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S’s~天空詩曲と滅びの歌  作者: 祖父江直人
第一話 武器と音楽
1/32

武器と音楽

二週間ぶりです。また曲があります。

『Melody Rain』

http://www.youtube.com/watch?v=NkgMn3nezHs


ド王道で行きます。

2030年7月某日―――


 日本の、とある島、とあるラジオ。


『さぁ午後二時をお知らせする時報が鳴りました。“天奏島あまかなでとうFM”の放送も終盤。パーソナリティは、私“DJシン”とスペシャルゲスト、天奏小学校六年生ユキ君でお送りしています』

『ます~。神宮寺しんぐうじさん、ほんじつ……はおまねき?いただきありがとう―――』

『はい、おっとり癒しボイスで台本に書いてあることをそのまま読んでくれてありがとう。あと、今はDJシンだから、そこんとこよろしくね。

 ―――それではユキ君、今からスタジオ生ライブってことになるんだけど、心境はどうでしょうか』

『う~ん、緊張してま~す』

『うん、全っ然してないね!そのニコニコした垂れ目丸顔じゃなかったらすげぇ生意気発言にもなってるけど流石は島民のアイドルだねユキ君!』

『へぇ、神宮寺さん面白~い』

『はい、現在相方のナチュラルSな片鱗を垣間見て精神力がガリッとやられている私、今は神宮寺ではなくDJシンです。SNS“WE'llウィール”にアカウントもあるので検索してくださいね、DJシンです。大事なことなので二回言いました。ユキ君もそれで一つよろしくね』

『あ、ごめんね神宮寺さん』

『……うん、何だろうこれ“糠に釘”って言うのかな。僕、高校中退だからよく分からないや。―――気を取り直して、じゃあ、志動しどう幸光ゆきみつ君、スタンバイしましょうか』

『は~い。―――あれ?バスドラに足が届かない』

『え?今年に入ってからずっと届いてただろう?身長150cmにもうちょっとで届くって言って―――って、イスが高過ぎ!何してるんだよユキ!』

『う~ん、伸びてる気がしたんだけどなぁ』

『成長期を過信し過ぎ!ああもう尺がねぇ!それでは皆さんギターとドラムのツーピースバンド『ゴッドスノウ』の演奏をお聴きください。このバンドもデビュー当初は二人でした。ストレイテナーのコピーで―――』

『ちょっと!神宮寺さん、志動君!何をしてるんですか!』

『あ、千鶴先生だ』

『……あれ~、どうされたんですか千鶴先生?今日から夏休みでしょう?』

『まだ今日は終業式です。なんで学校に来てないのかと思ったら―――』

『よく来てないって分かりましたねぇ。流石せんせ―――』

『中学生併せても三十人しかいないんだから当たり前でしょう!!なんで学校サボってコミュニティラジオに出させているんですか?』

『いやぁ、だって、“天唱祭てんしょうさい”……夏祭りも近いですし―――』

『それと何の関係が?』

『バンドで出なきゃいけないし……』

『サボる理由には、なりませんよねぇ』

『あはは、ですよね。―――ユキぃ!逃げるぞ!!ドラムスティックを忘れるなぁ!』

『は~い。島民のみなさま、次回の放送は―――』

『んなことはいいからさっさと窓から出ろ!』

『あ!ちょっと待ってください神宮寺さん!』

『千鶴先生対策をしてないとでも思ったんですかぁ?先生のお尻大きいから、この窓からは出られないだろうけど!』

『てめェコラ神宮寺 あつしィ!ギター叩き折るぞクソDJがァ!!待て……やっぱり窓から出るのはやめとこう……待ってください、二人ともー!!』


※※


 一応、住所の上では東京都にある天奏島あまかなでとうは、漁港と市街の広がる南地区と、森が広がり、そこを抜けると小さな浜辺に行き着く北地区に分かれた、人口の少ない自然溢れる島だ。

