全てを飲み込むように強く見開かれた目から、涙が零れていたのだ。

「済まない、民よ。私が脆弱なばかりに、またもその命を危険に晒してしまう。済まない―――」

 うわ言のように繰り返す様子を見て、シンは一つまた覚悟を決めた。他人の秘密を欲しがるときは、まず自分の秘密を明かしてから。

「俺は、訳あって今、本当の名前を捨てているんだが、お前にはバンドに誘った手前、教えておいてやるよ。家持慎平いえもちしんぺい、それが俺の名だ。オーミット、お前は、なんていうのか教えてくれるか?」

 半壊した礼拝堂に、静寂が訪れた。オーミットは少し息を吐き出した後、本名を告げた。

「……オーミットナイク・ジェス・シンディオ」

「名字持ち、か」

 皮肉な話だ、とシンは思った。アルマたちも、このオーミットも、自分たちの生まれ育った国とそこに生きる人々のことを思って動いていたが、その行動は全く正反対な方向を向いてしまった。

「お前は、イギルスタンに仕え、イギルスタンのために戦っていたわけじゃなかったんだな。いつだって、そこに併合されたシンディオの人たちのために戦っていた。最後の王として」

 シンがオーミットの傍らに胡坐をかいて座り込み、彼の今までの苦し過ぎる労をねぎらうようにいった。

 旧シンディオが、不当な扱いを受けないように、総統に近い場所で、その暴走をいつでも止められるように軍の頂点に位置する第一師団長の地位に就いた。そして、その地位を守るため、己にイギルスタンへの絶対服従を強いた。

 そういった思いの全てを受け止めたうえで、それでもシンはいった。

「いくらなんだって不器用すぎるだろう。もうちょっと上手くできなかったのか?王様よ」

 目を閉じたオーミットは何も答えない。今になって自分の道を疑うことを許さないのだろう堅物に、シンはいってやった。

「お前が、イギルスタンの総統になればいいんじゃないか?」

 オーミットは、イーフと同じく既に平民である。その身分が、形式上は王族のままだったシーラとは違い、正式にシンディオ王家として戻ることが叶うかは分からない。

 ならば、オーミットでもなれる最高の身分に就けばいいのでは、というシンの提案だった。

「私、が?」

 目を開き、言った傷だらけの一兵士に、シンは大きく頷いて見せる。

「お前ならできるさ。誰よりも人を思うことができるお前なら」

 オーミットは再び天井を見上げた。薄く目を開けるその顔は険が消え、寝息のような吐息を漏らすだけだった。

「だから、俺とバンド組もうぜ」

「……断る。“だから”とは何だ、“だから”とは」


 この感覚は数日ぶりだった。イーフの空船に乗り込んだ時以来だ、とユキは思った。

 当然スリルを楽しむような余裕などない。今ユキは、あの時の恐怖の鬼ごっこを人数を三十倍にして行っているのだ。

 体には、かなりガタが来ていた。11歳の体には負担の大きすぎる三日間だがしかし、ユキは立ち止まらない。自分の心が叫んでいるからだ。止まるな、と。

 ここに来る前、父と交わした言葉を思い出す。診療所の医者として、病気を抱える妻の夫として多忙な昭光は、ユキの世話をほとんどシンに押し付けてしまっているという事情ゆえ、あまり口出しはしなかった。だが、流石に体中を傷だらけにして帰ってきたユキが、再び―――どこかは知らないが―――向かうと行ったときには強い語調で引き留めようとした。

