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S’s~天空詩曲と滅びの歌  作者: 祖父江直人
第九話 ミーファ奪還作戦
24/32

9-B ユキ&シンVSイーフ

 ミーファたちと十三人の兵士が滞在したヘギルの街は、かつてイギルスタンの国境地帯だったこともあり、要塞のようなつくりをしていた。周囲は城壁で囲まれ、各町を警備する第四師団の駐屯地の中でもかなり大きな作りの城が構えられている。

 15年前の戦争時にはシンディオ、ラスティミーズが『戦奏器』を持った兵士で仕掛けてきた猛攻を完璧に防ぎ切り、使用者の疲労を狙って一気に攻勢に出て攻め滅ぼした。かつてのラスティミーズ、シンディオの再興を望む残党が暗躍する現在に於いて、イギルスタンにとって重要な拠点だった。

 そんな物々しい街で一夜を過ごし、宿屋から出てきたミーファを、イーフ、ロシェフを始め兵士たちが迎える。

「おはようございますミーファ王女。昨夜はよく眠れましたか?」

 ロシェフが恭しく尋ねる。昨日の騒動で、多少なりとも打ち解けたのではとイーフは見ていたが、姫の寝起きはすこぶる悪い。

「誰かに見られているのではないかと思い緊張して寝付けませんでした。夜半に妙な音もしていましたし、本日も馬車に揺られると思うと気が滅入ります」

 遠慮のない物言いで切って捨てるミーファに、ロシェフが深々と頭を下げる。

「申し訳ございません。そう思って、ここからは空路を取ります。この街で、空船の手配が出来ました」

 酔ってしまいそうな陸路から解放される喜びと、移動手段が早くなったことによる落胆が交錯する。馬車程度のスピードなら、向かい風でも空船で追いつけるが、同じように空を行くとなると、ユキたちがどれほど早く追いかけてきてくれるのか分からないが、宮殿に着くまでに追いつけるかは分からない。

「何やらご気分が優れないようですね。どうされました」

 イーフが表情を曇らせたミーファに訊く。

「ただの寝不足よ。外から妙な音がしたの。部屋の下からも妙な話し声がして」

「話し声……?ミーファ様の階下は誰の部屋だった?」

 イーフの声に部下が一斉に長身の師団長を見る。仮面の下の顔は見えずとも狼狽していることは手に取るようにわかった。イーフは元教官の前に進み出る。

「ロシェフ殿、昨夜、部屋で何をされていましたか」

「なにも」

「嘘を吐かないでください」

「はい」

 一回り下の同僚の、有無をいわさぬ静かな剣幕にあっという間に前言を翻してみせたロシェフに、イーフは再度問う。

「な・に・を、されていたのですか」

「あ、あの、ラキ隊長と数名の部下とトランプを―――グホッ!」

「何やってんだアンタらは、もうちょっと緊張感を持て……!」

 まさか元生徒にアイアンクローをされるとは思いもよらなかったロシェフが「ずみ゛ばぜん゛」と謝り、ラキが「そんな遅くまではやってないんですけどねぇ」と、まったく言い訳にもならないフォローを試みるのを冷ややかな目で見た16歳は、ふざけた仮面男を締め上げながらミーファの方を向く。

