第16話 「眠り姫と精霊と(終)」
「……」
「……」
エクリプス魔導学校の女子学生寮の廊下は早朝にも関わらず、緊迫した空気に覆われていた。
その原因は九回生のリン=ソラルの前に、この学校の校長と教員が立っていることにあった。
普段の二人ならば周りもこうはならない。
校長であり、魔法の盛んなアスカでも指折りの女性魔術師でもある彼女と、一騎当千と謳われた剣技をもつセオドア=クライハウス。
「………」
「………」
この二人が臨戦状態で並んでいた。
恐らくこの二人に現時点で敵う者はこの学校には一人もいまい。
魔法実技で群を抜いた実力と素質を持つリン=ソラルやティラミス=ハインスでさえ一瞬に散ることだろう。
総合的にみても拮抗出来るものは数名のみ。
当人達にとっては全力とはほど遠いものの、常人ならば本能的恐怖を感じる殺気を放っていた。
二人と不幸にもすれ違うこととなった女生徒は後に
「死が自分にも訪れるものであると初めて感じたッ…!」
と語ったほどに。
「校長、今からでも遅くありません。やはりトキタ一人に任せるのはやめにしませんか?」
「早くあの子を助けるには彼しかいない」
(当人達にとっての)口喧嘩の原因は現在意識を失っていいる少女の処遇にあった。
生徒をなんであれ危険な目に遭わせることを恐れるセオドアは彼にしては珍しく上司に口答えをしていた。
生徒からはやる気のない教師ナンバーワンの(不)名誉を受ける彼であるが、実際はそんなことはない。
不器用な自分の性格を誤魔化すためそう振舞っているだけである。
そもそも、万事適当ならばこれまでの剣技を持つにいたるまで努力を続けることもないし、教師になれるはずもない。
世の中には隠れた努力家である彼を嘲笑ってしまうような怪物のような者は少なくないのだが。
なにはともあれ。
状況は寮の廊下でかなりの実力を持つ者が相対している。
「ああ言ってはソラルを助けるのに契約したトキタが動かない道理がないでしょう?
犯人も捕まっていることですし、時間をかければ我々でも助けられたはずです」
軽い怒りをにじませた、いつもとは全く違う彼の口調に運の悪い通行人は戦々恐々とする。
その感情を向けられた当の本人はそれこそ何時もどおりの無表情だが。
「それではあの子が精霊を召喚した意味がない。君が思っているより二人の関係は意味がある」
セオドアは十七年前初めて彼女と出会った時から変わらずの無表情に軽く嘆息しつつも言葉の意味を考える。
全く意味のないこと、誰かに害を成すようなことを主張するような性格をしていないのはわかっている。
おそらく今回も真意はあるのだろう。
しかしながら、一度は説得され、彼方に任せることに同意した彼だが不安は大きくなっていくばかりだ。
(やれやれ、俺は嫁入り前の娘を持った父親か)
「眠りに落ちたお姫様を助けるのは、王子様だと相場が決まってる(笑)」
「……」
本当に真意はあるのだろうか、と余計に心配し始めた彼である。
りぃん―――。
背後の扉の奥から鈴ににた音が鳴り響いた。
「入るよ」
セオドアに言ったのか、部屋の主にいったのか。
いぶかしむ彼を置いて彼女はリン=ソラルの部屋に入っていく。
それを追って入って行ったセオドアだったが、部屋の中で見た風景に彼は言葉をなくした。
なぜならば、眠る少女の横には彼方が着ていた服のみが落ちていたから。
彼女の部屋からは精霊が一人消え去っていたのだから。
気がついたとき、周りは木々に囲まれていた。
俺の服装はいつかのジャージ姿。
元の所、日本でお気に入りだったのスニーカーも履いている。
『私は誰?ここはどこ?』
いろいろと「痛いこと」を言ってからリンの唇に触れたまでは憶えている。
展開的にここがリンの心の内側ってことだろうな。
世界を超える経験をし、魔法だって目の当たりにした俺はちょっとやそっとのことでは動じない。
以前読んでいた小説のような世界に来て、心がとっても広くなった気もする。
友達もできたし!