 島の役場を手伝っている神宮寺しんぐうじと、地元小学生の幸光ゆきみつはコミュニティラジオがある小さなスタジオを抜け出し、道なき道を歩いている最中だった。

「千鶴先生、なんか最近怒りっぽくなってないか?」

 神宮寺が、幸光に担任教師のことについて訊く。

「そうかなぁ」

「まぁ、こんな島でずっと暮らしてて独身で二十代も後半になっていくといろいろ溜まっていくものもあるだろうしなぁ」

「心配だね~。今度先生に訊いてみるよ、溜まってるの?って」

「それ絶対、誰が言ってたの?みたいな話の流れになって俺が殺されるからやめてくださいユキ様」

 都会生まれ島育ち天然素材のサディストを恐れる神宮寺の後ろで、薄手のパーカーの裾を持って歩く幸光が首を傾げる。服が伸びることに、神宮寺は何も言わない。この方が転ぶ心配が少なく、安全だからだ。

「でも今日は早かったね~」

「まぁ、お前のせいでもあるけどな」

 のんびりと舌足らずな変声期前の声に言い返してから、神宮寺が立ち止まる。

「さて、今日も行くか」

 長身でガタイも良い神宮寺が幸光を抱き上げ、島の北側を半周している古びたトロッコに乗せる。

 古くは炭鉱があったと言われる島の、わずかな名残だ。見た目は錆が浮いているものの、線路まで併せて神宮寺によって手入れされ、当時と同じように動くようになっている。

「とうひこうの、始まりだ~!」

 はしゃぐ幸光に笑いかけ、神宮寺はトロッコを押し始める。

「でも神宮寺さん、結局怒られるのに、なんで逃げるの?」

 徐々に加速の付き始めたトロッコの上で、幸光が疑問を投げかける。

「千鶴先生は熱しやすく冷めやすいからな。今ここで捕まるより、少し時間を置いた方が説教は短くなる」

「“れいきゃくきかん”を置くんだね」

「……どこで習ったんだ?まぁいい飛ばすぞ!覚悟はいいか!?」

「だいじょぶ!」

 レールの上を軽快に滑り始めたトロッコに、神宮寺も乗り込む。無邪気そうな大きな目を見開き、長髪を風になびかせながら「ヒャッホーゥ!」と、歓喜の声を上げる。

「神宮寺さん!天唱祭楽しみだね!」

 うるさい音を立てて走行するトロッコに負けない声で幸光が言う。

「ああ!一年に一回、この島にたくさん人が来る祭りだからな!ドラムトチるんじゃねぇぞ!」

 二週間後に迫った夏祭りであり夏フェスの要素も含む島のイベントについて話が盛り上がる。

「今年はSOUTH to NORTHサウストゥノースも出るみたいだぜ。」

「本当に!?」

 最近人気が出始めたバンドの名を出すと幸光が喜ぶ。小学生にしてグランジが好きだという稀有な少年である幸光を、神宮寺は18でこの島に来た時から、弟のように可愛がっていた。

 あれから二年、才能があったのか、試しに教えてみたドラムはめきめきと上達し、バスドラに余裕を持って足が付くようになった今年、二人で初ライブに臨むのだ。

「でもやっぱりベースと、もう一人ギターが欲しいところだなぁ」

 もうすぐ浜辺に差し掛かるところで、神宮寺がぼやく。音楽を嗜む島民は多いが、何しろ若者が少ないのと、神宮寺がたびたび言う「ズシッと重いベースが弾ける奴」と「繊細な音が出せるギタリスト」が居ないので、ずっと神宮寺のギターボーカルと幸光のドラムによるツーピースバンドという編成が続いていた。

「なぁ、ユキ……どうした?」

 幸光の表情が変わっていた。常に張り付いている柔和な笑みが消え、空の一点を見つめている。

「どうした」

 この表情をする幸光をよく知っている神宮寺も真剣な声を出す。

「あれ、人が落ちてる」

「は?」

 超現実的な言葉に呆けた反応をしてしまったが、幸光の指差した方向を見て、その意味が分かった。まず目に入ったのが、雲一つなく晴れた空かかったもやのような白い光、そして―――

