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06. 赤い髪の少女

 つがえていた矢を腰にさげた矢筒にもどし、リィザは慌てて立ち上がった。

 いつの間にか日が暮れかけている。

 獲物は無く今日の収穫は散々だった。それが災いしたのかも知れない。

 もう少しもう少しと森の奥深くに入り込み、気がついたら黄昏がねっとりと辺りを覆っていた。

 いそいで山を降りなければならない。

 完全に陽が落ちるまでにはまだいくぶん間があるとはいえ、暗くなれば夜行性の獣が獲物を求めて巣穴から這い出してくるだろう。

 まだ大丈夫と必死に自分に言い聞かせ、リィザはもと来た道を引き返した。

 下草になかば隠れた獣道を下り小川を渡り、苔むした岩肌を横切った。

 今にも木陰から獣が飛び出して来るような気がして自然に足が速まる。リィザの鼓動は早鐘を打っていた。しばらくしてリィザは足をとめた。

「ここはどこ?」

 うっそうと茂る木々を背にしてリィザは立っていた。前方に草原が広がっていた。

 細長い葉が風に揺れるさまは緑の海にも似て、まるで寄せては返す波のようだった。

 道に迷ったのだ。ルザの森に、こんな場所があるなんてリィザは今日まで知らなかった。

 突風が吹き付けて腰まで届く赤毛を揺らす。夜の冷気を含んだ風にリィザは身震いをした。

 リィザは唇を噛んだ。

 心細くて恐ろしかった。こんな所で時間を取っている余裕はなかった。急がなくては陽が暮れてしまう。

 獣道に戻ろうとしたときだった。視界の端で一瞬、影が揺れた。

 リィザは息を呑んだ。

 かろうじて悲鳴をあげないだけの分別は残っていたが、それもいつまで持つかわからない。

 古木の陰から一頭の獣が姿を現した。

 森の獣、それもリィザが一番恐れていた森狼だった。

 いつの間にか囲まれていた。

 一頭、また一頭と、次々に獣が姿を現した。リィザは足の裏に、根でも張ったかのように動けなかった。

 背後には草原がどこまでも続いている。

 木に登る時間はなかった。背を向けたらきっと最後だろう。

 森狼は見えるところにいる数だけでも、かるく十頭はいた。

 前にいる獣を呆然と見詰めたまま、リィザはそろそろと後ろにさがった。

 弓を――そう考え、断念する。

 最初の一頭は仕留められるかも知れないが、次の矢をつがえる余裕はなさそうだった。たとえあったとしても二頭までが限界だろう。

 リィザが弓矢の他に持っているものといったら護身用の小剣だけだった。腰にある小剣が、どれくらい役立つかはわからない。

 リィザは震える手で剣を抜いた。

 墨色に近い濃い灰色の体毛を揺らし、ゆらりと狼が前に出た。流れるように走り出す。それを合図に残りの森狼も走り出した。

 ひきつれた叫びがリィザの喉を震わせた。

 緑の目を恐怖に凍りつかせ、短剣の細い柄をぎゅっと握り締める。

 涙が頬を滑り落ちるのも気づかずに、リィザはがむしゃらに剣を振り回した。

「きゃ……!」

 リィザは下草に足を取られて体勢を崩した。

 視界が反転する。身体が前のめりに倒れかかった。咄嗟に手を伸ばし、手のひらを地に着けた。

 跳躍して襲いかかってくる獣の黄色い牙を、リィザは呆然と意識した。

 刹那、突風が吹き抜けた。

 小さな竜巻が起こり、リィザの赤い髪を押し包んでめちゃくちゃにかき乱す。

 白い、仄かな燐光を纏った何かが、身体の周囲で逆巻いて乱舞していた。

「……雪?」

 粉雪めいた何かが光を纏い渦を巻いている。

 それは夢のように幻想的で、泣きたくなるほど綺麗な光景だった。

 すい、とリィザはを伸ばす。

 その手のひらに、ひとひらの羽根が舞い降りた。

 リィザは視線を上げた。

 淡い光を纏った青年が静かに佇んでいた。




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