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11-B 突入、イギルスタン宮殿

好きな展開を詰め込みました!!それだけでっす!!

 700年に及ぶ歴史を持つリートレルムは、この日、“最後の夜”を迎えた。

 『最終戦奏器』の発する音波によって、リートレルム大陸の地中にある魔奏鉱石が“共鳴振動”を起こし、断続的に地震のような揺れを引き起こす現象は、やがて大陸の最深層にあり、この大陸の安定を支える巨大な魔奏鉱石をも巻き込もうとしていた。

 大地は徐々にではあるが確実に砕け、天変地異クラスの地割れや火山の噴火などの予兆が出始めていた。この事態に、コーディシア王国から多数の同盟国に通信魔奏石のホットラインを通じて、ドゴール王の声明が送られていた。

 『ローレアンヌ王家の末裔を保護。現在、旧シンディオにて“滅歌”を抑止力たるもう一つの“歌”と姫君が向かった。同盟国の方々、その他この世界に生きるすべての人々に、この声明と共に送付した楽譜に書かれた“歌”を、共に歌って頂きたい。ローレアンヌ再興の祝祭と、この世界の新たな始まりを告げる歌を、共に』

 人々は束の間、各国の空船によって母なる大地を逃れた。そして世界リートレルムからは音が消え、闇が訪れた。


 イギルスタン軍による住民の緊急避難が進むアブソビエの街に、ヘギルの街と、コーディシアからやってきた二隻の戦列空艦、そしてそれに乗った兵士たちが集結し、アルマの造船所で突入の準備を整えていた。

 かつてはイギルスタンと国境を接し、幾多の戦争を潜り抜けてきたアルマが大きな声を上げる。

「イギルスタンの対空砲は半端じゃねぇ。せめて防御の緩いところを付けねぇとどんなに早い船でも城下町に入った途端お陀仏だ」

 集まった数百人の兵士と元シンディオの革命軍、それに、ガーゴイルに乗ってやってきたシーラと千鶴が強行突破だけではどうにもならない事態に押し黙る。

 この非常時に於いても交戦状態は解かれず、こうしてアブソビエの街にコーディシア軍が堂々と駐留する現在の状況も第二~第五師団までのイギルスタン軍が各地で救助活動にあたっていなければ領土侵犯で問答無用の戦闘が始まってもおかしくはなかった。

 エマルサは一体何を考えている。アルマは敵の狙いに考えを巡らせる。いかに頭のネジが緩みきった戦争狂いでも、リートレルム自体がなくなってしまえば己の大好きな戦争ができなくなってしまうことくらい分かりそうなものだ。

 だめだ、分からない。とにかく、目下の目標はドゴール王より仰せつかったミーファ姫、および『最終戦奏器』の奪還。それで何がどうなるということもなかったが、“滅歌”に対抗する“歌”による時間稼ぎも含め、やれることはやっておかなければ、死んでも死にきれない。

 アルマは、いたずらに仲間の戦意を下げる格好となってしまった先ほどの失言に舌打ちした。今ここで彼我の戦力差をどうこういったところで、やるものはやるしかないのだ。

 改めて、世界を守るために集まってくれた命知らずな戦友たちを鼓舞するべく息を吸い込む。だが、沈黙は、自分のものではない二つの声によって破られた。

「ユキ、なんだかお通夜みたいになってるぞ」

「まだ“だびにふされる”のは早いですぞ~」

 へギルの街より、謎の白い光とともに消えたと報告を受けた二人の帰還を告げる能天気な声に、アルマは、この場の萎れかけていた戦意が再び起き上がっていくのを感じた。


 声に真っ先に反応したのは千鶴だった。声がした造船ドックの入口の方に駆けていく。

「シンさん!ユキ君!!」

 大声で名前を呼びながら近づいていく毎、二人のシルエットが露わになる。しかし、その恰好は、何故かところどころ服が破れていて、酷く薄汚れていた。それはとりあえず置いておいて、まずは真っ先に聞きたいことを訊く。

