8-B 滅亡絶歌
世にも珍しい脅迫系主人公たち。
向かい合ったコーディシア国王、ドゴールフォン・ローゼス・コーディシアはミーファと同じく銀髪碧眼だったが、似ているところと言えばそれだけで、でっぷりとした体躯を玉座にうずめる姿はユーモラスですらあった。
「ドゴール王、お目にかかり光栄至極にございます」
広間に通されたシンは恭しい態度でドゴール王に向き合い、膝を立てて座る。ユキもそれに倣う。足に着けられた二本の短剣は、ここに来る間に兵士に渡してある。
「あのようなものを見せられて、無視できようか。あれは何だ?」
「見た通りでございます。ローレアンヌ王家の紋章。そして最後の末裔、シーラサナル・ケルティフ・ローレアンヌ直筆のサイン」
シーラのサインに関しては、前半の“シーラ”の部分だけが直筆で、あとはシンが筆跡を真似て書いたものだ。
この国の王族は、本名の末尾に、息子なら父、娘なら母親の名前を付ける。そしてミドルネームには男子なら初代国王妃の、女子なら初代国王の名が付く。
「王族の子の名は生まれる前より決まっている。“シーラ”というのは、本来ローレアンヌ最後の王ガゼ殿とサナル王妃の子に付けられるはずだった名前。しかし、それを知る者はほとんどいない。と、するならば、貴様らは一体―――」
本で得た知識と、絵師に描いて貰ったローレアンヌの紋章と、シーラの名がもたらしてくれた最高の状況に笑みを押し殺し、シンは言った。
「その話は後で致しましょう。我々は今ドゴール様の頭を悩ませる懸案事項の解決策を持ってきたのです。ローレアンヌの名を使ったのは、ドゴール様にそれを伝える為です」
淀みなく話すシンに、ドゴール王は「王家の名を騙っても伝えたいことか」と言いながら、話を聞く態勢に入った。
「ミーファ王女は今、イギルスタン宮殿の外におられます」
周囲の空気が変わった。シンは口を動かし続ける。
「我々が、正確な位置を把握しております。今から向かえば、ミーファ王女を奪還できます」
王の近くにいた側近が突然もたらされた情報に混乱したようにいう。
「待て!何故ミーファ様が宮殿の外に!?」
「彼女は一人で王宮から逃げ出しました。逃亡の道中、私と、ここにいるユキが保護し、護衛していましたが、アブソビエの街で師団長たちの追撃に遭い、再び奪取されてしまいました。王女を守り切ることができなかった、大変申し訳ございません」
シンは痛みに耐えるように頭を下げる。周囲がシンの言ったことの真意を測るように静かになった。ややあって、ドゴール王が声を上げる。
「それを証明する手はあるか?」
「これをご覧ください。ミーファ王女の髪の毛です」
シンがパーカーに付着していた銀色の髪を取り出す。
「銀色の髪はコーディシア王家の特徴だそうですね。そして、この長髪。見覚えがおありでしょう」
今度は完全な沈黙。シンはまた首を垂れると、言葉を続けた。
「それ以外は、我々の言葉を信じて頂くほかありません。しかし、全ては嘘偽りの無い事実です。どうか、私を信じてください」
また少しの沈黙があり、王の代わりに側近が言った。
「イギルスタン側の人間なら、髪の毛も調達できよう。お前たちが敵の間者で、敵の罠に誘い込もうと嘘を吐いている可能性のある以上、我らは動けない」
冷静な判断だ。シンは下げていた顔を上げ、ドゴール王の皺の多い太った顔を見据えた。
「そういうことなら仕方がありません。では、少し強引な手を使わせて頂きます」
シンの端正な顔が、凶悪に歪んだ。
「此度の戦争、単なる資源紛争ではありませんね」
シンの言葉に眉をひそめるドゴール王。柔らかだった物腰が、一瞬にして硬化したことに、シンはひっそりとほくそ笑む。
「何故そう思う?」
「輸出制限条約の一方的な締結。軍事力による交易ルートの封鎖。そして戦争。このストーリーには、一見穴がありません。が!」