 だが、ユキはいった。

「お父さん、僕はミーファと約束をしたんだ。絶対に守るって。お父さんも、翔君としたんでしょう?」

 父の無言を肯定と捉えて、ユキはこう続けた。

「僕も、お父さんみたいになりたかった。誰かに約束できるくらい、強くなりたかった。ううん、今でもそうだよ。だから、僕は行く。約束、果たしてくる」

 昭光は息子の目を、本当に久しぶりに見た。誰からも責められているような視線は、他人であれば耐えられたが、肉親からのそれには、絶えられそうにもなかったからだ。

 だが、ユキは、何の曇りもない目で昭光を見ていた。

 行って来い、などとは言えず、シンとイーフと共に去っていく姿は、かつて昭光が失ってしまったものを、確かに受け継いだ姿だった。

 だから今、ユキは走り続ける。イーフは上だといっていた。それ以外に何もわからないが、ひたすら上へと走った。

「あり?」

 そして、行き止まりにぶち当たった。それはそうだ。行き当たりばったりで走り回っていれば、いずれそうなる。

 追ってくる兵士たちの足音を感じながら、参ったな、という風に頭を掻いていると、近くの窓ガラスが勢いよく割れた。


『ユキ、大丈夫か』

 アンディと、その背に乗ったイーフが降り立ち、ユキは顔を輝かせる。

「ありがとうアンディ、イーフ」

 そういえばこいつはずっと自分のことを呼び捨てにしているなと思いながらも、イーフは今咎めるべきはそこではないと自らを律した。

「何をしているんだお前は、アンディが気付かなかったら死んでいたぞ」

「背水の陣に賭けようと思っていました~」

 平常そのものの声に、イーフが少し笑う。そうだ、こいつはただ前に進んでいくだけだ。行き止まりだったら、引き返すか、その壁を壊してでも前に進む。そこに一切の躊躇はない。

 近づく百人以上の兵士の軍靴の音に、イーフは拳を握りしめた。平静ならば、何のことは無い人数だが、今は手負いの身だ。どれほど持つかは分からない。

「ユキ、お前はロシェフを討つために体力を残しておけ」

「具体的には?」

 イーフはやってきた兵士たちに、獲物を狩る獣の如き笑みを見せ、いった。

「ここは俺がやる。手を出すな」

『我も加勢しよう。ここは餌が多いな』

「ほどほどにね」

『心得た』

 ガーゴイルが咆哮し、イーフが大群に飛び込んで行った。


 老練の兵士とはいえ、やはり一対一では勝ち目が無く、数合の斬り結びを経て、イギルスタン共和国総統エマルサは絶命した。

 斯くして、三十年にも渡って続いた半独裁体制は、最も民主的ではない方法によって強制的に終わりを告げたのだが、ロシェフは血に濡れた仮面から覗く景色に、特別何の感慨も抱かなかった。最早他人を殺すことにも、飽きてしまったのだ。この世界の全てに、ロシェフは飽きていた。

「次の世界は、もっと面白いといいのですが」

『保証はできない』

 執務室の椅子に座り、いつからこの世界の破壊を求め出したのだろう、と今までを思い返してはみるものの、明確な答えは出せずにいた。

 記憶力が悪いわけではない。逆に、生まれてから今まで起こった出来事を時系列に沿って説明することも可能だ。だが、そうしたところで意味が無い。自分にとっては、生まれた時からこの世界は灰色で、無味乾燥なものだったからだ。ラスティミーズ王家の近衛兵だった親からは、自分は生まれ持っての怪物だと評された。曰く、他人に対しての情がまったくなく、自己中心的で、悪行に対する罪悪感を抱けない。

 その通りだったし、それの何がいけないのかが分からなかった。ただただ、ひどくつまらなかった。

 そんな日々の中、今から十五年ほど前に、妙な声が頭の中で聞こえ出した。

 “彼”の声に従うと、少し面白いことになりそうだったので、声の通りイギルスタンと内通し、戦争を引き起こした。十五歳で、既に十分な剣技を治めていたロシェフは国王たちを惨殺し、城に火を放った。無傷では怪しまれると思い、わざと顔に火傷を作り、『最終戦奏器』と、生後数か月のイーフを持ってエマルサに会いに行った。そして、どうやらエマルサも自分と同じく“彼”を宿していることを知り、イギルスタンに仕えることにした。それから『時が来るまで待つ』という“彼”の言葉を信じ十五年、ようやくやってきた高揚の瞬間にも、どこか虚しさを感じていた。