「二人とも、どこに行ってたんですか!」

「ちょっと現世に戻っていました」

「三日ぶりのお家だったよ~」

「とても三日ぶりとは思えなかったけどな。軽く三週間くらいは―――」

 何やら危険なことを言い始めたシンを遮って、千鶴がいう。

「天奏島に戻れたのに、なんでまた舞い戻ってきたんですか?」

「そりゃあ、ねぇ、イーフ」

 彼らの後ろから、これもまた何故か汚れた格好のイーフが、バツの悪そうな表情で現れた。そんな元イギルスタン兵士、現フリーランスの“騎士”の肩を抱くと、シンがいう。

「連れの、愛する人を助けなければいけないですからねぇ!」

 馴れ馴れしい仕草を心底嫌そうに払いのけるイーフ。

「それに、千鶴先生を置いてはいけませんよ。なぁ、ユキ」

「まだまだ“ごしどうごべんたつ”をよろしくお願いします~」

 まったく、心配なんかしていなかったが―――本当にまるっきり、全然、これっぽっちも心配なんかしていなかったのに、いつも通り元気そうな二人の言葉に泣きそうになるのを堪えて、疑問を口にする。

「ところで、なんでそんなにボロボロなんですか?」

「全員で演奏してたら船を操る人間が居なくなるってことに気付くのが遅れた」

「また墜落しちゃったんです~」

「アホですか!!」

 千鶴が叫び、ルソラを始めとする革命軍たちが笑う。一まとめにアホ呼ばわりされたイーフは不機嫌そうな顔をしつつ、アルマに向かっていった。

「話は聞かせてもらった。空船の指揮は任せてくれ。イギルスタン宮殿の防空網なら俺が熟知している」

 アルマがイーフの前に大股で歩み出ながらいう。

「イギルスタン第七師団長イーフ様か、なんであんたがここにいるのか知らねぇし、俺達に協力するつもりなのかも知らねぇが、今はそんなこと気にしていられねぇ。信じていいんだな?」

「少なくとも、城の手前までなら行ける。運が良ければ、辿り着くこともできるかもしれない。あと、俺は“元”師団長だ。もう戦争も国も関係ない。あなた方に協力するのはミーファを助けるためだ」

 眼前に迫ったアルマの赤い顔にも圧されることなく、個人的事情と不安要素まで含めて言い切ったイーフの言葉に、満足そうに頷いたアルマは集まった兵士たちに指示を出した。

「テメェら、船出の準備を進めろ。このあんちゃんを指揮官にして、イギルスタン宮殿に突っ込む!」

 かつて世界の中心だった場所で「おお!!」と雄々しい声が轟いた。その中でひときわ高音の、変声期前の雄叫びに反応した千鶴が丸顔の少年を見る。

「ユキ君?」

 いつものお小言をいうときのトーンに問題児が警戒の色を見せる。さらに隣にいる兄貴分の青年も自分に媚びるような笑顔を向けている。

 まるで息子のおねだりを拒否する母親に「許してやれよ」と宥めにかかる父親のようだ。頑固な“母親役”となった千鶴は、頬を膨らませていう。

「何だか、私が悪者みたいじゃないの」

「いや、誰も千鶴先生が悪いなんていってないですよ、なぁ、ユキ?」

「先生、僕、どうしても行かなきゃいけないんだ。お父さんとも話し合ってきたんだよ?」

 男子三日会わざれば刮目して見よ、とはよくいったものだ。この三日で、この男の子は、どれだけの成長をしたのだろう。―――いや、ずっと自分が見ていなかっただけだ。シンのいっていた通り、この子は、もう立派な“大人”だ。

