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S’s~天空詩曲と滅びの歌  作者: 祖父江直人
第六話 アイデンティティ
14/32

6-A シンディオ

『Melody Rain』

https://www.youtube.com/watch?v=NkgMn3nezHs


「過去編をやると言ったな、あれは嘘だ。」(二話連続二回目。)


「これは後々の伏線になる(予定)だからよく読んでおくようにOK?」


「OK」ズドン(自決)

 血糊の付いた剣を兵士の一人に拭かせている最中、オーミットはミーファ奪取の知らせを、通信魔奏石にて受け取った。

『どうやら国境地帯で戦闘が起こっているようです。戦列空船で私とイーフ殿の部下を連れて向かってください。我々は陸路で宮殿へ帰還します』

「ありがとうございますロシェフ殿。そちらこそ、お気をつけて」

 ロシェフからの連絡に礼を言い、数人の部下を残し、空船で戦地へ戻ることにする。その前に、と、オーミットは少し大きな声を上げた。

「戦闘は終わった。出てくるんだ」

 その声を受け、眼鏡をかけた女が飛び出してきた。

 やはり、人質ではなく、仲間だったか。血だまりで真っ赤に濡れることにも構わず重傷を負った男を抱き起こす女を見て、オーミットは予想が当たっていたことを確信した。

「急所は外れている。早急に治療を行えば、死ぬことは無い」

 決して戦闘に秀でているわけではなかったが、身体能力も知能も十分に備えた“騎士”だった男を抱いた女に言ってやる。

「オーミット様、とどめは刺さずにおいてよろしいのですか?」

 兵の一人がそう言うが、無言で頷く。もう任務は終わっている。殺生を重ねることに意味はない。

「シンさん!シンさん!」

「急げ!ルソラの宿まで運べ、あいつなら治せる!」

 千鶴に呼びかけられ、造船所の船大工たちに運ばれていくシンを見ながら、オーミットは先程までの攻防を思い出す。

 あの男―――シンは、勝てる相手ではないと分かっていながらも、活路を見出そうと接近戦に持ち込んだ。しかし、こちらに奥の手があることまで見越し、剣が振るわれる直前に僅かに身を引き、致命傷を避けた。

 自棄やけを起こしたのではない。退くことのできない戦いの中で、何とか“生き残ること”を選んだということだ。

 オーミットは、血を拭われて返された剣をギターのヘッド部分に戻しながら、とどめを刺せなかったことに、一抹の不安を覚えた。再び会いまみえたとき、果たして今回のように―――

「……ふん」

 らしくない迷いを振りほどくようにかぶりを振ると、目の前に見知った顔があった。

「てめぇ、オーミット……!」

 後からやってきた大柄な船大工―――アルマがオーミットの名を呼んだ。

「人の造船所をこんなにしやがって、ちゃんと正面から入ってきやがれ馬鹿野郎」

「騒がしくしたのは済まなかった。だが、あなた方のやったことも、決して看過できるものではない。ミーファ様がここにいると知って、報告をしなかったのだから」

 武骨な口調はそのままに謝り、アルマ側の非を指摘するが、アルマは恰幅の良い腹を一度叩いてふてぶてしく言った。

「なら俺をとっ捕まえるか?やれるもんならやってみな!」

「いや、それは任務に無い」

「けっ、カタブツがよぉ」

 吐き捨てるように言うと、荒れた手で作った拳をオーミットの方に向けた。

「“シンディオ”の血は、絶えねぇ。イギルスタンに魂を売り渡したテメェだって分かってるはずだろう。オーミット」

 力強い目で見据えられたオーミットは、しかし、事も無げに言葉を返す。

「ここは、イギルスタン共和国のアブソビエだ。もう“シンディオ”ではない。貴方も、いい加減に現実を受け入れるべきだ。貴方のしていることは、新たな争いの火種を生み出す結果になる」

「現在進行形であっちこっちの国を燃やしてるテメェらに言われる筋合いはねぇよ」

「これが最後だ。今を乗り越えれば、平和な時代が来る」

「―――大方、15年前のイギルスタンも同じことを言ってただろうよ。あいつらは戦闘狂だ。平和なんか望んじゃいねぇ。絶対王政を廃止して、形ばかりの民主主義を整えたのも、戦争狂いの総統がトップに居座り続けるためだ。このままじゃ、駄目なんだよ、オーミット」

「“革命家”は誰しも権力者の腐敗をいい立てる。しかし、根拠がない」

「そりゃテメェの目が節穴だからだ」

「見解の相違だな。分かり合うことはなさそうだ。私は、私のやり方でこの世界を守っていく」

「へいへい、どうぞご勝手に」

「……」

 オーミットは喋り過ぎている我が身を自覚して、自分の周りにいる兵士たちを見た。いつも以上に多弁な師団長を見て、呆気にとられている様子だ。

「帰るときは、流した血くらい拭いていけよ。床が腐っちまう。じゃあな」

 悪態を吐きながら去って行ったアルマを見送ると、オーミットは兵士たちに告げた。

「ここにいる10名は残り、ロシェフ・イーフ両師団長と首都に戻れ。私はこのまま空船で国境地帯へ戻る」

 もう20年以上使い続けている相棒と言っていい『戦奏器』を背負い、オーミットはしばし目を閉じ、立ち尽くした。“アブソビエの街”の空気を吸い込み、吐き出す。何かを断ち切ったかのような表情で目を開くと、歩き出した。しかし、ふと立ち止まる。

