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S’s~天空詩曲と滅びの歌  作者: 祖父江直人
第六話 アイデンティティ
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6-B 亡国の兵士

色々と拗らせててちょっと(?)気の狂ったキャラが登場します。あと、題名の『S's』に関連する描写が出てきます。もしよろしければシリーズの『暁の鐘』も読んでみてください。http://ncode.syosetu.com/n4550bz/

読まなければ分からないということもありません。同じシリーズの小説ですが、単体の小説として完結しています。

「うむ。分かった。それでは、あとは任せたぞ」

 通信魔奏石からの連絡を受け取ると、再び自分の手元に戻った“手駒”を思い、自然と頬が持ち上がる。

 美しく磨き上げられた鎧と、毎日丁寧に手入れをしている剣がいくつも立てかけてある以外には、物が無い執務室は、殺風景そのものだ。机の上もまた、几帳面なほどに片付いている。他者が滅多に入ることのないこの部屋が、イギルスタン国家元首エマルサという壮年の男の性格を、端的に表している。

 王政から共和制国家に移行して30年、豪胆な政治手腕で総統の座に座り続けてきた元軍人は、しかし、政治には興味が無かった。経済も財政も外交も、全て専門の大臣の意見を尊重、若しくは丸投げしていたのが、逆に功を奏しているという格好だ。

 彼の興味はただ一つ、戦争。軍を強くすることと、その力を見せつけることだけだった。 

 曰く、“戦闘狂”。“血に飢えた西の獣”。国の内外からその悪評を知る度、逆に、エマルサは得も言われぬ快感を憶える。それらの声に、自分の力に怯える心を感じ取るからだ。

 より強い力を手に入れたかった。だからこそ15年前に大規模な戦争を引き起こした。リートレルムの西部地区全土を巻き込んだことから、『西部戦争』と呼ばれる争い。結果、イギルスタンはさらに強くなった。しかし、まだ足りない。もっと必要だった。

 だからこそ、あの最凶最悪の“兵器”を欲しがった。“あれ”を手に入れるため、再び戦争を起こした。迷いは全くない。

『それこそが、お前の強さでもあるな』

 エマルサを讃えるその無機質な声は、エマルサの頭の中だけに響く。単なる幻聴ではない、自分にとって重要な“知恵”を授けてくれた声の主に、深く礼を言う。

「全て貴方のおかげだ。これで、私の国はこの世界で最強になる。この世界の誰もが、私の前に平伏ひれふす」

 静かな声量で、だがその中に確かな狂気を自覚しながらエマルサが言った。

 “兵器”が一度逃げ出したと報告を受けた時は、珍しく激昂し、思わず第七師団長に斬りかかりかけたが、自分好みのひたすらに強さを求める姿を思い出し、踏み止まった。年若い故に失敗はある。だが、それを補うだけの冷徹さを持っている。

 もう一度チャンスを与えた。再びイレギュラーな存在によって逃がしたが、今度は“声”の意見を聞き入れた。

『“あれ”は仕方の無いことだ』という“声”は、初めてやや感情を露わにした声を出した。楽しんでいる、とエマルサには感じた。

 『戦奏器』を扱える異世界の人間。もしもの事態を想定したエマルサは、念の為オーミットを戦地から派遣した。10年前から軍の実質ナンバー1の座にある第一師団長も、イーフと同じようにエマルサが好む性格であり、無類の強さを誇る武人だ。与えられた任務は必ず全うすると信じて送り出したので、安心しきっていた。

 そして案の定、“兵器”はエマルサの手に戻ってきた。

「貴方は、あの娘を護衛していたという異世界の人間について、何かご存じなのですか」

『知っているのではない。“憶えて”いるのだ』

 “声”の言葉は常に持って回った言葉遣いをする。エマルサは苛立つことも無く、黙って次の言葉を待つ。

『私には、彼らの“記憶”がある。ここ、『サウンドワールド』に、彼らは来ることになっていた』

 『サウンドワールド』とは、“声”がリートレルムを差す時に使う名称だ。彼が言うには“音の世界”という意味らしい。

「来ることになっていた、ということは、もしや、私のことも“憶えて”いるということでしょうか」

 未来を見通す力。そう解釈したエマルサの問いに、“声”はこう答えた。

『私の持つ“記憶”は数多くある。川の流れつく先はたった一つの海だが、道順の違う“今”の向かう先は、全く別の海だ。だが、約束しよう。私の導く道に進めば、お前の望む海で泳ぐことができる』