 きっともう、この世界にはロシェフの退屈を晴らしてくれるようなものなど無いのだろう。だから壊すのだ。飽きた玩具は、海の底に捨ててしまうのだ。

「あなたは、どうやっても彼らには勝てないわ」

 背後から声。ロシェフはエマルサの返り血を浴びた仮面を、後ろで全てを見届けていたミーファの方に向ける。

「ほう、それはどうしてですかな?」

 相変わらず苦しそうにしながらも光の宿った蒼い目でロシェフを射抜く。

「あなたの行為には“覚悟”がないもの」

「分かりませんねぇ」

 首を傾げるロシェフ。ミーファは冷や汗に濡れた顔を不敵に歪めた。

「なら、教えてあげる。人の生死を玩具のように扱う人間の生に“覚悟”はないわ。自分以外の全てを欺き、嘘を重ね、空っぽのまま生きていたあなたが恐れるのは“死”だけ。自分勝手な“破壊”や“終わり”にしか目を向けないあなたに、今この時を全力で生きる人間には敵わない」

 切れ切れの息でロシェフを糾弾する声は、しかし、完全な狂人を前にしては馬の耳に念仏だ。

「なるほど。意味は分かりました。が、私からすれば、何故あなた方はそのような“覚悟”までして生きたがるのか、理解できませんねぇ。

 しかし、私が“死”を恐れているという話は傾聴に値するものがありました。確かに、死んでしまっては元も子もありません。この世界が崩壊しても、私だけは助かりますが、いずれいつかは死んでしまう。それは勘弁願いたい。私はまだ、色々と遊んでみたいことがたくさんありますので、“次”は、死を超越する方法でも探すとしますか」

 完全にこの世界を見限った物言いに、ミーファは手負いの獣が牙を剥く様にロシェフを睨みつける。

「一国の王女がそんな顔をしてはいけませんよ。―――よろしい。先程の話のお礼に、一つ、良いことを教えて差し上げましょう」

「何?」

 胸を苦しそうに押さえながら訊くミーファに向かって、ロシェフは長細い指を一本立てる。

「この世界の滅亡を止める手が、一つだけあります」

 ミーファの目が見開かれる。仮面の奥でロシェフが相好を崩れさせる。

「この『最終戦奏器』のトリガーはあなたです。故に、この魔奏石の存在も、あなたなくしてはあり得ない。と、いうことは―――」

 ロシェフは仮面越しに見据えたミーファを指差し、告げた。

「あなたの死が、この魔奏石の寿命です」

「え……」

 ミーファの目から光が消えた。


「あなたが生まれた直後、母君であるラフティス女王が亡くなった段階で、≪滅亡絶歌―ディスコードヴォイス―≫はあなたに受け継がれた。故に私はあなたが“滅歌”を扱える歳になるまで十五年も待つ羽目になったわけです。コーディシア王家の女児にしか受け継がれない“滅歌”の血が絶える時こそ、『最終戦奏器』がその力を失うとき」

 両膝を付き、長い銀髪が顔面を覆っているミーファを見下ろしながら、ロシェフは続ける。

「前言を撤回しましょう。死んだら元も子もない。そうではないようです。この世界のためになる有意義な“死”もまた、ある。あなたの存在が、それを証明してくれました。ありがとうございます、ミーファ様」

 恭しく礼を言ったロシェフに、ミーファは顔を上げ、再び憎らしげに仮面の男を見上げる。顔面に銀髪を絡みつかせた形相に、ロシェフは少し狼狽したような声を出す。

「さきほどから、とても王女とは思えぬ表情ですね。私を睨んだところで何も変わりはしませんよ。この状況を生んだのは私ですが、そもそもあなたが居なくては起こり得なかった。これは厳然たる事実です。どうか誤解なきよう」

