第19話 「仲がいいのが一番」
学校からの帰り道はとても平和で昨晩はまっすぐ家に帰った。
晩飯はメロウのおふくろさんが作ってくれていて、仕込みを終わらせた親父さんと一緒に食べた。
だれかとともに食べる食事はいいもんだ。
そして朝。
「帰ってきたらそれの感想を聞かせてよ?」
『ありがと』
俺はメリアの作った弁当と新作の菓子を手に玄関に立っていた。
ここに住まわせてもらった当初ルリアは異様なほどにツンケンしていたのに最近は結構優しくなった気がする。
前は存在から否定するような暴言ばっかりぶつけてきたのに。
今では人格を否定されるぐらいだよ!
五十歩百歩だって?
そんなことわかってるさ。
『中身は何なの?』
「…ひ、秘密よ!
全部あんたが食べなさいよね」
『どうして明後日の方向を見るのさ』
脂汗もかなりかいてるし。
怪しすぎる。
「ともかく!
あたしも店を手伝わなきゃいけないんだから、早くいきなさい」
『……いってきます』
これぐらいは日々のスパイスってことで我慢しよう。
お世辞にも俺は朝起きるのが得意ではないので登校時間も早くは無い。
しかし学校生徒の四分の三数が寮から通っているためディスティ宅周辺には学生は見えない。
見えるのは店で働いている大人や学校に通っていない子どもぐらいである。
この国には義務教育がないらしいから決して幼い子どもしかいないというわけではない。
俺と同い年ぐらいのやつだってたくさんいる。
『学生ってのは楽な身分だよな、全く』
バイト経験なぞないから本気で働く大変さなどわからん。
今はこの身分を享受するのみだ。
我ながら能天気に思索にふけりつつ学校までの道をゆっくりと歩く。
「すみません」
ぼうっとして歩いていたので突如前に立った人に反応出来ずかるくぶつかってしまった。
『わっ、すみません』
正面からぶつかったというのにその人は全く動かなかった。
まるで電柱にでもぶつかったかのように。
衝撃で鞄を落としてしまった。
「いいえ。
イクリプス魔導学校の生徒さんですよね?
学校までついて行ってもよろしいでしょうか?」
礼服のような服に身を包み、地面すれすれまである黒いマントを羽織ったその人物は女性だった。
柔和な顔立ちで紫がかった髪を首筋ぐらいまで伸ばしたショートカットにしている。
優しそうなお姉さんといった体だ。
『別に構いませんが、どういったご用件ですか?』
一応警戒しておくことに越したことはないだろう。
俺の警戒能力はアホウドリ並みだからな。
「校長先生に御用事があるのですが連れの者たちとはぐれてしまったもので」
『そういうことでしたら』
鞄をもちなおしてその女性とともに歩き出す。
「なにやら美味しそうなものの香りがしますね。
焼き菓子とクリームのような」
『そうですか?
多分これの臭いですよ』
メリアからもらった菓子が入った袋を指す。
「とても、美味しそうですね…」
女性のおなかがぐう、と大きな音をたてた。
『よろしかったら食べますか?』
メリアにああ言われたけど別に人にあげたって構わないだろう。
袋を開けるとクッキー生地の中にクリームが詰まった菓子、シュークリームが二つ入っていた。
この世界にもシュークリームはあったんだ。
『どうぞ』
そのうち一つを差し出すと女性は礼を言うとぺロリとたいらげた。
歩きながら食べても行儀が悪いとは感じられない丁寧な食べ方で。
「大変美味しいですね!」
朗らかに微笑む女性にこっちまでいい気分になる。
『も一ついかがです?』
「まあ、ありがとうございます」
ごめんね、ルリア。
その後もお菓子の話で盛り上がりつつ学校に着いた。
校門前で女性と別れ、教室に向かう。
廊下を歩いていると女生徒の人だかりができていた。
その中心からはマナが流れている。
白いオーラみたいなマナが。
『なんぞこれ』
「あはよう」
『リン、これ何の騒ぎなの?』
身振りで挨拶を返しつつ尋ねるも彼女も分かりかねるようだった。
「私も席を外していてな」
『…少し気になるけど教室行こう』
「そうだな」
「おはよう、爽やかな朝ですね」
その人だかりの横を抜ける直前にそんな声が聞こえた気がした。
不意に立ち止まり人だかりを見るも一瞬前と変わった様子は無い。
「どうしたんだ?」
『んにゃー、なんでもないよ』
そうして俺らは教室に向かった。
リンと本当に契約を結んだというのに変わらない時間が過ごしてんなー、俺。
数学の授業を聞き流しつつそんな思索にふける。
俺が不真面目って訳じゃないよ、こちらの学問は以前の世界のモノより劣っている。
この世界の生活水準から考えたら相応なのかもしれない。
学問ってのは人の失敗と失敗と一握りの成功の積み重ねなんだから。
ヒトに分類されない者もこの世界にはいるので一概にはそうとは言えないのかもしれないけど。
……そういうことではなく、この世界の現在はまだまだ「中世」ぐらいなんだろう。
じゃなくて!