やおら大きな声を上げる。
「あまりにもありきたりなシナリオの上に“乗せてきている”という感が拭えません。大体、反発必至の条約や武力行使など、やることが経済紛争の域を超えています。この動きの狙いは“戦争による利益”ではない、“戦争”そのものにあると考えれば、上手く説明ができます」
ドゴール王は玉座に肘をついたまま、何も言わない。シンは話を続ける。
「緒戦に於いて、イギルスタンは圧されていた。何故かといえば、第一から第三師団をバラバラに展開するという愚を侵していたから。そこを、戦力を固めたコーディシアに叩かれた。
しかし、戦局を打開するためでしょうか、守備のための戦力が少ない期に乗じてミーファ王女が誘拐された。これも素直には受け取れません。戦争を仕掛けたのはイギルスタンの方で、その国は、これまで何度も戦争を引き起こしている軍事国家です。ですので、これも“手を誤った”のではなく、“そもそもの目的が勝利とは別の場所にあった”と見た方が良い」
「その目的とは何だ?」
シンはしばし言葉を切った。王の質問に答え難かったのではなく、あまりに難しい話を前に、ユキが寝てしまっているのではないかと不安になったからだった。しかし、ユキはちゃんと起きていた。こういう場面での集中力は、やはり目を見張るものがある。シンは安心して、話を続ける。
「目的は、ミーファ王女の身柄、でしょう?細かいことは分からないが、彼女は人質以上の価値があるカードらしい。奪還のために、軍の“最高戦力”である師団長を三人。それも、前線の兵士を出張らせて来るほどに」
一回一回に反応を窺われることを嫌がったのか、ドゴール王は「早く結論を述べよ」と苛立った調子で言った。
「イギルスタンの狙いはミーファだ。そしてそれをコーディシアも知っている。なのにあんた等は、無意味な戦争を続け、人を無為に死なせている。俺がいいたいのは、それだけだ」
乱暴にまとめられたシンの推測に、周りが色めき立つ。
「賢明なる王よ。そっちにも色々と事情があるのは、こっちも承知しているつもりだ。だが俺たちにはそんなことどうでもいい。殺し合いがしたけりゃ好きにしろ。ただ、ミーファのことだけは別だ。どんな手を使ってでも助けたい。ご助力をお願いしたい」
そう言ったシンはさらに身を低くし、頭を下げる。
「事情を承知しているというのなら、我らの問題に干渉する筋合いなど、貴様たちには無いはずであろう」
ドゴール王は言い、立ち上がろうとするが、シンが、それを制する声を上げる。
「動くな!」
周りを囲んだ兵士が武器を持ち、今にも飛び掛かる態勢を取っている中、シンは努めて冷静に、だが今までの丁寧な口調を崩して言った。
「確かに、それは尤もだ。ただ、俺たちは理屈では動かない性質なんだ。特に、この小っこいナイト様はね」
微動だにしないまま、ドゴール王を見つめるユキを指差す。
「ドゴール王、貴方はここでたった一つのミスを犯した。ユキが持っていた二本の短剣―――目に見える武器を取り上げたまでは良かったが、目に見えない武器を見逃した」
≪戦奏―プレイ―≫
「ユキが履いているブーツは、超速で動くことができる『戦奏器』だ。この世界の誰も、ユキに追いつける者はいない。そして、もう間合いに入っている」
『戦奏器』という言葉に周囲のざわめきが大きくなり、ドゴール王の小さな目が見開かれた。ユキは纏っていた上着を取り、ゆったりとした衣服に隠れるようにしておいたブーツを見せつける。
「二秒だ。二秒あれば、ユキはこの広間にいる兵士から武器を奪い、それをドゴール王の喉元に突き付けられる。ついでに言うと、俺も『戦奏器』持ちだ。闘り合って割に合うか、よく考えることだな」
他者を圧倒する言葉。今現在シンは『戦奏器』を持っていないが、その自信に溢れた物言いと、冷静さ、そして少しのハッタリが、周囲の人間の動きを止め、活路を見出していく。伊達で、戦わずして師団長二人を暫く足止めできたわけではない。