 詭弁でしかなかったが、それに取り合う暇すらも惜しかった。自分が死ねば、この世界の崩壊は、止まる。

 そう、自分がいるから、こんなことになったのだ。幼い頃から王女であり兵器でもある自分。すべてを壊してしまう自分の声が、ずっと嫌いだった。嫌いな声が大好きな世界を壊そうとしている。

 なら、どうする。自分の声を壊すしかない。自分を、壊すしかない。自分を―――

 結論に達しかけた時、自己破壊的な考えを優しく解すかのような力強い温もりがミーファを包んだ。冷たい鎧を来た、暖かな人。

「ミーファ、耳を澄ましてみて、歌が聴こえるよ」

 そして、柔らかな見た目に硬質な信念を宿した声がした。彼の言葉通りにしてみると、微かに聴こえる。聴いたことのない、数えきれないほどの、歌声。

「街を逃れたイギルスタンの住民が歌っているんだ。“滅歌”を止める“唱歌”を」

 ミーファは伝う涙を拭わず、そういった愛しい人の身体を自分からさらに強く抱きしめた。

「やはり生きていましたか、イーフ……と、小さき勇者殿」

 ロシェフが面白くなさそうにいう。そんなロシェフを睨みつけるイーフは、どうやら新たな手傷を体中に負っているようだ。それにも構わずイーフはただミーファの体調を心配する。

「どうしたんだミーファ。身体が辛いのか?」

「『最終戦奏器』がミーファ様を蝕んでいるのですよ。このままでは危険ですねぇ」

 他人事のようにしゃあしゃあというロシェフを殺意のある目で射抜くイーフ。だが、それよりも先にユキが動いた。

「どうすれば、ミーファは助かりますか?」

 進み出た小さな少年に、ロシェフは、仮面の奥の目を輝かせた。新たな玩具を見つけた目だ。

「そうですねぇ。ならば私と勝負して、勝ったら教えて差し上げます」

 そういったロシェフは、エマルサの死体を邪魔なゴミのように蹴飛ばすと、机の向こう側で何かの操作をした。すると、壁が崩れ、隠し扉が露わになる。

「ここは幾分手狭ですね。この先、上階に総統御用達の闘技場がございますので、そこでどうでしょう」

 あくまで状況楽しむつもりのロシェフは、隠し扉の向こう側に消えていく。

「それでは、お待ちしております」

「ユキ!使え!」

 逃げ出すロシェフを追おうとするユキに、イーフが自分の鎧を脱ぎ、渡した。

「負けるなよ」

「だいじょぶ、できる」

 走り去って行ったユキを見送り、イーフはミーファの苦悶を浮かべる顔に目を移した。

「イーフ……来てくれて……」

「話さなくていい」

 しかしミーファは首を振り、話し続けた。

「ねぇイーフ、一つお願いがあるの」

「何だ?」

「この世界の人たちが歌ってくれているのは分かった。でも、それでも“滅歌”は止められないの」

「ああ、知っている」

「なら―――」

「だめだ。それはできない」

 イーフがミーファの提案を遮る。ミーファが微笑みながら崩れ落ちそうになるところを、受け止める。

「イーフ、あなた、怪我を―――」

 イーフの背に手を回したミーファが、自身の手にべったりとついた血を見て目を剥く。

「少し無理をした。できればユキに加勢したかったが、足手まといにしかならなさそうだ」

 流石に、一人と一匹でイギルスタンの精鋭を相手するのは骨が折れた。アンディも手傷を負い、今はどこかで身体を休めているはずだった。

「夜が明けるまでに、確実にリートレルムは沈むわ」

 か細い声が滅亡のカウントダウンを告げる。

「そうだな」

「その前に、最後に、あの景色が見たいわ。連れていってくれる?いやらしい兵士さん」

「―――分かった」

 イーフはミーファを抱き上げると、血に塗れた部屋から一歩ずつ、踏みしめるように出て行った。


 ユキが向かった先にあったのは、執務室のある塔の直径ほどの円い闘技場だった。静かだ。外ではコーディシアと革命軍と、イギルスタン軍の交戦が行われているはずだったが、この部屋はまるで重厚なオペラハウスのように外の音を遮断していた。