「はい」

 エマルサは従順に返事をし、60歳に手が届く皺の多くなった顔を歪めた。それは笑顔だったが、他者から見たそれは得物を狙う捕食者の形相だった。


 浮遊魔奏石を使った空船の力もあって、リートレルム大陸に於ける航空技術は日々進化を遂げているが、代わりに、陸路は未だ馬車が主な交通手段だった。

 イギルスタンは大国だが、それ故に首都から東にはなれるほど道路の整備が進んでおらず、悪路が多くなる。 

 そうして小刻みに身体を揺さぶる車の脇に座り、ミーファは向かい合ったイーフをずっと睨み続けていた。

 イーフ以外の兵は居ない。アブソビエの街を離れる際にミーファ自身が「この人に話があります」と言ってほかの人間を入れさせなかったからだ。だが、一向に“話”が始まる気配はない。イーフはというと、ミーファから目を逸らしたまま、小さく溜息を吐いた。

「どうしたの?」

 ミーファが、初めて口を聞いた。イーフは「失礼」と言って続ける。

「少々疲れていまして。お転婆なお姫様の逃走劇のせいで」

 とても王族に放ってはならないと思われる皮肉めいた言葉遣いのイーフに、しかし、ミーファは口元を歪めて言い返す。

「それは失礼いたしました。14歳の乙女を一昼夜かけて追いかけまわしてくださってありがとうございます。“氷の将軍”イーフ様」

 本人が言われたくないであろう言葉をわざと選んで発言する王女に、イーフはただ事務的な声で返す。

「あなたに死なれては、我が国としても、困りますので」

「私が“兵器”だから?」

 言ってしまった後で、また沈黙が訪れる。表面をなぞるような会話ではとても続かない。そう肝に銘じて、ミーファはまた口を開く。

「……ユキは、本当に大丈夫なの?」

 同行していた少年の安否を気遣うミーファに、少し苛立った様子でイーフが言う。

「またその話ですか。“戦奏着”を持っているのですよ?多少の攻撃は“特殊魔奏石”の魔力が防御してくれます。それに、多少の手心は加えました」

「手加減をしたから、逆に追い詰められてしまったってこと?嘘でしょう。貴方は、冷静じゃなかった」

 そこで、イーフは初めてミーファの強く咎めるような顔と向き合った。

「屋根に飛び移るとか、先にユキを拘束するとか、色々方法はあったはずでしょう。なのに―――」

 イーフはやおら立ち上がった。突然の行動に、ミーファが声を切る。

「冷静になれるはずがないだろう!ミーファが怪我をしたかもしれないと知って、俺がどれだけ―――」

 興奮した口調で捲し立て、我に返ったイーフは慌ててその場にひざまずく。少し黙り、冷静さを取り戻してから、続けた。

「―――あのユキという少年の力を侮っていたことは確かです。あのままロシェフ殿の援護が無ければ、敗れていたのは自分でした。同様に、冷静さを欠いていたことも。貴方を乗せたガーゴイルがオーミット殿によって撃墜されたと聞いて、まず貴女の安否を確かめたい思いが先行しました」