「お前たち、お二人が来るまでの間、ここをきれいにしておけ」

 軍の事実上トップから出された指示に「え?」と言いたげな表情で呆けている兵士たちを尻目に、オーミットは、今度こそ立ち止まることのない歩みを始めた。


 ―――数時間後、ルソラの宿。

 ルソラによる“治療”で回復したユキは、早速ベッドから這い出してミーファたちを追おうとしたが、傍で看病していた千鶴によって止められた。

「先生、離してよ!ミーファを、助けに行かないと―――」

「駄目!いい加減にしなさい!あなたはまだ子供なのよ!?こんな危ないこと、いつまでも許してはおけません!」

 生徒を叱りつけるのと同じ剣幕で千鶴は怒鳴り、黙ったユキをベッドの上に押し込めた。

「お願いだから、やめてよ……なんであなたたちはいつもそうなの?なんでそんなに脇目も振らず走れるの?少しは、こっちの気持ちも考えてよ。自分たちが傷ついたら周りの人がどう思うのか、少しは考えてよ」

 最後はほとんど独り言のように小さな声で言われた言葉に、ユキはおとなしくなった。

「ユキ君、なんで、そんなにまでしてミーファさんを助けたいの?」

 少し優しいトーンで話す千鶴に、ユキは天井を見つめながら、迷いの一切無い声で、はっきりと答えた。

「僕が、そうしなきゃいけないと思ってるから」

「……」

 少なくとも、精神的にはとても小学生の域ではない11歳の少年を前に閉口し、千鶴は階下にいるシンのことを思った。


 宿の演奏場の大きな机の上に寝かされたシンは、ルソラの“治療”を受けながら言った。

「まさか、そのピアノが『戦奏器』だったとはな」

 大怪我を負いながらも意識をはっきりと保つシンに驚嘆しながら、ルソラはピアノを弾き始めた。

≪治癒響調―キュアハーモニッククラヴィーア―≫

 サウンドセラピーという言葉は聞いたことがあるが、物理的な怪我まで治すルソラの“魔法”にはシンも驚くしかない。目を閉じ、暫く自分を癒してくれる音に身を委ねる。

「綺麗な音だな。やっぱり」

「高くつくよ」

 柔らかな清流のようなメロディを弾きながら、ルソラは話し続ける。

「ユキは大丈夫だ。あんたよりずっと軽傷だった。今は千鶴に看て貰ってるよ」

「ああ」

「アンディって言ったか?あのガーゴイルには、シーラがついてやってる。本当に大切な“きょうだい”なんだろうね。あたしが無理やり戦いの場から引き離す時も滅茶苦茶に暴れやがって、こちとらひっかき傷だらけだよ」

「ああ」

「……傷が治ったら、追いかけるんだろう?」

「ああ」

「ふん。そうかい、別に止めやしないけど、あんたの武器、壊れてるだろう?」

「ああ、でも、何とかするさ」

 演奏が終わった。シンは自分の腹を撫でる。傷は、ほぼ完全に塞がっていた。痛みの残る身体を無理に持ち上げると、目の前に神妙な面持ちで宿の女主人が立っていた。その顔に少し疑問を感じながらも、シンは詮索せず、礼だけを言った。

「ありがとう、ルソラ。助かったよ」

 礼の言葉を受け取り、シンの光を失わない目を見ながら何度か頷いたルソラは、軽く目を閉じ、溜息を一つ吐いた後、言った。

「あんたの武器、直してやるよ」

「え?どういうことだ?」

 突然の申し出に、戸惑うシン。ルソラは、頬を少し掻きながら言う。

「そのままの意味さ。あたしは『戦奏器』の技師の家系だからね。アレを修理できるんだ」

 あまりにも意外な事実に、シンは思わず笑い出してしまう。

「何だよそれ。ルソラは、一体―――」

「まぁ、シーラじゃないけど、革命軍ってやつの一員かな。この街の連中の半数がそうなのさ」

 知られたくなかったのであろう事実を、他人事のように淡々と喋るルソラ。

「シンディオ。15年前まで、ここら辺の土地はそう呼ばれていたんだけど、イギルスタンの連中が侵攻して、国が滅亡した。

 ―――元々、『戦奏器』ってのは、シンディオの旧い民が創ったと言われているんだ。だから“戦奏器技師”なんていうのもいる。まぁ、戦争に負けて、ほとんどイギルスタンに没収されちまったけどね。アンタが持っているものも、どこかで見たことがあるよ」