「誰も行っちゃいけないなんていってません」

 できた子のお母さん役は、疲れるなぁ。

「でも、約束して」

 ユキの目線のところまで膝を下ろし、抱き締める。その柔らかな頬に自分の顔を摺り寄せる。

「帰ったら、三日間補習ですよ?」

 泣いているのがばれないように抱き締めたのに、鼻水まで出てきてしまっては元も子もない。ごめんね、泣き虫な先生で。

「―――イエッサー」

 一回り以上上の教師の髪を優しく撫でながら、ユキが返事をした。


「テメェら!シンディオの魂がまだリートレルムにあることを知らしめてやろうぜ!!」

「おう!!」

 アルマの怒号にも似た激しい檄に、空の荒くれ者たちがこれもまた怒号で返す。

「コーディシアの兵どもよ!革命軍に後れを取るな、ミーファ様を奪回し、この地に平和を取り戻すのだ!!」

 コーディシアの部隊長も負けじと気炎を上げる。

 最大の作戦に挑むべく、準備は着々と進んでいる。少数精鋭と呼ぶのも頼りない数の兵士たちだが、戦意は十分だった。

「はぁ……どうするかなぁ……」

 その中にあって、シンは一人、不安を抱えていた。

『武器が無い』

 威勢よくここまで来たは良かったものの、どう戦えばいいのか見当もつかない。悶々と考えていると、背後から声がした。

「おい」

 振り向いた瞬間、頭をギターで軽く殴られた。軽くとはいえ、鈍器と喧嘩した頭は激痛だ。

「ルソラ、せめてグーパンチでお願いします……」

 蹲るシンに『戦奏器』を差し出しながら、ルソラが不機嫌そうな声を出す。

「まったく、人がせっかく徹夜で修理してやったってのに、もう落とすんじゃないよ」

 どうやら、ロシェフと戦った広場で落としたギターは、コーディシア兵の一人が持ってきてくれたらしい。シンは未だに鈍痛を抱える頭を押さえながら礼をいう。

「ありがとうルソラ、じゃあ、行ってくる」

「ああ、ちょっと待ちな。また少し調律したんだ。」

 いって、シンの持ったギターのボディの下部を指差す。見ると、やや青白く光った部分が見えた。

「だいぶボロが来てるみたいで、中に入ってる魔奏石の力が弱まってたからね。あたしが持ってる『戦奏器』の石の力を分け与えておいたよ。感謝しな」

 上手いものだと感心しながら下を向き、新しい魔奏石が埋め込まれた辺りを撫でる。

「ルソ―――」

 重ねて礼をいうため、目の前の女性の名を呼びながら顔を上げた瞬間、首の辺りに手が置かれ、口が塞がれた。

 ルソラが離れると、紅潮した顔が俯き加減に呟いた。

「……がんばりな。死ぬんじゃないよ」

 少しの間茫然としていたシンだったが、すぐに微笑みを浮かべ、ルソラの頭に手を置いた。

 しばし無言で頭を撫でることを続けていると、背後に不穏な気配を感じ、シンは首を向けた。そこにいたのはユキだった。

「ど、どうしたユキ」

 何かいつもと様子が違うユキに、少し慄きながら声をかける。ユキは「む~」と首を傾げながらいった。

「また、千鶴先生の婚期が伸びたな~って」

「どうしてそうなる!?」

 ルソラから離れ、ユキの言葉に抗議を行うシンの肩に、イーフの手が置かれる。

「戦いが終わったら、また別の戦いが始まりそうだな。ご愁傷さん」

「だからなんで!?」

「戦列空艦が出ます!イーフ殿とユキ殿は一番艦、シン殿は二番艦に乗船してください!」

 コーディシア軍の兵士の言葉に、緩い雰囲気は一掃され、三人は船に乗り込んでいく。

「死ねない理由が、お前にもできたようだな」

 先ほどの意趣返しとばかりにイーフがシンを茶化す。

「俺は元々そのつもりだ。死にたがりのカッコつけだった王子様とは違うんだよ」

「ふん、死ぬなよ」

「お前もな」

 憎まれ口を叩き合って、イーフとユキはコーディシア軍が指揮する一番艦に、シンはアルマが指揮する二番艦に、それぞれ乗船した。


 二隻の空艦が飛び立った直後、大きな地震が起こった。決戦に赴く船を見送った千鶴はシーラを後ろから抱いた。

「シーラちゃん……」

 無事を祈ることしかできない無力さを噛みしめる千鶴の思いを受け止めたシーラは、しかし、その手を振り解くと、片隅にいたアンディの方に向かった。

『どうした?シーラ。我はお前と共にいるぞ』

 鳴き声にしか聞こえないそれは、シーラの中では明確な言葉となって受け取れる。そして、アンディもまた、シーラの意志の全てが伝わる。

「アンディ、ユキたちを助けてあげてくれ」

『よいのか?』

「本当は一緒に行きたいけど、あたしには、やらなきゃいけないことがあるみたいだから、一人で行ってきてくれ。大丈夫だよなっ」

 小さな少女から言葉を貰い、頭を撫でられたガーゴイルは、鋭い目を細めた。他の者には分からない、アンディの笑顔だ。

『ああ、それでは行ってくるぞ、我が“姉”よ』

「行って来いっ、“弟”」

『“妹”だ』

 最後にするつもりはない会話を終えた一人と一頭の不思議な“きょうだい”は、それぞれの役割を果たすために歩き、飛び立った。


 大陸外の島国を除くリートレルム各地がイレギュラーな災害に見舞われているなか、イギルスタンもまた、直下型と思わしき巨大な地震と休火山の活発な活動、さらに津波の恐怖にさらされていた。