「ミーファ様、ところで、妙な音もしていたと申されましたが、それはどんな音でしたか?」

「ええと、もう大分夜も深まっていたと思うけれど、バサバサという羽音のような―――」

 そこまで言って、ミーファ自身も気付いた。イーフも音の正体を察し、警戒を強めた。

「ロシェフ殿、急ぎましょう。我々はどうやら、後を尾けられていたようです」

「ぞう゛でずが、な゛ら゛ばな゛じでぐだざい゛」

 二人のやり取りを聞きながら、いよいよ脳に酸素が回らなくなってきた様子のロシェフをイーフが解放した瞬間。城壁の方からけたたましい鐘が鳴った。

「敵襲!?まさか、国境地帯を超えて小国家連合が空爆をしに来たのか!?」

 ラキが慌てた口調で叫ぶと、周りの兵士たちにも緊張が走った。

「落ち着け!連中にそんな大胆な行動は起こせない」

 そういって部下を落ち着けたイーフ自身も、内心の焦りは消すことができなかった。ミーファ奪取の報を出して以来、東小国家連合の動きは明らかに鈍った。ミーファの身柄の安否はもとより、『最終戦奏器』と、その発動の鍵となる“滅歌”が揃っている状況では下手は打てない。後はじわじわと戦力で勝るイギルスタンが小国家連合を倒すだけ。十年ほど前から妙な独り言が増えた総統も気を良くしていた、予想通りの筋書きだった。

「とにかく、ミーファ様を守れ!ロシェフ殿、総統に通信を―――」

「もう済んでおります。宮殿に駐在していた第七師団が派遣されると連絡がありました」

「ありがとうございます―――」

 とはいえ、事態は切迫している。イーフは、敵の正体を考えた。一人、目の良い兵士が叫んだ。

「イーフ様、視認しました!敵はやはり、コーディシアの戦列空船です!」

「何だと……!」

 ミーファが逃げ出したという情報は、敵国には入っていないはずだった。敵がここまで攻めてくるなどあり得ない。しかし、現に敵襲を知らせる鐘が鳴り響いている。と、すると、ミーファを助け出しに来たあの二人が空船で追ってきたか。しかし、アブソビエの街からコーディシアに向かい、そこから半日ほどでこちらに追いついてくるなど、どれほど早い船でもあり得ない。

「な、なんだあれは!?あの空船、帆を畳んだまま航行しています!」

 再び兵が発した驚愕の声に、イーフは一つの可能性に思い至る。

「まさか……!」

 確か昨年、コーディシアで、新たな空船が開発中だという話を聞いたことがある。完成すれば、世界の勢力図を塗り替えるほどの技術を生み出したと。

「イーフ。どうやら考えている時間は無いようです。彼らが来ましたよ」

 ロシェフが落ち着いた様子で告げると、その“蒸気飛空船”の巨躯、コーディシアの戦列空艦がヘギルの街の空に、はっきりと表れた。


 戦列空艦。それは、コーディシア及び東側小国家連合がその技術の粋を結集して着工した秘蔵っ子であり、実戦に投入すれば一気に戦局を覆す手になり得た超高速空戦である。

「って、早すぎるだろおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 ―――のだが、それでもなかなか飛ばなかったのには、それなりの理由がある。

 アブソビエの街からいよいよ最高速度でミーファたちの元へ飛ぼうと空艦が帆を畳み、風の抵抗を受け難くしたところで、ユキとシンは中に入るように促された。

 「ちょっと揺れるから」というのが、船長であるコーディシア軍の男の話だったが、恐ろしくエネルギー効率の良い蒸気タービンはフルスロットルで回転し、爆発的な推進力を生み出した。ユキを庇うようにして、操舵室の柱にしがみつきながら、シンはこの船の問題点を列挙する。

