9-A 世界の扉
『Melody Rain』
https://www.youtube.com/watch?v=NkgMn3nezHs
魔奏石を使ったオーバーテクノロジーが登場し、カルウラがデレ(誰得)、ユキの過去、シーラの素性、天奏島の成り立ちが明らかになります。それでは、どうぞ!
その空船は、異様な形をしていた。
外観は他の帆船とほぼ変わらない。全長五十メートル級の木造であり、追い風より向かい風に適した三本の巨大なマストが立てられ、船の側面にはイギルスタンの戦列空船と同じく大砲が備え付けられている。
異様なのは、その船の後部に空いている半径一メートルほどの穴だ。中を覗くと、ほとんど自然な物しか使われていない船で、機械的なタービンが拝める。
そのさらに奥は筒状の空洞になっている。魔奏鉱石で作られた鉄製のそれは、演奏された音によって温度を変える、巨大な熱魔奏石であった。
普段は、暖房や調理用、冷房や冷蔵といった用途に使われる熱魔奏石だが、エネルギー変換効率の極めて高い高純度の魔奏鉱石を使ったそれは、中の気体が水分に変わるほど一気に冷却し、その水分が水蒸気に変わるほど熱することができる、強力な物である。
ボイラーの役割を果たした熱魔奏石で作られた蒸気は高圧で噴射されタービンを回転させ、空船に風以上の推進力をもたらす。
「さしずめ、燃料要らずの蒸気船ってとこか。スチームパンクも真っ青の超技術だな」
シンが着々と出航の準備を整えていく空船―――空艦に施されたオーバーテクノロジーに慄きながら呟く。
「シン!もうじきに出せるぜ。ユキを起こしておけよ!」
甲板からアルマの大声が聞こえる。コーディシア専属の船員たちを差し置いて作業に励むアブソビエの男たちに苦笑しながら、シンはユキを寝かせている王宮の客間に向かう。
当然だが、王宮は広い。部屋がどこだったか把握できず、少し迷ってしまった。誰かに訊こうかと思っているが、深夜に差し掛かった王宮の中では、人とすれ違うことも無い。こうなったら虱潰しだと、適当にどこかの部屋を開けた。
「何をしているのですか?シンさん」
開けたのは別の客間で、その中にいたカルウラが怪訝な顔をしていた。自分の持っている商品を並べ、手入れをしている。
「ちょっと道に迷っちまって」
「―――また案内がいりますか?」
床に座り込んだ腰を浮かしかけたカルウラをシンは「いや、もう大丈夫だ」と制した。
「ここまで本当に良くしてくれたからな。ありがとうカルウラ」
中年の小男は少し赤くした顔でぶっきらぼうに言った。
「こき使われた分のお代は頂きましたからね。あなた達といたおかげで、こうして王宮に入り込めて、ドゴール国王陛下にも謁見できることになりましたし」
「それはお前の手柄だよ。商売、上手くいくと良いな」
「ええ。何とかやってみますよ」
シンとは目を合せず、一心に商品の手入れをしながらいったカルウラに微笑を投げかけて、シンは出て行った。
―――さて、格好つけたことをいってしまったが、本当にここはどこなのだろう。
すると、カルウラがいた部屋の隣の扉が開いた。
「シンさん、どうしたんですか?ユキ君はこっちですよ」
千鶴だった。どうやらユキを寝かせて、シーラを呼びに行った後に来たようだ。
「俺、今、千鶴先生が女神に見えます」
「何言ってるんですか?」
戸惑う千鶴の脇をすり抜けると、シンはユキの眠る部屋の中に入って行った。
「ユキ~、もうそろそろ出発するぞ」
流石にここ数日の無理が堪えたのか、仮眠というよりはぐっすりと眠っているユキを起こそうとするシンを千鶴が咎める。
「またこの子を連れ出すつもりですか。いい加減にしてください、ユキ君は―――」
「ただの子供?この期に及んで、まだユキを子供扱いするんですか千鶴先生」
あまり寝起きはよくないユキがもぞもぞとベッドで動き出す傍ら、二人の“大人”が向き合う。一方は微笑を浮かべ、一方は鋭く向けた目を少し逸らしがちにしていた。
「ユキは、もう子供じゃない。先生だって知っているでしょう。9歳で、人殺しの親の汚名を着せられて、大の大人でもめげちまう様な辛いこともたくさん経験したのに、それでも一切そのことを表には出さず、この世の色んな痛みを引き受けて、自分の力で立ち上がってきた。
自分は誰も傷付けたくないって、強くなりたいって、何の曇りもない目で俺にいってきた。そんな覚悟を決めた奴を、千鶴先生、あんたはまだ子供扱いするのか?」