 総統から直々に発令された帰還命令に従い、第七師団を率いて自らの故郷たるイギルスタン城下に戻った第一部隊長ラキが見たのは、無残に倒壊した家々と、それを救助することなく対空防衛を敷く第六師団の姿だった。

「何をしているのだサイファ師団長は……!」

 戦列空船の甲板の上で歯を食いしばりながら第六師団長を糾弾する声を発したラキに届いたのは、通信兵からの通達だった。

「お伝えします。エマルサ総統より、王宮の執務室に来るように、とのことです」

「……分かった。下がれ」

 一足先に王宮に到着しているはずの第四師団長ロシェフが発動した『最終戦奏器』による震災に怯える街の中には、自分の妻と娘もいる。どうやら我らが指揮官は、国民の安全より戦争にご執心のようだ、と、以前から知っていたことを今一度確認すると、傍らに仕えていた兵士に指示を出す。

「私はこれより一人で王宮に向かう。第二~第五部隊に、この街の住人の避難誘導および救助を行うよう伝えろ。一人として、死なすな」

 師団長イーフが不在の今、この師団の指揮権は自分にある。ラキと同じく家族を持つ兵士は軽く頭を下げると、飛ぶように各隊への伝令へと向かった。

「イーフ殿、私も、イギルスタンを見限りたくなりましたよ」

 今はいない、堂々と軍からの離別を宣言した年下の上官に向けて呟くと、ラキは一人乗りの舟に乗るべく船倉へと向かった。


 『“滅歌”が世界に響いたようだな』との報を“声”から聞いたエマルサは全身が総毛立った。

 これは愉悦か、それとも恐怖か。自らの足元が音を立てて崩れ去って行く感覚に、感慨のようなものを感じてしまう自分はやはりおかしいのだろうか、エマルサは飴玉を含んだような笑みで、自分の下に到着した仮面を被った“相棒”を見て、いった。

「第六師団長は、どうした」

 恭しく腰をかがめてもなお自分の座高より上にある長身の部下は、面白くもなんともないといった事務的な声で応対する。

「サイファ師団長の故郷は、ローレアンヌで御座います。王の帰還の報を聞き、自らの職務を投げ打ってアブソビエの街へと向かいました。現在、指揮は私の方で執らせて頂いております」