「親方~……空から女の子が~……」

 性別までは判然としなかったが、我知らず口をついた言葉は聞かなかったことにして、確かに、空から人がゆっくりと降下している姿が確認できた。

「神宮寺さん!前!前!」

 ハッとして前方を見ると、目の前に何かが迫っていた。

 咄嗟の反応で幸光を抱いて、トロッコから飛び降りる。直後、トロッコと何かが衝突する音がした。

「大丈夫か?ユキ」

「あいむおっけー」

 二人は立ち上がると、事故現場を見た。

「トロッコの自賠責保険には入ってないよなぁ」

 神宮寺が溜息を吐きながら見に行くと、ぶつかったのはトロッコではなかった。

「ユキ、船だ」

 状況を整理できないでいるまま、見たままの事実を告げる。幸光も頷く。

「うん。空飛ぶ船だ」

 幸光はこの舟が飛ぶところを見ていた。流石に、面食らっている。

「ボート?いや、小さな帆船だな。なんでこんなものがぶつかってくるんだ?」

 船自体に損傷はないが、近くに投げ出された人間が二人いた。しかし、その恰好がまた、二人を混乱させる。

 西暦2030年の日本国内の小さな島には不釣り合いな、西洋風の甲冑を付けた男が二人、地面に投げ出されて伸びていた。

「西洋の騎士みたいだな」

「うん。暑そうだね」

 間の抜けた会話をしながら、とりあえず息があることを確認すると。

「とりあえず放っておこう」

「うん、そうだね」

 事故現場からの逃走を謀る意思が一瞬で統一され、二人は浜辺へ向かった。

「ところで神宮寺さん、さっき言ってた『親方~』って―――」

「それ以上いけない。あ、やっぱり倒れてるな」

 浜辺に倒れている人影を見定め、神宮寺と幸光が駆け寄る。仰向けに倒れたそれは純白のサマードレスを着た銀髪の少女だった。

 そして、その眼が開かれると碧眼だということが明らかになった。

「あ、起きた。大丈夫か―――」

 小柄な少女は立ち上がると、整った顔に警戒の表情を浮かべる。歳は、幸光より少し上と見えた。

「日本語、分かるか?Can you speak English? Do you have any injuries?」

 白人にも見える顔から考慮して、英語も交えて話すが、どうやら通じていないらしい。ゆっくりと後ずさりする。

「どうしたの?怖くないよ、お姉さん」

 幸光が話しかけたが、その直後、少女は踵を返し浜辺を走り去って行った。

「あ、行っちゃった……」

 追いかけようと思えばそうできたが、神宮寺は残念そうに言う幸光の頭を軽く撫でると、空を見ながらこう言った。

「ユキ、あの子のことは後回しだ。さっきの連中縛って、学校の方に行くぞ。大変なことになってる」

 兄貴分の、聞いたことのない真剣な声色に幸光は黙って頷く。


※※


 島の空で神宮寺が見たそれは、島で最も広いグラウンドである天奏小学校兼中学校の校庭をすっぽりと覆うほどの巨大な木造の帆船だった。

「飛行石でも搭載してんのかあの船」

 近くの茂みに幸光と共に隠れていた神宮寺が言う。ジブリ御用達な雰囲気を感じる超現実的な帆船から、あの空飛ぶ小型帆船が校庭に次々と降り立っていた。

 ここに来るまでにとりあえずと縛り上げてきた連中と同じ格好をした甲冑兵士たちが、校庭に連れ出した学校の子供たちや教師を見張っているが、危害を加える様子はない。

「神宮寺さん、さっきの女の子が」

 幸光が指した先、一隻の舟に少女の銀髪が見えた。島民に手出しをしていないところを見ると、どうやら目的はあの少女だけのようだ。

「ねぇ神宮寺さん、校舎の屋上から、船に飛び移れそうだよ」

 幸光の提案に「助けに行くつもりか?」と訊く。

「うん、そうだけど?」

 きょとんした顔の幸光。どうやら彼の中ではもう救出が決定事項らしい。神宮寺は頬を緩めながら数回首を振る。

