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09. 片恋、そして

 レイダールと別れてひとりになったディーティアは、大急ぎで外出の仕度をすると屋敷を飛び出した。

 めざすはコルダーの屋敷、親友のフレアリカのもとである。

「納得できないわ、絶対に!」

 フレアリカの私室に通されたディーティアは、挨拶もそこそこにレイダールと話した内容を説明すると感情もあらわに言った。

「仕方がないってどういうこと! シオンが可哀相だわ。そう思うでしょうフレアリカ」

「ええ。でも、きっと大丈夫よ。レイダールさまが何もかもきっと良くしてくださるわ」

「だめよ、兄さまなんて全然あてにならないわ。このままではシオンは一生幽閉になりかねないわ」

 かなり大袈裟だったがディーティアにしたらそれくらいの気持ちには違いない。

 兄たちの反目のとばっちりをシオンがこうむったと思うと、ディーティアには我慢がならなかった。

 このうえ軟禁だなんて。

 もとはといえば離反を企てたシオンが発端なのだが、そんなことはディーティアには些細な問題にすぎなかった。

 ダルファスを相手に交渉するならレイダールよりも、自分達のほうが勝算が高い。

 こっちにはフレアリカがいるのだから、そうディーティアは確信していた。

「こんなことしている場合じゃないわ。急がなくては」

 気を取り直すとディーティアは言った。

「今すぐ外出の仕度をしてちょうだい。これから二人でダルファス兄さまのところに行きましょう」

「いったい何をしに行くつもり?」

「わたしとあなたとで、シオンを取り返しに行くに決まっているじゃないのよ」

 フレアリカは目を見開いた。

「ほ、本気なの?」

「もちろん」

「そんなことをして大丈夫かしら」

 不安気に尋ねるフレアリカに、ディーティアはきっぱりと頷いた。

「フレアリカは一緒に来てくれるだけでいいの。大丈夫、わたしにまかせてちょうだい」




 一族の長をつとめるバルダの屋敷。

 通常の責務を行う本館の奥の渡り廊下をしばらく進むと、レイダールやディーティアの住む別館が建っている。その別館の東に位置する一角がダルファスの専用になっていた。

 ディーティアとフレアリカが案内されたのは、ダルファスが個人的な来客をまねくさいに使用する客室のひとつだった。

 客室はさほど広くはないが瀟洒な造りになっていて、格子窓の向こうは小さなテラスあった。その先は専用の中庭に続いていた。

 室内の装飾や調度品からさっするに女性の来客を想定して設計されているのだろう。

 女性の好みそうな部屋ではあったが、華美ではない。落ち着いた佇まいの居心地のいい部屋だった。

 そういえば二、三年前にダルファスが私室のいくつかを改装したのをディーティアは思い出した。

 ディーティアが最後にダルファスの住まう東館を訪れたのはかなり昔になる。

 レイダールやディーティアの母とダルファスの母は違っていた。

 ディーティア自身、まだ幼いときは長兄であるダルファスの部屋に遊びに来た覚えはあったが、二人の兄の反目もあってか、同じ屋敷に住んでいるのにも関らず現在はダルファスとの私的な交流は皆無になっていた。