「そうか」

 終わり行く世界に、悪あがきのような王政復古。まったくもって馬鹿馬鹿しい。

「コーディシアの馬鹿どもとシンディオの敗残兵どもはいつやってくる」

 目下の興味はそれだけだった。エマルサの興味は、あとどのくらいこの世界で戦闘の快楽と戦場が死に覆われる恍惚に身を委ねられるかという、ただそれだけであった。

「最新鋭の空船を使ってやってきますれば、間もなくかと、対空戦闘の準備は完了しております。第七師団及び第一師団も到着いたします―――おや、噂をすれば」

 ロシェフが顔を上げ、何もかを迎え入れるように執務室の扉を開けた。

「エマルサ総統ッ!!」

 怒気を漲らせて部屋に飛び込んできたラキを、エマルサは涼しい表情で迎えた。

「ラキ隊長、総統の御前ですぞ。お静かに」

「貴様ッ!ロシェフ、よくものうのうとこんな場所に居られるな!!イーフ殿をどこへやった!?答えろ!!」

 剣を喉元へと突き付けて脅迫されたロシェフが「おお、怖いこわぁい」と幼児をあやすような声色で応じる。

「ダメですよぉラキ殿。総統のお部屋を血で汚すようなことはぁ」

「総統!この男は、軍に造反し、『最終戦奏器』を発動させた奸物!何故処罰を下さぬのです!?」

 ロシェフの首へと向かう剣はそのままに、ラキがエマルサに問う。三十年に渡りイギルスタンの指導者であり続けた男は面倒の極みといった風に答える。

「私の指示だ。そういきり立つな、ラキ隊長、貴様は今日より師団長へと昇進。間もなくやってくるコーディシアと革命軍を迎え撃て」

「承服しかねます!!!!」

 ラキの叫びとともに大地が大きく揺れ、ロシェフがバランスを崩した。

「あ」

 その拍子に、首に深々と剣が刺さった。

「ラキ隊長、人を剣で脅そうってときに余所見は勘弁してください……よ……」

 ばったりと倒れたロシェフに、狼狽えるラキ。だが、エマルサは軽く鼻を鳴らすと「悪ふざけはよせ」とロシェフをたしなめた。

「はいはい」

 何事も無かったかのようにむっくりと起き上るロシェフが仮面を外してラキに笑いかけてみせた。

「ねぇ、死んだと思った?上官殺したって、心配になっちゃった?ねぇ?ねぇ?」

 ラキが目を見開いている。確かに刺したはずだ。というか、今もロシェフの首はラキの長剣が貫いたままだ。

「はぁ、もう突っ込んでもくれないのか。つまんねっ」

 見ると、血の一滴も流れていない首から「どっこいしょっと」と、剣を引き抜くロシェフ。

「“我々”はねぇ、ちょっと刺されたくらいじゃ死なないんですよ」

 見ると、刺された首のところが黒いもので覆われている。原理はまったく不明だが、どうやらあの黒いものが致命傷を防いだらしい。

「総統ぉ、どうやらラキ殿は戦闘よりも救援活動をしたいそうですよ?」

 エマルサがラキを睨む。その上と下の橋渡し役をこなす調整力は自らも認めるところだったが、やはり師団を任せる器ではないようだ。

「一時間だけやる。あとはどのみち戦闘だ。行け」

 まったく納得していない様子だったが、ラキは最敬礼すると、執務室を大股で出て行った。

 数分後、ほぼラキと入れ替わりにオーミットが現れた。その両手には一人の少女を抱いていた。

「おやおや、ミーファ様。お身体に障りますよ」

 “滅歌”の影響で体力を奪われ、荒い息をついてオーミットに横抱きされているミーファにロシェフが心配など微塵もしていない声を発する。

「王宮を抜け出そうとしていらっしゃいましたので、お連れしました」

 オーミットは無骨にそういうと、ミーファをそっと床に下ろした。座り込んだ姿勢のミーファは胸を押さえて身悶えしている。

「それはお疲れさまでした。第一師団の配備は―――」

「終えています。しかし―――」

「ならば貴様も王宮の警備に当たれ、オーミット」

 エマルサの二の句を継がせない物言いに、オーミットは押し黙る。だが、動こうともしない。

「やってくるのは、あなたの国の・・・・・・元国民たち。逡巡があるのですね」


「オーミット殿にはお伝えしておかねばならないでしょう。この世界、もう持ちません」

 ロシェフが酷く残念だという素振りでいう。

「そこで、“我々”は新たな世界へと旅立ちます。この任務を無事こなせば、あなたが守りたいものを救ってあげてもいいのですよ」

「それは、どういう―――」

「こういうことです」

 ロシェフがいって、その身体から漆黒のオーラを出す。エマルサもそれに続く。

「“神”は我々に味方している」

 オーミットは二人を順に見やった後、口を開いた。

「最後に、一つよろしいですか」

「なんだ」

「国王陛下、および政府のものがいないようですが」

「殺した。ほかには何かあるか?」

 僅かな迷いもない即答に、険のある表情を見せたオーミットだったが、それでも黙って部屋を出て行った。

「バカですねぇ、あのハゲ頭」

 オーミットを扉の先まで見送ったロシェフが、戻って早々感心したようにいった。それにはエマルサも同意する。

『さて、邪魔者は消えたか』

 “声”が二人に語り掛ける。ロシェフとエマルサは慇懃に頭を下げる。

「我が主、これから、如何致しましょう」

 自分をここまで導いてくれた“声”だ。どのような指示にも従うつもりだった。

『最早この世界は用済みだ。まだ見ぬ光の射す方へ赴こう』

「そこでまた、このようなことをするのですか」

『無論だ。怖いか』

「いえ、愉悦の極みで御座います。早く参りましょう」

『そうだな。しかし、その前に』

 “声”のトーンが少し変わった。エマルサは立ち上がり、ロシェフを、その仮面の奥にある好戦的な目を見据えた。

『私を宿す“器”は二人もいらない』

 冷淡な“声”の宣告に、狂王と狂兵は僅かな動揺一つ起こさず、それぞれの腰に下げた剣を引き抜いた。


 国民の救援に部隊を限りなく回したはずというイーフたちの読みは大きく外れ、イギルスタン城下に入った途端、二隻の戦列空艦への集中砲火が始まった。船体は爆裂音とともに大きく揺れ、頭上ではマストが折れたような音がした。