「よし、行くか。覚悟はいいな?」

 決断は迅速に、覚悟を決めるのは三秒以内。

 高校中退以来、自身に課してきた決まりを忠実に守った神宮寺に、幸光は大きく頷いた。

「だいじょぶ!できる!」


※※


 校舎の屋上から浮遊する船底に侵入口を見つけ、“飛行帆船”の船倉に忍び込んだ二人。外見通り、中身も木造の船で、揺れも感じるが、問題はここが海の上ではないということだ。

「あの女の子は、どこにいるのかな?」

「さぁな。とりあえず、あの兵士どもに鉢合わせないように、しらみ潰しに、且つ誰にもばれないように、そっと連れ出すぞ」

 無茶過ぎる作戦に文句ひとつ言わず「うん」と言って船倉を探索し出す幸光に苦笑を噛み殺し、神宮寺も船内の様子を確認する足を踏み出す。

 鎧や、剣が置いてある。どうやら、兵士の為の武器庫のようだが、それにしては見張りなどがいないことが気がかりだ。

「ギターより重いもの振り回したこと無いんだけどな」

 そう言いながら、戦闘になった時に備える為、一本の剣に手を伸ばそうとしている時、幸光の声が上がった。

「神宮寺さん、ギターがあるよ」

 顔をその方向に向けると、最近ようやく成長し始めた小柄な体で大きな弦楽器を抱えて立つ幸光の姿があった。

「そんなものあるわけ―――って、マジかよ」

 驚く神宮寺の目には、確かに六本の弦が張られた楽器。

 疑問に思いながらもギタリストの血に抗えず、幸光から手渡されたそれをしげしげと確認する。赤色に輝く厚みのないボディは一見するとエレキギターのようだが、シールド(プラグ)の差込口もボリューム調節のツマミも無く、非常に軽かった。さらに、本来は取り外し可能な、肩に下げるストラップが、完全に楽器と一体化している。

 軽く撫でてみると、その質感は木製でも金属でもない、表面が滑らかで光沢があるが軽く、それでいて非常に頑丈な、未知の素材であることが分かった。

 軽く指で弦を弾いてみるが、音は出ない。代わりに、何かが動く音がした。

「ユキか?今度は何を見つけた」

 また何やら得体のしれないものを発見したらしい好奇心旺盛な11歳に向かって声をかけると、公称147cmの身長から少し伸びた様子の幸光が、嬉しそうに現れた。

「見て見て~、背、伸びたよ~」

 物音の正体を知って安心した神宮寺が、再度音のしないギターを爪弾いて言う。

「ああそうだな。ただ、ブーツで嵩増しするのはどうかと思うぞ。過信するなとは言ったが、もうちょっと成長期は信じていい」

 幸光の履いている膝の丈まであるブーツを見ながら、言ってやる。両足に短剣が装着されていることから、これは武器であることが分かる。

「剣は振り回すなよ?あとユキ、このギターは欠陥品だ。音が鳴らない」

 代わりに持ってきたドラムスティックでチャンバラごっこを始めた幸光に言う。

「ピックで鳴らしたら?」

 物は試しと思い、幸光の言葉に従ってジーンズのポケットからエレキギター用のミディアムピックを取り出し、六弦を全て鳴らしてみる。

 やはり音はならず、しかし、武器庫の奥から何かが倒れる様な音、そして、何かが空気を裂いて飛んでくる気配がした。

「なんだ!?」

 それは六つの、小さな物体だった。棒のようにも見えるが、先端に鋭利な光が見えることから、やりだということが分かった。

 神宮寺は自分の周囲を意志を持ったシャボン玉のように浮遊する10cmほどの物体の一本に恐る恐る触れてみた。

『―――!!』

 瞬間、神宮寺と幸光は同時に頭を抱えてうずくまった。

『―――戦奏器―――戦奏器―――』

 大音量を流す見えないヘッドホンを強制的に付けさせられたような時間はほんの一秒足らずだったが、二人が立ち上がった時、その表情には長大な冒険を終えたような疲れが宿っていた。