「小うるさい歌も、ここならば聞こえない」

「あなたは歌が嫌いなの?」

 巨躯と小柄な二つの影が正対した。

「さぁ?ただ、外の歌は音程が外れまくっていますし声も不味い。碌なもんじゃありませんねぇ」

「そうかなぁ~」

 子供は分からない。特に、この小僧と話していると調子が狂う。芯が強いのに柔らかい。未成熟だが、完成されている。直情的に見えて捉えどころがない。

 まぁ、いいか。

「議論は無意味ですね」

≪演争―プレイ―≫

 ここで殺せば、わずらわしさは消えるのだから。 

「拳で語り合うとしましょう」

≪不協和狂宴―アンチハーモニックパニックワルツ―≫

 アコーディオンを滅茶苦茶に弾く。不協和音。外の“がなり声”より、よほど美しいと思う。

「僕は、戦うのは嫌だ」

≪演争―プレイ―≫

「でも、あなたがそのすべて壊してしまう石を手放さないのなら」

≪音壊舞踏―ブレイクビートブーツ―≫

「僕は、あなたを倒します……!」

≪重奏雷舞―スラップスアーマー―≫

「ほう、『戦奏着』を二重に発動させるとは」

 ロシェフが、感服したようにいう。

≪協奏―セッション―≫

 イーフの鎧を見に纏ったユキは足でリズムを刻む。

≪BPM160・4/4拍子・1/8音符≫

 ユキが二刀を抜き、大きく跳んだ。

≪狂奏演武―バーサーカーチューンー≫

 ユキの単純なスピードと、イーフの変拍子を加えた攻撃は変則的で目で追い切れるものではなかった。

「わっ!」

 ロシェフがアコーディオンを弾き乱すと、ユキの身体は吹き飛び、床を転がって行った。

「二段発動に、≪協奏―セッション―≫とは、素晴らしい素質ですね。

 ですが、“早さ”も“変則性”も、そもそも能力そのものを暴走させてしまう私の『戦奏器』に前では無意味―――」

 素早く起き上がったユキが再び床を蹴り、ロシェフの背後を取った。だが、その刃は届かず、直前で折られてしまった。

「―――っていったでしょ。あなた、人の話を聞きなさいって先生に叱られるタイプでしょ」

 距離を取ったユキが、今度は大きくジャンプし、半回転し、天井に“着地”。

「ふん!」

 大きく蹴り出した。

「無駄ですって」

 が、加速の付いた一撃も、ロシェフのアコーディオンの狂った不協和音に逸らされる。

 再び堅い床に沈むユキだが、口に溜まった血をペッと吐くと、何事もなかったかのように向かってきた。

「その態度は流石に、ちょっとイラッときました」

 ロシェフは、珍しく戦闘で自身の気分が高揚しているのを感じた。やはり、この子供はほかの有象無象とは違う。ここで確実に、殺しておかなければならない相手だと思った。

「『最終戦奏器』を、止めてください」

 声とともに折れた剣でこちらに攻撃を仕掛けてくる。

「やーだよッ!」

 攻撃をいなされ、床にたたきつけられる。立ち上がる。

 吹き飛ばされ、壁に激突する。背中を暫くさすり、また飛び掛かってくる。

 蹴られ、殴られ、踏みつけられ、その度に決定的な追撃の手を逃れ、立ち向かう。

 その後も攻防は続いたが、戦闘の情勢は完全にロシェフがペースを握っている格好だった。

 そうした一方的な展開の中、それでも尚立ち上がってくる様子にロシェフはいい加減にしろといわんばかりに苛立った声を上げた。

