第8話 「下宿探しの旅」
タイトル…どうしてこうなった。
夕方、とはいってもまだ子どもたちが遊んでいるような時間。
『やっぱり身元不明者を雇ってくれるような奇特なお店はないよなぁ』
「すまないな、役に立てなくて」
『いや、よくよく考えたらリンの部屋で、っていうほうがやばいしね』
「む?何がやばいと言うのだ?」
男は狼らしいよ、気をつけなさい。
レンガ建ての家々の合間にひっそりと作られた小さな公園のベンチでリンと座っていた。
校長の命令を受けた後、リンの町案内のもと下宿先を探していたのだ。
ただ下宿するためならば学校が近くにあるため困りはしなかった、が先立つものがなかった。
精霊だというのになんたる不便。いちいち姿を消せればよかったんだけど。
校長やタナトスさんに聞いても『感覚』で片付けられてしまいわからなかった。
「本当にどうするんだカナタ?そろそろ時間もなくなってきた。
最悪はまた私の部屋にとまるといいが…」
『校長が許さないだろうね…。結界のことでかなり怒ってたし』
「そりゃあ、大陸でも有数の《水》であるあの人の最高レベルの結界だったからな。
あの結界だけで魔法さえなければ一個師団の攻撃さえものともしない、といわれる代物だ。
それをまぁ、初級も初級な「魔弾」1発でだめにしてしまうとは…」
また呆れられてる気がする。
『リンだったら破れないの?』
「失礼な。魔弾ではともかく、本気を出せば造作もない」
憮然と答える。
リンは負けず嫌いな節がある。
てか、一個師団以上の攻撃力を持つ女子高生(日本基準)ってどうよ…。
「なぜか失礼なことを考えられている気がするのだが」
『気のせいさっ。それにしてもこの街はこの手の公園が多いね』
「この町ができた当時は独立都市だったらしいからな。
狭い土地に家をいくつも建て、あまった土地は今でも住民たちの憩いの場となっている」
この街、アスパイアは王国の中央よりやや北寄りの都市である。
四方を野生生物の少ない平原と森の人と呼ばれる民族が住む森に囲まれている。
近隣の村や街は近いところでは半日もせずに徒歩で着けるほどに近い。
街道も整備されており、近くには軍学校と基地もあるようで治安もすこぶる良い。
交易の拠点となっているわけではないが、エクリプス魔導学校の影響も大きいらしくそれなりに栄えている模様。
国内外から学生が多く学びに来ているため、下宿も多く住む場所を見つけることはあまり難しくない。
…はずだというのに。
『なんですむ場所がきまらないんだ!?』
俺学生だよ?てか精霊なんだよ?
精霊ってもっと優雅な感じじゃないのっ?
「カナタは自分の居た世界ではどのようなところに住んでいたんだ?」
『ここよりもずっとごみごみとして息苦しいところだったよ』
すくなくともあん摩天楼のようにただ天を目指したような建物はこの街にはない。
技術的な問題で無理なのかもしれないが。
「息苦しい、か。1人暮らしか?」
『一応両親らしき人はいたよ。一応ね』
我ながらなんかありそうな答え方をしてしまったかもしれない。
しまった、と思った時にはリンが何か尋ねようとしていた。
『んー!休憩はこれぐらいにして歩きますか』
あからさまに話を逸らしたので、リンも察したらしく何も聞いては来なかった。
裏路地を通って表通りへと向かう。
とその途中で小さなお菓子屋さんのようなお店があった。
こじんまりとしているが甘い香りが漂ってきている。
『ちょっと寄っていかない?』
「別に構わないが」
ちなみに、俺は料理はできないがお菓子だけは得意だ。
せっかく異世界にきたのだからこちらのお菓子に興味を持っても罰はあたらないだろう。
『失礼しまーすっと』
ドアを開けると、そこは犯罪現場だった。