「ユキ、聞いたか?」

 敢えて“何を”ということを言わず、神宮寺が発した言葉に、幸光は頷いた。

「そうか、なら―――」

 言いかける言葉を遮る音が、耳に飛び込んできた。

「お、オーケストラ?」

 数多くの弦楽器が重なり合う音が聞こえた直後、船体が大きく浮き上がる。

「おいおい、これ、ヤバいんじゃないか?出航っていうか発進っていうか分からんが」

 さらに悪い状況は続く。どうやら船内で騒ぎ過ぎたらしい神宮寺たちの気配に感づいた兵士が二人、武器庫に飛び込んできたのだ。

「あちゃー、どうしようか、ユキ」

 こちらには理解できない言語で何事か喚いている鎧の兵士たちから目を切らないようにしながら、幸光に尋ねる。

「神宮寺さん。僕が女の子を探しに行ってくる。ここは―――」

「任された!」

 幸光の言葉を途中で引き継ぎ、神宮寺が構えたギターを兵士たちに向ける。甲冑越しに恐れおののく様子が伝わってきた。

「何が何だか分からないが、たった一つはっきりしていることがある」

 丸腰のはずの神宮寺たちに襲い掛かる様子の無い兵士たちを見て、確信する。自分たちが丸腰ではないということに。

「この楽器は、“武器”だ」

≪演争―プレイ―≫

 幸光が、その場で足踏みを始めた。

≪音壊舞踏―ブレイクビートブーツ≫

 否、正確には、足でリズムを刻み始めた。

「テンポは、これくらい」

≪BPM160≫

 呟いた幸光が床を蹴った刹那、既にその身体は兵士たちの脇をすり抜けていた。

「余所見するな」

 人間の反応速度の限界を易々と突破していった幸光を追おうとする兵士たちに神宮寺は弟分から言付かった足止めのための声を出す。

「お前たちの相手は俺がする」

 頭に流れ込んできた、この武器の扱い方。何故そんなものが一瞬でインプットされたのかは、今は考えずにおく。

≪演争―プレイ―≫

 神宮寺はピックで、ギターをストロークする。

≪絃槍演武―ダンサブルストリングス―≫

 音が発せられる代わりに、槍がその形状を1mほど伸ばし、より攻撃的な形を取った。ピックが弾く弦の一本一本が、六本の槍に同調し、指令を伝える。

「人殺しをするつもりはないんだ。だが、邪魔するっていうなら強行突破させてもらうぞ」

 槍の先端を兵士たちに向け、神宮寺が凄む。恐らく理解されていない言葉の、威圧感は伝わったと見える二名が後ずさった。


※※


 刻んだリズム、設定したBPMテンポをスピードに変換するブーツの力で、幸光は韋駄天の如く船内を駆け回っていた。少女の居所は分からない。神宮寺の言った通り、虱潰しだ。

 次こそはと思いながら、何戸目か分からない扉を開けた瞬間、強い風と、大音量のストリングス演奏を全身に浴びた。

「あ、あの~」

 演奏する楽団を見ていた重曹な鎧姿の兵士四人と、それに囲まれた高貴な軍服を着た男がこちらを剣呑な表情で振り返る。男の背は高く、体つきがガッチリとしているものの、黒髪の小顔に目鼻口が目立つよう配置された顔立ちからは、少年のような幼さを感じる。

