第31話 「朝靄とメリア」
はて今日は何の日だろうか?(迫真)
『え? 街を離れるんですか?』
「ああ。
都のほうで野暮用だ。
これでも私は以前宮廷で働いていたんだが毎年この時期にはちょっとした大会があってな」
「それで私たち二人で審査委員をやってるのよ」
他の生徒に先だって街に帰ってきて五日。
日程では最初期に帰ってくる一団が帰るのが明後日に迫っていた。
ちなみにティーちゃんもその一団に含まれている。
詳しい話を校長に聞きたいが最後の一団が帰ってくるまでは戻らないらしいので話も聞きに行けない。
校長のことを大分尊敬しているらしいリンもあんなことに巻き込まれたこともありたいそう立腹気味だ。
それはそうだ、命の危険があったのだから。
とにもかくにも校長がいなければ何も始められない。
そんなわけで校長たちが戻ってくるまではぼちぼちあのゴス女のことでも考えつつゆっくり過ごすことにした。
それと「演習」に行く生徒は帰ってきてから一週間は休息用に学校が休みになってるらしい。
なので俺は戻ってきてから連日この下宿先の手伝いをしている。
この店に客として訪れたリンに言わせれば
「結局休んでないではないか!
……ところで新作とハーブティーを頂こう」
とのことだ。
毎日この店に通い詰めるなんてどんだけ気にいったんだろうか。
お菓子を食べて幸せそうにしているリンを給仕がてらに眺められて眼福ものだった。
目の保養と言っても過言ではない!
たまに視線が合ったりで少し気恥ずかしい思いもしたけど。
『そーっすか。
日程はいつになるんですか?』
今も親父さんと奥さんと俺の三人で閉店後の片づけ中だ。
翌日の仕込みはいらないと言われたから何かあるとは思った。
「明後日に宮廷の魔術師の人が来るからその人に連れて行ってもらうよ。
帰りもそうしてもらえるから遅くとも一週間以内には戻れるはずだ」
どうしてこの人たちはこんないきなりモノを言うんだろうか。
ちっとは俺にだって準備ってもんがあるんだ!
と思ったがそうでもなかったぜ。
そりゃそうだ、もともとの予定ではまだ俺たちは「演習」に行っているはずだ。
それに一週間ならさきの予定では丁度俺が帰ってくるはずだった日。
日帰りで「演習」から戻ってくることが無ければわざわざ先に言っておく必要も発生しなかったのだ。
『随分と急ですけど準備とかもう済んでるんですか?』
別に干渉しないように努めてるわけではないので旅の準備とかしてたら気がつくと思うんだけど。
「王都には昔住んでた家もあるし私の両親もいるから特にはいらないんだよ。
調理器具だって全部持っていくわけではないからな」
『それで俺はどうすればいいんですか?』
ま…まさかその間家を出ろとか言わないよな?
「ごめんねー。
タステちゃんはお友達の家にお世話になるんだけどメリアちゃんがねぇ。
強盗があったことだし女の子一人ってわけにもいかないでしょう?」
ルリアはいま十五歳だから一人暮らしが心配だというのには納得だ。
加えて初等学校以降は学校に通うことなく店で働いているらしく、同年代でそこまで親しい人がこの街にいないらしい。
「それでお願いなんだが私たちが帰ってくるまで留守番を頼めないだろうか。
最悪実家に帰ると思ってメリアも連れていこうとは思っていたのだがな」
そういって親父さんはチラリと帳簿を見た。
それなり以上の質を求めつつ多くの人に楽しんでもらう、が信条のここは当然ながらそこまで儲けはない。
下宿している俺が言うのも失礼な話だけど。
「最近はカナタ君の考えてくれたものでお客さんも増えたんだけど……」
『え、ええと俺はその間もここに居させてもらえるなら構いませんよ?
むしろ俺みたいな他人に大事な娘さんの安全を任せてもいいんですか?』
元の世界でも一人暮らしだったし留守を預かること自体は全く構わないのだ。
だけど大きな問題がある。
『あとルリアが嫌がるんじゃ……』
このことだ。
一月ほど同じ家で暮らしているがメリアは未だツンケンした雰囲気なのだ。
俺がハーレムタイプのモテ男なら十中八苦、メリアは妹系ツンデレ美少女になるのかもしれない。
だが俺は決してそんな人間じゃない。
そう……魅力がないのだ!
あれ、モノローグで泣きたくなってきたぞ?