「全く、何を一生懸命になっているのですかね。どいつもこいつも下らない。さっきから妙な歌も聴こえてくる。本当に、足掻く姿というのはみっともないですね」

 ロシェフは嘲笑う言葉を意に介さず間合いを取るユキに不快感を覚え、いってやった。

「実はね、さっきミーファ様に申し上げたのですよ。あなたが死ねば、世界の崩壊は止まると」

 ユキの目が見開かれる。そうだ、この反応が欲しかったのだ。ロシェフは仮面の奥で頬を吊り上げる。

「まぁ、嘘なんですけどね」

 そして、絶望に叩き落す言葉を悠然と吐く。

「ついでに申し上げておくと、今歌われている『最終戦奏器』の抑止力たる≪天空唱歌―メロディレイン―≫も、根本的な解決にはなり得ません。全員、私の手で死ぬのです」

 そう口にした瞬間、ロシェフは妙な快感を覚えた。

「まさか、今のが、私の求めていたもの―――」

 ユキが突っ込んでくるのを弾き飛ばし、その正体を探るように自分の言葉を振り返る。

「はは……これが……そうか、楽しい、楽しいぞぉ~~~」

 吹き飛ばされ床を転がり倒れたユキを見ながら、ロシェフは自身を貫いた愉快な感情のままに、叫んだ。

「そうだぁァァァァぁ!!!!」

 その残響を、甘い蜜でも味わうかのように愉しんだ後、堰を切ったように喚き散らした。

「全部無駄なんだよぉ!お前やイーフのしていることも!ミーファの自殺も!悪あがきで歌ってる連中も!みんな死ぬんだ!俺の手で死ぬんだ!!なんてこった!!俺が壊すんだ!全部全部全部全部全部!!!!」

 狂人を気取って叫ぶのも飽きたと思ったが、こうして事実を積み上げていくと、得も言われぬ感覚があった。そうか、この世界を壊すのは『最終戦奏器』ではない。全て自分の力で壊され、殺されるのだ。自分で言葉にしてみて、その事実に恍惚とした。

「アヒャヒャヒャヒャヒャ!!これは良い!最後にお前らに感謝するよ、私は初めて人生で満足を覚えている!次の世界も僕の手で無茶苦茶に壊してやる!殺してやる!皆殺しにしてやる!アヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!」

 高笑いは数十秒続いた。その声が止んだのは、思っていたような反応が無かったからだ。憎しみを露わにするわけでも、叫び出すでもない。立ち上がったユキの顔には、微かな笑みがあった。

「あひゃひゃ……ひゃ?」

 ―――なんだ、この感覚は。ロシェフは、自身に芽生えた物に戸惑っていた。体が自然と震えだす。足が竦み、動けなくなる。

「笑うな……」

 ユキが静かに放ったその声を明確に聞き取ったロシェフが飲み込まれたのは、凍てつくような怒り。

「ああ、そっか」

 これは、恐怖。

「“死”を笑うな。“誰かにとって大切な命”を、嘲笑わらうな……!!」

 視界から一瞬、ユキが消えた。否、あり得ないスピードで突進してくる。反応が遅れたロシェフは、『戦奏器』の発動を断念し、剣で迎え撃つことにする。だが、イーフの能力を付加したユキに対する迎撃は、不可能だった。

 ロシェフにその拳が届く直前で剣を交わし、頭上に跳び上がったユキはそのまま側頭部に蹴りを放つ。抱えたアコーディオンを吹き飛ばし、床に叩きつけられたロシェフの上にマウントポジションを取ると、両の拳を握る。