 オーケストラの類は聴き慣れていない幸光には良さが分からないが、どうやら外に出てしまったことと、自分はまったく歓迎されていないことは分かった。

 自分より三つ四つ上だろうということを確認した後、幸光は丁重に頭を下げた。

「……おじゃましました」

≪BPM180≫

 再びブーツで“速度”を設定し元来た道を逆走しにかかる幸光を、当然彼らが放っておくはずもないのだが、ここに辿り着くまでに十人以上の兵士と既にすれ違い、そして追いかけられている最中なので、今更四、五人増えたところでどうということは無かった。人間ではあり得ない速さで駆ける幸光には誰も追い付けていない。

 しかし、このままでは正面衝突が免れないことに気付いた幸光は、両手に持ったドラムスティックを突き出した。

≪閃光―ライトニング―≫

 すれ違いざまに、スピードと体重を乗せた強烈な打突を食らわせ向かってくる兵士たちを吹き飛ばし正面突破を完遂した幸光は、振り返ることなくさらに走った。残る探索場所は、あと一つのはずだった。


※※


 一方、出航してしまったらしい揺れる船倉でのにらみ合いは続いていた。このまま時間稼ぎが出来れば上々だったが、膠着状態に焦れた兵士が彼我の“戦闘能力”を度外視した先制攻撃を行うのは“戦闘経験”の無い神宮寺にとって望むところでは無かった。

「なぁ、あまり物騒なことはやめておこうぜ。お互い怪我はしたくないだろう」

 言葉のニュアンスくらいは伝わるだろうと思い話しかけてみるも、どうやら退く気は無いらしい様子の二人に溜息を吐くと、神宮寺は勇敢な兵士たちに言った。

「そうか。なら、悪いがやらせてもらうぜ。寝覚めが悪くなるから、死んでくれるなよ?」

 神宮寺が言い終えると、ギターを激しく掻き鳴らす。

≪コードD≫

 不規則に浮遊する槍が、一つに固まっていく。

「吹き飛べ……‼」

≪暴槍風雨―メロディックストーム―≫

 せめてもの慈悲で、先端が尖った方を後ろに向けて放った槍の塊は、兵士二人を吹き飛ばし、向かいの部屋の扉まで突き破る威力を発揮した。

「こりゃヤバいな」

 圧倒的な破壊力を発揮したギターを背負い、兵士たちの安否を確認しに行くと。

「あ」

「あ―――って、なんで千鶴先生がいるんだ?」

 本人の生真面目さが出ている短い黒髪と縁なしの眼鏡、そして根底にあるおっちょこちょいなところが滲み出てしまっている伝線したタイツを視認した神宮寺が、何故この女教師がサマードレスの少女と共に捕えられているのか考えていると、向こうの方から神速で幸光がやってきた。