違う違う、無いのは俺のハーレム属性であって魅力がないわけではな…………深く考えるのはよそう。
「はっはっは、家族と言うのは君に悪いかもしれないが私たちは君のことを息子だと思っているよ」
「まっすぐなカナタ君」
『まっすぐ、ですか……?』
家族というのは複雑ながらにうれしいけどそんなこと思われてんのか。
どこをとって「まっすぐ」なのか疑問だなぁ。
「それに頑固なルリアにおバカさんなタステ。
ね? 三人とも似ているでしょう?」
何のためらいもなく息子のことを馬鹿呼ばわりしたぞ……!
そんなタステに似ているということは暗に馬鹿呼ばわりされているのか?
『それについてはイエスと答えかねますが。
繰り返しますが俺は大丈夫です』
「おお!そうか、良かった良かった!
ルリアには私たちで話をつけておくから」
『ははは、よろしくお願いします』
真正面からメリアとやりあったら心が砕かれそうだ。
開店中だったり細かいことに関しては敵意をあまり感じないので流石に心底嫌っているとは無いと思う。
ただ罵詈雑言モードに入ったら少なくとも五分は立ち直れない。
俺はそこまで心にダメージを負っているのに傍から見たら喜劇だというから不思議だ。
最初はメリアに対し怒っていたリンさえも今では微笑ましいものをみているかなような顔を浮かべている。
兄妹喧嘩とはこういうのかもしれない。
ただし先に言ったように一方的に俺が負けているので喧嘩なんて対等なものじゃない。
あれは…………狩だ。
そこまで溜める必要ないの分かってて溜めました。
こういったら真に迫るかと思って。
「よし!
掃除もこれ位にしよう。
上でご飯だ」
『了解です!』
その後晩飯の席でメリアが罵詈雑言モードになったのは言うまでもない。
……罵詈雑言モードって技名みたいで格好良いんじゃないか?
翌日。
今日は店は開けないということで俺は一日フリーになった。
一日中下宿先でだらだらと過ごすという選択肢もあるにはあるがやっぱりそれは味気ない気がする。
親父さんたちの出発は明日だしせいぜい家族水入らずの時間を楽しんでもらうとしよう。
『なので学校にいってみよーと思う』
「誰に言ってんのよ」
俺の独り言に返す声。
玄関扉の前にはメリア嬢がいた。
腕を組んで仁王立ち。
うおう、なんとうテンプレっぽい立ち方。
メリアに立ち絵があったらばこれがデフォだろう。
『いやいや意味無くツイートしてみただけ』
当然SNSなんてこの世界にはない。
「何よついーとって……。
それはともかく、気を使う必要なんてないから」
ふん、と顔を逸らし一気に言葉を告げた。
『えっと、気を使うって誰に?』
「まだ日も明けていないのになんで出かけるのよ。
何が「晩御飯までには戻ります」だ。
私は別にあんたを家族と認めたわけじゃあないけど追い出すほど嫌ってないわよ」
『……』
「何よ、ぼけっとして」
『メリアがデレただとっ!?』
「~~!」
やっちまった。
思った事をそのまま口に出してしまった。
あっという間にメリアの怒りのボルテージが上がっていく!
「……はぁ、まいーや。
せっかくの休日なんだから好きに過ごせばいいわよ。
これお母さんが適当に食べなさいって」
ルリアが差し出してきたのは簡単な朝食セットとお金だ。
やれやれ俺のことはお見通しってわけですかい。
「なんか服でも買ってきなさいだって。
あんた制服以外に自分の服持ってないんでしょう?
今だって制服だし」
親切はありがたく受け取るとしようかな。
以前は特訓もあって学校とここを往復するだけの生活だったから制服と親父さんからもらった作業着で十分だった。
そりゃあ「演習」用に何着か買ったけどあくまで学校の統一規格のもの。
制服の範疇を超えることはないだろう。
つまりはもっと普段着が欲しいなって。
『ありがとうね、んじゃいってきます』
「…………いってらっしゃい」
誰かに送り出されるってのは良いものだ。
それにメリアのデレを見ることが出来るとは。
早起きは三文の得だね。
さてさてどっかで朝飯食べて学校に行くとしますかな。
服なんてどれがいいのか分からないしリンに聞いてみるとしよう。
ご覧いただきありがとうございます。前回から大分間が空いてしまいました。申し訳ありません。
お菓子屋さん「ウインドムーン」はそこまで広いお店ではありませんが少しだけテーブルがあります。彼方とリンが最初にここでケーキを食べたのもそこです。親父さんが刺されてたのもそのあたりです。どうでもいい補足でした。
メリアとルリアなんて似てる名前を出さなければ良かったなんて反省してたり。
メリアはツンデレ?でルリアはお姫様です。
それではまたのお越しをお待ちしております。