 突然の剣幕と、その内容に驚くミーファは、目の前で膝をつく少年師団長に言う。

「イーフ、顔を上げて。それと、話し方も普通でいいわ。宮殿にいたときと同じ、ここには、貴方と私しかいないのだから」

 顔を上げたイーフの目は、いつもの冷たく黒く沈んだものではなかった。隈を浮かばせ、今にも泣き出しそうな、人間らしい感情を伴った目。

 最後にあった時にも、これに近い顔をしていたと思う。お互いの気持ちを押し殺し合って、何とか“破滅”を耐えた、あの夜。

「イーフ、隣に座ってくれる?揺れが酷くて酔ってしまいそうなの。貴方に寄りかからせて」

 ミーファの頼みに、イーフは一瞬「え?」と呟き、戸惑いのあまり口をパクパクと動かした後、ロボットのようにぎくしゃくと、王女の隣に座った。

 すると、ミーファが予告通りにイーフの肩に寄りかかってきた。美しい銀髪から甘い匂いを嗅いでしまい、イーフはさらに身体を固くした。

「私が逃げ出して、もう何日になるかしら」

 二人だけに聞こえるような―――いや、そもそも二人きりなのだが―――トーンで、イーフに話しかけるミーファ。

「四日、五日目かな。総統陛下から殺気のこもったお叱りを受けた日だから、よく覚えてる。眠れなかったよ」

 冗談めかして言うイーフに、ミーファが訊く。

「あの日から、全然眠っていないの?」

 細く白い指が、イーフの端正な顔の目元を撫でる。間近で見ると、隈はとても黒々としていた。

「部下からは眠ってくれと言われたが、ミーファのことを考えると、眠れなかった。無事で、本当に良かった」

 薄く目を閉じて言うイーフに、申し訳なくなる。

「ごめんなさい。出ていくこと、貴方にだけは伝えたいと思ったのだけど―――」

「それをすれば、俺は止めていた。俺の任務は、ミーファ王女を逃がさないことと、身の安全を確保することだから。でも、もういいんだ。ミーファ……」

 イーフは少し緊張がほぐれた手で、ミーファの手に触れた。身体が強張る。ミーファは首を振ってイーフの手を拒否する。

「やめて。いけない」

「どうして。俺のことは信用してくれているんじゃないのか?」

「そうよ。でもそれは、イギルスタンの中で、信用できるのが貴方しかいないから」

 少し距離を取るミーファに、頬の端を持ち上げて皮肉めいた表情を作るイーフ。

「俺は所詮、敵国の兵士だからな。せいぜい身を擦り寄らせて安全を確保しておくってことか」

 その自虐的な言い草はどこか子供じみていて、わざと拗ねて親の愛情をねだる幼児のようだと、ミーファは思った。

「……今は、ね。貴方がコーディシアに来てくれるのなら―――」

 だが、その言葉が終わらないうちに、イーフの堀の深い鋭角な顔が眼前に迫ってきた。ミーファは後ずさり、馬車の隅まで追いやられた。

「俺に国を裏切らせるのか。ミーファ王女。」

 イーフは笑っていた。だが、その表情を作り上げた皮膚の薄皮一枚下では、混濁した怒りが渦巻いていた。だが、ミーファは物怖じせず言い放つ。

「そうよ。戦争と暴力で国を滅ぼし、領土を広げている国に、どんな忠誠を誓うというの?コーディシアは、いえ、私は貴方を喜んで迎え入れるわ。イギルスタン軍の兵士としてではなく、イーフゴート・ヒナタリア・ラスティミーズとして」

 吐息すらぶつかり合うような距離で、滅多に明かすことのない本名を告げられ、イーフは一瞬押し黙った。15年前の第二次東西大戦。ようやく自分の名を憶えた頃、失った家族。亡国“ラスティミーズ”の最後。

 頭にうっすらと浮かぶ映像を遮断するように首を振るイーフに、ミーファは告げる。

「貴方にその気が無いのなら、私は、あくまで貴方を“利用”させてもらいます。私はイギルスタンの暴力的な要求には屈しません」

「また、逃げ出すつもりか」

 頭を抱えながらミーファを睨むイーフだが、碧い眼は微動だにしない。

「もう、そんなことはしないわ。ユキたちが助けに来てくれるから」

 またか、というように、イーフが眉をしかめる。

「イーフ、貴方は確かにちょっと冷徹に見られるところもある。それに、忠誠心が強くて、兵士として優秀なのかも知れないけれど、決して“強く”は無いわ。

 貴方には、自分の信念に向き合う覚悟が無いから。ユキは、私を守ると言ってくれた時、少しも迷わなかった。本当は戦うことなんてしたくない、音楽が好きなだけの優しい男の子なのに、覚悟を決めて、私のために剣を取って戦ってくれたの。今の貴方には、それができない。貴方は、心を殺して国に縛られているだけ。本当に傷つくことが怖くて、自分にとって何が大事なのか、考えることから逃げ続けている」

 ミーファの背後の壁から音がした。イーフが掌底で叩いたのだ。再び息遣いまで伝わる距離まで近づいた少年は、少女に言う。

「狡いな、ミーファ」

 ミーファの碧い目、そして、赤く艶やかな唇に向かって、イーフが話しかける。

「何が?」

「1歳で国と家族を失った俺には、拠って立つものが何もない。自分というものが何なのか分からない俺に、そんなことを言うのは酷いと思わないか?それに―――」

 ミーファも、イーフの黒く澄んだ目と、一言ずつを噛んで言い含めるように告げる口元を見ていた。

「―――自分を好きな男の前で、ほかの男の話をするなんて、本当に狡いじゃないか。お姫様」

 嫉妬。イーフの子供じみた行動の源がはっきりとして、ミーファはさらに困惑した。

「やめてよ、イーフ。お願いだから、離れて」

 掠れた声で懇願するミーファに、イーフは悪戯っぽくいう。

「嫌だ。こんな風にしたのはミーファのせいだ。別に、嫌いになってくれても構わない」

 限りなく0に近かった距離が、ついに重なり合う。ミーファも、ほとんど抵抗しなかった。

 言葉では伝わらない、伝えてはいけない想いを、唇を介して届け合いながら、ミーファとイーフは、思い出していた。あれは、ほんの二週間前だったか。二人はそれまで会ったことも話したことも無かった。

歳の割に二人とも大人っぽいなと思った第六話終了。いよいよ次回からは過去編です。本当かな?

主人公はしばらく出てきません。というか、ある意味ではもう一人の主人公の話なのかも。とりあえず、今から書いてきます

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