 国は滅びても、人は滅びない。焼け落ちた国から立ち上がったルソラたちは、再びシンディオの独立を目指し動いていた。

「アルマに言われたんだ。『戦奏器』を扱える連中が仲間になった今こそ、イギルスタンに打撃を与えるチャンスだって。でも、あたし等の事情で、あんたたちを利用したくは無かった。だから、勘違いするんじゃないよ。あたしたちの都合じゃない。ミーファを、助けないといけないからね。あたしの理由はそれだけさ」

 これも、ある種のツンデレなのか?と、余計なことを考える思考を打消し、シンは再度礼を言った。

「本当にありがとう。ところで、どのくらいで直るんだ?」

 ルソラは少し思案するように唸ってから答える。

「内蔵されている魔奏石は無事だから良いとして、完全に真っ二つにされてるボディを直す方が時間がかかるね。今すぐに取り掛かるよ。丸一日もあれば修復できる」

 その間に、何かできることは無いのだろうかとシンは考える。このまま追いかけて行ったとしても、返り討ちになるだけだろう。仲間か、新しい戦力が必要だと思えた。

「失礼しますよ」

 宿に入ってくる人間の声。ルソラが出迎えたその人物は言った。

「実は先日“言語魔奏石”を買って頂いたのですが、コーディシアゴールドでお代を頂きすぎていましてね。こちらに泊まっていらっしゃると聞いたのでお返しに来たのですが」

「そうかい。ただ、金を払った子は今いないんだよねぇ」

(―――コーディシア……!!)

 シンは何か閃いたようにベッド代わりの机から飛び降り、ルソラと商人が話しているところに割り込んだ。

「なぁ!行商さん、あんた、コーディシアには行けるか?」

 重そうな荷物を背負った商人に勢い込んで訊くと、中年の小男は驚いたように頷く。

「は、はい。そろそろコーディシアの方にも行こうと思っていますが、何か?」

 シンは「よし!」と言って、固く拳を握った。

「なぁあんた、名前は?」

 勢い込んで商人に訊く。

「カ、カルウラです」

 シンの剣幕に圧されるまま名乗ったカルウラは、嫌な予感がし始めた。これは、とんでもない客に出会ってしまったかもしれない。

「俺は、あの魔奏石を買った娘の知り合いだ。というか、見ていたか?」

「ああ、なんか、一緒にいるところを見たような気がします」

 これは不味い。カルウラは何とか会話を断ち切ろうと思ったが、シンの機関銃のような喋りに阻まれる。

「それなら話は早い。あの子が払い過ぎた差額を報酬にするから、俺たちの頼みを聞いて欲しい。

 俺たちは今から空船でコーディシアに向かうんだが、問題がある。俺たちは、訳あって不法入国の身なんだ」

 絶句する。最悪の客だ。逃げようとするが、何故か退路を宿の主人に抑えられている。何だこのチームワーク。ひょっとして、グルなのか。

「ただでは出ていけないのは覚悟していたんだが、あんたが来てくれて助かった。カルウラ、俺達はあんたの“積荷”になる」

「駄目です!!」

 体格に似合わぬ大声で却下する。要するに密出国及び密入国に協力せよということだ。僅かばかりの差額をダシにされて、そんなことはできない。

「カルウラ、頼むよ。あんたにしか頼めない、人の命がかかってることなんだよ」

「そんな脅し文句になびくとでも?私はただの商売人ですよ。人の命どうこうより、自分の食い扶持を稼ぐために生きているんです」

 しかし、シンは我が意を得たとばかりに笑った。

「そうか、それなら尚更良い話があるぜ。俺たちを連れて行けば、コーディシアの王家相手に商売ができる」

「はい?何故急にそんな大物が―――」

 胡散臭い話につられていることは自覚しながらも、聞き捨てならないことだ。

「話してもいいが、この話は結構深い泥沼だ。足を突っ込まない方が良いと思う。あくまで、俺たちの言うことに従った、という体でいた方が安全だ」

 シンの言葉に従い、深く詮索するのはやめておく、商人はリスクを最小限にとどめる。しかし、目の前の儲け話を前にすれば、多少の危険はやむなし、だ。

「つまり、あなた方の亡命まがいの航空に力を貸せば、コーディシアのドゴール王と謁見できると、そういうわけですね」

「約束しよう。もし全てが上手くいけば、あんたは救国の英雄にもなって、細々と商いを続けなくても良くなる」

 これといった根拠を提示しないまま自信満々に喋る長髪の男に、カルウラは詐欺師の才能を感じたが、長年の行商人としての勘が“行け”と告げていた。

「……分かりました」

 それに、何故かこの人間からは信用したいと思える、不思議な魅力があった。それは、商売人としての重要な才能だとカルウラは思っていたので、そう言った。

「よっしゃ!ユキ~起きてるか~?シーラ呼んで来~い。ミーファの家に遊びに行くぞ~」

 承諾を得た途端に弛緩した口調に、ちょっと信用できなくなったが、もう後戻りはできない。

「ご愁傷さん」

 笑ったような困ったような調子の女主人の声が、冷たく耳に残った。

次回も、多分、過去回は始まらない気がします……(弱)

第七話からになるかな。とりあえず幕間の設定資料を書く作業に戻ります(本編書け)


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