 テンプルに強烈な打撃を食らって朦朧とするロシェフは「や、止め……」と呟く刹那、最初の一撃が仮面に入る。

≪狂乱連劇―バーサクビート―≫

 さらにもう一発、二発、三発……五発目で仮面が砕かれたが、十発目からは数えることができなくなった。

 秒速三十発に及ぶ拳が撃ち込まれ続け、数秒が経った。ユキはゆっくりと立ち上がりボロ雑巾のようになったロシェフに向かっていった。

「みんなに謝って、反省してください!」

 ロシェフは指を僅かに動かし、立ち上がろうと動作を始めた。

「こ、ここ、で……」

 ―――死ぬわけにはいかない。ようやく見つけた、この世界の退屈を紛らわす方法、こんな場所で、こんな子供にやられるわけにはいかない。

 ようやく立ち上がった時、目の前にはユキの呆れかえった顔があった。

何だふぁんだ何故ふぁぜそんな顔をするふぉんなかふぉをふるお前だっておまふぇだってそうだろうふぉうだろう自分ひぶんの、やりたいように、生き、る……」

 血反吐を吐きながら紡いだ言葉を否定したのは、自分の内側から聞こえた声だった。

『君はもう、脱落だな』

 無機質に、自らを見限る声。そんな、馬鹿な。

「私は、あなたの言葉に従って―――」

 瞬間、床が割れた。


 ―――数分前。

「良い歌だと思わないか、なぁ、オーミット」

 聖堂に届く≪天空唱歌―メロディレイン―≫の旋律に目を閉じて耳を傾けてるシンに、仰向けになったオーミットが「ああ」と肯定する。

「島のご先祖様が聴いたのも、この歌だったのかもしれないな」

 独り言のように呟いたシンの耳に、よく聞いた羽音が降ってきた。

「あ、アンディ!?」

 その巨体を飛ばすには少々薄いと見える羽根がところどころ破れ、片目が槍か何かの攻撃で潰されている血に塗れたガーゴイルがシンに何かを訴えるように唸った。

 当然、シンに怪物の言葉は分からない。だが、致命傷寸前の手傷をその身に帯びてなお、自分たちに伝えることがあるとすれば、ただ一つだった。

「オーミット、頼みがある」

「……バンド云々でなければ聞こう」

「ユキが今、ロシェフと戦ってる。サポートしてやりたいんだ」

 少し回復したらしいオーミットが、上半身を持ち上げる。その体に、シンは彼の武器であるギターを差し出す。

「一度、“セッション”しようぜ。俺の実力を見てから一緒に演るか決めてくれ」

≪絃槍演武―ダンサブルストリングス―≫

 さっきまでの敵に白い歯を剥き出すシンに苦笑し、オーミットはギターを受け取る。

≪撃奏轟火―クウェイクディストーション―≫

「いいだろう」

≪協奏―セッション―≫


 床を突き破ったのは、柄の半径が五メートル、長さが三十メートルに及ぶ巨大な槍。ロシェフは茫然と自分の身に向かうそれを見つめ、ユキは目を輝かせていた。

「ユキィ!真空突き抜けろォ!!」

「イエッサーーーー!!!!」

 ≪音壊舞踏ドラム≫、≪重奏雷舞ベース≫≪絃槍演武サイドギター≫≪撃奏轟火リードギター≫、全ての力が一つになる。

 ロシェフはフラフラとアコーディオンを手にし、演奏した。≪不協和狂宴―アンチハーモニックパニックワルツ―≫ならば、この出鱈目な力にも対抗できる、はずだった。

≪合奏―アンサンブル―≫

 だが、自分の方を向いたままの大槍は、ピクリとも動かない。

≪轟槍演武―キラーチューン―≫

「あは、あひゃひゃひゃ―――ふぅ、ダメだこりゃ……」

 シンの槍にオーミットの威力、イーフとユキの速さを加えた力は、強大過ぎた。

「シンさんからの伝言です」

 諦観の境地に達した耳に、そのマイペースな声は聞こえた。

「“刃の無い方を向けてやれ”だそうです」

 それは慈悲なのか、はたまた苦しみぬいて死ねということなのかは分からなかった。そんなことを考えられる暇もないまま、ロシェフの体はユキが放った槍と共に城の壁を突き破り、さらにはこの世界の空をも突き破り、その果ての“音の無い世界”にまで飛ばされていった。

 同時に、世界を覆っていた破滅の音は鳴り止み、リートレルムの崩壊は、止まった。

どうしてもあいつをタコ殴りにしたかった。スッキリしています。それでは明日、大団円となる12-Bでお会いしましょう。

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