苦情
「ハムスターで良いじゃないですか!」
大手家電量販店の周辺機器コーナーから大きな声が聞こえた。
「いや、ですから、これは昔からマウスと呼ばれてましてね、形と長く伸びたコードがネズミみたいだからって」冷や汗まみれの販売員が丁寧に説明しようとするも
「私の手の中にあるものを見なさい。コードなどない!だからハムスターで良いと言っているんです!」ワイヤレスマウスを持っている。でも、商品名には「マウス」の文字がある。彼はこれが気にくわないらしい。
「おっしゃるとおり、しっぽのコードはありません。でもこれはマウスなんです。商品名もワイヤレスマウスですし、なんとかご納得いただけませんでしょうか」
「そうやってすぐに権力にすがる。今は改革の時代なんだ。既得権益を粉砕するのがあなた方の仕事じゃないのですか!」大きな声だ、このままでは他のお客様の迷惑になりそうだ。いつの間にか方向もずれてきているし、なんとかしなきゃ。
「わかりました、ハムスターで良いです。ゴールデンでもジャンガリアンでも、お客様の思い通りで良いです」精一杯の誠意を込めて泣きたい気持ちをこらえて頭を下げる。
「わかっていただけて嬉しい。では商品名も替えてくれるんですね」
げ、印刷済みのパッケージの変更なんて出来るわけがない。しかもここはワイヤレスマウス専門コーナーだ、全部変更しろとか言いかねない。とりあえず手持ちしている商品だけで納得してくれるだろうか。
「お手持ちの商品に直ちに訂正をさせていただきます、よろしいでしょうか」
「これだけがハムスターじゃないんですよ!棚にも山ほどハムスターが並んでいるじゃないですか!看板もハムスターコーナーじゃないとおかしいでしょう!」だめだ、最悪の展開だ。今日は厄日だ。
「お困りごとのようですな」つるりとはげ上がった頭に背広姿、牛乳瓶の底を思わせるメガネをかけた初老の男性が二人の間に割り込んできた。「マウスの語源は諸説あるのですがな、実は私はそもそもマウス開発チームにおりましてな」二人の視線が彼に突き刺さる。
「マウスは本来我々の発明になるはずでしたが、いろいろ事情があって今のようになったんです」
これは知らなかった、意外な真実に度肝を抜かれた二人を尻目に彼は続ける。
「せめて名前だけはこっちの当初案を使って欲しいって交渉したんですよ。机の上で回すように使うので「まわす」って。まぁあちらも都合があって英語の語源にしたようですがな」
「僕、恥ずかしくなってきました。ハムスターが好きなばっかりに日本の本当の歴史をわかってなかったんですね」
「私こそお客様に正しい情報をお伝えできず、誠に申し訳ございませんでした」
客は涙ながらにレジへ向かっていった。販売員は救いの神に深々とお辞儀し礼を言う。
「助けていただきありがとうございました、まさかマウスの生みの親にお会いできるとは」
「はははは、あれはでたらめです、店員さんがなかなか来ないんで一芝居打ったというわけです」
なんと、救いの神は順番待ちのお客様だったというわけだったとは。ここは出来る限りサービスしよう。値引きも精一杯に・・・
「いや、私もちょっと聞きたいことがあったんでな」と電話コーナーへ連れてこられた。
「君は電話をかけるとき番号を入力することを何という?」
「まぁ、ダイヤルするって言いますかね」
「そこじゃ!今の電話のどこにダイヤルがある!どれもこれもボタンじゃないか!最近じゃぁタッチパネルとか言う始末!おかしいじゃないか!」
もうダイヤルって言わないかな、電話をかけるですかね。
番号を入力するときってどうなんだろう。フリーダイヤルとか最近は言わないかな。