「イーフ殿!このままでは―――」

「回避動作など無駄だ!全力で突っ切れ!」

 たった二隻での特攻では、対空砲火のいい的だった。だが、怯むわけにもいかない。全速前進を続ける空艦に、ついに、決定的な一撃が加えられたのは、宮殿が残り一キロと迫った場所だった。

「限界です!船が墜ちます!」

 操舵手の悲鳴を聞き、イーフはより苦汁を舐める表情で船全体に脱出の指示を出した。

「ユキ、俺たちも避難―――どうした?」

「イーフ、僕らは甲板に出よう。アンディが来てくれた」

 イーフの返事を訊くことなく猪突猛進に駆けだしたユキを追いかけ、甲板に出る。凄まじい風圧に体の自由を奪われそうになるが、何とか持ちこたえ、空を猛スピードで駆けるガーゴイルの姿を目に捉えた。

『我の背に乗れ!』

 ユキは声のする方に向かい、猛然と墜ちていく空艦から飛び出すと、そこにいたガーゴイルの背がそれをキャッチした。

「ありがとう、アンディ」

『礼には及ばぬ。シーラの生きる世界を、ここで終わらせるわけにはいかない』

「やっと素直になりましたね~」

 そういって頭を撫で回すユキに苦笑を漏らしながら、アンディは完全に前方に傾いた船で何とか立っているイーフの方に翼を傾けた。

『ユキ!』

「イーフ!掴まって!」

 ユキが甲板の上に立つイーフに手を伸ばし、引き上げる。アンディの背に乗ったイーフは、開口一番、忸怩たる思いを口にした。

「済まない、ユキ。思った以上に対空砲火が激しかった。俺の失策だ」

 しかし、その反省の弁を聞いている余裕は、ユキにはなかった。眼前の状況に釘づけになっている。

「どうした―――」

 黒煙の舞うイギルスタン城下上空を飛ぶ二人の目に映ったのは、対空砲の直撃を食らった空艦の姿だった。

「シンさん!」

 アンディの背から身を乗り出してユキがあらん限りの力で叫んだ。船底の動力部分に砲撃を食らってしまった船はみるみるその高度を落としていく。脱出用の小型空船が何隻か抜け出てくるが、その中にシンの姿はない。

「どうしたシン、何故出てこない」

 イーフが焦れたように声を上げる。ユキは一度叫んで冷静さを取り戻したのか、いつものゆっくりとした語調で呟いた。

「だいじょぶ、飛べる」

≪聖槍艦隊―ランスガンシップユニット―≫

 ユキが言った瞬間、墜落していく空艦から、一人の人間が束ねた槍に乗って飛び出した。

「シン!」

 イーフが十二本の槍をサーフボードのように操るシンに向かって叫ぶと、長髪をたなびかせる男はギターを弾く手を休めることなくこちらに笑って見せた。

「フライボードの経験が生きたね~」

 ユキの言葉に苦笑してから、アンディと並走するように近付く。

「コーディシア軍がここまでの道を拓いてくれた。ここから先は俺たちだけだ、このまま宮殿に突入するぞ!」

 二隻の船を失った今、もはや自分たちだけでやるしかない。三人と一頭で臨む最終決戦。

「ああ、命を賭した彼らの意志を、無駄にはしない」

 イーフが語気を強め、ユキは無言で口を結び、迷いのない目を宮殿に見据える。巨大な宮殿の中央にそびえる塔の正面下にステンドグラスの巨大な窓がある。シンは槍を二本だけ切り離し、そのガラスを突き破らせた。

「このまま突っ込む!」

 自らに気合を入れるように叫ぶと、砲撃をかいくぐり、宮殿内に突入した。

「おおおおおおおおお!!!!」

 アンディと共に、派手に突き破ったガラスの先にあるのは、巨大な礼拝堂だった。無人の内部は鈍く照らされており、荘厳な雰囲気を醸し出している。

『聖堂の窓を突き破って侵入とは、神をも畏れぬ所業だな』

「神は死にました~」

 ユキの言葉に、イーフは何故だか納得してしまった。確かに、もうこの世界に神は居ないのかもしれない。今まさにこの世界の生殺与奪の権を握るのは、力に溺れた一人の人間だけだ。