千鶴は痛みに耐えるように固く目を閉じた後、絞り出すように呟いた。
「だからこそ、です……」
そして、声を荒げ、続けた。
「何でこの子が!そんなことをしないといけないんですか!まだ11歳ですよ!?まだ学校で学ばなきゃいけないことがたくさんあるし、もっと無邪気に笑ったり、泣いたり、そんな子供らしい時間が必要なんです!―――この子は、成長を急ぎ過ぎています。覚悟を決めるって、そんなに簡単なことじゃない!」
シンは、その千鶴の剣幕を柔らかく受け止めた。
「もちろん、簡単じゃあない。でも、時間が必要なことでもない。何が自分にとって大切なのか分かっていれば、覚悟なんて、三秒もあればできますよ。ユキは、それを分かっている。確かに俺と同じで頭は良い方じゃないから、勉強で先生が教えなきゃいけないことは多いでしょう。でも、一人の人間として、俺たちが教えられることなんて何もありません。こいつは走り出したら止まらないし、転んだら誰よりも早く立つ。まぁ、一般的に言われているような“大人”では無いにしても、立派なファイターです。―――成長を急いでいるんじゃない。もうとっくに成熟しているんですよ、こいつは」
そして、にやりと笑った。
「まぁ、身長はまだ伸びしろが残ってるけどなっ!」
いって、ユキが眠っているベッドに飛び込んだ。
「こらぁユキィ!二度寝の耐性に入ったのを俺が見逃すと思ったか!とっとと行くぞ!ミーファを助けるぞ!」
軽いプロレスごっこを始めた二人を千鶴は今にも泣き出しそうな顔で見つめていた。その様子を見て、ユキにヘッドロックをかけながらシンが言った。
「千鶴先生ぇ!先生が気に病むことじゃありませんよ!誰でも避けようのない困難に、いつかはぶち当たるもんです。ユキは同年代の連中より、ほんの少し早くそれが来た。そして、それを見事に乗り越えてみせた。それだけです!」
ユキの頭をガッチリと固めるシンは尚も続ける。
「それにね先生!先生は俺たちを危なっかしい奴らだと思ってるかもしれませんけど、俺たちは死にませんよ。誰かを守るってことは、自分を守るってこととセットだ。誰かを死なせないって覚悟は、自分が死なないって覚悟を決めるってことだから、俺たちは、絶対に死なない!」
「あの、話は分かりましたけど、シンさん、今、絶賛死にかけてます。ユキ君タップしてますからやめてあげてください」
解放されたユキが再び目を覚ますのを待つ間、千鶴は話題を変えた。
「ところで、シーラちゃんはどこに行ったんですか?」
シンとドゴール王との“交渉”が終わったと聞いて、まず呼び出されたのがシーラだった。小首を傾げながら兵士に連れられて行った小さな後姿を見送ってから、姿を見ていない。
「ああ、あいつは、この国に残ります。大分嫌がってましたけど、何とか承諾してくれました。―――千鶴先生のおかげです」
突然名前を出された千鶴は困惑する。
「ど、どういうことですか?」
歯を見せて笑うシンは、先程シーラを連れて行った玉座の間での出来事を思い返す。
何が起こっているのか分かっていない様子であるシーラの大きな碧眼と、小さな造形の鼻と口を見て、ドゴールは静かに呟いた。
「ご両親に、よく似ておられる―――」
一目見ただけでシーラがローレアンヌ王家の生き残りだと分かったドゴールは玉座から降り、黒髪を一つ結びにしている少女の前まで歩き、膝立ちで目線を合わせ、優しい口調で言った。
「この大きな瞳は、母上のサナル王妃そっくりでございますな、シーラ様」
「なんだ?おっちゃん、あたしの母ちゃんのこと知ってるのかっ?」
失礼千万な呼び名にも、仮にも王族の末裔とも思えない口調にも気にする様子はなく、ドゴールは、ただただ涙を流しながら笑みを浮かべた。
「知っておりますとも。旧い付き合いです。共になかなか子宝に恵まれず、やがて生まれる子の名を互いに付け合ったのです。シーラ、貴女の名は、私が付けました」
「ほーっ!ってことは、おっちゃんがあたしの名付け親かっ」
「はい、そうでございます。お父様、お母様は―――」
「死んだぞっ。あたしも、ほとんど覚えてないっ。名前を書いた紙と一緒に捨てられてたって聞かされてたからなっ。母ちゃんの名前も、今初めて聞いたぞっ」
いつも通りの弾んだ口調で喋るのは強がりなどではなく、本当に悲しいとも寂しいとも感じていないからだろうとシンは思った。物心つく前に亡くなった両親のことなど、シーラの中では全く大きな位置を占めていないのだ。やりきれない思いになる。