「危ないです!シートベルトの着用が必要だと思います!!」

 シートベルトが何なのか分からない、そこらへんに転がっている兵士たちも「危険だ」という意見には一様に頷く。

「あと、これどうやって止まるんですか!!」

 何とか操舵手に掴まって姿勢を保っている船長が答える。

「一応、前方にも回転羽が取り付けられていて、逆噴射で止まるようになっているのだが―――」

 蒸気タービンを動かす際に、空船楽団が熱魔奏石で蒸気を生み出すための演奏を行うのだが、この強烈なGを前にして、演奏が可能なのかどうか定かではない。

「無理ですねっ!分かってます!この船欠陥だらけです本当にありがとうございました!」

「いや、これでも改良を重ねたのだ!最初は蒸気の発生が上手くいかず、大きな爆発が起こったのに比べれば―――」

「それ俺たちの世界では水蒸気爆発って言うんです!賢くなれて良かったな畜生!」

 とはいえ、そう言っている間に速度はゆっくりと減速していっているようだ。だが、それでは遅いということが、直後に分かった。

『何をやっているのだお前たちは』

「あ、アンディ、僕らが見えたの?」

 ミーファたちの尾行を続けてくれていたガーゴイルの呆れた声に、ユキが反応する。

『恐らくお前たちだろうと思ったら、案の定か。早く停船しろ。奴らがいるヘギルの街を通り過ぎてしまうぞ』

「―――だってシンさん、どうする?」

「だぁー!もう!!ユキ、柱に掴まってろ!俺が何とかする!」

 シンは叫ぶと、背中に背負っていたギターを構える。ここに来る途中、アブソビエの街でルソラから受け取った修理を終えた『戦奏器』だ。

「ちょっと改良を加えておいたよ」と言ったルソラの言葉を信じ、ピックで弦をストロークする。

≪戦奏―プレイ―≫

「槍共、出番だぞ、出てこい!」

 いつものように飛び出して来る六本の槍。しかし、ルソラの手で生まれ変わったそれは、新たな力を宿していた。シンはギターに付けられた十二本・・・の弦を全力で弾く。

 ≪十二絃槍操演―ダンサブルストリングス・ウィズ・クローンズ―≫

 六槍がそれぞれ半分に分かれ、また同じように一メートルほどの槍へと変化していった。

「船長さんよ!ちょっと船を壊すぜ!」

 同意は全く得ず、シンは操舵室の壁をぶち破って十二槍を外に出した。そしてそれらを結晶状に重ね合わせると、空艦の進路を阻むように船首の位置に持ってきた。そうしてから、シンはすっと息を吸い、そして弦を狂ったように上下に弾き続ける。

「止まれええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 『ギターは顔で弾く』

 誰かが言っていた上手く弾くコツを地で行くシンの気合が通じたのか、ブレーキの役割を果たした槍は暴走超特急と化した空艦を止めた。

「どんなもんだ畜生!」

 訳の分からないテンションで悪態を吐く。そして、荒い息を吐きながら叫んだ。

「コーディシアの兵士たち!ミーファ王女を救出するぞ!俺に続けぇ!!」

 ユキと共に甲板に走っていく。外に出ると、アンディが甲板に降り立ったところだった。

『連中はこの真下にいる。片を付けるぞ、ユキ、シン』

「シンさん、行こう!」

「おう!準備運動は済んだ!」

 昨夜から不眠不休で走り続けているグロッキーな身体を叱咤するように敢えてそういうと、ユキと共に、アンディの背に乗った。


 街の住人が警戒警報と、突如上空に現れたガーゴイルに怯え逃げ惑う最中、街の中心地近くにある石畳の噴水広場に移動したイーフが、素早くラキたちに指示を出した。

「ミーファ様をお守りしろ!陣形を組め!―――ここまで早いとはな……」

 上空に現れたコウモリの羽と鷲の頭を持った怪物と、超速でこちらに現れ、急停止したコーディシアの新型空船の姿を認め、イーフは自らの読みの甘さに歯噛みした。

 そうだ、奴は―――ユキは、完全に息の根を止めない限り、何度倒れてもすぐに立ち上がってくる。決して折れない心を持った強い騎士だということを、身を以て知っていたはずなのに―――。

 ここにいる、イーフを含めた十四人の兵士の前に、悪魔の化身と呼ばれる怪物の背に乗ったユキとシンが、広場に降り立った。

「ご苦労アンディ。ちょっと離れてろ」

「ありがとね~」

『うむ。健闘を祈るぞ、面白い人間ども』

 どういうわけだかコミュニケーションが取れているガーゴイルに柔和な笑顔で礼を言ったユキは、イーフたちの眼前で二本の短剣を抜き、表情を引き締めた。今回は、最初から本気ということ。