「ロシェフの野郎はどこにいる?」

 シンが訊いてきた。イーフは指で頭上を指差す。

「恐らく、総統と共にいるはず。この塔を昇って行けば―――」

 瞬間、殺気がイーフの身体を駆け抜けた。

≪撃奏轟火―クウェイクディストーション―≫

 回避不可の攻撃に全員が吹き飛ばされる。威力が広範囲に分散された故に、ダメージはそれほどなかったが、最も厄介な敵と最初に当たってしまったという予感に、イーフの額から自然と汗が流れ落ちる。

「こいつは、俺に任せろ」

 真っ先に立ち上がったシンが、敵―――イギルスタン最強の兵士、オーミットの前に進み出た。

「大丈夫なのか?」

 イーフとユキも立ち上がり、目の前に泰然と佇むオーミットと対峙するシンにいった。シンは真剣な表情のまま頬を吊り上げ、首を横に振った。

「さぁな。流石に三対一なら勝てそうな気もするが、時間がない。正直自信薄だが、ここは俺一人でやる。お前たちは、ロシェフを止めろ」

 オーミットの眼光が、話をする三人を射抜く。

「一人とて逃がすと思うか。この私が」

 百戦錬磨が醸し出す、圧倒の雰囲気。部下の兵士も連れず、ただ一人待ち構えていた男を支えているのは、揺るぎの無い忠誠心だろうか。

「仕事熱心でよろしいことだけどな、世界が滅ぶ瀬戸際なんだ。邪魔しないで貰おうか」

 シンが言うが、聞き入れる気配もなく、オーミットは短く返した。

「私にあるのは、任務のみ」

≪戦奏―プレイ―≫

「この社畜が!」

 シンが叫び、ギターを掻き鳴らす。ユキとイーフが、床を踏み鳴らす。

≪絃槍演武―ダンサブルストリングス―≫

 シンが槍を四方に展開し、全方向からオーミットを狙う。音による空圧で、それが防がれるが、その隙を二人は見逃さなかった。

≪音壊舞踏―ブレイクビートブーツ―≫

 オーミットに技を発動する暇を与えぬ速さで、敵の脇をすり抜け、そのまま礼拝堂の外へいくユキ。

≪重奏雷舞―スラップスアーマー―≫

 イーフは前方に高い放物線を描くと、そのまま飛んできたアンディの背に乗り、入ってきた窓から上空へと飛び去って行った。

 オーミットは敵を取り逃がした後悔を見せることなく、シンに向き合った。

「これで逃げおおせたと思ったか」

 シンは緊張から零れた一筋の汗を拭うと、笑みを浮かべる。例え一時的に逃れたとしても、シンを秒殺すれば追いつける、ということだろう。そんなことはシンにも分かっていた。こちらも、この戦闘で時間をかけるつもりはない。

ギターボーカルフロントマンが信用されなくなったら、バンドは終わりだからな」

 独り言のように呟き、目を閉じる。

「あいつらは強靭なボトムだ。何があってもへこたれない強さがある。だから俺は、あいつらの信用に応えなきゃいけない。それが、バンドってもんだろ、オーミット」

 静かに呼吸を止め、目を見開いた。ギターは顔で弾く。その鉄則は忘れない。精神的に後れを取らないために、いつでも絶対の自信を以て演奏するためだ。ステージの主役たるギターボーカルが、正対した相手に飲まれてはいけないのだ。

「オーミット、あんたのギター、結構好きなんだ。歪みが激しいけど、繊細な音遣いで、狙った音を出せる」

 MCでは聴く者をリスペクトし、取り込まなくてはいけない。シンはオーミットに演奏者としての敬意を表した。ただ、あくまで、ここに立つ主人公は自分だ。

「この戦いが終わったら、俺とバンド組もうぜ。リードギターにしてやるよ!」

 そう言った直後、絃に向かって腕を振り下ろす。

≪コードA≫

 その瞬間、シンの頭の中に、“もう一つの音”が聴こえた。いいタイミングだ。


「どうしたんですか、ルソラさん」

 宿屋に戻っていくルソラを怪訝に思ったが千鶴が付いてきた。浅黒い顔の女主人は、少し恥ずかしそうな顔でいう。

「そろそろかなと思ってね」

 シンに言われたように、頃合いを見てピアノを弾きはじめる。

「大丈夫。聴こえてるよ。あんたの演奏」

 近くにある『戦奏器』を、同時に演奏することで二つの力を合わせることができる≪協奏―セッション―≫には、もう一つ、特別な条件を満たすことで発現する能力がある。同じ魔奏石を使った『戦奏器』は、距離に関係なく、より強力な力を発揮する。