床を赤く染めて倒れるコック姿の壮年の男性と、ロープで縛られた2人の女性。
そして刃渡り30センチほどの赤く染まったナイフを持った覆面をした男。
どう見たって強盗現場である。
縛られた女性らは親子なのだろう。よく似た金髪碧眼の容姿をしている。
若い娘さんと目があった。
『おじゃましましたー』
バタンとドアを閉じた。
「どうしたんだ?中に入らないのか?」
リンからは中の様子は伺えなかったようである。
「って待てやゴラァ!」
あまりに自然に出ていったため呆気にとられていた強盗が扉を蹴破ってきた。
店の中では縛られている女性たちのもがく音が聞こえた。
「誰だ、お前は?」
急に怒鳴りつけられたためか、リンの声音が厳しくなっている。
「あぁ?その制服は魔法学生か?」
『一応確認しますが、あなたは強盗ですか?』
「ちっ」
リンが魔法を使おうとしているらしく、マナが彼女の元に集まっていく。
強盗はそれに気がつく様子もなくナイフを構える。
リンを庇うようにして強盗と対峙する。
『この街って治安がいいときいたんだけど?』
「かといって、犯罪が無くなるわけではないさ」
リンは軽口を言いつつもマナを操る。
「おいおい、人間のガキ2人でなにができるってんだぁ?」
言葉に違和感を感じた。
『人間?人間じゃないのか?』
強盗に質問を投げかけた直後、リンのマナが形を成した。
「《開け「大地の扉」》!」
男の足元が盛り上がり男を挟み込んだ。
「ぎゃふんっ」
男が悲鳴を上げるがそれも一瞬だった。
上のほうから片手だけ出ておりピクピクと動いている。
あれ?強盗対精霊の血沸き肉躍るアクションシーンが始まるんじゃないの?
「ありがとうございました!」
「いいえ、お気になさらず」
リンの治療で男性ほとんど回復し、元気に感謝していた。
強盗はすぐに駆けつけてきた衛兵に引き渡した次第である。
「オーバーキル…」by衛兵
「怪我も治りましたし、一晩休めば明日からは働くことができるでしょう」
「本当にありがとうございます。それで、当店に何の御用で?」
『いやいや、偶然いい匂いに釣られたんですよ』
「エクリプスの生徒さんがいい匂いといってくれるとは!」
俺たちが入った菓子店「ウインド・ムーン」の店主は助けたこともあってかとても感じがよかった。
「ウチは家族4人で経営してるからさっきはどうしようかとおもったわ」
奥さんもとても優しい。
「わざわざ来てくれたんだ、いくつか食べていかないかい?
床が少し汚れているがね。はっはっはっ!」
笑えない冗談はやめてください。
赤い汚れって完全に貴方の血です。
「お父さんもお母さんもこんな男に感謝する必要ないわよ!
こいつさっき私たちを見捨てようとしたのよ!?」
ぐさっ!
ですよねー。あれはないよねー。
「あらあら、メリアちゃんったら失礼なこと言っちゃだめよ。恩人なんだから」
「そうだぞ。ではトキタさん、ソラルさんこちらにどうぞ」
「むー!2人ともだまされちゃだめだよー!」
『美味い…』
「酸味と甘みのバランスが絶妙だな」
見た目は黄桃のような果実をのせた、黄色いショートケーキ。
それを食べると自然に言葉が出た。
『この果実は何というのですか?』
「キッカですよ?まさかキッカをご存じない?」
ん。そういや説明してなかったから俺を普通の学生と勘違いしたのだろう。
『まあ。この人たちに説明してもいいかな?』
「特に隠すことでもあるまい」
前例がない精霊が人間を名乗る、という事態なのだから誰にでも話してよいのか気になった。
いや、不安になった。
「人間と精霊はそもそも全く違う存在なんだ。
どこぞのマッドサイエンティストでもない限りカナタの身柄を欲したりしないよ」
そのフラグ的発言やめて!