ドゴールはというと、自分の出生を知らずに育った王女の悲劇を思い、また落涙した。
「シン、このおっちゃん泣いてばっかりだな。あたしのせいか?」
目の前の大人がボロボロと涙を流す様子に、流石に少し不安そうな面持ちで、傍らに立っているシンに訊く。
「いや、大丈夫だ。このくらいの歳のおっちゃんは大抵涙腺が緩い」
適当なことを言ったが、しかし、いつまでも泣いてばかりいられても困るので、シンは話を先に進める声を出す。
「王様、感動に浸っているとこ悪いが、俺たちは早くミーファを救出しなきゃいけないんだ。なんでシーラにそんなにこだわったのか、理由を聞かせてくれ」
そもそも、シーラの出生は、王に謁見するだしとして使っただけだが、ドゴールはローレアンヌの血を引く少女に随分とこだわった。シンたちに協力すると約束してからも、シーラに早く会わせてほしいと言ってきた。そこには、名付け親としての心情以上のものを感じたのだ。
ドゴールは取り乱した自分を恥じることも無く、涙を拭うと、立膝の態勢のままシンに言った。
「この子が、いや、ローレアンヌの末裔こそが、『最終戦奏器』の“抑止力”たる存在なのだ」
「抑止力?」
シンの疑問に答える為、ドゴールはあることをシーラに訊いた。
「シーラ様、何かご両親の形見のようなものはありませんか?何か、宝石のような―――」
何か考えるように天井を見上げたシーラは、何か思い当ったように、自分の髪を触った。
「この髪留め、村の人が作ってくれたんだけど、あたしを拾ったときに握りしめてた宝石がくっついてるんだっ。別に要らないから捨てても良かったけど」
髪を切る習慣が無いおかげでいつまでも惰性で使ってくれていて本当に良かった。シンは世界の命運を握っているかもしれないアイテムがかなりぞんざいに扱われていた事実に身震いしながら、神に感謝した。やっぱりあなたに慈悲はあった。ごめんね、ジミヘン。
「おお、これだ。シンよ、これが『最終戦奏器』による破壊を止める唯一の魔奏石≪天空唱歌―メロディレイン―≫だ」
シーラの髪留めに付いていた小さな宝石を取り外すと、ドゴールは丁重にそれを掌の上に載せた。
「そのちっこい石が、『最終戦奏器』の抑止力なのか」
シンが訝しげな表情を浮かべるが、ドゴールの声に迷いはなかった。
「そうだ。あとは、この紋章があれば」
そういい、シンがカルウラの知り合いである絵師に描かせたローレアンヌの紋章が描かれた紙を広げた。
「この紋章は、単なる王家の家紋ではない。この魔奏石を発動させるための音符が描かれている」
「そうなのか?」
シンはその絵をもう一度見るが、どう見ても精巧な線で描かれた紋章にしか見えない。
「超古代の楽譜だ。解析が必要だが、すぐ明らかになるだろう」
「なら、もしもの時は、シーラが生きていたことと、ローレアンヌの再興を、全世界に伝えよう。そして、この歌を歌ってもらうんだ。できるか?」
「うむ。不可能ではない」
シンは満足げに頷くと、シーラの方を向いた。
「シーラ、そう言うことだから、ここに残っていてくれないか?」
「嫌だっ!あたしもアンディと戦いに行くんだっ!」
甲高い声を上げる。案の定の反応だった。シンは少し考えた。アンディと戦いに行くということは、今までのように“きょうだい”のガーゴイルをだしにはできないということだ。と、なると―――シンは、脳内で新たな人質を見つけ出した。
「お前が残らないと、千鶴先生が危ない」
「え!?」
姉のように母親のように接してくれていた人物の身の危険の話をされて動揺したシーラを見て、シンは、よし、と拳を握った。
「先生もここに残ってもらうけど、もしもの時はシーラがここにいてくれないと危険なんだ。だから頼む」
シンの話を聞いて、シーラは腕組みして、幼い顔を難しそうにしかめ、思案し始めた。思考は数秒で終わり、大きく頷いた後、告げた。
「そうなのか。……分かった。残る。アンディは強いから大丈夫だろうけど、千鶴は弱いからなっ。あたしが守ってやるよっ」
「ありがとうシーラ。任せたぜ」
そうして話が一つまとまったところで、ドゴールがシンに対し、確認するように口を開いた。
「だが、≪天空唱歌―メロディレイン―≫は、あくまで≪滅亡絶歌―ディスコードヴォイス―≫の力を弱めるだけだ。『最終戦奏器』が発動してしまえば、例え石を破壊したところで止める術など無い」