「よぉ、久しぶりだな、会いたかったぜ」

 シンが昨日会ったイーフとロシェフに向かって意地の悪い笑みを向ける。そして、ラキたちに守られるようにしているミーファに目を凝らした。

「ミーファ!怪我はないか?」

「すぐに助けるからね!あと、ミーファのお父さんに会ってきたよ!」

 シンとユキから、口々に言葉を投げかけられたミーファは、突然の事態に強張っていた表情を緩め、笑顔になった。

「ええ。ありがとう二人とも」

 その安心し切った口調に、自分でも思った以上の苛立ちを覚えたイーフは軍服を脱ぐ。そして、全身を拘束する銀の鎧を露わにして、自らの『戦奏器』を発動させに掛かった。

≪戦奏―プレイ―≫

 ユキと同じように、足でリズムを刻むが―――

≪4/4拍子・1/1音符≫

 ユキのするような“速さ”は関係ない。イーフが刻むのは“拍子”と“拍数”。設定した拍子によって自分の動きに変則的な強弱を付け、大きく刻めばより高い跳躍力を得、細かく刻めば小回りの利く全身のバネを獲得できる。

≪重奏雷舞―スラップスアーマー―≫

 まさに、重低音ベースのスラップのような“跳ね”で高く飛び上がったイーフ。それを見かねて、ロシェフが叫んだ。

「待ちなさいイーフ!相手は二人―――」

≪戦奏―プレイ―≫

「遅ぇよ、オッサン!行くぞユキ」

≪十二絃槍操演―ダンサブルストリングス・ウィズ・クローンズー≫

「うん―――!」

≪音壊舞踏―ブレイクビートブーツ―≫

「ライブスタートだ」

≪協奏―セッション―≫

 イーフの跳び上がった先には、彼を遥かに凌駕するスピードで待ち構えていた十二本の槍があった。

≪神速十二絃槍舞踏―グルーヴズ・ヘヴィラウド・デッドヘッドビート―≫

「カエル野郎!叩き落してやるぜ!」

 こと白兵戦に関しては無類の強さを誇るイーフの『戦奏器』だが、同等以上の力を持った『戦奏器』との一対一ではやや脆弱であることを知っていたロシェフが彼を支援しようと自らのアコーディオンを構える。しかし、発動する直前でユキが眼前に迫っていた。剣を抜き、二本の短剣を受けながら仮面の奥の顔を歪ませる。

「≪協奏―セッション―≫で力を分け与えながら戦うとは、やりますね」

 馬力で上回るロシェフがユキを押し返す。だが、既にイーフはシンの槍に跳躍を阻まれ、地面に落下していた。石畳を浮き上がらせるほどの高さから叩き落されたイーフだったが、間もなく立ち上がる。

「大丈夫ですか?イーフ殿」

「はい。申し訳ありません」

 頭から出血をしていたが、槍で刺されたわけではないらしいイーフが平然とした顔で言う。しかし、内心は穏やかではない。さっきまでの攻防の間、上空の空船から次々とコーディシアの兵士たちが降下してきていたからだ。一応街の駐屯兵も集結しつつあるが、明らかに多勢に無勢だ。

「師団長のお二人さん。この数の差は、もう諦めた方がいいんじゃないか?」

「ミーファを返して」

 シンが挑発するようにいう。ユキはロシェフから離れ、再び態勢を立て直した。

 だが、コーディシア兵に囲まれて尚、イーフは冷静だった。否、冷徹だった。

「数を増やしたところで『戦奏器』には敵わない」

≪7/4拍子・1/8音符≫

 イーフが、今度はより細かく、そして不規則なステップを踏み始めた。手甲を握り、目の前にいた十人の兵士たちに狙いを定める。

(―――強-弱-強-弱-強-弱-弱)