小学生がほとんどなんだけど。
『はぁ…』
リンを探せばいいってことかな?展開的に。
背が高く、うっそうと茂った木々が空の光を遮っている。
とりあえず進んでみるかな。
時間を計測する手だてがないからどれほど歩いたのかわからないが大分歩いた気がする。
これから何をすべきかもわからんし。
『?』
ふと視界が開けた。
眼前には森の間に出来た広場だった。
人が整備したというよりも日の当たり方でたまたまこうなったという雰囲気。
その広場の中央には小さな水たまりのような池があった。
池の外周こそ小さいが広場の端からは底が見えない。
『……のど乾いたな』
これまた唐突にのどの渇きを感じた。
渇きに気がつかなかったのではなく、本当に唐突に水が欲しくなった。
俺は何かに突き動かされるように池に駆けつけ一心不乱に水を飲んだ。
手で何度も何度も水をすくう。
次第に異様な渇きも飢えてきて、俺は後ろに手をついて空を仰いだ。
いつしか空は暗くなっていた。
空にはリンと晩飯を食べた帰りのように星が輝いていた。
リンと過ごした楽しかった時間を思い出して心がほっこりする。
『誰もいない、か』
ん?
自分の言動に違和感を感じた。
確かに俺は思ったことをすぐに口に出してしまうけど今のは違う。
俺の言葉じゃない。
『私はこれからどうすればいいんだろうな』
この疑問に答える人は誰もいない。
そして今のも俺の言葉じゃない。
頭の中ではわけのわからない自分に対してエマージェンシーだ!
もう一度ど水を飲みに池に近づいた時、俺は驚いた。
どれぐらい驚いたかと言えば―――そんなちょうどいい語彙は俺の辞書にはありませんでしたっ。
ともかくとってもびっくりしたということです。
さっき水を飲んだ時は無我夢中だったから気がつかなかったが、水面に映ったのは美少女だった。
リンだった。
「何も覚えていない、自分がだれかもわからない」
静かになっていた水面に波紋が出来た。
ぽつぽつと俺の目から涙がこぼれてた。
「私は」
見慣れた彼女よりいくらか幼い容姿をしたリンは咽びないている。
周囲にはだれもいないというのに大声で泣くのを良しとしていない、それもまたリンらしい。
おそらくここは過去のリンの記憶。
彼女の記憶の始まり。
リンが家族が欲しいと言ったのは彼女に記憶がなかったからなのか。
水面に映った自分の泣き顔を見ていたつもりだったが気がつくと俺が水中にいた。
さっきから「気がついたら」ばっかりだ。
今だって水中だというのに水の重さも冷たさも感じない。
まさに夢見心地というやつだ。
リンの涙がゆっくりと落ちてきているのを見る、不思議な経験ができたぜー。
正直、涙を流すリンをどうにかしてあげたいけど俺にはどうもできないのが分かる。
ここは記憶のなかだから。
「私は…独りだっ」
―――!
『違うっ!君は独りじゃない!』
水面に遮られたリンに思わず叫んでしまった。
「え?」
偶然かもしれないがリンが俺に気がついてくれた気がした。
『待ってて、今に会いにいくから』
言い終えたとき、俺の視界は暗転した。
そしてまた「気がついた」とき、俺はまたリンの部屋にいた。
リンに背を向けるようにして部屋を見渡しす。
別にリンの唇を見て恥ずかしくなったわけじゃないんだからなっ。
出て行ったはずの校長とセオドア先生もいる。
二人は眠るリンには目を向けず、ソファで向かい合って座りながら眠っているようだ。
外は日が昇り昼過ぎな様子。
「……ん」
『リン!?』
眠っていたリンから声が聞こえた。
リンはうっすらと瞳を開いた。
俺が何を出来たのかはわからないけど、何かができたんだ!
そう思うとうれしさがこみあげてきた。
『リン、大丈夫!?』
横たわっているリンの肩をつかみ呼びかける。
「ん…カナタか?」
ゆっくりとリンが体を起こした。
『よかった』
「何をそこまでしんぱ―――キャー!」
『! いきなり悲鳴なんてどうしたのっ?』
寝起きのぼうっとしたリンの顔が真っ赤に染まった。
「そ、その格好…!」
『うわぁ!』
裸やん!
俺の裸なんて誰が見たいんだってばよ!?
『!』
殺気!
「賊が!」
リンの悲鳴に誘われて、起きたセオドア先生が斬りかかってきたぁーーー!
「カナタっ?」
そうこうして、今回の事件は幕を閉じたのだった。
なんて独りごちてみる。
「約束どうり会いに来てくれたな」
『当然ですよ。お姫様?』
「…カナタは狙って言っているのか?」
計画どうり…なんつって。
正直なところリンが覚えているのを知って実はかなりドキッ☆とした俺でした。
今回もご覧下さりありがとうございました。
眠り姫編?は終わりです。
今回の話、彼方の言動を振り返ってみるとまんまジブリでしたorz
ハウル○動く城じゃないですか。既視感とか感じた方すみません。
彼方は中二病ですね(笑)
それではまたのお越しをお待ちしております。