その言葉に、事態の深刻さを知ったシンだが、その表情には尚も余裕があった。
「つまり、なんとしても使わせるわけにはいかないということか。まぁ、その辺りは上手くやるさ。ミーファを取り戻せば、どのみちその危ない兵器は使えないだから。でもよ、王様」
そこで言葉を切ったシンは、ドゴールの大きな顔の小さな目を射抜くような鋭い眼光で見つめ、強い口調で王に言い募った。
「そんなヤバいモン、なんでとっとと壊そうとしなかったんだ?ミーファがこんな目に遭ってるのも、世界の危機も、そんなものがあるせいだろう」
その答えを、シンは知っている。例え世界を壊すほどの力でも、争いの絶えない人間の世界はそれを手放すことができない。他国・他者に対する理由の曖昧な恐怖が、また別の恐怖の元を作り出してしまい、取り返しのつかないことになる。うんざりするほど繰り返されてきた歴史だ。
思った通り、何も答えられない様子のドゴールの肩に手を置き、シンは静かに言った。
「俺たちの世界では音楽は無力だ。そして、だからこそ無敵だ。誰も傷付けないし、人の心を豊かにしてくれる。
俺は、そんな音楽の力で発展してきたこの世界が好きだ。けど、力を持っているが故に人が傷つく。しょうがないことなのかもしれないけど、俺はこの世界の可能性を諦めたくないんだ」
手に力を込める。
「俺はこの世界を救うぞ。破壊なんかのために、音楽を鳴らさせはしない。『最終戦奏器』なんてのも、ぶっ壊してやる。いいよな、王様」
ドゴールは何度も瞬きをしながら、シンの言葉を反芻しているようだった。
「一体、お前は何者なのだ?何のために、そんな―――」
「俺か?俺とユキは“白き光”より現れた勇者様だよ。この世界を救いに来たのさ」
ドゴールの、像のような目が目一杯見開かれた。
「まさか、世界の扉が―――」
「そう、俺たちは、異世界から来た。驚いたか?」
得意気な笑みを浮かべるシンに、ドゴールは頭を振ってから答える。
「いや、お前たちの妙な口ぶりを聞いている間、おかしいとは思っていたのだ。だが、まさか伝承が本当だったとは―――」
「ああ、あの『大地揺らぐとき―――』ってやつか。あれは何なんだ?ただのおとぎ話でもないんだろう」
ドゴールは、話しについていけない様子のシーラを一瞥して微笑むと、話を続けた。
「ローレアンヌには、その伝承に関連した文献が残っているのだ。数百年前、丁度『東西大戦』が起こった年、“白き光”が現れ、大陸の外側にあった島国が一つ消失した」
「な……」
絶句してしまったシンに向かってドゴールは深く頷く。
「調査に向かった空船の話では、その光の向こうには全く知らない海が広がっていたようだ。そしてそこには、その小さな島国が浮かんでいた」
「まさか、それが―――」
シンは突如浮かんだ自分の想像に面食らった。そんなことがあるのか。いや、そう考えれば、何故自分たちがこの世界に来られたのか、何故『戦奏器』を扱えるのか、納得がいく。
天奏島は、元はリートレルムの島だった。“白き光”によって島ごと日本の洋上に転移した。
「その島で暮らしていた人たちも、月下の民だったのか?」
「その通りだ。交易を頻繁に行っていたローレアンヌが空船で向かったが、その島の民全てをリートレルムに返すことは叶わなかったらしい」
リートレルムに帰れなかった月下の民は、そのまま日本で暮らし、やがて本土から移住してきた者たちと完全に同化した。さらに時は過ぎ、その血筋は日本全国、否、世界中に散らばって行った。シンは自分のルーツを調べたことは無かったが、どこかで天奏島に住んでいた月下の民に繋がっているのだろう。そして、ユキも。
「―――天奏島に住むほとんどの人が、月下の民の末裔ってことか」
独り言のように言ったシンは思う。どうやら、完全に他人事でもなくなってきたようだ。この世界は、いわばシンやユキにとってもう一つの故郷。
「シンよ。私は、君を信じる。だから、ミーファを必ず救ってくれ。頼む」
考えの整理がつかない状態になりかけたシンに、明確な目的が発せられる。そうだ。何よりもまず、やらなければいけないことがあるのだ。
「ああ、任せろ」
一先ず自分の血筋に関しては棚上げにして、シンは力強く言い放った。
次回はバトル!ミーファ奪還の為、イギルスタンに突入し、イーフと決着を付けます。物語もいよいよ佳境!お楽しみに!