「あ、やっぱりここにいたんだ―――あと先生、何してるの?」

「あ、あの、えっと―――」

 灯台下暗しで、武器庫の向かいの部屋を探索し忘れていた教え子に訊かれた千鶴がしどろもどろになっているのを放置し、神宮寺が次の一手を告げる。

「まぁいいや、理由は後で聞きます。ユキ、その剣貸してくれ、縄を切るから」

 幸光のブーツに差し込まれた短剣で、千鶴と、銀髪碧眼の少女の縄を解く。

「さて、どうしたもんかな」

 変わらず怯えている少女の様子と、いずれやってくるだろう追手のことを思い考える神宮寺に、幸光が提案する。

「あの空飛ぶ舟を使おうよ」

 その案に乗りかけるが、問題点を見つけてしまう。

「駄目だ。俺たちじゃ、あの舟の動かし方が分からない」

 帆船が空を飛ぶなどというオーバーテクノロジーを操縦できる気がしない。提案を却下する神宮寺だが、意外なところから声が上がった。

「なら、この子にやってもらえばどうですか?やり方くらい、知ってそうな気がします」

 千鶴が未だに言語が通じないことからくる不安を表情に浮かべる少女を見て言った。

「いや無理ですよ。この子とは言葉が―――」

 神宮寺が言いかけ、黙った。千鶴が、理解不能な言語を少女に向かって話しているのだ。

「×××あれ?これは違うかしら。それとも×××、×××―――」

 身振りを交えながら、少女とコミュニケーションを取っていく。

「何で分かるんですか?」

 幸光の問いに、女性教師は微笑みながら言う。

「ここの人たちが話していた言葉から、当たりを付けて喋っているだけよ。ちゃんと勉強して、大学まで出たら志動君にもできるようになるわ」

「せんせ~、なんで俺をチラチラ見ながら言うんですかぁ?」

 中退者の神宮寺が上げる不満の声は無視し、話しを続ける。どうやら“空飛ぶ船”は伝わったようだが、自分たちと一緒に逃げることにはまだ抵抗がある様子だった。

 こうなったら無理やりにでも、と強硬手段を考え始めた神宮寺の横目で、千鶴は少女を優しく抱きしめた。

「安心して。あなたを傷つけたりはしません」

 千鶴の腕、というか、豊満な胸の中でゆっくり落ち着いていく少女を見ながら神宮寺は何か掻き立てられるものを感じたが、そんな場合ではないので抑えておく。

「僕もやってもらったことあるよ~」

「なんだと?その話詳しく―――」

 しかし、ゆっくりはしていられないことを思い出させる怒声が近づき、神宮寺と幸光は行動を起こした。

「行くぞ千鶴先生!」

「ど、どこにですか?」

「とにかく、今は逃げるんだ!ユキ、舟までの道案内頼むぜ」

「うん、分かった。こっちだよ」

 駆け出す幸光に付いていく千鶴と少女。神宮寺は、一人すれ違うのがやっとの通路に向けてギターを構えると、槍を、進路を塞ぐように設置した。簡単に突破されそうなバリケードだが、少しでも時間が稼げればそれでいい。

 幸光は、正面からくる敵を、再びブーツの能力とドラムスティックによる突撃で倒していた。

「志動君、あなた―――」

「おせっきょうは、あとで~」

 いつもの、のらりくらりとした調子とのギャップに面食らいながらも、少年の後に続く。

 小舟の格納庫は、船尾にあった。いくつも並んだそれは、どう見ても小型の帆船で、空を飛ぶとは思えなかったが、少女はてきぱきと舟を選び、何か準備をしている。

「迷っている暇はない。行くぞ!」

 神宮寺が、格納庫の壁につけられた蝶番を外すと、木造りのハッチが開いた。

「ほ、本当に、飛んでる……」

 千鶴が、ハッチの外側に広がる空と、眼下の大地を見て戦慄する。

「千鶴先生、早く乗り込んでください!追手が来る!」

 少女と力を合わせて帆を張る。そして、舟を全力で押す。

「トロッコより、重たいなぁ。重い人がいるからか?」

「私のことですか!?怒りますよ!」

 千鶴にどやされながら外に向かって押していく。

「これ、本当に大丈夫なんですか!?落ちたりしないんですか!?」

 半狂乱になった千鶴に神宮寺が言ってやる。

「飛ぶ方に賭けるしかないでしょ?そうじゃなかったら、落ちて死ぬか、連中に切り刻まれて死ぬだけです―――よ!」

 最後の一押しをすると同時に、落下していく舟に乗り込む神宮寺。

「決死の逃避行だ~!」

「イヤーーーーーーーーー!!!!」

 ジェットコースターにでも乗り込んだ気分で言う幸光と、断末魔の叫びを上げる千鶴、覚悟を決め、笑顔で自由落下を楽しむ神宮寺に、舟を操作する少女が目を閉じ、口を動かした。

「ダメーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 地面に叩きつけられる寸前、千鶴の叫びを合図にするように、舟は大きく船首を上げ、上空へ浮き上がった。