リンとの間には不思議な縁―――校長曰くマナを通すライン―――を感じている。
けれど、新しく魔法が使えるようになったわけでもなし。
ここにきてからの異様な身体能力の向上と体の違いは本契約以前からあったものだ。
もう寝よう。
考えても分かんないから、こういう時は睡眠に逃げるのが一番だと思うわけですよ。
昼食の時間は昨日のルリアとの約束通り大勢でとなった。
食堂だと場所をとれない可能性があったので中庭でね。
リンとティーちゃん(+タナトスさん)といういつものメンバーに加えてルリア、メロウ、タステの小学生相当三人。
「お姉さま!はいあ~ん」
「お、ありがとう」
「私にもちょーだい!」
「……やです」
「ひどー!この子ひどー!」
「これがせいれいさんですか?」
『コレとは何よ!?』
「ひぐぅ!ご、ごめんなさい…」
「あーあ!泣ーかした泣ーかした」
『ちょ、あんた泣くのやめなさいよ!気にしてないから』
俺はてっきりメロウとタステが気まずい空気になるんじゃないかと心配してたけど杞憂だったみたいだ。
よくよく考えてみればこのメンツで一番対人スキルがないのって俺なんじゃ…。
いやいや、別にそんなわけないよな。
ない…よな…?
「どうしたんだ?浮かない顔をしているな」
「トキタさん、もしかして私たちと食事をするのが嫌でしたか?」
『そんなわけないよ!ちょっと考え事してただけ』
自分のコミュ力の無さを痛感してたなんて言えるわけないじゃないか。
「うわ!やっちゃった」
俺を気にしていた二人とは裏腹に四人?で楽しくじゃれあってたティーちゃんたちだがメロウが弁当をひっくり返してしまった。
『あんだけ落ち着いて食べなさいって言ったでしょうが…。
タステ、あんたの余り分けたげなさい』
「うん、わかったよ」
ペンダントのタナトスさんがやれやれといった具合にため息をついた。
精霊のくせして保母さんみたい。
そしてタステはため口だ。
この子俺にはまだ敬語がほとんどでこっちは距離を感じているってのに。
「教室から布巾でも持ってくるよ」
「ならば私も参りますわ」
「ルリアまで来る必要もないよ。
な、カナタ?」
『そうそう、またメロウがこぼさないように見張っててくれ』
「わかりましたわ」
二人で中庭から校舎に入った時、リンが口を開いた。
「校長先生、なにか御用ですか?」
『ばれてますよー』
水の膜が弾けるようにして目の前に校長が現れた。
そう、わざわざリンと二人で校舎に来たのは先程から校長が俺たちをずっと見続けていたからだ。
当初は俺しか気づいておらず、わざと気がつかないふりをしていた。
誰だって愉快犯に自分から話しかけたくはないだろう。
…なかにはそういった危篤な方もいるだろうけど。
しかしリンが気づいてからはそういうわけにはいかなくなった。
リンも校長のお茶目な性格を知っているけど、それ以前に魔術師として尊敬している部分も多いようだ。
「邪魔しちゃ悪いかなって(反省)」
『とりあえず校長室に向かえばいいんですか?』
どうせこのパターンだろ。
「違う。練習場に」
『……誰かと戦えと?』
「正解」
本気でそうとは思っていなかったのに!
校長とリンとともに練習場に足を運ぶとそこにはセオドア先生と四人の黒マント集団が立っていた。
左からサクッと見た目だけ。
ニメートルを軽く超えるような浅黒い肌と髪の大剣を左右の腰と背中に装備した大男。
レイピアを佩いたセミロングの金髪の美……少年とも少女ともとれる中世的な若者。
緑の髪の幸薄そうな長剣と楯を持った青年。
そして紫色のショートカットお姉さん系美人。
『って朝の人』
「その節はお世話様でした」
「知り合いか?」
『今朝少し話した程度だよ。
(もしかしてこの人達のうちの誰かと戦えと?)』
リンに言葉を返した後、わずかな希望を込めて校長に小声で尋ねてみる。
嘘だと言ってよ、校長。
「違う」
リンが安心したように息を吐いた。
違うよ、リン。
ここは安心するところじゃない。
「一対四で、君たちには殺し合いをしてもらいます」
「な…!」
そうだと思ったー。
校長先生その話知ってるんですか!?
ちなみに俺はまだ未成年だったのでアレは見ていません。
「…校長、物騒なことを言わないでください」
セオドア先生が青筋を浮かべながら校長の言葉を否定した。
「一対四で実践訓練だ、トキタ」
『あんまり変わんねーよ!』
俺の突っ込みが練習場に木霊した。
ここって無駄に広いなー。
なんといいますか、ありがとうございます。
次回は久しぶりの戦闘シーンだぜひゃっほう正直戦闘シーンなんて書きたくないというか書ける気が全くしないです。
彼方はどうなってしまうのやら(棒)
それでは、またのお越しをお待ちしております。