「まずは十人。“七拍”でケリをつける」

≪構成 4+3拍子≫

 前方に大きく跳躍すると、まず目の前のコーディシア兵の鎧を砕くほどの硬い拳を叩き込むと、軽いフットワークで前に跳躍、集団の中に入り込み、同士討ちを避けたい兵士たちの動きを一瞬止める。さらに少し大きく右方向に地面を蹴り、三人の兵に拳を振るってなぎ倒す。背後を狙ってきた剣を察知し、小さく横に移動して避けると、振り向きざまに攻撃が失敗した隙だらけの兵を重い上段蹴りで倒す。数を頼んでこちらに向かってくる四人の兵士を跳び上がってやり過ごすと、たたらを踏んだ二人の頭を踏みつけ地面に叩きつけ、残りの二人を左右のフックで昏倒させる。残る二人を見据え、戦意の喪失しかかった一人の前に飛び込み、倒す。もう一人の剣戟を後ろに飛び退いて避け、大きく振りかぶった拳で、その甲冑を砕いた。

 加減を知らない無慈悲な攻撃で地に伏した兵士たちに一瞥をやることも無く、イーフは涼しい顔で一つ息を吐いた。

「なんて奴だ。やっぱり、強いな」

 あっという間の出来事に、シンは舌を巻きながら、その攻撃を分析していた。かなり変則的だが、どこかで見たような規則性を感じる。

「アクセント……」

 ユキが呟いた。シンは目を見開き、鋭い洞察力で敵の攻撃の答えをもたらしてくれた丸顔の頭に手を置く。

「それだ、ユキ。よく分かったな」

 イーフが飛び込んでくる前、足で七回、妙なステップを踏んでいた。恐らく、自分の跳躍力の強弱を付けていたのだろう。

「変拍子は練習してるか?」

 シンはちょっと練習嫌いの少年ドラマーに声をかける。ユキはいつものように言う。

「あんまりやってないけど、だいじょぶ、できる」

「上等!俺の槍を使え、サポートする」

 いって、シンが一本の槍をユキに渡す。イーフが二人に向き合い、無言のまま、足を上下に動かす。ユキも同じようにリズムを取る。

≪8/4拍子・1/16音符≫

(強-弱-強-弱-弱-強-弱-弱)

≪構成 2+3+3≫

「来るぞ!」

≪BPM 160≫

 シンが叫んだ瞬間、ユキが走った。

 イーフはそれを追って強く地面を蹴る(一拍目)。

 ユキの進行方向に先回りして攻撃を狙うが、シンの槍が立ち塞がった。

 それを軽く横に跳ねてかわす(二拍目)と、その先でユキの剣が迫っていた。

 垂直に跳躍し、上空に逃れる(三泊目)。刻んだリズムの感覚が短いため、あまり高さはなく、落下した先を狙われることはない。

 地面に降り立つと、素早くユキの懐に飛び込む右の拳を放つ(四拍目)。

 強烈な一撃は、しかし、短剣で防がれる。すぐさま再び地を蹴り上げ(五拍目)、がら空きの左側を狙う。

 入った、と思った瞬間、片手に握られた槍がユキと共に浮遊し、二撃目を避けられた。

 ≪暴槍風雨―メロディックストーム―≫

 十一本の槍が一斉に向かってくる。先程とは違う容赦のない攻撃に、イーフは大きく後ろに飛んだ(六拍目)。

 攻撃を加えたシンは、休むことなく二撃目を放とうとギターを弾く。だが、槍が動かない。

「あれ?」

 ギターを弾くたびに槍が震えるが、地面から抜ける気配が無い。どうやら、斜めから深々と地面に突き刺さった十一本の槍が地中の中で引っ掛かり合い、抜けなくなってしまったようだ。

「なんてこった!おい、ちょっとタイム!槍を抜かせてくれ!」

 頭を抱えたシンが手でTの字を作りながら自力で槍を引き抜きに向かおうとするが、丁度、槍がユキとイーフが対峙した直線状にあるため、行けなかった。無論、タイムが認められるはずもない。

「すまん、ユキ。一人で行けるか?」

 シンの呼びかけに目を敵から一顧も逸らさず、ユキがいった。

「うん。ちょっと邪魔だけど大丈夫」

「しょうがないだろ!俺だってこんなことになるなんて予想できなかったんだっ!」

 石畳を抉る一撃に少しかいた冷や汗を拭い、イーフは今のうちに残りの二手で勝負を決めるために何をすべきか考えた。

 どうやら、ある程度こちらの動きは読まれているらしい。自分から飛び込んではカウンターを合される危険がある上に、ユキくらいの体重ならば持ち上げてしまう槍のサポートが邪魔だ。