どこぞのマッドサイエンティストって、確実につかまったらヤバいよね?
「どうされたんです?」
急にコソコソ話し始めた俺らを不審に思ったのか店主が声をかけてきた。
『い、いいえ。俺の名前は―――』
ばん!と大きな音を上げて扉が開いた。
「たっだいまー!ってせいれいの兄ちゃんだー!」
そこに立つのはメロウ・デスティ少年だった。
「つまり、住むところと働き口を探しているということですか?」
精霊に関してはスルーされた。
一瞬メリアに可哀そうな目で見られた気がする。
「ねーちゃん、なんでそんなに兄ちゃんのこと見てんだ?」
「あんな大人になったらだめよ。可愛い弟」
現在進行形で見られていたよ!
可哀そうどころか道端の犬のフンを見るような目で!
『はい…、なにぶんここの勝手がわからなくて』
「そうだ!家で働くのはどうかしら?」
「ちょ!お母さん!?本気?」
「3階の部屋ならいくつか余っているが」
「お父さんも!こんな菓子作りの素人なんかにウチが務まるわけ…」
その台詞は聞き捨てならないな。
俺のパティシエ魂に彼女は火をつけたようだ…。
実際はお菓子作りが好きなただの高校生なんだから魂なんて無(略)。
『だったら勝負してみませんか?』
「いいわよ!あんたが勝ったらここに住むことを許したげる!」
「ここは私の家なんだが」
「お父さんは黙ってて!」
結果、職場と住居を手に入れました!
「このケーキを作ったのは誰だー!」暖簾がばぁ
「これが私の至高のケーキよ!」ドン!
『これが俺の究極の和菓子だ!』ばん!
とか
すれすれ(アウト?)な状態までなったが親父さんに許可をもらえたのだ。
「ぐ・や・じ・いー」
メリアの悔しがる声が妙に印象的で
『そこまで嫌われてんのか俺…』
とこぼしたのは良い思い出です。
夕陽も沈んだディスティ宅「ウインド・ムーン」前でリンと2人でさっきの魔法の処理をしていた。
男を挟むために跳ね上がった地面はそれが嘘だったかのように綺麗になったいる。
『もういいんじゃない?』
「そうだな」
ふう、と一息ついてリンはウインド・ムーン前のベンチに腰掛けた。
それにならうように彼女の横に座る。
「ひとまず良かったな。ここならば学校にも近いし、人もあの娘を除いていい人たちのようだ」
おや、リンちゃんのようすが?
『あの子のこと怒ってるの?』
そういえば、お菓子対決の前からずっと黙っていた気がする。
「そりゃあそうだろう!いくらなんでも私のパートナーをあそこまで言うとは…!」
ぷんぷんしてるリンも可愛いなあ。いつもよりちょっと幼げで。
『俺のために怒ってくれてありがとう』
「……当然だ」
リンはそっぽを向いて立ちあがった
『寮にもどるの?』
「も、もうそろそろ門限だからな。それに校長にも私から報告しておこう」
そのままこっちを見ずに彼女は早口に語った。
『ありがとう、リンが居てくれて良かったよ』
「~~~ッ!ではもう帰る!学校は8時登校だ、遅れるなよっ」
彼女は走り去って行った。
『足はやー』
擬音をつけるならば、ピューって感じだ。
「ソラルさんは帰ってしまったか。
カナタ君、君も一緒に晩御飯どうだい?」
『いただきます!』
顔をだした親父さんに返事をして家に入る。
『失礼します』
「違うだろう、ここは君の家でもあるんだ」
『…ただいま』
「おかえり」
久しぶりにこの言葉を口にした。
最後に言ったのはいつだったろうか。
そんなことを考えながら俺は親父さんの後をついて行った。
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やっと2日目終了です。
彼方は元の世界でも結構、喧嘩はしてたみたいで場馴れしてます。勝ってたかどうかはともかくとして。
それでは、またいらしてください!