「なんだかこっ恥ずかしいけどね、会って間もない男と心を通じ合わせるなんてさ」


 オーミットが初めて見せた驚愕の表情にも、シンは特に何も感慨は抱かなかった。ルソラとの遠く離れた“セッション”が成功した時点で、十分だった。

≪同調―シンクロ―≫

「離れていても、心と音は通じる、これが俺たちの“絆”だ」

 オーミットの目の前にあるのは、シンが弾く十二本の絃と、ルソラの弾く八十八の鍵盤がもたらした、合計百本の槍。

「防いでみろよ」

 その言葉が終わらないうちに、オーミットに、百の槍が降り注いだ。


 アブソビエの街の中心地。いつもはイギルスタン駐屯兵の拠点である要塞は、かつてシンディオの城だった。街に残ったコーディシア軍と旧シンディオ軍、そして、イギルスタン軍を抜けた第六師団長サイファが連れてきた部隊で城を占拠すると、最上階の広間にシーラを連れて向かう。

「おっちゃんはだれだ?」

「私は……そうですね、あなたのお父様に良くしていただいた者です」

 イギルスタン軍の中にあっては年若い方であるサイファは、側室の子だった。王位継承権はなくとも、シーラとは義兄妹のようなものであり、強い忠誠心でローレアンヌを守ってきた騎士だった。国を失くし、家族を亡くし、敵国の民となっても魂までは明け渡さなかった。

「あなたが生きていてくれて、本当に良かった」

 生まれて間もなくの頃、たった一度だけ女王に抱かれるシーラ姫を見た。少々お転婆に育ったようだが、生きていてくれれば、それでも良かった。サイファはあどけない少女に微笑みを投げかけると、全世界へと通じた通信魔奏石に向かって

「これより、ローレアンヌ家第一王女、シーラ様による王家復興の宣言を賜ります。それでは、シーラ様、よろしくお願い致します」

「ん」

 サイファからの言葉に頷いたシーラは、通信魔奏石と書面を渡され、それを読み始める。こうしている間にもリートレルムの各地で地割れ、地盤沈下が起きつつあった。最早一刻の猶予も無い。

「あた……私は、ローレアンヌ王国王位継承者、シーラサナル・ケルティフ・ローレアンヌ。私の国は、戦禍に飲まれ、滅亡した」

 読み書きのできないシーラは、事前に聞かされた言葉をそのまま喋る。感情などほとんどこもらない難しい言葉の羅列だが、それでも懸命に話す。

「そして今、世界がかつてのローレアンヌのような存亡の危機に立たされている。我々が受け継いできた、負の遺産によって」

 並べられた石の先には、各国の王と民がシーラの言葉を聞いている。そんな実感も持てないまま、シーラはただただ、アンディと過ごす世界が消えないよう、口を動かし続ける。

「人の世を滅ぼすのが人なら、人の世を救えるのもまた、人の力だ。私は多くの人の救いの手―――と、それ以外にも助けを借りて、生き延びることができた」

 少しだけ、自分の言葉を混ぜ込んだ。本来なら『私は多くの人の救いの手により生き延びた』であったが、人ならざる者の助力もあったことを伝えたかった。

「人が生きていれば、必ずまた歩み出せる。ローレアンヌが、今日こうして再び蘇ったように、この世界も今日、生まれ変わる。そのために、滅亡に向かうこの世界の大地を、共に救おう。そのために、新たな世界に、新たな歌を注ごう。新たな世界の、夜明けと共に歌おう」

 広間に集まった数百人。さらに世界中でシーラの言葉を聞いた全ての人たちの下には、同じ歌が書かれた楽譜が送られていた。

 まず歌が聞こえたのは、西の友好国コーディシアだった。そして、それらを取り巻く小国家たちが続き北のナイジェル、フロベン、南のカザネルタと、歌声はリートレルムを覆うように響いた。

 その歌声は、世界の中心に集まり、シーラの持つ魔奏石を青白く輝かせた。

 その歌声は、世界の天空へと舞い上がり、漆黒の闇を晴らすように輝かせた。

 その歌声は、世界の大地へと降り注ぎ、崩壊の揺動ようどうを続ける地の奥深くを輝かせた。

≪天空唱歌―メロディレイン―≫

 音の雨が、壊れ行く世界を癒していった。

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