 で、あるならば、逆に呼び込むのが得策。あのリーチの長い槍を避ければ、あとは防ぐものは無い。また上空に逃れても、動きは既に見切っている。残りの二拍があればついていける。

 ユキが両足で性急に地面を踏み始めた。イーフは肩を軽く揺らし、力を抜いて構える。

≪BPM250―ツインペダル―≫

 恐らく、ユキの最速の攻撃。しかし、どれほどの速さを持っていようが、直線的な動きを見切るのは容易い。小細工なしの真っ向勝負ならば、実戦経験の差が如実に現れる。

 集中力が増し、イーフの耳から周囲の喧騒が消えた。無音の中、ユキが地面を踏み抜かんばかりに蹴った。両足で石の地面を打ち鳴らし続け、向かってくるが、極限まで研ぎ澄まされたイーフの感覚は、ユキの動きの全てが見えた。確かに早いが、追い切れる。自分の元に到達する0コンマ7秒の間にカウンターを撃つ態勢を整える。

 ユキの左手に持った槍が伸びてくる。左に軽く飛んでかわす。これで七拍目、しかしもう関係ない。左手を固く握り、振りかぶる。完全に動きを補足し、ユキに拳が叩き込まれる。

 ―――はずだった。

 刹那、イーフはユキの姿を見失った。

 消えた。否、進行方向の先、必ずここに来るはずだと予測していた場所に“いなかった”だけだ。

「休符も、立派な音楽……ッ!」

 打ち続けたリズムの空白ブレイク。ユキは、槍による攻撃が躱された瞬間に、スピードを0にし、急停止していた。イーフは無意識に目線を動かし、ユキが止まったことに気が付かなかった。

 最速の攻撃からの急停止に、ユキの体が悲鳴を上げたが、敵の狙いを外すことはなかった。槍を引き、再び突き出す。よもやの二段突きにイーフの反応は早かったが、それでも最後の八拍目を回避に使うのが精一杯だった。崩れた態勢で、動きを完全に読まれイーフは、眼前に近付くもう一つの攻撃を避けられなかった。

「うらあぁぁ!」

 シンが持っていたギターをフルスイングし、イーフの顔面を捉えた。あまりにも原始的だが的確な一撃に歯が欠け、鼻の柱が折れ、脳が揺れる。仰向けに倒れそうになるが、攻撃は止まなかった。

「行ったれ!ユキィ!!」

「イエッサー!!」

 ≪BPM270 ツインペダル≫

 『戦奏器』たるギターで殴りつけるシンの攻撃も原始的なら、ユキが最大最速の力を以て放った一撃もまた、原始的だった。

「小細工なんて要らねぇ!全力でぶち当たれ!ユキ!!」

 つまりは、十分な助走と47kgの体+加速によってもたらされた“ただのタックル”が、イーフの鳩尾みぞおちに深々と突き刺さったということだ。完全に足元がふらついていたイーフはそれをまともに喰らったことで、後方十数メートルの噴水まで吹き飛ばされた。

「イーフ様!」

 噴水の奥底に沈んで行った師団長を救出するためにイギルスタンの兵士たちが集まり、その周りをコーディシアの100人余りの兵士たちが囲った。

「よっしゃあ!ユキ、今のはNFL並みだったぜ!」

「頭痛い……」

 頭頂部を押さえて蹲るユキを励ましながら、コーディシア兵たちの先頭に立つシンが、ついに戦闘に参加しなかったロシェフに告げる。

「テメェらの大将は倒した。俺たちの勝ちだ。さぁ、ミーファを解放しろ!」

 槍を突きつけられたロシェフは、仮面の奥にある舌を蠢かし、小さく呟いた。

「もう、いいか」

ギターで人を殴っちゃダメ絶対。第九話終了です。多分あと三話くらいかなぁ 

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