 色のついたくもりガラスが嵌め込まれた丸テーブルを囲んで三人は座っていた。

 もらい物ですが、と甘ずっぱい若草色の氷菓子と色とりどりの砂糖菓子がテーブルを飾っていた。

 甘いものを好まないダルファスはそれらに手を付けず、さっぱりした飲物だけを口にしている。

 心持ち椅子を後ろに引いて、ディーティアとフレアリカから少し離れた位置に座っているダルファスは妙に落ち着かないようすだった。

「確かに先ほどシオンが戻ったと連絡を受けてはいるが、なぜわたしの所に? 決定権を持つのはわたしではないし、どちらにせよ今はまだシオンとは話せませんよ」

「シオンは元気ですの?」

 ディーティアが尋ねた。

「わたしもまだ会っていないから何とも言えないが、怪我をしているといった連絡は特に受けていない。問題はないと思うよ」

「そうですか」

「それで、用件というのは何かね?」

 問いに頷くとダルファスに視線を合わせ、ディーティアは姿勢を正した。

「わたしたちシオンのことで兄さまにお願いにあがりましたの」

「ことわっておくが、決めるのはわたしではない。族長である父上がすべてお決めになることだ」

 いくぶん不機嫌な声だった。

 ダルファスは二人の用件をあらかじめ予想をしていたのだろう。

 だがフレアリカの手前、むげに追い返すわけにもいかないようだった。

「お決めになるのはお父さまだけど、お父さまは、兄さまのおっしゃることに耳を傾けると思いますの」

「そう言われてもな」

「離反だなんて、そんなはずありません。退屈をまぎらわすのに地上は都合が良かったのですわ。ただちょっと家の者に言っていくのを忘れただけで。わたしだって、もし機会があれば一度くらい見物に降りてみたいと思いますもの……ねえ、フレアリカ」

 急に話をふられたフレアリカは驚いて、指でつまんだ砂糖菓子を取り落とし、慌てて皿に戻した。

「え、ええ……」

 ディーティアはにっこり笑った。

「殿方は自由でいいわよねえ。気軽に地上見物ができるなんて、すごくうらやましいわ」

「そ、そうね」

「知っている? 地上に咲く花は、それはもう美しいのですって。その花を写して刺繍をしてみたいと思わない?」

 しらじらしくディーティアは言うと笑みを見せた。

 本当は隠れて地上に降りたこともあるし、刺繍など全く興味もなかった。

「川や海、それから本物の蝶を見に行きましょうよ」

「蝶? それは素敵ね」

 うっとりとしてフレアリカが答える。蝶は刺繍の絵柄には最適だろう。

「わたくしは海に行って貝殻や綺麗な小石を拾ってみたいわ」

「素敵! ぜひ行きたいわ」

「あまり感心しませんな」

 と、ダルファスが咳払いをひとつした。

「地上には物珍しいものが多いのは事実ですが、危険もあることを忘れてはいけませんよ。地上人は飛べはしなくても、天に向かって矢を射るくらいは出来ますから。もし翼でも傷めようものなら、それこそ一大事だ」

「あら、でも兄さまは地上に降りた経験がおありでしょう」

「それはそうだが」

 ディーティアは小首を傾げると言いよどむ兄に微笑んだ。まさに可憐という単語にふさわしい微笑みだった。

「ダルファス兄さまが一緒に来てくだされば大丈夫よ。それなら安心だし、心強いわ。一度でいいの、わたしとフレアリカを地上に連れて行ってくださらない? ね、お願い」

 地上は女性を軽々しく連れて行ける場所ではない。

 ダルファスは苦虫を噛み潰したような表情になった。

 こんなときレイダールなら如才なく断るだろうが、無骨を絵に描いたようなダルファスではそう巧くはいかなかった。

「お願いよ、兄さま。連れて行くとおっしゃって」

 しぶしぶといった感じにダルファスは頷いた。

「か、考えておこう……だが、そんなことよりも別に用件があったはずだが?」

「あら、そうだったわ。わたしたちシオンのことで兄さまにお口添えをお願いに来たのだわ。お願い、ダルファス兄さま。シオンが早く帰れるよう、兄さまからお父さまにお願いしていただきたいの」

 シオン離反については、後はダルファスさえ首を縦に振ればなんとでもなる。

 乱暴な言い方をすれば今回のことにしたって、もとはといえばダルファスとレイダールの反目が発端だった。

 シオンはレイダールを攻撃する材料に使われたにすぎない。

「フレアリカは従兄が離反の疑いをかけられて、とても心配しているの。シオンのことがあってからというものずっとふさぎがちで、そのうちに病気にでもなるのではないかって、わたし心配で仕方ないの。ね、ダルファス兄さま……兄さまも解って下さるわよね?」

「しかし」

「お願いよ兄さま。フレアリカのために、はい、とおっしゃって」

 フレアリカの名前を出せばダルファスは否とは言えない。

 それが大人しくひっこみじあんな友人を、ここまで引っ張って来た理由でもあった。

 ダルファスはフレアリカに想いを寄せている。本人に直接確かめたわけではないが、ディーティアは密かに確信していた。

「あの……わたくしからもお願いします。ダルファスさま」

 思いつめたようにフレアリカが言う。

「仕方がありませんな。本当はこういうのはまずいのですが……」

 ダルファスは迷っているようだったが、フレアリカを相手に冷たく突き放すのは気が引けるらしい。

 溜息をつくと肩をすくめた。




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