「ミーファのお父さん」
呼吸すら憚られるような緊張感の中、ユキが口を開いた。
「僕たちは、争いに来たんじゃありません。ミーファを助けたくて、ここに来ました。シンさんたちの言っていることはよく分からないし、なんでお父さんにこんなことしなきゃいけないのかも分かりません。でも―――」
口調、声、語る内容の全てが年相応の幼さを持っていたが、その奥にある凛とした意志と、あまりに真っ直ぐにこちらを見つめる瞳が、ドゴール王に突き刺さった。
「―――そうしなきゃいけないのなら、僕は戦う。僕は、ミーファを助けるって決めたから」
たった一つ、自身に課した約束を守り抜くという、あまりにも単純明快な覚悟。純粋であるが故に強情であり、危うくすらあるが、それを補って余りあるものを、この空間にいる全員が感じた。
「王よ、そしてコーディシアの兵士たち。これが、あんたらが見落としていた目に見えない武器。決して立ち止まらない“強さ”だ。分かったら早く俺の要求に“イエス”か“はい”で答えろ」
理屈を超越した力が完全に伝わったことを確認したシンが、選択の余地のない最後通牒を言い渡す。
「目に見えない強さ、か」
そして、ドゴール王が観念したように玉座に深く座り直した。手で合図をし、兵士たちに武装を解除させる。
「―――よかろう。武器を仕舞え。お前たちの胆力、十分に見せてもらった。とても敵わぬ」
ユキが≪音壊舞踏―ブレイクビートブーツ―≫を解除し、床にへたり込む。相当≪BPM≫を練り上げていたらしく、荒い息を吐いている。
ただ罠にかけようとするならば、これほどのことはしない。小さな身体に不釣り合いな力を振るってでもミーファを救いたいというユキの強靭な意志に触れたドゴールは、自らの知る全てを話し出す。
「イギルスタンが奪っていったのはミーファの身柄だが、正確にはミーファの“声”を奪ったのだ。この世界を破壊し得る、最悪の“兵器”を手中に収めたのだ」
「ミーファが、“兵器”?」
「『最終戦奏器』≪滅亡絶歌―ディスコードヴォイス―≫。それが、リートレルムに伝わる“兵器”の名だ。その適合者たる人間を輩出するコーディシア王家から離すため、核となる魔奏石を西のラスティミーズが管理していたのだが―――」
「15年前、『西部戦争』でイギルスタンがラスティミーズを攻め落とし、滅亡させた。その際に『最終戦奏器』も奪われたということか」
ここに来る前に行った本屋で仕入れた知識を組み合わせて話すと、ドゴールは頷いた。
「急ごしらえだが、色々と調べたぜ。15年前の戦争はそのラスティミーズがイギルスタンへの併合を拒んだことから始まったとされているが、戦火が広がり過ぎだ。結果的に、国が三つも滅んでいる。適当に言いがかりをつけたイギルスタンの侵略戦争って言うのが、俺の読んだ―――まぁ文字が読めないからカルウラに音読して貰ったんだが―――本の考察だが、俺はそれも違うと思う。滅んだ三つの国―――ラスティミーズ・ローレアンヌ・シンディオは、いずれもある民族の生き残りが作った国家だという共通点がある。それが狙われた」
シンは、ドゴールの頭の辺りを指差しながら言った。
「“月下の民”。ミーファや王様みたいな銀色の髪、青色の目を持つ人間を、そう呼ぶんだろう?」
ドゴールはゆっくりと頷いた。
「旧い呼び名だが、な。もう血は大分薄まっている。ラスティミーズ家も、晩年はほぼ“陽光の民”と変わらなくなっていた」
「純粋な月下の民は、黒髪と黒い瞳を持つ陽光の民との戦争で、ほとんど死んでしまったらしいな」
『第一次東西戦争』と呼ばれるリートレルム全域を巻き込んだ民族紛争だ。シンは残念そうにいう。
「音楽で栄えている世界なんて楽園だと思ってたけど、どの世界にも、差別や迫害はあるってことか」