「あ、飛んで……る?」

「やったぜぇぇぇ!」

 幸光は歓喜の雄叫びを上げ抱き合う神宮寺と千鶴を見て満足そうな表情をした後、脱出した船の方を見た。

 交響曲のような音楽が鳴り響く船の上で邂逅した軍服の少年が、真っ直ぐにこちらを見つめていた。その視線に射抜かれながら、幸光は少し首を傾げ、意外な場面で自らの願望を成就させた神宮寺に「これからどうするの?」と訊く口を開いた。

「どうしたもんかなぁ」

 しっかりと味わった妙齢の女性の胸の感触を忘れないように脳内にインプットしながら思案する神宮寺のパーカーが引っ張られる。

「ん、どうした?」

 薄手の長袖を伸ばした主である少女のつぶらな碧眼が、何事か緊急事態を語っているように感じた神宮寺は、状況を頭の中で箇条書きにして整理する。

―――――

『神宮寺敦の脳内』

・浮かび上がったのが結構ギリギリだったことから、この舟は『空に飛び出せば自動で浮遊する』ものではない。

・動力らしきものは一切ない。ついでに言うと、風も無い。

・そのせいか、先程から、どんどん船体が下がっている。

・このままだと、眼下に広がる原っぱか、少し先に見える街に墜落する。

 以上のことから、この細い体の美少女が言いたいことはだ。

『この舟は飛んでいるんじゃない。滑空しているんだ。つまり、ゆっくり墜落しているだけだ』

 と、いうことか。やれやれ、念願のおっぱいの感触が分かった途端にお陀仏とは、神よ、ギタリストであるシンさん的にはジミー・ヘンドリックスかエリック・クラプトンよ。貴方に慈悲は無いのか。無いよね。

―――――――――

※この間一秒。


「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 四人分の叫び声が、世界に木霊した。


※※


 見事なまでに少女を奪取した“神速の少年”から目を離せないでいると、視線が合った。やがてその丸い顔が何かを察したように傾げられると同時に目線を切った。

「また、逃げられてしまったか」

 呟く。一個の空船部隊くうせんぶたいを率い、さらにはイギルスタン共和国の第七師団長自らが任に当たっておきながら、“二度”も捕縛対象から逃げられる愚を犯した自分を責める声は、どこからも上がらなかった。

「イーフ様、如何なされますか?」

 部隊長が間の抜けた問いをするのも仕方がない。イーフは冷徹さで固めた端正な顔をほとんど動かさず、言った。

「一旦、宮殿に戻る。国王陛下と総統陛下に報告しなければならない」

 まだ少年の面影が残る、若干細く、しかし鋭利な声で告げるイーフに、部隊長は困惑した表情を浮かべる。

「なんと申し上げましょう」

「お前が気に病むことではない。全て私に任せておけ。それに―――」

 そこで一つ、言葉を切った。その黒い瞳に全く感情的な色を浮かべず、イーフが言う。

「どうするも何も、ありのままを言うしかなかろう。敵国の人質であるコーディシア王国第一王女は異世界の賊により連れ去られ、さらにその賊はイギルスタンの『戦奏器せんそうき』を扱える異世界の住人だということだ。」

「あの“武器”を扱える人間が、この世界以外にもいたとは―――」

 部隊長の言葉を、しかし、イーフは否定する。

「この世界も彼の世界も大して変わらない。“音楽”というものがある限り、それは、この世界の“武器”になる。お前だって知っているだろう」

 イーフは横目で二回り年上の部隊長を睨みつける。初見で、この他人を冷たく射抜く視線に恐れを抱かなかった者は今までいなかった。つい先ほどまでは。

「どちらにせよ、ここはイギルスタンの領地だ。何人か刺客を放っておけ。私が出るまでの足止めくらいにはなる」

 あの子供に、『戦奏器せんそうき』の力が制御できるとは思えなかった。だが、ほんの少しの胸騒ぎを鎮めるため、イーフは少しの間、空船を動かすための音楽から耳を塞いだ。

いきなり一万字越えの第一話でしたが、次回からはもうちょっと小出しにしていく予定です。


それでは、また明日。

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