むしろ、音楽というものが過剰に力を持っているせいで、新たな歪みが生まれている。哀しい現実だった。感傷に浸りかける自分を叱咤し、続ける。
「何故、月下の民が狙われたのか、俺なりに仮説を立てたんだが、さっきの王様の『最終戦奏器』の適合者が月下の民の血を色濃く残すコーディシア家だという話を聞いて確信した。
『戦奏器』というのは、月下の民にしか扱えないんだろう?強力な武器を持っていても、使えなければ意味が無い。だから使える奴を外から取るために戦争を仕掛け、侵略し、併合した」
だとすると、何故ユキとシンにも使えるのかという疑問が残るが、それはとりあえず無視した。ドゴールが肯定したからだ。
「そうだ。現在イギルスタンに七人いる師団長のうち、四人が他国の出身者。そして、全員が濃淡の違いはあれど我らと同じ血を引いている」
皮肉である。敵軍の中心戦力は、味方と同じ民族の生き残りなのだ。本当に、何のために戦っているのか分からない。
「話を戻そう。それで、イギルスタンはその『最終戦奏器』で何をするつもりだ?まさか、本気で終末戦争を起こそうなんてことじゃないんだろう」
しかし、その問いにドゴールは否定も肯定もしなかった。
「それが、全く分からぬのだ。『最終戦奏器』は、コーディシア王家に代々伝わる“滅歌”という歌に反応し、リートレルム大陸を地の底に沈めてしまうと呼ばれている危険な兵器。一度使ってしまえば、この世界は崩壊を始める」
要するに、制御の効かない大量破壊兵器ということだ。そんなものを、わざわざ使うメリットは無いはずだ。
「シンといったな。お主の言う通り、イギルスタンは、まともにぶつかり合っても十分に勝てる戦力を持っている。しかし、それでもわざわざミーファを奪取し、交渉も無く、はっきりとした一時停戦もされておらぬ。イギルスタンのエマルサ総統が何を狙っているのかは全く以て分からぬ」
アルマの話では、総統と呼ばれているイギルスタンの国家元首は“戦闘狂”らしい。単なる破壊が目的だとしても、全てを壊してしまうことは無いと思われた。
「まぁ、関係ないな。俺たちはミーファを助けるだけだ。その後のことは好きにやれよ」
冷たいとは思うが、ここからは本当にリートレルムの問題だ。シンたちが口を出すことではない。
「さぁ、急ごうぜ。ミーファを助けるんだ」
シンが告げるが、また側近が口を出す。
「待つんだ。陛下、本当に良いのですか?こやつらが何かを狙っているかも知れませんぞ」
ドゴールが何かを言う前に、シンが不敵な笑みを浮かべて赤ら顔の側近に言い放った。
「行ってみりゃ分かる。もし俺たちが嘘を吐いているってことになったら、その場で首を刎ねろ。こちとら、その程度の覚悟は三秒で決めてんだよ」
「な……」
「分かったら、あんたもとっとと覚悟を決めろ」
尚も何か言い返そうとする側近に、ドゴールが「もうよい」と制する。
「私が決めたことだ。これ以上の口出しは許さん。分かったら戦列空艦を用意せよ。イギルスタンが宮殿に辿り着く前にミーファを救出する」
「空艦!?いえ、陛下、あれはまだ試用段階でございます」
「だからこそだ。イギルスタンもよもや半日で着くとは思うまい」
「俺たちの情報では、連中は陸路を通っているらしい。急げば追いつくぜ」
“空艦”という言い方に少し疑問を抱きながらも、シンは自信ありげに言った。側近を含めた兵士たちが、ドタバタと広間を後にする。
何が始まるのかと思いながら、ふと足元見て、ぎょっとした。ユキが床に突っ伏し、完全にへたばっていた。
「王様、ちょっと休める場所はあるか?ユキがダウンしちまった」
「部屋を用意させよう。連れて行くがいい。あと一つ、私からも頼みがある」
「なんだ?」
ユキに肩を貸してやりながら、シンが声を返す。
「シーラ……シーラ様を、ここに連れてきてくれんか」